問題解決に役立つロジカルシンキング(論理思考)を基礎から学ぶ。

論理思考の基礎

演繹法推論と帰納法推論について詳しく理解した上で、論理を組立てロジカルシンキングに応用する際のギャップを埋める留意点と目的達成志向という考え方までを学びます。

本章に対応するビデオ講座のページ→第1章 論理思考の基礎(ビデオ)

第1章 ロジカル・シンキングの基礎を学ぼう

この章では,問題解決の骨格として,どうしても理解しておきたい「ロジカル・シンキング(論理思考)の基本について学ぶ.最初に「論理思考」のベースとなる初歩的な「論理学」の一端に触れながら「論理的」ということの意味を理解し,「論理思考」の世界の感触を掴む.次にこれから活用することになる2つの基本的な推論法,「演繹法(えんえきほう)推論」と「帰納法(きのうほう)推論」のそれぞれについて詳しく学ぶ.その過程で「論理思考」の世界で2つの推論法を活用する際の留意点について理解する.「論理学」には,寝転んでいても何とか理解できる領域から,大変難解な奥の深い世界まで広がっている.幸い,主として実務に関する事柄を対象とする「論理思考」は,比較的易しい範囲の「論理学」の基礎を理解し,正しい論理展開の方法をマスターしておけば,誰にもその門戸を開いてくれるので安心してほしい.とはいえ,論理学を正しく理解し,現実の世界を扱う論理思考においてそれを厳密に活用しようとすると少なからずのギャップを感じるものであり,本章の後半部分ではそのギャップを埋めるために,再び「目的達成志向」という概念を学ぶ.

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1.1 論理学と論理思考はどう違う?

「論理学」は歴史的にも伝統的論理学の領域から現代論理学の領域まで,賢人達によって絶えず矛盾の克服にチャレンジされ続けながら発展してきている.その世界には現実を直視しながらも常に“ 厳密さ”を追求している学問という側面がある.一方,生きて行く上での現実に立ち向かうための「論理思考」には,多くの人々が活用する思考方法という性格がある.それ故,「論理思考」の世界は難しい命題関数や記号論理などを知らなくても,「論理学」の易しい部分だけを理解できれば活用可能なようにできている.また,様々な問題解決に役立てられている「論理思考」の世界は人々が広範囲な実務において活用できるように,許容度の大きい“ about ”な世界となっている.従って,「論理学」は「論理思考」を通しても現実世界で広く柔軟に活用され,社会に大いに貢献していると言って良い.
論理的思考,つまり「論理的に考える」とは一体どういうことなのだろうか.この節では「論理思考」と「論理学」のかかわりを概観しながら,「論理的に考える」ベースとなる「論理学」における2つの基本的な推論法についての感触を掴んでいただくことにしよう.次に論理学を学ぶために必要最低限の用語を理解し,その上で「論理思考」の世界で健全な推論を行う必要性と「論理思考」の定義までを学ぶことにしたい.

1.1.1 論理的とはどういうこと?

まず,「論理的に考える」以前に「論理的である」ということはどういうことなのだろうか.実は「論理学」の世界において「論理的」という場合と「論理思考」の世界で「論理的」という場合には少し状況が異なる.その辺りのところから話を始めることにしよう.

【論理的とは】 論理思考においては,多少とも妥当な論理のつながりが存在する場合に論理的と見なす.

「論理学」の世界ではこれから簡単に紹介する推論法のように必然的な結論を導く推論の仕方を「論理的」と呼んでいる.一方,「論理思考」においては多少とも妥当な論理のつながりがあれば「論理的」と捉えることになる.以下,具体的な例を挙げながら,私達がどのようなことを「論理的」と見なすのかについて確認して行く.

例題1-1 下記に記載されている<条件1>から<結論>を導いた推論は正しいだろうか.
<条件1>コップに入れた氷を暖める
<結論>すると,その氷は融ける

「氷を暖めたら,融けるに決まっているではないか」と考えるかもしれないが,与えられた<条件1>だけから,上記のような<結論>を導くことはできない.氷は融けるかもしれないが,融けないかもしれない.説明のために常圧下の話だとして「氷は0 ℃以上の温度では融ける」ということを前提として解説する.

解答例
例えば,暖める前の氷の温度が-15℃で,暖めた後の温度が-5℃であるような場合には,「氷は融けない」ことが明らかである.しかし,暖めた後の融けた氷,すなわち水の温度が0℃を超えるような場合には「氷は融ける」という推論は正しいと言えよう.従って,この推論の「正しさ」は「状況によって左右される」ということになる.つまり,この推論は必ずしも「正しい」とは言えないのだ.言い換えると,<条件1>と<結論>との間に何ら“ 論理のつながり”が存在しないので,この推論は正しいとは言えないことになる.

では,次であればどうか.

例題1-2 次の<条件1>から<結論>を導いた推論は正しいか.
<条件1> コップに入れた氷を0℃以上の温度に暖める
<結論> すると,その氷は融ける

「これなら,推論は正しい」と考えた人がいるのではないだろうか.しかし,良く考えていただきたい.

解答例
「氷は0 ℃以上の温度では融ける(液体の水になる)」という知識を前提としない限り,この<結論>を導くことができない.<結論>は正しいが,推論は正しいとは言えない.

言い換えると,正しい推論には

<条件1> コップに入れた氷を0℃以上の温度に暖める
<条件2> 氷は0℃以上の温度では融ける
<結論> 従って,その氷は融ける

というような,妥当な“ 論理のつながり”が存在する必要があることがわかる.私達は結論を導くための妥当な“ 論理のつながり”の存在に対して,「論理的」と見なしているのである.<条件1>と<条件2>をそれぞれ<小前提>,<大前提>とした次のような推論法は典型的な「演繹法(えんえきほう)推論」または「演繹法(えんえきほう)論理」と呼ばれている.

<小前提> コップに入れた氷を0 ℃以上の温度に暖める
<大前提> 氷は0 ℃以上の温度では融ける
<結論> すると,その氷は融ける

ところで,この<大前提>「氷は0℃以上の温度では融ける」は,不純物の存在や大気圧などやかましいことを言わない限り,一般法則と言える事実と一致する前提であり,誰もが妥当と認める内容であろう.だが,私達はしばしば事実かどうかわからない事柄を前提にして「仮に・・・だとすれば・・・となる」といった推論や議論をすることがある.演繹法推論においては,前提の妥当性に関わりなく,推論が形式的に妥当である(妥当な“ 論理のつながり”が存在する)なら「論理的」推論となっているのである.

もう少しシンプルな表現にしてみよう.<前提>の順序は逆でも構わないので,大前提を先に記述してある.

<大前提> 氷は暖めると融ける
<小前提> 氷を暖める
<結論> それゆえ,氷は融ける

いかがであろうか.今度は「0℃以上の温度」などといった前提条件は明記されていない.しかし,これで「正しい推論」なのである.「氷は暖めると融ける」という<大前提>を置く限り,この推論は正しい.
もっとおかしな「正しい推論」を示そう.次の推論において,<大前提>「氷は暖めると赤くなる」は明らかに変だ.到底,認めがたい内容である.

<大前提> 氷は暖めると赤くなる
<小前提> 氷を暖める
<結論> それゆえ,氷は赤くなる

しかし,前提の妥当性に関わりなく,推論は形式的に妥当である(妥当な“ 論理のつながり”が存在する)ので正しく推論していることになる.「論理的」な推論なのだ.このように演繹法推論は必然的つながりを持って結論を導くのである.「論理学」の世界ではこのような必然的な結論を導く推論の仕方を「論理的」と呼んでいる.当然ながら,「論理思考」の世界でも立派に「論理的」である.これで,これから学ぶ2つの基本的推論法のうちの1つ,演繹法推論の特徴をある程度掴むことができた.

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今度はもう1つの基本的推論法である,帰納法推論の特徴を掴むことにしよう.次のような推論は「論理的」と見なすことができるのだろうか.

例題1-3 次の推論は正しいか.
<条件1> 理科の実験でビーカーに入れた氷を0℃以上の温度に暖めたら融けた
<結論> 氷は温度0℃以上で融ける

この推論にも“ 論理のつながり”が存在することを認めることができるのではないだろうか.

解答例
<条件1>も<結論>もいずれも「氷が温度0℃以上で融ける」ことに言及している.しかし,<条件1>の実験結果は,たまたまそのような結果だったと考えられなくもない.別の実験で「氷を0℃以上の温度に暖めても融けなかった」ことが確認されると<結論>は崩れてしまう.だからといって,「氷を0℃以上の温度に暖めても融けなかった」証拠を示さない限り,上記の推論を否定することはできない.

説得力はやや弱いが,多少は妥当性のある“ 論理のつながり”が存在するので,「論理思考」の世界にいる私達は通常,このような推論に対しても「論理的」と見なしている.
では,

例題1-4 次の推論は正しいか.
<条件1> 猫がネズミを捕まえた
<結論> 猫はネズミを捕まえる

この推論にも“ 論理のつながり”が存在することを認めることができる.しかし,猫にもいろいろな猫がいるので,ネズミを捕まえない猫がいる可能性は非常に高い.

解答例
子猫や体力の弱った猫はネズミを捕まえることができそうにない.従って「ネズミを捕まえない猫がいる」ことを示して,この推論の誤りを容易に指摘することができるだろう.

それでも,説得力は相当弱いが,僅かに妥当性のある“ 論理のつながり”が存在するので,やはり私達はこのような推論に対しても一応「論理的」と見なしている.
多少わき道にそれるが,ついでに例題1-3と例題1-4の違いについて確認しておこう.例題1-3の「氷というのは固体状態の水を指す」ので,どのような氷であっても,やかましいことを言わない限り,化学式H2Oという成分から成る同じ氷である.一方,「猫というのは個体や種類の異なる猫類全体を指す」ので,たった1つの事例を根拠にして<結論>を導いた例題1-4の場合は,例題1-3より説得力に欠けるのである.
より説得力を持たせるために,通常,私達は他のいくつかの事例を根拠として挙げる.<条件1>などを<前提1>とした次のような推論法は典型的な「帰納法(きのうほう)推論」または「帰納法(きのうほう)論理」と呼ばれている.

<前提1> 昔,家で飼っていた猫はネズミを何度も捕まえてきた
<前提2> 先日,隣家の猫がネズミを捕まえた
<前提3> テレビ映像だったが,猫がネズミを捕まえていた
<結論> 猫はネズミを捕まえる

「論理思考」の世界では,「演繹法推論」だけでなく,「帰納法推論」に関しても結論を導くための多少とも妥当な“ 論理のつながり”の存在に対して,「論理的」と見なしているのである.しかし,これまで見てきたように,帰納法推論においては,つねに<結論>が覆される可能性のある,大なり小なりの論拠の穴があいているのだ.上記の帰納法推論の事例においても,1つの根拠より3つの根拠の方が強力だが,本質的な事情は同じであり,必然的な結論を導いていることにはならない.

ところで帰納法推論においても,私達がしばしば行う推論や議論における仮定「仮に・・・だとすれば・・・」といったことを前提とする場合について確認しておこう.「論理思考」では,次の<前提1>のような「仮定」を<前提>とする論理であっても結論を導くための妥当な“ 論理のつながり”の存在が認められるので,「論理的」と見なしている.

<前提1> ペットショップで購入した猫はネズミを捕まえないものとする
<前提2> 隣家の猫はネズミを捕まえることができないそうだ
<前提3> テレビ映像だったが,猫がネズミを恐れて逃げていた
<結論> 猫はネズミを捕まえない

これらの<前提>には事実もあるかもしれないが,<前提1>の如く「仮定」も含まれている.しかし,やはり事実かどうかわからない「仮定」を置いても,帰納法推論は可能だが,つねに<結論>が覆される恐れがあることに変わりないのだ.必然的な結論を導いていることにはならないのである.帰納法推論によって得られた結論は可能性のある1つの仮説に過ぎない.従って,帰納法推論は「論理学」の世界では必然的な結論を導く推論の仕方ではないので「論理的」とはされていないが,「論理思考」の世界では「論理的」であると見なしている.このあたりが「論理思考」の世界が“ about ”に見える側面の1つでもある.

