問題解決に役立つロジカルシンキング(論理思考)を基礎から学ぶ。

論理ピラミッドの構築

論理ピラミッドは論理思考の定義そのものです。事実または誰もが認める事柄を根拠として帰納法と演繹法の組合せにより論理を組立て目的に合った結論を導出する方法、論理ピラミッドの構築と活用について学びます。

本章に対応するビデオ講座のページ→第3章 論理ピラミッド構築(ビデオ)

第3章 論理ピラミッドを構築して活用する

本章からは論理思考の応用に入ることになる.論理思考の応用分野は「第2章 問題解決の主役はロジカル・シンキングである」の中でも若干触れたが,広くは問題解決を中心に課題設定,課題遂行,戦略立案,提案・プレゼンテーション,交渉,議論,論文・レポート・文書作成等様々である.図3.1 にそのイメージを描いて載せたので参考にしていただきたい.

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図3.1: 論理思考の応用分野

「+創造思考」などと記載されているのは「論理思考」だけでなく他の能力とともに協働することを意味している.また,図3.1 の応用分野はそれぞれが必ずしも独立しているわけではなく互いに部分的に重複しているところもあるということもお断りしておきたい.
これらすべてのビジネス実務における応用について,それぞれを詳細に説明するだけのスペースを割くことはできないが,これから学ぶ論理思考の基本的な活用方法をマスターすれば応用範囲の全体をカバーできるはずである.

論理思考の基本的な活用スタイルには大きく分けて「論理構築:論理ピラミッド,論理展開:ロジックツリー,因果関係解明:因果関係図」の3種類がある.3種類の基本スタイルは,ちょうど「第2章 問題解決の主役はロジカル・シンキングである」の「問題解決のプロセスを正しく理解しよう」のところで登場した,原因のある問題の3つのタイプにおける本質的原因発見の方法に対応している.本章ではこれらの3種類の基本的な活用スタイルの中で,まず,「現象型の問題:論理ピラミッドを構築する」に対応する「論理構築への応用」について学ぶ.実は「論理ピラミッドの構築」というのは現象型の問題に限らず,設定型,創造型の問題を含め,すべての問題に対してその本質を明らかにする場合などに適用することが可能であり,応用範囲が広い.

  • 現象型の問題をはじめ,すべての問題:論理ピラミッドを作成する(論理構築)
  • 発生型の問題:ロジックツリーを作成する(論理展開)
  • 構造型の問題:原因と結果の因果関係図を作成する(因果関係解明)

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3.1 論理ピラミッドによる論理構築とは

既にすべての論理は演繹法推論と帰納法推論の組合せによって構成されているということを学んだ.人に,単なる個別の事実ではない,結論的な事柄をわかりやすく伝えるにはこれから学ぶ論理構築,具体的には論理ピラミッドの作成が大いに役に立つ.私達は何らかの報告書などを書くときには,あまり意識しないで,相応の論理を持ちながら書いているものだ.議論におけ る主張も,多くの場合ある程度は論理を内包している.そういった論理は完全とまでは言えなくとも大抵帰納法と演繹法を組合せて構成されており,全体として「論理ピラミッド」形の構造になっている.
わかりやすい論理はピラミッド構造となるという考え方を「ピラミッド・プリンシプル」として広く紹介したのはバーバラ・ミント脚注3-1)である.

では,実際に例題を使い,ある文書を取り上げてその論理構成を考えてみよう.

例題3-1 次の文章で主張している論理を構造化して示せ.

人々が食べるための農産物資源,水産資源の確保にはエネルギーが欠かせない.農産物を作るにも太陽光と水だけでなく,肥料を与え,田畑を耕すための機械を動かすエネルギーが要る.魚貝類や海老・蟹などの水産資源を養殖し,あるいは捕獲するにも設備や船を動かすエネルギーを使う.

生活に欠かせない食料品・製品をつくるためにはエネルギーが必要である.確保した食糧資源の加工にもエネルギーを使う.私達の住まいを作るには,大抵,工場で機械を使って加工した材料を使う.衣服も工場で紡績機や織機を使って作られた材料を使って縫製されている.