これで,「論理思考」の世界で「論理的」ということの意味と同時に,帰納法推論に関しても,ある程度特徴を掴むことができた.

1.1.2 易しい論理学用語を知っておこう

これから「演繹法推論」と「帰納法推論」について詳しく学ぶことになるが,ここで準備として少しばかり「論理学」用語の説明をしておこう.「氷は0℃以上の温度では融ける」ということは,事実であり,正しい内容である.その場合,「論理学」では命題「氷は0℃以上の温度では融ける」は「(しん)」であると言う.「真」は「論理思考」においては「正しい」,「成り立つ」,「妥当である」などといった意味に対応する.一方,「氷は暖めると赤くなる」というのは,事実ではないので正しい内容ではない.その場合,「論理学」では命題「氷は暖めると赤くなる」は「(ぎ)」であると言う.「偽」は「論理思考」においては「正しくない」,「間違いである」,「事実でない」,「妥当ではない」,「誤っている」といった意味に対応する.
このように「論理学」では,今まで出てきたような文,例えば,「氷は0℃以上の温度では融ける」や「猫がネズミを捕まえた」などを「命題(めいだい)」(またはメッセージ)と呼び,命題は「真」か「偽」のいずれかに決定できなければならないものとしている.
「命題」は平叙文(記述文)の形で記述されていて,「真」,「偽」を問題にすることが可能でなければならない.だから,疑問文,感嘆文,命令文や願望・意志などを記述する文であってはならない.個人など発話者の主観や思い,あるいはそれらに基づく文は一義的に「真」,「偽」を決定することができないので,命題にはなり得ないのだ.しかし,平叙文の内容が「意思」や「命令」など主観に関することであっても,「真」,「偽」が判断可能な記述であれば,「命題」として扱える.誤解のないように例を挙げて触れておく.

例)下記の文は命題とすることができない.
・私は留学したい.
・今度の新製品は東南アジア地域で販売せよ.
下記の文であれば命題となる.
・私は留学したいという意思を持っている.
・社長は今度の新製品は東南アジア地域で販売せよと指示した.

なお,「真」,「偽」が判断できる平叙文である限り,言語の種類や主語・述語の順などは問わない.
通常,日常の実務を対象とする「論理思考」において登場する文は,必ずしも「真」,「偽」のはっきりしない命題も多い.それどころか,「論理思考」においては「真、偽」とは無関係な意見や思い・意志までをも扱うことになる.それ故,私達は出来る限り,「論理学」が言うところの命題に近づけるように記述(の明確化)に配慮することが望まれる.このことは大変重要なことであり,今後,随所で触れて行く.

ところで,「命題」に関してはどういうものか理解できたと思うが,「命題」を構成している主語や述語についても言及しておく必要がある.単独では「真」,「偽」を決定できないが「命題」を構成している主語(主部)や述語(述部)のように,意味を持った基本単位(単語ないしは自立語)のことを,「論理学」では「名辞(めいじ)」(または「概念(がいねん)」)と呼んでいる.「名辞」は主語や述語に相当する単一の名詞・代名詞や動詞・形容詞・形容動詞だけでなく,修飾語(句,節)がついたことによって主部や述部に相当するようになった名詞・代名詞や動詞・形容詞・形容動詞なども含む.

名辞の例)
氷,猫,暖める,捕まえる,温度0 ℃以上では融ける,ペットショップで購 入した猫,・・・

1.1.3 健全な推論を心がける

これまでに「論理思考」への入り口として演繹法推論・帰納法推論の概略と用語について学んできた.その過程では<前提>に明らかに「偽」である「氷は暖めると赤くなる」といった命題や,「真」とは限らない「仮に・・・だとすれば・・・である」といった仮定命題を置いた推論についても言及した.私達は何らかの目的があって「論理思考」を活用するので,意識して「偽」である<前提>を置いて推論することは可能である.創造的な議論を行う上では「仮定の話」であっても決して無意味なことではない.しかし,現実課題に対峙する私達が「論理思考」を活用する際には,目的に合った「真」である結論を「論理的」に導くことによって,次に進むことになるわけである.

論理思考を定義する

この辺で論理思考の定義をしておくことにしよう.

論理思考とは

  • 1)事実や誰もが認める事柄に基づいた根拠によって,
  • 2)結論に至る展開の筋道につながりを持ち,
  • 3)目的に合った明確な結論を導出する

ための思考である.

目的に合っていない結論,「真」でない根拠に基づく結論や「偽」である結論は誰にも認めてもらうことができない.その結論の先に進むことができないのである.如何に強い思いや断固として譲れない意見に基づく主張であっても論理的に導かれた結論でない場合には,思いや意見は伝わるかもしれないが、その主張は誰からも認めてもらえるというわけには行かない.したがって,目的を正しく認識し,<前提>には「真」となる<前提>を置き,妥当な推論を行い,目的に合った結論を導くように心がけなければならないということである.つまり,論理の妥当性に関わらず,思いや意志を優先するような特別な場合を除いて,私達は「健全な推論」を行うべきなのである.

事実または誰もが正しいと認める事柄が根拠となる

論理における<前提>は「事実」または「誰もが正しいと認める事柄」でなければならない.そうでなければ正しい推論によって導いた<結論>であっても根拠が認められないことによって,<結論>までもが否定されてしまうからである.「事実」または「誰もが正しいと認める事柄」は「真」として,推論の論拠となるものなのだ.「事実」は,それが誤認でない限り「真」である.「誰もが正しいと認める事柄」とは,例えば<命題>「人はいつか死ぬ」など,「論理学」の言葉では「蓋然性(がいぜんせい)が高い事柄」と呼ばれているが,「論理思考」の世界では実質上「真」と見なせる事柄という意味である.
実際上,「論理思考」で扱う事柄はすぐには「真」であると言い難い場合が多い.従って,帰納法推論に基づいて導いた「論理的」と言える結論を利用しようとする際には,可能な限り必要十分な<前提>となる証拠をそろえることにも留意すべきである.更に私達が推論の論拠として何らかの<前提>を持ち出す場合には,それが「事実」であることまたは「誰もが認める事柄」であることの確認を怠ってはならない.
事実と推定・解釈の相違にも注意を払う必要がある.たとえ事実に接したとしても確認できない事柄が残ることがしばしばある.その場合推定や解釈は可能であろうが,確認できていない事柄はあくまでも事実ではないということを肝に銘じておくべきである.状況証拠に基づいて推論した事柄はあくまでも「推定・解釈」のレベルであり,仮説に過ぎない.

命題を明確に記述しよう

<前提>や<結論>を記述する際には,出来る限り,「真」と言える命題に近づけるように,つまり,誤解の生じない,蓋然性の高い命題となるよう記述を明確化することが望まれる.

記述の明確化例)
氷は暖めると融ける→1気圧下において氷は0℃以上の温度に暖めると融ける
猫はネズミを捕まえる→健康な,おとなの猫の多くはネズミを捕まえる

厳密性を欠く言葉の使用にも注意しよう.可能な限り定量的または比較可能な表現で記述するように努めることが望まれる.例えば,「高いところは寒い」といった命題ではどの程度高いところなのか,どの程度寒いのかが不明である.人によっては屋根の上程度の高さと解釈する可能性も,アルプス山脈の頂上の高さと解釈する可能性もあるのだ.寒いと言っても肌寒い程度なのか,凍てつくような寒さなのかはわからない.

1.2 論理は演繹法と帰納法で構成される

本解説では推論の方法を大きく「演繹法推論」と「帰納法推論」に大別し,前提から必然的な結論を導く「演繹法推論」以外の推論はすべて「帰納法推論」に含めるという考え方で説明を進めて行く.論理的に正しい推論であるかどうかは別にして,私達が関わるすべての論理は演繹法推論と広義の帰納法推論の組合せによって構成されている.歴史的にも多くの自然科学の法則は演繹法推論と帰納法推論の繰返しや組合せによって作られてきた.
「論理思考」を実務で応用する際には,これから学ぶ基礎部分の理解が欠かせない.基本的な用語の知識を得た上,健全な推論を行う必要性を認識したところで,すべての論理構成の基本要素となる演繹法推論と帰納法推論について詳しく学んでおこう.特に帰納法推論に関しては「論理思考」で多用するので,利用する際の留意点を含め,広義に捉えて紹介しておきたい.論理思考の基礎を理解しておくと,「第3章論理ピラミッドを構築して活用する」で学ぶ論理ピラミッドの構築や「第4章論理ツリーに展開して活用する」で学ぶロジックツリーの作成といった「論理思考」活用の際の重要な事柄について自信をもって立ち向かうことができるはずである.ややわかりにくく退屈な部分もあると思うが,基礎は非常に大事なのでサボらずに読み進んで欲しい.

1.2.1 演繹法推論(Deduction)とは

演繹法推論の基本

まず本項で演繹法推論に関して,もう少し深く理解しておこう.

演繹法推論とは
演繹法とは一般的・普遍的な命題や法則を前提として,論理的に必然となる個別または特殊事象を導出する推論方法である.

別の言い方をすると,すべての前提が真であるならば,結論が必然的に真となるような推論方法であるとも言える.演繹法推論においては結論の内容は全て前提の内容に含まれており,前提が全て真であり,結論に至る道筋が形式的に妥当であるならば,結論は前提の論理的・必然的な帰結となるので必ず真となる.
このように,演繹法推論は強力である反面,結論には前提を超える事柄が登場し得ないということから,何ら新たな創造を生み出すことにはならない性格の推論である脚注1-1)

演繹法推論の例1)
<大前提> 昆虫には3対(6本)の足がある
<小前提> テントウムシは昆虫である
<結論> それなら,テントウムシには3対(6本)の足がある

上記の例に挙げた演繹法推論の<大前提>,<小前提>は一応「真」とされているが,形式的に妥当な推論によって当たり前のように「真」となる結論が導かれている.しかし,その「結論」の内容には前提に現れる情報を超えるものは何ら含まれていないこともおわかりいただけると思う.

演繹法推論の例2)
<前提> グランドで少年がサッカーボールを蹴っている
<結論> その子は男の子である

この<前提>から,その子が女の子ではなく男の子であることが演繹できる.この推論においては「少年とは男の子である」といった一般常識を暗黙的に使用したに過ぎないが,例1)のように何も<大前提>,<小前提>などと明示して前提を揃えなくても,論理的に必然となる結論が導けるなら,立派に演繹法推論と言えるのだ.
演繹法推論は私達の日常会話などにおいてしばしば使われており,簡単な内容であれば,大変わかりやすいものである.しかし,推論の形式が変形されていたり,あるいは少し複雑な命題が使われていたりするとその妥当性を確認するのは容易なことではなく,非常に難解な場合が多い.

例題1-5 次の推論は正しいか.
<大前提>魚は泳ぐ
<小前提>サンマは魚である
<結論>よって,サンマは泳ぐ

容易に正しい推論であることがわかるであろう.
では,

例題1-6 次の推論は正しいか.
<大前提> 魚は泳ぐ
<小前提> カツオは泳ぐ
<結論> よって,カツオは魚である

正しい推論だと考えた人はいないと思うが,嫌なことに2つの前提と結論とも内容的には「真」であるため,複雑な事柄になると識別が難しくなってくるので注意が必要だ.

解答例
この推論は誤りである.<大前提>および<小前提>の述部が同じであり,演繹推論の形式に誤りがある.
例題1-7 次の推論は正しいか.
<大前提> 人間にとってはビタミンBが不可欠である
<小前提> レバーにはビタミンBが豊富に含まれている
<結論> だから,嫌がらずにレバーを食べる必要がある

これも一見演繹法推論のように見える.しかも,2つの前提における述部の表現が変更されているのでわかりにくい.

解答例
推論の形式に誤りがあり,おかしな結論が導かれている.ビタミンBを含む食品は他にもある.正しい推論形式であれば,「レバーを食べればビタミンBを摂取できる」といった結論となるはずである.

実務分野では通常もっと複雑な命題を用いた結論が登場するので,良く考えなければならない.例えば,

例題1-8 次の推論は正しいか.
<大前提>経営トップのビジョンが社員一人ひとりに伝わること,それが企業を変え,発展させて行くための大前提である
<小前提>方向性の不明な経営方針や取巻く役員達の追随的な発想からは,わが社の経営トップが何に本気で取組むのか,その実現のために社員に何を期待するのか思いが伝わらない
<結論>わが社の経営トップの力量では,今後の企業変革と発展のために,皆を行動させることができるか否かは不明である

結論の誤りに気がついただろうか.

解答例
2 つの前提からすれば<結論>は曖昧である.<大前提>は「経営トップのビジョンが社員一人ひとりに伝わらなければ,企業を変え,発展させて行くことはできない」という意味なので,正しく推論すると「そのような経営トップでは企業を変え,発展させて行くことができない」といった,もっと明確な結論になる.

定言三段論法

今まで何度か「演繹法の推論形式に誤りがある」といったことが登場したが,この辺で,演繹法推論の代表的な形式としての「三段論法(さんだんろんぽう)」に関する構成についてしっかり学んでおくことにしよう.

前項の「テントウムシ」に関する演繹法推論の例は一般的にMPSなどを名辞として

<大前提> MP である
<小前提> SM である
<結論> 従って,SP である

と書くことができる.<大前提>と<小前提>の順序は入れ替えても構わない.<結論>が<大前提>と<小前提>から導かれていることを構造化して論理構成図で表すために,これを図1.1のような具合に矢印を使って表現する.

101
図1.1 演繹法推論の論理構成図表記

<大前提>からの矢印を<小前提>から<結論>に向かう矢印に向けることによって「演繹法推論」であることを表記している.このような2つの前提から,必然的な1つの結論を得る形式の演繹法推論または論理は「三段論法(さんだんろんぽう)」と呼ばれている.更に前提と結論が「・・・は(が)・・・である(ではない)」(述語:動詞,形容詞でも可)という定言形となる上記のような三段論法を「定言(ていげん)三段論法」と言う.上記は「定言三段論法」の標準形である.MPSには命題を「真」とするような名辞である限り,任意の名辞(名詞,形容詞など)を代入可能である.
ここで,三段論法の鍵を握る名辞Mに注目していただきたい.Mは<大前提>に1回,<小前提>に1回登場し,2つの前提を結合して三段論法の結論を導く際に媒介する役割を担っており,結論では消えてしまう.このような名辞Mを「媒名辞(ばいめいじ)または中名辞(ちゅうめいじ)」と呼ぶ.
ところで,主語と述語からなる定言命題にはどのような形態があるのだろうか.伝統的論理学では,主語に対しては「すべての=全部の:全称(ぜんしょう)」または「ある=一部の:特称(とくしょう)」という量的な2種のタイプ,述語に対しては「肯定形」と「否定形」という質的な2種のタイプを基本文型としている.すなわち,SPを「名辞」としたとき,基本的には次の4つの文型があるとしている.

すべてのSP である(全称肯定文)
すべてのSP ではない(全称否定文)
あるSP である(特称肯定文)
あるSP ではない(特称否定文)

最初に定言三段論法における標準形を挙げたが,三段論法には標準形の他にも別の形式が考えられる.2つの前提の主語と述語の位置を変え,機械的に組合せると,Sを主語,Pを述語とする結論を導く三段論法の形式は,「(かく)」と呼ばれる次の4通りの形態が考えられる.標準形は第1格ということになる.

   表1.1: 定言三段論法の4つの格
 第 1 格   第 2 格  第 3 格   第 4 格
 MP   PM   MP   PM
 SM    SM   MS     MS
 SP   SP   SP    SP

 

4つの格に対して,それぞれの格における3つの命題(2つの前提と1つの結論)には,それぞれ先ほどの4つの基本文型(つまり,「すべての,ある」と「肯定文,否定文」の組)が考えられるので,三段論法の機械的な組合せとしては44=256通りの可能性があることになる.256通りの三段論法のうち,正しい推論となる三段論法は24種(実質的には19種)だけであることが,古代ギリシャの哲学者・科学者アリストテレスによって明らかにされている.
正しい推論となる19種の三段論法のうち,私達が「論理思考」の分野で活用できるようにしておきたい基本形は下記の4種である.
結論が肯定形:その1
<大前提> すべてのMP である
<小前提> すべてのSM である
<結論> 従って,すべてのSP である
結論が肯定形:その2
<大前提> すべてのMP である
<小前提> あるSM である
<結論> 従って,あるSP である
結論が否定形:その1
<大前提> すべてのPM ではない
<小前提> すべてのSM である
<結論> 従って,すべてのSP ではない
結論が否定形:その2
<大前提> すべてのPM ではない
<小前提> あるSM である
<結論> 従って,あるSP ではない

上記4種の三段論法は,適切な言い換え,例えば,

あるSM である      ⇔  あるMS である
すべてのPM ではない ⇔  すべてのMP ではない

等によって他の15種の正しい推論となる三段論法をカバーできることが知られている.

上記4種の三段論法に関して,<小前提>,<結論>にある「すべての」,「ある」という量的な修飾を省略すると,次のような2つのシンプルな三段論法の形態で表すことが可能である.「論理思考」では図1.2,図1.3の2種の三段論法を使えるようにしておき,その他はそれを元に変形するなどの応用によって何とか間に合うだろう.簡単な例で宜しいので,いつでも自分の得意な事例を1つ記述できるようにしておき,必要な都度,名辞にアルファベットを代入した一般的な表記に還元できるようにしておくことをお勧めする.肯定形,否定形のいずれにおいても媒名辞Mを含むそれぞれの名辞の肯定・否定に対応する位置的な関係(点線で示した)をよく理解しておこう.

結論が肯定形となる三段論法型演繹推論の形式
<大前提> すべてのMP である(すべての犬は動物である)
<小前提> SM である(シロは犬である)
<結論> 従って,SP である(従って,シロは動物である)
102
図1.2 結論が肯定形となる三段論法型演繹法推論の形式
結論が否定形となる演繹推論の形式
<大前提> すべてのPM ではない(すべての魚は哺乳類ではない)
<小前提> SM である(イルカは哺乳類である)
<結論> 従って,SP ではない(従って,イルカは魚ではない)
103
図1.3 結論が否定形となる三段論法型演繹法推論の形式

ところで,変形の1 つであるが,例えば,結論が肯定形の形式において,「P」を「非P」で置き換えると,

<大前提>すべてのM は非P である⇒ すべてのMP ではない
<小前提> SM である⇒ SM である
<結論>従って,S は非P である⇒ 従って,SP ではない

結論が否定形の形式において「M」を「非M」で置き換えると,

<大前提>すべてのP は非M ではない⇒ すべてのPM である
<小前提> S は非M である  ⇒ SM ではない
<結論>従って,SP ではない ⇒ 従って,SP ではない

となる.この程度までの変形方法は知っていて損はない.
こうした置き換えや前記の言い換えによって,正しい定言三段論法の形式のすべてを記述することが可能である.正しい三段論法の形式のすべてを想起するために「論理学」を学ぶ人達の間では,古くから使われている格式覚え歌というのがある.しかし,「論理思考」で三段論法を活用する人達にとっては,むしろ,これから先は正しい形式に適合しているかどうかを調べるより,1つ1つの具体的な推論について,それが妥当かどうか考えながら,活用・修正・判断するという取組み方法が実際的であろう.
ここまでの範囲でもいくつかの規則の存在に気がつくのではないだろうか.定言三段論法においては結論が否定形の場合には,前提のいずれか1つが否定形になっていることにも注意しておこう.

まとめると,「定言三段論法」は次の条件を満たしていることになる.

定言三段論法の満たすべき条件
  1. 2つの前提命題と結論命題からなる.
  2. どの命題も主語+述語からなる.
  3. 3つの名辞(概念)が現れる.
  4. 結論の主語と結論の述語は2つの前提に1回現れる.
  5. 2つの前提の述語に同じ名辞が現れる場合には一方は肯定形,他方は否定形となる.
  6. 2つの前提命題には媒名辞(中名辞)が必ず1回現れ,結論では消える.
  7. 媒名辞は少なくとも1つの前提において全称化されている(意味的に,主語に「すべての」がつく)か,否定されている(意味的に,述語に「ではない」がつく).
  8. 結論が否定形の場合には,前提のいずれか1つが(意味的に)否定形となる.
  9. 結論で全称化されているか,否定されている名辞は,前提においても全称化されているか,否定されている.

では,早速,例題

例題1-9 次の推論は正しいか.
<大前提> ある女子大生は勉強熱心だ
<小前提> あるアルバイト店員は女子大生だ
<結論> よって,あるアルバイト店員は勉強熱心だ
解答例
2 つの前提がともに「真」であったとしても,いずれも特称命題になっている.推論の形式も一見正しそうに見えるが,前提が上記の条件7.を満たしていないために,「女子大生」が媒名辞の役割を果たせない.従って,推論は妥当ではないことになる.

それでは,

例題1-10 次の推論は正しいか.
<大前提> 魚は泳ぐ
<小前提> イルカは泳ぐ
<結論> よって,イルカは魚である

この例題は例題1-6の「カツオ」を「イルカ」に変えたものである.

解答例
この推論は誤りであることがすぐにわかる.結論が肯定形となる定言三段論法型演繹推論の形式(図1.2)と比較してみると推論形式に問題があることがわかるはずである.

上記の例題においては,2つの前提はいずれも「真」である.前提が「真」であるのに結論が「偽」である場合には推論形式に問題があるということを意味しているのだ.
ここで,さきほどの例題1-6の推論が上記の条件5.を満たしていないことを確認しておいていただきたい.
では,

例題1-11 次の推論はどうだろうか.
<大前提> すべてのトカゲは哺乳類である
<小前提> すべての犬はトカゲである
<結論> よって,すべての犬は哺乳類である

間違った前提から形式的に正しい推論をすることによって,正しい結論を導くことがある.

解答例
これは,無論おかしな論理である.2つの前提がともに「偽」であるのに,結論は「真」である.

演繹推論を正しく使いたいわけであるが,その前提=根拠の正しさに関しては十分に注意したい.間違ったことを前提にして正しい結論を導き,「だから,前提が正しいのだ」と主張されると論破されてしまう危険もあるということだ.
三段論法の妥当性の判定方法には他の方法もある.定言三段論法の4種の基本形式を集合の図で表現すると図1.4のようになる.人によっては,文で書かれた規則・条件より下記のように集合を使って考えた方がわかりやすいかもしれない.

104
図1.4 主要な定言三段論法の集合による表記

 

その他の三段論法

さて,これまでは演繹法推論の1つとして三段論法のうちの「定言三段論法」の基本形について学んだが,三段論法には他に「選言(せんげん)三段論法」,「仮言(かげん)三段論法」がある.それらについても「定言三段論法」とともに推論形式の概略を並べて眺めておこう.