また,人々が生活して行く上で,物や人の移動にもエネルギーを必要としている.資源や生産物を運ぶためにエネルギーが必要である.運搬は自動車,貨物列車といったエネルギーを必要とする運輸手段に依存している.製品の運搬に大量のエネルギーを使う船舶,飛行機も利用しなければならない場合もある.人々が住まいと職場の間を移動するにも子供達を学校に運ぶためにもエネルギーを必要としている.私達は日常的にバスや電車,自家用車,バイクなどを利用している.

人々の健康な生活のためにもエネルギーが必要である.家庭での照明,熱利用,調理および冷蔵のためにもエネルギーが必要である.夜になれば電灯を使う.お風呂にも入る.ご飯を炊いたり,野菜を炒めたり,肉を焼くにもガスや電気を使う.寒ければ暖房にもエネルギーを使う.食料品の保存に電気冷蔵庫なども使っている.医療活動に際してもエネルギーを必要としている.救急医療では患者の移動や手術時の照明などにエネルギーは必須である.診断医療機器には電気を使うものが多い.医療器具の消毒・殺菌・洗浄にもエネルギーを使う.

このように私達人類が生きて行くためにはエネルギーが必要である.

殆ど接続語が使われていない文章であるが,内容からつながりを理解することが可能なので難しい文章ではない.要するに「人類にはエネルギーが必要だ」というようなことを主張している文章だ.よく読むと,改行部分で5つのブロックに分かれていて,上4つのブロックはやや重なりがあるが,それぞれエネルギーが必要である理由を別の観点から述べており,最後の1行が結論になっていることがわかる.しかも,4つの各ブロックは最初にまとめの文があり,その後に具体的な例を挙げて説明することによって構成されている.

解答例 例題3-1 の文を原文のまま階層化すると次のようになる.
結論:私達人類が生きて行くためにはエネルギーが必要である.

  • 人々が食べるための農産物資源,水産資源の確保にはエネルギーが欠かせない.
    • 農産物を作るにも太陽光と水だけでなく,肥料を与え,田畑を耕すための機械を動かすエネルギーが要る.
    • 魚貝類や海老・蟹などの水産資源を養殖し,あるいは捕獲するにも設備や船を動かすエネルギーを使う.
  • 生活に欠かせない食料品・製品をつくるためにはエネルギーが必要である.
    • 確保した食糧資源の加工にもエネルギーを使う.
    • 私達の住まいを作るには,大抵,工場で機械を使って加工した材料を使う.
    • 衣服も工場で紡績機や織機を使って作られた材料を使って縫製されている.
  • また,人々が生活して行く上で,物や人の移動にもエネルギーを必要としている.
    • 資源や生産物を運ぶためにエネルギーが必要である.
      • 運搬は自動車,貨物列車といったエネルギーを必要とする運輸手段に依存している.
      • 製品の運搬に大量のエネルギーを使う船舶,飛行機も利用しなければならない場合もある.
    • 人々が住まいと職場の間を移動するにも子供達を学校に運ぶためにもエネルギーを必要としている.
      • 私達は日常的にバスや電車,自家用車,バイクなどを利用している.
  • 人々の健康な生活のためにもエネルギーが必要である.
    • 家庭での照明,熱利用,調理および冷蔵のためにもエネルギーが必要である.
      • 夜になれば電灯を使う.
      • お風呂にも入る.
      • ご飯を炊いたり,野菜を炒めたり,肉を焼くにもガスや電気を使う.
      • 寒ければ暖房にもエネルギーを使う.
      • 食料品の保存に電気冷蔵庫なども使っている.
    • 医療活動に際してもエネルギーを必要としている.
      • 救急医療では患者の移動や手術時の照明などにエネルギーは必須である.
      • 診断医療機器には電気を使うものが多い.
      • 医療器具の消毒・殺菌・洗浄にもエネルギーを使う.

階層化されている各ブロックは帰納法推論の形式をとっており,各ブロックの最上位にある文はやはり帰納法推論の形式で結論を支えている.つまり,図で表記すると主張は図3.2 のような構成によって論理構築されているということになる.

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図3.2: 例題3-1 の論理ピラミッド構成例

いかがであろうか.これで具体的な根拠と論理的なつながりを持った相応の説得力のある主張になっているのではないだろうか.論理構造を全体イメージとして捉えると1つの頂点のあるピラミッドの形になっていることがわかる.例題の文には演繹法推論は使われていないが,どこかに演繹法推論が使われていても全体として同じようにピラミッド形となる.

このような論理構成を称して「論理ピラミッド」と呼ぶが,ここで,ついでに「論理ピラミッド」について2,3の用語を知っておこう.頂点にある箱を第1階層と呼び,その中身を「主命題(または,主メッセージ)」と言う.
頂点につながった矢印の元にある箱を第2階層と呼び,その中身を「サブ命題(またはサブ・メッセージ)」と言う.以下,第3階層第4階層となる.矢印の上側にある階層を上位階層,下側にある階層を下位階層と言う.従って,主メッセージのことを最上位層にある命題,つまり最上位命題とも呼ぶ.上記の論理ピラミッドにおいては第4階層が最も深い最下位層ということになるので,第4階層にある命題を最下位命題とも呼ぶ.第3階層が最下位層になっている部分も見られるが,やはりその場合も第3階層にある命題が最下位命題ということになる.

論理ピラミッドに関する次の大事なことを確認しておいてほしい.

論理ピラミッドにおける命題の階層位置とその性格

論理ピラミッドにおいては上位命題ほど「抽象的・包括的」命題に,下位命題ほど「具体的・個別的」命題となり,最下位命題は事実または誰もが認める事柄になっている.

例えば,下記部分をご覧いただきたい.最上位命題から第4階層の最下位命題までの,ある1つのルートをたどって命題を並べてある.最上位は「人類が生きて行くため」と抽象度・包括度が高いが,第2階層,第3階層と下位に行くに従って,具体的になって行き,最下位層では「自動車,貨物列車による運搬」といった具体的・個別的な命題が置かれていることがわかるだろう.

私達人類が生きて行くためにはエネルギーが必要である.

  • 人々が生活して行く上で,物や人の移動にもエネルギーを必要としている.
    • 資源や生産物を運ぶためにエネルギーが必要である.
      • 運搬は自動車,貨物列車といったエネルギーを必要とする運輸手段に依存している.

下記の部分はどうだろうか.この部分は3階層しか存在しないが,やはり,下位層に行くに従って抽象度が下がり,第3階層の最下位命題には具体的・個別的な命題が置かれている.

私達人類が生きて行くためにはエネルギーが必要である.

  • 生活に欠かせない食料品・製品をつくるためにはエネルギーが必要である.
    • 衣服も工場で紡績機や織機を使って作られた材料を使って縫製されている.

どちらの最下位命題も事実または誰もが認める事柄と考えて良いだろう.一方は第4階層に最下位命題が置かれ,他方は第3階層に置かれているが,同じ抽象度の命題であっても,1つのツリーが枝に分かれた先では異なる深さの階層に置かれていても何ら差し支えはない.

多くのビジネス文書を始め,新聞・雑誌等の身近な記事,実験報告書,提案書,技術検討報告書,出張報告書,製品企画書なども論理的と言える内容の文書であれば,解析すると殆ど論理ピラミッド構造になっている.もちろん,長い文書によっては主張点が複数存在する場合もあるので,いくつものピラミッドがあるものも珍しくはない.しかし,中には複雑で,構造的に言えば論理のつながりに相当する矢印が錯綜していて,難解な文書も沢山存在する.背景の記述などを含め,特に論理を構成していない文が混じっている文書もある.
適切な命題が使われ,シンプルで論理的つながりが明解な文書はわかりやすく,伝えたいことを正しく伝えることができる.議論における主張も全く同様である.文や主張の論理を構築するには,以上のような具合にして論理思考に基づいて「論理ピラミッド」をイメージしながら進めて行くのである.論理ピラミッドは文章や主張の論理を構築するという場合に限らず,例え ばプレゼンテーション全体の論理構成を作る場合や1枚のプレゼンテーション・シートを作成する場合にも活用する.報告内容のエッセンスを必要な人に短時間で要領よく伝える場合なども論理ピラミッドの活用が役に立つ.

ここで,もう1度論理思考の定義を確認しておこう.論理思考とは事実や誰もが認める事柄に基づいた根拠によって,結論に至る展開の筋道につながりを持ち,目的に合った明確な結論を導出するための思考である.

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3.1.1 論理ピラミッドの作成には2つのアプローチ

論理ピラミッドによる論理構築,つまり論理ピラミッドの作成のためのアプローチの仕方には基本的にトップダウン・アプローチとボトムアップ・アプローチがある.