1)仮言三段論法の推論形式
<大前提> P ならばQ である(日光と栄養が充分であれば,健康な樹木は成長する)
<小前提> Q ならばR である(健康な樹木が成長すれば,樹木には花が咲く)
<結論> 従って,P ならばR である(ゆえに,日光と栄養が充分であれば,健康な樹木には花が咲く)
PQR には一般的には命題が入る
・前提に仮言形「もし・・・ならば」(仮言命題)をもつ
・標準型:3つとも仮言形
・大前提だけ仮言形の混合仮言三段論法という形態も含む:前件肯定規則,後件否定規則の例
2)選言三段論法の推論の形式
<大前提> PQ である(電源スイッチは切れているか,入っているかである)
<小前提> P ではない(電源スイッチは切れていない)
<結論> 従って,Q である(ゆえに,電源スイッチは入っている)
PQ には一般的には命題が入る
・可能な選択肢がすべて網羅されていなければならない
・選択肢はお互いに非両立的でなければならない
「非P ならば,Q である」への変更で仮言三段論法に還元できる
3)定言三段論法の推論形式
<大前提> MP である(人間は必ず死ぬ)
<小前提> SM である(ソクラテスは人間である)
<結論> 従って,SP である(よって,ソクラテスは必ず死ぬ)
MPS には名辞が入る
・前提と結論が「・・・である」という定言形となる
・いずれかの前提は普遍的命題(真理)である→例えば「すべてのMは・・・である」を含有している
「すべてのMP である」→「何であろうが,それがM であれば,それはP である」の変更で仮言三段論法に還元できる

ここで仮言三段論法の表記形式を学んだところで,次のような仮言命題に関連して若干補足しておこう.

 <命題A>「P ならばQ である」において,条件となっているP の方を「前件(ぜんけん)」,帰結となるQ の方を「後件(こうけん)」と呼び,
1)<命題>「Q ならばP である」を「(せい)」<命題A>の「(ぎゃく)」
2)<命題>「P でないならばQ ではない」を「正」<命題A>の「(うら)」
3)<命題>「Q でないならばP ではない」を「正」<命題A>の「対偶(たいぐう)」
と呼ぶ.

これらの相互の関係は図1.5のようになっている.

105
図1.5 正命題に対する逆・裏・対偶命題の関係

ここで2,3の重要な事柄があるので,説明しておきたい.1つは「正」と「逆」に関することである.<命題A>「P ならばQ である」が言えるならば,PQ であるための十分条件となり,QP であるための必要条件となる.例えば,「蝶であるならば昆虫である」という命題において,「蝶である」は「昆虫である」ための十分条件であり,「昆虫である」は「蝶である」ための必要条件だ.また,「逆」に関しては「逆は必ずしも真ならず」と言われるように常に成り立つわけではない.「逆」が成り立つのは,「P ならばQ である」と「Q ならばP である」が共に成り立つ(「同値:どうち」であると言う)場合に限られる.

もう1つの重要な事柄は,「対偶」に関することである.<命題A>「P ならばQ である」が成り立つ場合,「逆」や「裏」は必ずしも「真」ではないが,「対偶」は無条件で必ず「真」である.つまり命題に対する対偶命題は常に「同値」である.

なお,命題が常に「真」となる場合,その命題をトートロジー(tautology=恒真式:こうしんしき)と言い,論理学においては重要な概念となっている.元々トートロジーという言葉には「同意反復(どういはんぷく)」という意味があるようだが,ここでは恒真式の意味で用いる.従って,例えば<命題>とその<対偶命題>で構成される<命題>「< P ならばQ である>が成り立つならば< Q でないならばP ではない>」はトートロジーである.「無限」を扱うややこしい話には言及しないことにすれば,「AB であるか,B でないかのいずれかである排中律:はいちゅうりつ)」という命題は典型的なトートロジーである.論理思考ではトートロジーである排中律「AB であるか,B でないかのいずれかである」を多用するので素直に受容れて覚えておいていただきたい.

「対偶」は推論の際にしばしば使うので,いつでも「言い換え」ができるように慣れておこう.例を挙げると,次のような具合になる.

<命題> 金属ナトリウムならば水と激しく反応して燃える
<対偶命題> 水と激しく反応して燃えないならば金属ナトリウムではない
<命題> 消費電力が大きければその製品の評判は良くない
<対偶命題> その製品の評判が良いなら消費電力は大きくない(ということだ)

ただし,<命題>が「真」である場合,その「対偶」は無条件で必ず「真」であると書いたが,「対偶」による言い換えでは充分に注意しなければならない場合がある.例えば,次の例を見て欲しい.何となく「おかしい」と感じるのではないだろうか.

<命題> 早く出発するなら,早く到着する
<対偶命題> 早く到着しないなら,早く出発しない

次の例であれば,明らかに「おかしい」と感じるだろう.

<命題> 消化の悪いものを食べると,お腹を壊す
<対偶命題> お腹を壊さないなら,消化の悪いものを食べない

これらの<命題>には前件に条件があり,その結果として後件が起こるという具合に時間的なプロセスあるいは因果の関係が包含されている.だから,単純に「対偶」を作ると時間的な向きや因果の関係が逆になってしまうのでおかしなことになる.例えば,プロセスの順序あるいは因果の関係を考慮して

<対偶命題> 早く到着していないなら,早く出発していない(ということだ)
<対偶命題> お腹を壊していないなら,消化の悪いものを食べていない(ということだ)

と,プロセスの向きや因果の関係を変えずに「言い換え」することが必要である.
ところで,仮言三段論法のところで,「前件肯定規則」,「後件否定規則」というのを説明なしに記載した.これらは次の推論形式を指している.

前件肯定規則(<前提2>が条件文<前提1>の前件だけを肯定している)
<前提1> P ならばQ である(犬ならば哺乳類である)
<前提2> P である(犬である)
<結論> 従って,Q である(哺乳類である)
後件否定規則(<前提2>が条件文<前提1>の後件だけを否定している)
<前提1> P ならばQ である(グラファイトならば電気が流れる)
<前提2> Q ではない(電気が流れない)
<結論> 従って,P ではない(グラファイトではない)

つまり「前件を肯定する」もしくは「後件を否定する」論法は妥当である.ついでに「前件を否定する」および「後件を肯定する」論法は必ずしも妥当ではないことを理解しておいていただきたい.

これで演繹法推論の全体をある程度網羅して学ぶことができたが,「論理思考」の世界では私達には常に正しい結論を得る努力が求められる.そこで演繹法推論に関して誤解のないようにしておかなければならないことがある.演繹法推論においては必然的な帰結を得ることになるとはいえ,それはあくまでも前提に基づく結論であるということだ.その前提となる事柄の1つは次に学ぶ帰納法推論によって導かれた前提であるために,結論には帰納法推論の性格が内包されているということに注意しなければならない.演繹法推論の結論は必ずしも「真」とは言えない,確率的に「真」となる可能性を持った大前提に基づいて,導かれているということを忘れてはならない.

一休みしましょう
「ロジカル」だとか「論理学」などというと「理屈っぽくてかなわない」と感じる人もおられるのではないでしょうか。しかし、基礎というのは何ごとにおいても大事ですから、ご自分のついて行ける範囲で結構ですので、何とか乗り越えてほしいと思います。すべてでなくても基礎を一通り理解した、あるいは通過したということが、必ずその後の自信につながります。経験したことがない事柄に立ち向かうような時にも、ゼロから考えることができるようになります。粘り強く続けるなら、決して無駄に終わることはないと思います。

1.2.2 帰納法推論(Induction)とは

帰納法推論の基本

今度は帰納法推論について,少し広く・深く学ぶことにしよう.本来,帰納法推論というのは大変幅広く,広義には演繹法推論以外の推論全体を指している.ここでは,典型的な帰納法推論を中心に学ぶと同時に,飛躍的な結論を導く帰納法推論まで視野を広げて眺めておくことにしよう.「論理思考」の世界では帰納法推論を活用することが多いので,全体をしっかり理解しておいていただきたい.

帰納法推論とは
帰納法とは個々の個別または特殊事象に基づいて,共通する一般的・普遍的命題や法則(あるいは別の個別または特殊事象)を導出する推論方法である.

上記はいわば典型的な帰納法推論の定義であり,別の言い方をすると,帰納法推論とは個々の事象から,事象間の本質的な共通関係を推論し,結論として一般的原理または別の共通事象を導く推論方法であるとも言える.既に学んだように帰納法推論においては,すべての前提が真であっても,それら(事実)は結論を導く論拠になるが,結論はそれら(事実)の論理的・必然的な帰結とはなっていないのだ.結論の確実性は保証されるわけではなく,確率的に真となる可能性をもった結論として示される推論方法である.帰納法推論においては,一般的に結論の内容は前提に含まれていた内容を超える.別の言い方をすると,帰納法推論には新たな事柄を創出する可能性を持った推論法としての特徴があるということである脚注1-2).典型的な帰納法推論の結論は大なり小なり「仮説」なのだ.

帰納法推論の例)
<前提1> 金魚は水の中で泳ぐ
<前提2> 深海魚は深い海水の中を泳いでいる
<前提3> 淡水魚は池や川の水中で泳ぐ
・・・
<結論> よって,魚は水中を泳ぐ

帰納法推論では前提となる事柄がいくつか挙げられる場合には,それらには何らかの共通性があり,その共通性に着目して一般的・普遍的な結論を導くという形式になっていることが理解できよう.
上記のような帰納法推論を一般的な形式で表現すると次のように述部が同義(どうぎ:同じ意味)の形態となる.

述部が同義の帰納法推論の基本形式
<前提1> A1B である(という特徴を持つ)
<前提2> A2B である(という特徴を持つ)
<前提3> A3B である(という特徴を持つ)
・・・
<結論> ゆえに,すべてのAnB である(という特徴を持つ)

<結論>が<前提1>,<前提2>,<前提3>・・・から導かれていることを構造化して論理構成図で表すために,これを図1.6のような具合に表現することにしよう.各<前提>からの矢印はいずれも<結論>に向けて表記している.これが帰納法推論の基本形である.

106
図1.6 述部が同義の帰納法推論の基本形式

主部に注目すると,例えば,前提から結論に移行する際に,深海魚→魚と変化したように結論の主語は前提の主語の上位概念となっている.別の言い方では前提から結論に移行する際に主部の抽象度が高くなっているということに気づくだろう.

なお,ややわき道に反れるが,<結論>「ゆえに,すべてのAnB である」ではなく,「ゆえに,A1, A2, A3, ・・・はB である」という結論は単に複数の前提をandで結合したものに過ぎないので常に正しいと考えて差し支えない脚注1-3)

述部が同義(同じ意味)の帰納法推論があるとすると,次のように主部が同義(同じ意味)の帰納法推論というのも考えられる.

主部が同義で述部が非同義の帰納法推論の基本形式
<前提1> AB1 である(K大学には数学科がある)
<前提2> AB2 である(K大学には物理学科がある)
<前提3> AB3 である(K大学には生物学科がある)
・・・
<結論> ゆえに,AB である(ゆえに,K大学には理科系学科がある)

論理構成図で構造化して表記すると次のよう表せる.

107
図1.7 主部が同義の帰納法推論の基本形式

ここでも,<結論>「ゆえに,AB である」ではなく,「ゆえに,AB1B2B3,・・・である」は単に複数の前提をandで結合したものであるから常に正しい.やはり,それは何ら帰納しているわけではないが,広義には帰納法推論に含めて良い.

帰納法推論の基本的な形式としては上記のように,述部が同義または主部が同義(つまり名辞が同義)という2種のタイプの存在が視野に入る.しかし,実は「述部が同義」,「主部が同義」と言っても,「A1A2A3,・・・」や「B1B2B3,・・・」と記述したように,それぞれ「主部も準同義」,「述部も準同義」(「準同義」などという言葉はあまり使わないが,「何らかの同じ範疇に属する」という程度の意味に捉えていただきたい)だということに気がつくだろう.上記の例では「A1A2A3,・・・」には「魚」という共通性があり,「B1B2B3,・・・」には「K大学にある理科系学科」という共通性がある.帰納法とはそのような「共通性」を見出すことに鍵がある推論なのだ.従って,当然ながら,これらの形式がmixされた第3の「命題が準同義」という形式が一般形と考えられる.つまり,帰納法では通常「主部も述部も準同義」ないくつかの前提から一般法則を導く.私達が「論理思考」の世界で扱うことになる推論は大抵そういった種類のものだ.