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図3.3: 論理ピラミッド構築におけるトップダウン・アプローチとボトムアップ・アプローチ


トップダウン・アプローチは,当初から結論が明確で確たる根拠がある程度存在する場合に進めやすい論理構築方法である.しかし,「始めに結論ありき」で論理構築したときにどうしても根拠不十分という場合がある.その際には不足している根拠を再度捜し求めるか,あるいは使える根拠だけに基づいた最上位命題となるように修正して完成させる必要がある.そうしないと根拠のないことを主張していることになる.
一方,結論がどうなるのかわからないが,確かな関連情報がいくつも存在しているという場合もある.そのような場合には,存在する情報の確かな根拠に基づいてボトムアップで結論を構築することができる.しかし,ボトムアップ・アプローチにおいても「もう少し明確なことが言えないか」というときがある.その際には不足の根拠を情報収集することによって,より確度の 高い結論を構築することができる場合がある.このように基本的なアプローチの方法としては,トップダウン・アプローチとボトムアップ・アプローチがあるが,現実的には両方を使って上位・下位の命題間を往き来して完成させることが多いだろう.

なお,KJ 法脚注3-2)と呼ばれる問題解決の方法が知られているが,そのアプローチの中心的な部分の基本的な考え方は本節の後半で紹介するボトムアップ・アプローチと重なると思われる.

トップダウンアプローチ

確たる根拠があり,感覚的にも「これだ!」と思うことができる主張があるなら,トップダウン・アプローチで論理ピラミッドを構築することを試みる価値がある.提言や提案に該当する「・・・すべきである」といった主命題を掲げて何らかの主張を行う場合の多くは,トップダウン的な論理構築になる可能性がある脚注3-3)
トップダウン・アプローチによる論理構築においては,通常,主命題の作成,主命題を支える論拠(サブ命題)として演繹法を使うのか帰納法を使うのかという論理構成の決定,更にサブ命題を支える必要十分な根拠の配置という順序で進める.主命題の論拠として帰納法推論を採用する際に,必要十分な論拠をそろえるということがなかなか難しいと思うが,後の「4.1節 ロジックツリーによる論理展開とは」のところで,基本的な事柄を学ぶので,ここではアプローチのステップと方向について理解しておけば良い.

それでは,例題に取組んでみよう.

例題3-2 下記の情報に基づいて,「これからの学校教育では子供達に知識を詰め込むことではなく,思考力と対人力を磨くことが不可欠になるに違いない」という主張を構成する論理ピラミッドを構築しなさい.

  • 学校は異質な人と触れ合う機会も多く,長期間に亘る体系的な教育が可能な場である.
  • 学校と家庭以外には子供達への実質的な教育の場が殆ど存在しないというのも現実である.
  • 学校教育が子供達への教育に果たす役割は大きい.
  • 子供達への教育の役割は家庭にも当然ある.
  • これから働き手が少なくなる人口の高齢化と福祉費用の増大にどう対処するかという問題がやがて現実のものとなる.
  • 近い将来,所得格差の著しい拡大の進行によって生ずる社会の歪みの問題が懸念されている.
  • 国家が抱える膨大な借金の後始末をどうするかという解決困難な問題も先送りされたままである.

挙げられている情報は事実または誰もが認める事柄だとして,勝手に新たな事実情報を追加するわけには行かないので,存在する情報だけを利用して,論理を構築してみよう.主張を強力なものにするために,できれば最上位の論理構造は演繹法の論理を使いたいところだ.
例えば,基本構成としてこういうのはどうだろう.大きな社会問題が3つ挙げられている.これらの問題は大人達や現在までの政治の責任ではあるが,いずれ子供達が直面する問題でもあり,何らかの解決策を考え,多くの人の力を結集して解決して行かなければならない.そこで,大きな3つの問題を,「今後,社会は大きな問題に直面することになる」とまとめた上で,「これからの子供達の育成には問題解決のために適切な思考力と行動力を磨くことが欠かせない」という前提を設定して論理構築してみることにしよう.
そのために「学校教育がそのような子供達に育てる役割を担っている」という大前提に立ち,「1.2節 論理は演繹法と帰納法で構成される」において学んだ,仮言三段論法の形式に合わせ,例えば上部論理を次のように構成すれば良いだろう.