しかし,いきなり,複雑な帰納法推論に進むのは危険である.2種の基本的形式は似たように見えるが,やや趣が異なるのでその違いについて確認しておこう.まずは,帰納法推論の原型とも言える「述部が同義」である帰納法推論に慣れておきたい.

例題1-12 次の推論には問題がある.それはどのような問題か.
<前提1> ハトは空を飛ぶ
<前提2> アヒルは空を飛ぶ
<前提3> カモメは空を飛ぶ
<結論> ゆえに,鳥は空を飛ぶ
解答例
私達はペンギンやキーウィといった鳥が飛ばないことを知っているので,大抵の人なら<結論>が必ずしも正しくないことに気づくだろう.<前提>にもっと多くの事例を並べても,<結論>を正当化できない状況は変わらない.

例外の存在が明白である限り,どうしても<結論>を完全には正当化できないのだ.それでも「殆どの鳥は空を飛ぶ」ので,「論理思考」を活用する場面ではこのような命題を正当に使いたいことがしばしばある.そのときにどうすれば良いかについては後で触れる.ついでながら,「ハト,アヒル,カモメは鳥である」という前提が暗黙的に使われていることにも気がついただろうか.そんなの常識だと思われるかもしれないが,もし「ウソは空を飛ぶ」などという命題があると,「ウソ」という鳥を知らない人は「それは嘘ではないか」などと感じて納得が行かくなってしまうということである.暗黙的な前提を使わないで済むようにするには,例えば,「ウソという鳥は空を飛ぶ」などとすれば良い.

では次の推論はどうか.

例題1-13 次の推論には問題があるか.
<前提1> アフリカ象は鼻が長い
<前提2> アジア(インド)象は鼻が長い
<結論> ゆえに,象は鼻が長い

きっと,この推論を反証する事例を提示することはできないのではないだろうか.

解答例
将来は例外が出現し,成り立たなくなる可能性があるが,現時点では大変確度の高い「仮説」である.実質的に正しい推論だと言わざるを得ない.

一般的には「偏った前提事例と少ない前提事例に基づく帰納法推論」では結論の確かさが低下する傾向となるので,結論が包含する大きさと根拠の間の整合性に注意を払う必要がある.
帰納法推論に関する例題で2つの推論例を見たが,帰納法推論では<前提>はいくつあったら良いのだろうか.例題1-12の例では3つでもダメで,100個並べてもダメだということになるが,例題1-13の例は僅か2つの前提事例をもって,確度の高い結論が導かれている.少なくとも,帰納法推論における<前提>の数,つまり根拠とする事例数に関しては数だけの問題ではないということがおわかりいただけたと思う.

ここでは,根拠となる<前提>の「述部が同義」な帰納法推論においては,<結論>を正当化するに必要十分な<前提>があれば,例外の存在の有無を確認するだけで良いと理解しておこう.

今度は「主部が同義」であるが述部が非同義である帰納法推論について考えてみよう.私達が「論理思考」を展開して行く場合,次のような,主語は同じだが,述部が異なるいくつかの事象から帰納法推論により導いた結論を使いたい場合がある.

例題1-14 次の推論に問題があるとすればそれはどのような問題か.
<前提1> Y社はずっとタイで事業を続けている
<前提2> Y社はインドネシアでも既に事業を営んでいる
<前提3> Y社は昨年ベトナムへ進出している
<結論> Y社は,東南アジアの国々に事業展開している
解答例
「<結論>Y社は,東南アジアの国々に事業展開している」では,「Y社は,国内だけではなく海外でも,少なくとも東南アジアの国々では事業展開している」と解釈することになるかもしれない.あるいは「Y社は,東南アジアの国々に限って事業展開している」という意味かもしれない.それだけでもない.「Y社は,マレーシアでも事業展開しているのか」と受取る場合もあり得る.<結論>を「Y社は,国内だけではなく海外でも事業展開している」という意味で「Y社は,海外で事業展開している」あるいは「Y社は,新興国で事業展開している」という意味で「Y社は,東南アジア新興国で事業展開している」としては具合が悪いのだろうかという疑問も生じる.

実は「述部に共通性を見出せる範囲」である限り,どのようなことでも可能性があるのだ.従って,上記の推論は1つの可能性を持った結論に過ぎないということになる.しかも,帰納法推論の性格上,正しいとは限らないのである.しかし,私達は実際の「論理思考」を使う場面で,<前提1>~<前提3>の情報を根拠にして,目的を持って例えば「Y社は,東南アジアの国々に事業展開している」といった結論を利用して,更に先の論理展開を行うことが多い.だが,確定的には言えることは<前提1>~<前提3>の情報の範囲では,単純にand結合した「Y社はタイ,インドネシア,ベトナムで事業展開している」ということでしかない.

そのような場合どうすれば良いのだろうか.「タイ,インドネシア,ベトナムで事業展開しているのであれば,東南アジアの国々に事業展開していると言って差し支えない」という<隠れた前提>の存在の「真」,「偽」を確認すれば良いと考えるのである.つまり,先のand結合によって一旦,次の<小前提>「Y社は,タイ,インドネシア,ベトナムで事業展開している」に相当する結論を導き,更に<隠れた大前提>のもとで,次のような演繹法推論を活用するのだ.

<隠れた大前提> タイ,インドネシア,ベトナムで事業展開しているのであれば,東南アジアの国々に事業展開していると言える
<小前提> Y 社は,タイ,インドネシア,ベトナムで事業展開している
<結論> Y 社は,東南アジアの国々に事業展開している

上記の推論をつなげることによって,<結論>「Y社は,東南アジアの国々に事業展開している」を導いていると考えるのである.隠れた前提が妥当なものであるかどうかは状況によって異なるが,更にその先の論理展開においても,この隠れた前提を絶えず確認しながら進めれば宜しいということである.少し回りくどいことになるが,図で表すと図1.8のようになる.

108
図1.8 隠れた前提が存在する推論の一例

だから,目的によっては「Y社は,東南アジア新興国で事業展開している」という結論を導いて,それを元に相応の隠れた前提条件の妥当性を確認するとともに,その先の推論を展開することも可能なのだ.

例題1-15 次の推論にはいかなる前提が隠れているか.
<前提1> 健一は風邪を引いたことがない
<前提2> 健一は早起きで毎朝欠かさず運動している
<前提3> 健一は酒もタバコもやらない
<結論> 健一は健康である

この推論は主部が同義で「健一」,述部も「健康に関連する事柄」で準同義であり,一応,帰納法推論の形式で構成されている.しかし,恐らく健康に関連するいくつかの要素のうちの3つの要素が備わっているからと言って健康であるとは限らない.糖尿病を患っているかも知れない.精神疾患を抱えている可能性もあるのだ.

解答例
例えば,図1.9のように「健康に関連する3つの要素を備えている人は健康である」という隠れた前提条件が成り立てば,この推論は成り立つ.

これはもう帰納法推論というより肝心なところは実質的には演繹法推論である.

109
図1.9 真であるとは限らない隠れた前提が存在する推論の一例

演繹法推論に関する説明部分の最後のところで「演繹法推論の結論は帰納法推論によって導かれた,必ずしも真とは言えない大前提に基づいて導かれている」という意味のことを書いたが,そのわけが理解いただけると思う.
このように根拠となる<前提>の「述部が同義でない」帰納法推論には,隠れた前提の存在があり,隠れた前提の妥当性の確認なしには使えないということである.細かい話の補足になるが,実は根拠となる<前提>の「述部が同義でない」帰納法推論には,“ 前提の数”だけ隠れた前提の存在があるという考え方ができる.

例えば,例題1-15の例で言えば,

<隠れた前提1>風邪を引いたことがないということは健康であると言えるための1つの要素を備えているということである
<隠れた前提2>早起きで毎朝運動しているということは健康であると言えるための1つの要素を備えているということである
<隠れた前提3>酒もタバコもやらないということは健康であると言えるための1つの要素を備えているということである

これらの前提をand結合した前提「風邪を引いたことがない,早起きで毎朝運動している,酒もタバコもやらないという3つの要素を備えていれば健康であると言える」かどうかが,推論の妥当性を左右するという具合に考えるのだ.

前提を超える部分の扱い

ここでは,一般的な形式である「主部および述部がともに準同義」な前提で構成される帰納法推論について考えてみよう.私達が直面する実務における事象は,多くの場合,主部も述部も一見同義でない事柄ばかりである.それらの異なる事象どうしの間で何らかの共通する物事を見出すことは発明や発見など問題解決にとって極めて重要なことである.本項ではそのような状況での帰納法推論のあり方の一端に触れる.

例題1-16 次の前提から何らかの仮説を導け.
<前提1> カメは砂浜に掘った穴の中に卵を産む
<前提2> 猿は容易に木に登る
<前提3> ムカデは多数の足で移動する
解答例
主部の共通性を考えると「足のある動物」,「動物」,「生物(生き物)」といったところだろう.述部の共通性は「生き物としての活動をする」,「自ら動く」,「生きている」くらいかということになる.従って,
<結論> 生き物は自ら動く
または
<結論> 動物は生き物としての活動をする
であれば通用しそうな仮説を導いたことになる.
例題1-17 次の前提から何らかの仮説を導け.
<前提1> カマキリは鎌状の前足で獲物を捕らえる
<前提2> コオロギは大きな後ろ足でピョンピョンと飛ぶ
<前提3> アリは足先が尖っていて滑らかな垂直のガラス壁も難なく登る
解答例
主部の共通性は「成虫になった昆虫」,「昆虫」,「節足動物」,「足がある動物」,「動物」,「生物」といったところで,述部の共通性は「足がある」,「足を自身の特性に応じて使う」,「足を使って活動する」,「動く」くらいだろう.しかし,主部が「動物」などというのでは事例にある名辞の範囲を遥かに超えてしまう.従って,
<結論>成虫になった昆虫は足を使って活動する
とか
<結論>昆虫はその特性に応じて足を上手に使う
であれば通用しそうな仮説を導いたことになるのではないだろうか.

このように「準同義」な名辞から共通性を見出す際の可能性は,イメージ的表現で言い表すと最大公約数的な共通性から最小公倍数的な共通性までの範囲で存在する脚注1-4).その共通性は前提となる事象の本質であったりする.それでも,共通性に着目して一般的・普遍的な結論を導くことに変わりはないので,総論としては<結論>は<前提>にある内容を超えることになる.“ 前提を超える部分”で注意しなければならない点は主部においては例外の存在,述部においては隠れた前提の存在である.

そこで,私達が「論理思考」の世界で“ 前提を超える部分”をどのように扱えば良いのかについて言及しておこう.
すべての対象となる事象を観察・調査して例外が存在しないことを確認しない限り,推論が成り立つとは言えないというのでは,帰納法推論は実際面では使えないということになってしまう.しかし,例えば,「鳥は空を飛ぶ」という帰納法推論の結論に関しては,「渡り鳥」や「野鳥」に関する何らかの事柄を検討している場面では,ペンギンやダチョウなど「飛ばない鳥」という例外の存在を問題にする必要がないわけである.つまり,「例外が存在する」のを承知の上で,

帰納法推論における例外の扱い:
「例外の存在」を問題とする必要がない状況においては,帰納法推論により導いた結論をそのまま使用しても構わない.

ということなのだ.
また,私達は述部が同義でない例題1-14にあるようないくつかの前提から「Y社は,東南アジア新興国で事業展開している」といった結論を導き,それをその先の事業戦略の展開などに活用したいことがある.そのような場合にも,同様に「隠れた前提が妥当である」ことを確認した上で,

帰納法推論における隠れた前提の扱い:
「隠れた前提の内容」を問題とする必要がない状況においては,帰納法推論により導いた結論をそのまま使用しても構わない.