<大前提> P ならばQ である(学校教育が担うべきはこれからの子供達の育成である)
<小前提> Q ならばR である(これからの子供達の育成には問題解決のために適切な思考力と対人力を磨くことが大事だ)
<結論>従って,P ならばR である(学校教育の役割として,子供達の思考力と対人力を磨くことが不可欠である)

上記の演繹論理は「これからの子供達を教育すること」が媒名辞として使われている.しかし,原文を可能な限り生かして使うと,<大前提>,<小前提>の表現は多少変形されるので,ややわかりにくくなるかもしれない.

解答例:図3.4 のように論理構成する.
<結論>これからの学校教育では子供達に知識を詰め込むことではなく,思考力と対人力を磨くことが不可欠になるに違いない.
<小前提>大人達だけでなく,これからの子供達はそれらの問題解決のために適切な思考力と対人力を必要とする.(追加)

  • 今後,人々はいずれ解決しなければならない大きな社会問題に直面することになる.(追加)
    • これから働き手が少なくなる人口の高齢化と福祉費用の増大にどう対処するかという問題がやがて現実のものとなる.
    • 近い将来,所得格差の著しい拡大の進行によって生ずる社会の歪みの問題が懸念されている.
    • 国家が抱える膨大な借金の後始末をどうするかという解決困難な問題も先送りされたままである.

<大前提>学校教育が子供達への教育に果たす役割は大きい.

  • 子供達への教育の役割は当然家庭にもある.
  • 学校は異質な人と触れ合う機会も多く,長期間に亘る体系的な教育が可能な場である.
  • 学校と家庭以外には子供達への実質的な教育の場が殆ど存在しないというのも現実である.
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図3.4: 例題3-2の論理ピラミッド構成例

上記の例のように全体の論理構造としてはピラミッドを形成しているが,表現の微妙な変化により,通常のビジネス文書は演繹法論理であるのか,それとも帰納法論理であるのか容易にはわからないことが多いものだ.そういった場合には,図3.4の例題解答例のように,上位の演繹法論理の部分は矢印の使い方を演繹推論形式ではなく,帰納法論理のように下位の箱から上位の箱に向かう矢印でつないで表記しておけば良い.

ボトムアップ・アプローチ

今度はボトムアップ・アプローチによる論理構築にトライしてみよう.本項ではボトムアップ・アプローチについて詳細に学ぶ.このアプローチは問題解決アプローチにおける「現象型の問題」の本質的原因を明らかにするやり方でもある.事実情報をグルーピングして,論理ピラミッドを構築するというアプローチの方法は,現象型の問題に限らず,多くの事実情報の中から解決すべき問題を明らかにして,中核となる問題を絞り込む場合にも有効であり,実は応用範囲が大変広い.「原因のない問題」である設定型,創造型の問題に対しても本項のボトムアップ・アプローチによって論理構築し,課題の本質を明らかにして解決策の方向を見極めるという場合が多い.

では,次の例題で現象として見えているいくつかの問題を含む事実情報を元にボトムアップ・アプローチによって,問題の本質的原因を抽出するということを実施してみよう.少し長くなるが,じっくりフォローしていただきたい.

例題3-3 わが社で目下懸案となっている事業に関する,商品開発部門の主要関係者によれば,下記のようなヒアリング結果であり,何とか手を打たなければならない.一体,どのようなことが問題なのであろうか.

  1. 当部門では自社のある事業に関わる新製品開発機能を担当しているが,殆どのメンバーは毎日遅くまで他社との競争上,販売部門から要求されている新製品開発に追われている
  2. 当事業分野には現在大手企業数社を含む10社ほどの競合企業が参入しており,近年市場獲得競争が激化している
  3. わが社のこの事業分野への参入は早く,市場が本格的な規模で成長するまでは市場シェアもトップグループであったが,昨年あたりから,商品ランキング上位に自社商品の登場する機会が激減している
  4. 当事業の関係者の多くはこのまま行くとここ1年以内に確実に業界のトップグループから転落し,負け組みに入ると見ている
  5. 競合企業は収益性の低下傾向に備え,数年ほど前から高価格帯商品に力を入れている
  6. トップマネジメント層もメンバーもただ忙しくグルグル回っている間に事態がどんどん悪化している状況は,理想から程遠い状態にあると認識はしている
  7. 殆どのメンバーは質的には真面目で優秀と言われているが,現在のような状況をどのように打開したら良いかに関する具体策ついては経験も知見もない
  8. 当部門の商品開発はその商品群の特性上,ターゲットとする商品をそのときどきに活用可能な技術や部品をその都度,ベストなものに纏め上げるというスタイルで進めている
  9. 7,8年前に開けたこの事業分野の市場は一昨年あたりまでずっと成長を続けてきた
  10. 当事業分野の商品ライフサイクルは長いものでもせいぜい1,2年程度であり,数種類の商品群のすべてに対応しているためにメンバー達は半年程度の期間で次々に新製品を開発しなくてはならない
  11. 当事業の商品群には自社独自のキーパーツを搭載してコア競争力を維持してきたが,最近では,顧客にとっての価値が認識できなくなってきており,市場では価格競争の世界に置かれているのが現実である
  12. ほんの少し前まで事業規模が急激に拡大していた当事業部では,ロット数量の多い中・低価格帯商品に全力を投入していた

まずは,一連の12個の命題に目を通して欲しい.そして,一体何が根本にある本質的問題なのか,少し考えてみると良い.現状はあるべき状態とはほど遠く大きなギャップがあり,収集した情報からは問題があることはわかるが,本質的に問題となることは何であるのかすぐにはわからない.まさに現象型の問題である.
さて,それでは問題解決プロセスを思い出して欲しい.情報収集の次に実施することは「本質的問題の発見」であるが,「目的達成志向」で,つまりここでは「問題の本質的原因発見志向」で取組むことであった.まず,似たような事実情報は1つのグループにまとめて,全体としていくつかのグループに分けてみよう.この作業をグルーピングというが,グルーピングの際にも「本質的原因は一体何であろうか」と原因を発見しようという志向を持って,あまり関係の深くない事柄には重きを置かず,関係の大きそうな重要な事柄の共通性に注目しながらグルーピングするのだ.読者の皆さんも実際にトライしていただきたい.
例えば,次のように大きくは3つのグループに分けられそうである.

3つのグループに分けると

  1. 部門の開発と商品戦略の状態:  1 ,8 ,10,11,12
  2. 事業を取巻く状況:       2 ,5 ,9
  3. 市場におけるポジションの悪化状況とその対応:3 ,4 ,6 ,7
解答例:グルーピング
A. 部門の開発と商品戦略の状態:
A1. 部門の開発への取組みの現状

  1. 当部門では自社のある事業に関わる新製品開発機能を担当しているが,殆どのメンバーは毎日遅くまで他社との競争上,販売部門から要求されている新製品開発に追われている
  2. 当部門の商品開発はその商品群の特性上,ターゲットとする商品をそのときどきに活用可能な技術や部品をその都度,ベストなものに纏め上げるというスタイルで進めている
  3. 当事業分野の商品ライフサイクルは長いものでもせいぜい1,2年程度であり,数種類の商品群のすべてに対応しているためにメンバー達は半年程度の期間で次々に新製品を開発しなくてはならない

A2. 部門に関係する事業の商品戦略の現状

  1. 当事業の商品群には自社独自のキーパーツを搭載してコア競争力を維持してきたが,最近では,顧客にとっての価値が認識できなくなってきており,市場では価格競争の世界に置かれているのが現実である
  2. ほんの少し前まで事業規模が急激に拡大していた同事業部では,ロット数量の多い中・低価格帯商品に全力を投入していた

B. 事業を取巻く状況:
B1. 事業を取り巻く外的状況

  1. 当事業分野には現在大手企業数社を含む10社ほどの競合企業が参入しており,近年市場獲得競争が激化している
  2. 競合企業は収益性の低下傾向に備え,数年ほど前から高価格帯商品に力を入れている
  3. 7,8 年前に開けたこの事業分野の市場は一昨年あたりまでずっと成長を続けてきた

C. 市場におけるポジションの悪化状況とその対応:
C1. 事業の市場ポジションの悪化状況

  1. わが社のこの事業分野への参入は早く,市場が本格的な規模で成長するまでは市場シェアもトップグループであったが,昨年あたりから,商品ランキング上位に自社商品の登場する機会が激減している
  2. 当事業の関係者の多くはこのまま行くとここ1年以内に確実に業界のトップグループから転落し,負け組みに入ると見ている