ということである.
参考までに,例題1-17で仮説として導いた<結論>の主部が「動物」などというのでは事例にある名辞の範囲を遥かに超えてしまうとして避けたが,その理由は例外が多くなりすぎてとても成り立たないからである.隠れた前提に関しても同様であり,とても認めがたい前提が包含されているなら,<結論>は通用しないことになるからである.

類比・類似による推論(Analogy)

一般的には帰納法推論において,十分でない<前提>に基づいて導かれた<結論>は「仮説」傾向を強める.例えば,1つの前提による推論で次のような例が考えられる.

<前提1> 杉の木には1 年ごとに刻まれた年輪がある
<結論> ゆえに,樹木には年輪がある

これは僅か1つの事象の観察結果に基づいて推論された一般法則で,杉の木を樹木一般に拡大しているわけである.もちろん例外があるので必ずしも成り立たないが,状況によっては役に立つ推論と考えても良さそうである.一般化まで拡大するのは行き過ぎと考え,例えば,杉の木と松の木との共通性,というより,類似性から,次のように推論することもあながち無理ではないだろう.

<前提1> 杉の木には1年ごとに刻まれた年輪がある
<結論> ゆえに,松の木にも年輪があるだろう

同様に例えば,

<前提1> アフリカ象の鼻は長い
<結論> それなら,インド(アジア)象の鼻も長いだろう

あるいは

<前提1> 猫には鋭い爪があり,とても身軽に木に登る
<結論> ゆえに,ヒョウは木に登れるだろう

という推論であればきっと誰もが認めるだろう.
では,

<前提1> 昆虫であるハチには翅(はね)がある
<結論> ゆえに,昆虫であるアリにも翅(はね)があるだろう

はどうか.アリは女王アリと雄アリには翅があるが,働きアリには翅がないので2勝1敗というところだろうか.

では,こういうのはどうだろうか.

<前提1> 赤いトマトは食べられる
<結論> ゆえに,赤いカラスウリは食べられるだろう

今見てきたような推論は「述部が同義」な前提1個の帰納法推論が,一般法則でなく個別事象を導いていると見ることができる.通常,個別事象は一般法則に包含されるので,広義には帰納法推論に含めても良いと考えられる.いずれも,「主部(名辞)が似ている」という前提に基づいて推論しているので,これらは「類比推論(るいひすいろん:類推=アナロジー)」と呼ばれている.新たな発見・発想に導く可能性がある反面,危うい推論でもある.
三段論法の形式で表現すると,「似ている」という前提を<大前提>として

<前提1> 猫には鋭い爪があり,とても身軽に木に登る
<大前提> ヒョウは猫に似ている
<結論> ゆえに,ヒョウは木に登れるだろう

つまり,「類比推論」は何らかの類似性(共通性)に着目して個別事象から別の個別事象を推論しているのである.問題はその「主部が似ている」という隠れた前提の正しさの程度なのだ.この例において根拠として想定される前提は,良く考えると単に,

<大前提> ヒョウは猫に似ている

ではなく

<大前提> 同じ猫科のヒョウには鋭い爪があり,とても身軽という点で猫に似ている

といった内容であるということがわかる.「鋭い爪があり,とても身軽」という根拠で猫とヒョウが共に「木に登ることができるであろう」という結論につなげているわけだ
ハチとアリの話も同様である.

<大前提> ハチとアリはともに1対の触覚,3対の足,頭部・胸部・腹部からなる構造という昆虫の特徴を備えている点で類似している
<前提1> 昆虫であるハチには翅(はね)がある
<結論> ゆえに,昆虫であるアリにも翅(はね)があるだろう

従って,三段論法の形式で表記すると

類比推論の形式は
<大前提>AB にはともにk,l,m,・・・という特徴があり,類似である
<前提1>A には(k,l,m,・・・と関連する)xという特徴がある
<結論> よって,B にも(k,l,m,・・・と関連する)xという特徴がある

といった形態になっていることがわかる.
例えば,

<大前提> 10月頃に山で採れるそのキノコとウラベニホテイシメジは,ともに灰色がかった笠の内側には放射状のピンク色のヒダがあり,柄は白いキノコで,とても良く似ている
<前提1> ウラベニホテイシメジは調理して食べると大変おいしい
<結論> そのキノコも調理して食べると大変おいしいのではないか

という類比推論で毒キノコ(クサウラベニタケ)を食べて命を落とす危うさもある推論である.

例題1-18 次の類比推論を三段論法の形式で示せ.
<前提1> 杉の木には1年ごとに刻まれた年輪がある
<結論> ゆえに,松の木にも年輪があるだろう
解答例
年輪というのは,1年間の気候変動に基づいて温暖期と寒冷期とで樹木の生長具合に差が生じることによって,1年ごとに形成されて行くものであるから,
<大前提>松の木は杉の木と同様に四季のあるところで育つ点で類似している
<前提1> 杉の木には1年ごとに刻まれた年輪がある
<結論> ゆえに,松の木にも年輪があるだろう

そこへ行くと,次の例では結論に結びつけられない前提が置かれていることになる.

<大前提> 赤いカラスウリは赤いトマトと似たような色である
<前提1> 赤いトマトは食べられる
<結論> ゆえに,赤いカラスウリは食べられるだろう

常識的には「赤い色」という根拠でトマトとカラスウリを共に「食べられるだろう」という結論に結びつけることができない.「類比推論」にはこのような推論もあるということだ.

このように「類比推論」は帰納法推論に近いものから,個別の事象との類似性を参考にして何らかのヒントを得て,論理では繋がりようがない飛躍的な結論を導く発想法までを含む推論法である.帰納法推論や演繹法推論の不完全形態とも言えるが,次項に登場するアブダクションとともに仮説設定法・仮定演繹法などとも呼ばれている.

ところで,今までは「主部が似ている」という類比推論であった.帰納法推論のときと同じようなことになるが,「述部が似ている」という類比推論が存立し得る.更には名辞でなく,「命題が似ている」といった類比推論が考えられる.

「述部が似ている」前提による類比推論例
<大前提> 導電性プラスチックと鉄には電気が流れるという性質がある
<前提1> 鉄には導電性を担う自由荷電粒子が存在する
<結論> ゆえに,導電性プラスチックにも自由荷電粒子が存在するだろう
「命題が似ている」前提による類比推論の例
<大前提> ウィルスに取りつかれた人は,接触によってウィルスを伝染させる
<結論> ウィルスにやられたパソコンは,接続によってウィルスを撒き散らす

類比推論には演繹法推論の形式に似た他の形式もある.どの形式も既述の三段論法の形式に還元することができる.

<前提1> MP である(酢酸エチルには芳香がある)
<前提2> XM と似ている(吉草酸ブチルは酢酸エチルに似ている)
<結論> (おそらく)XP である(吉草酸ブチルには芳香があるだろう)
<前提1> MP である(牛は食後に良く昼寝をする)
<前提2> XP である(あの受講生は食後に良く昼寝をする)
<結論> (もしかすると)XM である(あの受講生は牛かもしれない)
<前提1> 地上への物体落下は万有引力によるものである
<前提2> 惑星運動は万有引力によるものである
<結論>  ゆえに,惑星運動と物体落下の本質は,同じであるに違いない

いずれの形式も本質は同様で,必然的な結論を導く推論法ではない.しかし,発見的な側面があり,決して捨てたものではない推論方法でもある.

アブダクション(Abduction:仮説推論)

広義の帰納法推論という意味では,まだ説明が済んでいない推論方法「アブダクション」がある.特に科学的発見や創造思考の世界で活躍する「アブダクション」について眺めておこう.

哲学者パースは,演繹でも帰納でもない,新たなアブダクション脚注1-5)という次のような推論方法を提唱した.

  • 驚くべき事実C が観察された
  • しかし, もしA が真であるならば,C は当然の事象である
  • よって,A が真であることを支持する理由がある

アブダクションは常に必然となる帰結を導く演繹法推論または論理ではないので,広義の帰納法推論に含められている.
では,この推論方法に適合するような例を挙げてみよう.

  • 赤道から離れた地球上で振り子を振ると扇形の振動面の方向が時間と共に回転する
  • 地球が自転しているとすれば,「赤道から離れた地球上で振り子を振ると振動面の方向が時間と共に回転する」のは当然の事象である
  • 従って,地球が自転していることを支持する理由がある

パースが提唱したアブダクションの推論形式は単純化すれば次のように表すことができる.

アブダクションの推論形式
<前提1>Q である(観察事実)
<前提2>P ならばQである
<結論> 従って,P であろう(仮説)

どこかで見たような気がするのではないだろうか.いわばパースのアブダクションは,演繹推論において導かれた結論(「Q である」に相当する)から遡って,演繹法推論が成立するような大前提を確認して,空欄を埋めるように個別事象となる前提(「P である」に相当する)を仮説として設定するという具合に推論しているのだ.ちょうど演繹法推論を逆方向に進めているような形式を構成しているのである.

110
図1.10:アブダクションの推論形式例

演繹法推論の後半部分で既に学んだ次の図1.11「前件肯定規則」を重ねてみるとどの命題もちょうど重なり,形式の類似性が理解できるであろう.ただし,1箇所だけ矢印の向きが反対方向になっている.

111
図1.11:前件肯定規則

これはどういうことを意味するのだろうか.アブダクションの推論形式というのは,仮言三段論法の「P ならばQ である」という条件文の後件である「Q である」を肯定して結論「P である」を導くことに相当する.従って,ちょうど

命題「P ならばQ である」→ 逆命題「Q ならばP である」

という関係になっているのである.仮言三段論法の分野でしばしば「逆は必ずしも真ならず」と言われ,「後件肯定の誤り」と呼ばれる形式の推論である.
例えば,

<前提1> 観察すると哺乳類であることがわかった
<前提2> 犬ならば哺乳類であることが説明できる
<結論> 従って,犬であるということが支持できる

という具合に必ずしも結論が真ではない.
しかし,「後件肯定が真である」場合があり,そのときには威力を発揮する可能性がある.「P が成り立つ場合に限って,Q が成り立つ」(ちょうどP の集合とQ の集合が完全に重なる=命題と逆命題が同値である)という場合には,先の事例で見たように「逆も真」になるのだ.

こうしてみると別のアブダクションの形式も考えられることがわかる.例えば,典型的な演繹推論から,1つのアブダクションの形式を作成してみよう.

典型的な演繹法推論の例
<大前提>MP である(昆虫には3対の足がある)
<小前提>SM である(その生物は昆虫である)
<結論>従って,SP である(それなら,その生物には3対の足がある)

を「逆」推論の形式に変えると,1つのアブダクションの形式は

典型的な演繹法推論の例
<前提1> SP である(その生物には何と3対の足がある!)
<前提2> MP である(その生物が昆虫だとすると3対の足があることが説明できる)
<結論>従って,SM である(従って,その生物は昆虫である)

となる.
このアブダクション推論は妥当な結論を導いていることになるが,それはたまたま「P であるS」に限って,「P であるM」が成り立つからである.細かいことを言えば,ある種の両生類には時々3対の足を持つ生物の存在が確認されているので,やはり必然的に「真」となる結論を導いているわけではない.
ここに示したアブダクションの形式は,前出の類比推論の形式の1つと全く同じであることに気がついただろうか.このようなこともあって,人によっては類比推論までを含めてアブダクション推論と見なしている場合もある.アブダクションという語には本来,「誘拐する,規則・規範を逸脱する」といった意味があるようで,それだからこそ新しい発見や変革に繋がる創造思考でもあると言える脚注1-6)

And結合

今までにも「and結合」という言葉を説明しないで用いてきたが,推論において「and結合」を用いる場合には注意して適切に扱わなければならない.簡単そうで厄介な事柄であり,「論理学」と「論理思考」の違いの1つでもあるので簡単に触れておきたい.そもそも「and結合」は推論なのかそれとも推論ではないのか,推論だとすると「演繹法推論」なのか「帰納法推論」なのか等真面目に考えると疑問が湧いてくる.「演繹法推論」を論理的に必然的な結論を導く推論だと定義すれば,「and結合」は以下の説明で必ずしも必然的ではない結論までを導くことがあるという観点から「帰納法推論」の範疇に含めるのが妥当であることがお分かりいただけるだろう.

論理学によれば,例えば次の2つの命題

<命題1> あの人は見かけが怖い
<命題2> あの人は優しい

から単に「and結合」して

<結合命題> あの人は見かけが怖い,そして優しい
または,<命題1>と<命題2>の順序を入れ替えて
<結合命題> あの人は優しい,そして見かけが怖い

という命題を構成することができる.
一方,私達は単に「そして」で結合したものとはニュアンスの違う,「あの人は見かけが怖いけれども優しい(あの人は見かけが怖い,しかし優しい)」,あるいは「あの人は優しいけれども見かけが怖い(あの人は優しい,しかし見かけが怖い)」といった,「しかし」という接続詞で結合した表現を日常的に使うことがある.

実は伝統的論理学(少なくとも現代論理学ではない)では,私達が「論理思考」の場面で日常的に使用する「しかし」の場合も「そして」の場合もいずれも「and結合」なのだ.私達は「and結合」を状況に応じて好きなように使い分けても構わないのである.
下記の「and結合」も論理学では「そして」である.

<命題1> 空気が乾燥していて風が強い
<命題2> 山林火災を消火するのは難しい
<結合命題> 空気が乾燥していて風が強い,そして山林火災を消火するのは難しい

しかし,「論理思考」においては,<命題1>と<命題2>を関連づけて結合する場合には,

<結合命題> 空気が乾燥していて風が強いから,山林火災を消火するのは難しい

となるだろう.

ついでに,結果として時間的なプロセスが包含されるようになる「and結合」に関しても触れておきたい.「演繹法推論」の「対偶」の説明部分で時間的なプロセスが包含されている命題には時間的な方向についての注意が必要だと書いたが,「and結合」の場合にも同様の問題がある.次の例を考えてみよう.

<命題1> 私はやがて目が覚めた
<命題2> 私は車を運転して出かけた

これを「and」結合して

<命題> 私はやがて目が覚めた,そして私は車を運転して出かけた

とするのと,<命題1>,<命題2>の順序を変えて「and」結合した

<命題> 私は車を運転して出かけた,そして私はやがて目が覚めた

とは,まるで別のことになってしまう.「運転して出かけた後で目が覚めた」のでは大変な危険を犯していることになってしまうのだ.因果の関係がある2つの命題の「and結合」に関しても注意しないと同じようにおかしなことが起こる.
ここでは,「論理思考」の世界ではいくつかの命題を「and結合」する際には,「帰納法推論」として単純な結合だけでなく状況に応じた命題化を行うことの必要な場合があると理解しておこう.

弁証法(Dialectic)

「論理思考」の世界でも弁証法(べんしょうほう)は有用である.今度は弁証法について簡単に眺めておこう.弁証法は「演繹法推論」ではないことは明らかであるが,本書のように「帰納法推論」の範疇(はんちゅう)に含めているのは珍しいと思われる.通常は「演繹法推論」でも「帰納法推論」でもないとされている.しかし,弁証法がどの推論方法の範疇に入るのかなどということはそれほど重要なことではないので,読者の皆さんが「弁証法とはどのようなものか」を良く理解し,活用できるようにしていただくことが,本項の狙いである.

弁証法は論理学の世界というより,むしろ哲学の世界に登場する.弁証法に関しては,哲学者によっては歴史的にも別の把握ないしは定義の仕方がなされているが,通常はヘーゲルや19世紀の哲学者エンゲルス達の「弁証法(事物・事象を発展的・本質的に理解する方法)」を指している.多くの哲学者,社会学者達は弁証法を抽象的・観念的な難しい用語を駆使して説明する傾向がある.例示も普通の人には容易には理解できない言い回しで社会や経済といった分野における抽象度の高い複雑な内容を取り上げる場合が多い.しかし,誰にも良くわかるような説明をしてはならないということではないだろう.

わかりやすく言えば,弁証法脚注1-7)とは基本的には「正(せい)→反(はん)→合(ごう)」と進化する次のような推論方法である.

まず,

  • 『正』:「ある1つの考え」が正しいものとされている状況において,
  • 『反』:それに反するまたはそれとは異質な「別の1つの考え」が登場することによって,双方の間に矛盾ないしは対立が生ずる.
  • 『合』:しかし,やがてそれらを統合することが可能な更に1段進んだより本質的な「ある両立する考え」に到達することによって止揚(しよう)される(矛盾や対立が解決する).

さらにその先では

  • 『正』:到達した「ある両立する考え」に対してさえ,
  • 『反』:再びそれに反する「別の新たな考え」が登場する.
  • 『合』:その後に2つの考えに生じた矛盾を克服し得る,更により本質的な「両立的考え」に到達するという具合に進化・発展して行く.

元々「ある1つの考え」と「別の1つの考え」にはそれぞれが矛盾(すなわち相互に対立する考え)を内在しているのであるが,当初の段階ではそのことが認識できていない.しかし,高次元の「ある両立する考え」への到達によって矛盾ではないことが理解できるようになるというのだ.「考え」という言葉は「見方」という言葉に代えても良い.

実際,自然科学の分野ではちょうど弁証法に相当する過程を経て確立されたと言えるような法則や理論は多い.例えば,「光(ひかり)」に関する事例が挙げられる.古くは屈折などの現象から「光は粒子である」と考えられていたが,その後,干渉など「波動である」と考えなければ説明できないことがわかってきた.しかし,現在では黒体輻射や光電効果の現象から,「光は波動であると同時に粒子である」とする量子論の考え方で「光」に関するすべての現象を説明できるに至っている.

もう少し身近な例で説明ができないだろうか.例えば,私達は,幼少時に言葉はともかくとして「水は液体である」ことを体験的に知る.その後,「水は固体である」場合があるということ,「水は気体である」場合もあるということも知る.そしてやがて「広い温度(と圧力)範囲で言えば,水は気体であり,液体であり,固体でもある」という統一的な理解に到達する.
多少の無理を承知で「弁証法」推論というものを形式化してみよう.

弁証法推論の形式化例
<命題1> AB である(ある1 つの考えが成り立つ)
<命題2> AC である(別の1 つの考えが成り立つ)
止揚(進化)↓
<命題1> AC を内在するB である
<命題2> AB を内在するC である
<統合命題> AB であると同時にC である(両立する考えが成り立つ)
例)
<命題1> 光は粒子である
<命題2> 光は波動である
進化↓
<命題1> 光は波動を内在する粒子である
<命題2> 光は粒子を内在する波動である
<統合命題> 光は粒子であると同時に波動である

進化によって結論が動的に変化するので,静的な帰納法推論とは異なるという捉え方も可能であるが,止揚された(進化した)段階における弁証法推論の形式に着目する限り,高度な帰納法推論と見ることができるのではないだろうか.
例えば,蝶が花にとまって蜜を吸っているときの様子を実際に観察した次の<命題1>~<命題3>の観察事項

<前提1> カラスアゲハという蝶は3対の足で体を支えている
<前提2> ツマグロヒョウモンという蝶は2対の足で体を支えている
<前提3> ベニシジミという蝶は3対の足で体を支えている

に基づいて,当初

<結論> ゆえに,蝶には3対の足があるものと2対の足があるものがいる

と考えられていたが,良く観察すると

<前提1> カラスアゲハという蝶には3対の足がある
<前提2> ツマグロヒョウモンという蝶には体を支えている2対の足と退化して体に密着させている1対の足がある
<前提3> ベニシジミという蝶には3対の足がある
<結論> ゆえに,蝶には3対の足がある

ということが判明している.
個々の命題の共通性に基づいて導かれた統一的な結論には前提となる個々の命題に対して矛盾がなく,それらを完全に包含している.それはまさに帰納法推論に他ならない.

弁証法を「帰納法推論」だと言ってはばからないのでは,哲学者でなくとも見識のある方々からお叱りを受けるだろうが,あくまでも視野を広げて見方を変えると上記のように捉えることが可能だと主張しているに過ぎない.その心はいつの時代にも価値がある弁証法推論を誰にも身近なものとして理解し,もっと活用していただきたいという点にある.
弁証法ではこのような「事物・事象の理解の仕方,考え,見方」だけでなく,「事物・事象」自体も同様に振る舞いながらあたかも螺旋(らせん)階段を登るが如く,新たなステージに発展すると考えている.ある状況下における,ある事象の振る舞いは状況が変われば別の振る舞いを見せるが,両状況での相克を経て今度は新しい段階に達し,これらが統合され進化した振る舞いを見せるようになるということである.例えば,近年のビジネスの世界において,顧客がメーカーから製品を購入する際の代理店の役割が,メーカーの販売代理店から,顧客の購買代理店へ進化した例に弁証法的発展を見ることができるのではないだろうか.本来,需要者と供給者の関係はメーカーが製品を顧客に売りつけるものではなく,顧客が欲しい品物を求めるという原点から乖離(かいり)し,販売代理店の役割はメーカーサイドの効率性に重心が置かれていたと言える.しかし,インターネット技術の進歩によって局面が変わり,代理店は購買代理店として本来の顧客サイドの利便性に重点を置き,同時にメーカーの効率性をも両立させる役割に進化したと見ることができるだろう.

私達は弁証法を通じて,いや,そうではなく,現実の世界の変化を通じてと言うべきだろうが,体験的にも学ぶべきことが示唆されるのである.世の中の森羅万象(しんらばんしょう)は固定的で唯一絶対ということはあり得ず,絶えず動的に変遷しており,従って,常に多面的な見方・考え方を受け入れ,困難と思われる問題・矛盾にも克服の道があることを知り,新たな可能性に向かって進化することができると信じて良いのではないだろうか.
人によっては,身近なところ,例えば学校の勉強や仕事の中で「あ,わかった!」という体験を持っているはずだ.それらの体験のうち,矛盾する事柄を解決するために深く考え,あるいは関係者と深い議論を進めて行く過程で,「あ,わかった.こう考えれば良いのだ.矛盾が解決するではないか.」という結果に至る場合の多くは弁証法的な進化の体験と考えられる.一見バラバラに見えていた事柄の本質を見抜いて,それらに共通する1つの統合的な考え方に到達することができたときの体験も同様な性格のものである場合が多い.次章「問題解決の主役はロジカル・シンキングである」の「問題解決のプロセスを正しく理解しよう」のところで解決策を検討する部分が登場するが,今後ますます矛盾を解くようなことが要求される時代に生きる読者の皆さんには是非とも弁証法的進化のレベルの解決策を創出していただきたいものである.異なるものどうしの間に共通する概念を見出すこと,それが新たな展開の基本となるのだ.

1.3 論理思考への道を開く

私達は今まで論理学をベースにしながら,問題解決の骨格として論理思考の基礎となる事柄を学んできた.第3章からはそれらをどのように応用するかに関して更に深く具体的に学んで行くことになるが,基礎と応用との間にはややギャップがあるので,ここでそのギャップを埋めておくことにしよう.

ギャップを埋める1つのポイントは次項で説明する「目的達成志向」という概念である.問題解決を担う論理思考において「目的達成志向」という概念は大変重要である.すこしオーバーな言い方をすれば「目的達成志向」を持たない論理思考は船頭の居ない舟を漕いでいるようなものになってしまうので,絶えず意識して使えるように良く理解しておいていただきたい.
もう1 つのポイントは組立てられた論理構成というものを見ておくことである.ここまでの論理思考の基礎に関しては,説明のために使用した部分を除いて,論理を構成する基本要素としての演繹法推論または帰納法推論の単独での使用に焦点を当ててきた.これからの応用においては,2つの推論法を組合せた論理構成が登場するようになるので,実際の論理構成を眺め,推論の組合せや省略に関する感触を掴むと同時に論理構成の表記法にも慣れておきたいのだ.