C2. 問題状況への対応の現状

  1. トップマネジメント層もメンバーもただ忙しくグルグル回っている間に事態がどんどん悪化している状況は,理想から程遠い状態にあると認識はしている
  2. 殆どのメンバーは質的には真面目で優秀と言われているが,現在のような状況をどのように打開したら良いかに関する具体策については経験も知見もない

他のグルーピングの仕方も可能であろう.「問題を発見しよう」という志向をもってグルーピングするということは,グルーピングした事柄どうしの中で共通する問題がまとまって集められるということである.しかし,10人の人がそれぞれグルーピングしたとすると類似ではあっても,10通りのグルーピングの仕方が提案されるかもしれない.もちろん,どれが正しいかなどということは言えない.それは同じメッセージに対しても,人によって解釈する意味あるいは感じる事柄が異なるものであり,また,どのような事柄を重要視するかに関しても異なる可能性があるので,仕方がないのだ.それでも構わない.その理由は後で述べる.

次に,今度はそれぞれのグループ毎に,各命題に着目して,それらの命題からどのようなことが導き出されるかについて考えるのである.この作業はいくつかの下位にある事実命題に基づいて上位の命題を作成するということである.具体的な言い方をすれば,これらの事柄に共通して言える問題はどのようなことに帰着・帰属させられるか,あるいは深くかかわっているかと いう抽象化を実施するのである.帰納法推論の例を思い出していただきたい.このときにも「問題」に着目して問題があぶり出されるように「問題発見志向」で上位メッセージを作成するのである.
例えば,A1グループについて実施してみよう.

A1. 部門の開発への取組みの現状

  1. 当部門では自社のある事業に関わる新製品開発機能を担当しているが,殆どのメンバーは毎日遅くまで他社との競争上,販売部門から要求されている新製品開発に追われている
  2. 当部門の商品開発はその商品群の特性上,ターゲットとする商品をそのときどきに活用可能な技術や部品をその都度,ベストなものに纏め上げるというスタイルで進めている
  3. 当事業分野の商品ライフサイクルは長いものでもせいぜい1,2年程度であり,数種類の商品群のすべてに対応しているためにメンバー達は半年程度の期間で次々に新製品を開発しなくてはならない

ここで1,8,10の命題をじっくりと読取り,共通してどのようなことが言えるかを目的達成志向で考え上位概念化(抽象化)するのである.3つの命題は「当部門は販売部門から要求されている新製品開発に追われている」,「当部門は個別商品ごとにその都度,最善となるようなスタイルで開発を進めている」,「ライフサイクルの短い商品群のすべての商品開発に対応している」ということだ.どうやら,「この部門では全体最適を考え長期的視点に立った,メリハリの利いた商品開発を主体的に実施しているとは言えない」状況であることがわかる.そこで,「これらの事柄は要するに

A1. 部門では主体性の乏しい,戦略なきその場しのぎの商品開発に追われている

ということではないか」と上位メッセージ化するのだ.このようなメッセージ化は元の命題を充分に把握し,正しく実施することが大事である.
他のグループについても同じように「問題発見志向」で実施していただきたい.かくして,グループ毎に上位メッセージを作成した結果の1例を並べてみる.

解答例:中間A1~C2グループの命題化

A1. 部門では主体性の乏しい,戦略なきその場しのぎの商品開発に追われている
A2. 市場・顧客など事業環境の変化を読取り,自社の進むべき方向を見極めた商品開発が行われていない
B1. 近年市場獲得競争の激化で,価格競争の時代に入ったことにより高価格帯商品への取組みが注目されている
9. 7,8 年前に開けたこの事業分野の市場は一昨年あたりまでずっと成長を続けてきた
C1. 市場における地位が低下し,事業の状況は急速に悪化している
C2. 組織には状況認識能力はあるようだが,自身で状況を打開して行く能力がない

これらのメッセージが,最下位の事実命題から「問題発見志向」的に導いた上位命題である.ただし,9に関しては,B1のグループに含まれていたが,内容的に最下位命題よりやや包括度が高いと見なし,そのまま他の上位命題と同列に置いたものである.