1.3.1 目的達成志向は論理思考の基本姿勢

本章のはじめの方に登場した「論理思考とは事実や誰もが認める事柄に基づいた根拠によって,結論に至る展開の筋道につながりを持ち,目的に合った明確な結論を導出するための思考である」という定義を思い出していただきたい.私達が論理思考を活用する際には必ず何らかの目的があり,目的を意識して状況に応じて柔軟に取組まなければならないのである.目的には背景もあり,現状という状況を踏まえた上で目的を達成すべく論理思考を活用することになる.端的に言えば,例えば論理思考に基づいて作成すべき命題は目的に対応して変化するということである.

具体的な例を挙げて説明しよう.「And結合」のところで,「<結合命題> あの人は見かけが怖い,そして優しい」というのを「あの人は優しいけれども見かけが怖い(あの人は優しい,しかし見かけが怖い)」などと私達は「and結合」を状況に応じて好きなように使い分けても構わないと述べた.その通りであるが,むしろ今後は目的によって,状況に応じてより適切な命題にすることが大事だと理解しておきたいということである.
つまり,目的や状況によっては,次のように

<命題1> あの人は見かけが怖い
<命題2> あの人は優しい
<結論>あの人は本当は優しい人なのですが,見かけが怖いだけなのですよ

といった具合に結論を導くことになる.
論理思考においては目的や状況によって,導く結論をある範囲で変化させられる,というより柔軟に変化させ適切な結論を導くように志向すべきであるということである.念のため申し添えておくが,それは状況に流されよということではない.
例えば,次のような事象が観察されたとしよう

<命題1> オオハクチョウは冬になるとシベリアの方から群れを作って空を飛び,日本にもやってくる
<命題2> ツバメは春から夏に東南アジア方面から飛んでくる
<命題3> マガモは時期が来ると長い距離を飛んで渡ってくる
<命題4> アヒルは追い立てれば少し位なら空中を飛ぶ

このとき,鳥類の代表的な特性を結論として導くという目的であれば,

<結論> 大抵の鳥類なら空中を飛ぶ

でも良さそうであるが,「渡り」をする鳥類の1つの特徴を結論的に導くというような目的があるなら,<命題4>は必ずしも必須ではないので,例えば,

<結論>渡り鳥達は長い距離を飛び日本にやってくる

といった結論を導くことがあっても何ら間違いではなく,むしろ目的に対して適切であろう.また,「渡り」をする鳥類の能力に関する結論を導くのであれば,例えば,

<結論>家禽とは違い,渡り鳥達は長い距離を飛ぶことができる

という結論の方が妥当であることがわかる.もう少し背伸びをすれば,

<結論>渡り鳥達には季節を感知し,方向を見失わず長い距離を飛ぶ能力が備わっている

といった結論を導くこともできるだろう.つまり,帰納法推論に関する説明部分で「準同義」な名辞から共通性を見出す際の可能性は,イメージ的表現で言い表すと最大公約数的な共通性から最小公倍数的な共通性までの範囲で存在するということを述べたが,論理思考においてはその範囲をも超えることになるのである.しかし,だからと言って,上記4つの観察事象からは犬や猫に関する結論を導くことはできない.鳥類が虫を食べるといった結論を導くこともできないこともわかるであろう 脚注1-8)
このように根拠となる命題の持つ意味は,目的によってゼロから命題の及ぶ範囲まで広がっていることにより,導くことが可能な結論の範囲にも広がりが生じるのである.しかし,ある根拠命題を実質的に無視することを含め,結論が元の根拠命題が持つ中核的な事柄を超えるに従い,次第に仮説傾向を強め,時には独善的ないしは飛躍的となるということもご承知おきいただきたい.
この辺りが論理思考の面白いところでもあり,場合によっては難しいところでもある.目的を見失って導びかれた結論では使いものにならないこともあるということである.

ここでは帰納法推論的な結論の導出に関して例を挙げながら説明したが,逆に結論的な1つの命題を成立させられる根拠を見出す,あるいは情報収集する際においても同様のことが言える.
例えば,

<結論>太陽からの輻射を直接的にエネルギーとして利用することができる

という命題を事実に基づいて証明しようすると,どのような事象を観察すれば良いだろうか.
このような場合もやはり「目的達成志向」で考えてみるとわかりやすい.「太陽からの輻射を直接的にエネルギーとして利用する」というのであるから,地球表面の水分が蒸発して雲となり,雨を降らせやがて水力発電につながるような現象を観察しても,植物が生長してバイオマス燃料となるような事柄に注目しても「直接的」ということからは距離があるのであまり役に立たない.
当然だが,例えば,次のように,結論を導くことが可能な根拠に近い事柄を観察して役立てるであろう.

<命題1>太陽からの輻射を凹面鏡で集熱して調理に使うことができる
<命題2>太陽光を半導体光発電セルに当て発電させることができる
<命題3>水の光分解反応を活性化する触媒電極に太陽光を照射して,燃料電池原料となる水素を生成することが可能である

上位命題を導くための根拠について考える際にも,やはり「目的達成志向」が働くということがおわかりいただけると思う.

1.3.2 論理を組立てる

本章のはじめの方で,私達が関わるすべての論理は演繹法推論と広義の帰納法推論の組合せによって構成されているということを述べた.実際に私達が論理をどのようにして組立てているかについて「論理的な会話」を例にして眺めてみよう.

例題1-19 次のAさんとBさんの会話の中で,Aさんが主張している論理を読み解き,演繹法推論と帰納法推論の組合せによる論理構成図を作成しなさい.

  1. 「日本企業が築いてきたデジタルカメラ製品事業の大半は,やがて資本力のある韓国・台湾・中国新興企業などに奪われることになるに違いない」
  2. 「何故そう言えるんだ?」
  1. 「事業の大半を占める普及型デジタルカメラは,汎用技術製品への道を歩んでいると言えるのではないか.実際,汎用化した技術による普及製品の場合は大抵台湾・韓国・中国などの新興企業に持って行かれてしまった.」
  2. 「例えば,どういう製品?」
  1. 「古くは冷蔵庫,洗濯機など白物家電.今では低価格帯製品は韓国・中国企業がアメリカ市場まで制している.汎用部品を集めて大量生産できるノートパソコンの殆どは台湾企業が製造している.薄型液晶テレビももう既に韓国企業が世界のトップの座にいる.」
  2. 「確かにそうだね.しかし,デジタルカメラともなると難しいのではないか.」
  1. 「いや,そうでもないよ.競争が激化し,普及型製品をOEMa)化するようになると,瞬く間に関連LSI,CCD,レンズユニットなど部品レベルでの汎用化が進むものだ.既にX社が低価格製品の中国企業でのOEM委託を開始した.Y社は韓国企業でのOEM生産に向け技術提携中だ.」
  2. 「なるほど.それでは,より高精細化するとか,高機能化するといった道しか残っていないというわけか.」

a)Original Equipment Manufacturing:相手先ブランド製造

次のようにAさんの論理を読み解けば良いだろう.解答例として論理の構成を図1.12に示した.

Aさんは,最初に自分の主張を「日本企業の得意なデジタルカメラの大半もやがて資本力のある海外新興企業に持って行かれてしまうだろう<結論>」と述べているので,Bさんは「何故,そんなことが言えるんだ?」とその論理を尋ねているのである.
そこでAさんは,まず,演繹法推論を使って,下記のように「デジタルカメラの大半を占める普及型製品は汎用技術で作れるような方向に向かっている<小前提>」し,実際「汎用技術で作れるようになった製品は,資本力のある新興企業などに持って行かれた<大前提>」という歴史的事実があることを説明している.

結論を導いている演繹法部分
<大前提> 汎用化した技術による普及製品の場合は大抵台湾・韓国・中国などの新興企業に持って行かれてしまった
<小前提> 事業の大半を占める普及型デジタルカメラは,汎用技術製品への道を歩んでいる
<結論> 日本企業が築いてきたデジタルカメラ製品事業の大半は,やがて資本力のある韓国・台湾・中国新興企業などに奪われることになるに違いない

すると,Bさんから新興企業に奪われた製品の具体例に関する質問が出たので,Aさんは下記のように帰納法推論で3つの事実「白物家電,ノートパソコン,薄型液晶テレビという3つの具体例」を挙げて,その<大前提>を裏付けている.

結論を導いた<大前提>を裏付ける帰納法部分
<大前提> 汎用化した技術による普及製品の場合は大抵台湾・韓国・中国などの新興企業に持って行かれてしまった
<根拠1> 白物家電の低価格帯製品は韓国・中国企業がアメリカ市場まで制している.
<根拠2> 汎用部品を集めて大量生産できるノートパソコンの殆どは台湾企業が製造している.
<根拠3> 薄型液晶テレビももう既に韓国企業が世界のトップの座にいる.

しかし,それだけでは,「普及型デジタルカメラが汎用技術で作れるようになってきている<小前提>」との事柄を説明する根拠の方が不足しているので,Bさんとしては「デジタルカメラは難しいのではないか」と疑問を呈したのだ.
Aさんは,その疑問に対しても,再び演繹法で「普及型デジタルカメラが汎用技術で作れるような方向に向かっている<小前提>」という中間結論を,「普及型製品をOEM委託すると,汎用化が進むものだ<大前提>」と誰もが認める前提を置き,隠れた前提「OEM展開が始まっている<小前提>」を使って導いており,その論拠「2社のOEM展開の事実」を挙げて,帰納法推論により隠れた前提を裏付けているのである.

<大前提> 普及型製品をOEM化するようになると部品レベルでの汎用化が進む
<小前提> デジタルカメラ普及型製品のOEM委託が展開され始めている
<根拠1> X社が低価格製品の中国企業でのOEM委託を開始した
<根拠2> Y社は韓国企業でのOEM生産に向け技術提携中だ
<中間結論> 事業の大半を占める普及型デジタルカメラは,汎用技術製品への道を歩んでいる

アンダーライン部分は,Aさんが<根拠1>と<根拠2>を挙げることで説明からは省略されている隠れた前提部分である.

112
図1.12:例題1-19 解答例:Aさんの主張の論理構成図例

ところで,例題1-19の論理構成図には「演繹法」部分と「帰納法」部分を明記して示してある.しかし,実務の世界における論理は本項の例題の如く「論理に省略(隠れた前提)がある」場合や「推論の根拠となっているが,論理構成が演繹法であるのか,帰納法であるのかがはっきりしない」場合もしばしばある.
論理思考の活用においては,通常は「演繹法」であるか「帰納法」であるかを識別することが目的ではないので,これから先は特に言及する場合を除きその識別の記述は不要であり,論理に省略がある場合にも必ず補わなければならないものではない.従って,例えば,例題1-19の論理構成図の一部「<大前提> 普及型製品をOEM化するようになると部品レベルでの汎用化が進む」の論理構成部分も図1.13のように描いても差し支えないものとお考えいただきたい.

113
図1.13:例題1-19の論理構成図一部分の表記例

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1.4 本章のまとめ

本章では問題解決に必須となる,論理学をベースとする論理思考の基礎について学び,すべての論理構成の基本となる演繹法推論と帰納法推論について詳しく理解した.特に,本書では論理的に必然となる帰結を導く演繹法推論以外の推論のすべてを広義の帰納法推論と捉え,類比推論,アブダクション,and結合,弁証法までを視野に入れた.論理思考における根拠としては事実または誰もが認める事柄を使うこと,命題は誤解が生じないように明確に記述することの必要性についても学んだ.論理思考において多用することになる帰納法推論活用の際の留意点に関しては,例外の存在や隠れた前提の存在が関係する,前提を超える部分についての扱いを中心に理解した.最後に,論理学を論理思考に活用する際に重要な役割を担う「目的達成志向」という,問題解決における論理思考の基盤的概念について学んだ.

<第1章終り>

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