これで上位メッセージは6つになった.このメッセージの中には「問題の本質的原因」がきっと含まれているはずである.勘の良い人や本質に目を向ける癖がついている人には,この辺で「問題の本質」が見えて来るだろう.表面に現れている問題ではなく,本質的問題,つまり「本質的原因」が見えるのではないだろうか.今度は,最初に大きく3つのグループに分けてあったので,それらのグループ毎に作成したばかりの上記メッセージに基づいて,更に上位のメッセージを作成する.すなわち,A1とA2,B1と9,C1とC2からそれぞれの上位命題A,B,Cを導く.

解答例(続き):上位3グループの命題化

  1. 部門では目先の商品開発に追われ,事業環境の中・長期的洞察に基づく戦略的商品開発が行われていない
  2. 市場分野は成長が続いているものの,近年多くの参入企業による競争激化が進み,事業的には高価格帯商品への取組みが重要になってきている
  3. 急速に悪化しつつある事業状況を認識しているにもかかわらず,組織には事業を立ち直らせるための方策を考え,実現して行く能力が不足している

これで,元の12個あった一連の事実メッセージは3つのメッセージに集約された.いよいよ,最上位メッセージの作成である.問題の本質的原因を抽出するように「本質的問題を発見する」意図を持って各命題を眺め,最上位命題を作成する.3つのサブメッセージの抽象化・統合化によって見えて来ることは,次のようなことである.

解答例(続き):最上位命題と論理ピラミッド構成
わが社には,事業環境の変化に対応し持続可能な成長戦略・商品戦略を描き,推進して行く能力が不足している

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図3.5: 例題3-3の論理ピラミッド構成例

「部門の開発メンバーが毎日遅くまで新商品開発に追われている」といった問題は,問題ではあるが,それは現象として表面に出ている事柄に過ぎず,本質的原因として何とか解決しなければならない問題は他にあったということがわかるであろう.かくして,仮説として抽出された「本質的原因」は,それを解消することによって,一連の問題が解決するということが確認できれば,本質的問題を発見したということになる.
ここで注意していただきたいことは,この段階では問題発見を超えて解決策にまで走ってしまわないことである.多くの良くない問題事象に基づいて問題発見志向で作成された最上位メッセージはあくまで「悪さ加減を言い表す問題表現」になっているということだ.何故ならば根拠は「一連の良くない事実」なので論理的には「良くない問題状況的表現」となるはずだからだ.しばしば,最上位命題がいつの間にか「わが社は,事業環境の変化に合わせて高価格帯商品分野へ力を入れる必要がある」といった「解決策表現」になってしまっている間違いが見受けられるので注意したい.短絡的に「解決策表現」で命題化したのでは下手をすると間違った解決策に走る可能性がないとは言えない.最上位命題としては,論理的に「~必要がある」という結論を導くことができないということである.

ボトムアップ・アプローチによって論理ピラミッドが構築されていることがおわかりいただけると思う.本項では「論理構築」により本質的原因を明確化したという範囲で終えるが,本質的原因が明らかになれば,それを課題化してその次のステップ課題解決策の立案に進むということになる.

ここで,ボトムアップ・アプローチにおける2,3の重要な事柄に触れておく.グルーピングの仕方に個人差が生じることがあるが,構わないと述べた.論理ピラミッドの頂点にあるメッセージは,原理的にはすべての最下位メッセージを包含しているわけである.なおかつ,重要なメッセージというのは,個人差によってどのグループに置かれることになっても「重みがある」,あるいは「元気が良くてトゲがある」ので,高い確度で上位に登場して来ることになるからである.ただ,類似の問題を含む命題が別々のグループに置かれてしまうと「問題が薄まってしまう」可能性があるため,「問題発見志向的」に取組むことによって,できるだけ問題を抽出しやすくグルーピングすべきであることに変わりはない.なお,2つ以上の命題で構成された原文が,それぞれ異なる重要な命題であるという場合にはそれらを分離してグルーピングするとか,単なる推定命題や無関係な命題は除外するなど状況に応じた対応も必要である.
下位命題に基づいて導くことが可能であれば,上位命題の導出論理は帰納法でも演繹法でも構わないが,命題の作成に際しては論理的にも表記的にも「目的達成志向」で正しく行うことに留意する必要がある.元の命題に基づいて「導くことができない」ことまで言ってしまうとオーバーなことを主張することにつながり,逆に矮小なことを導いたのでは事実を充分に反映していないメッセージになってしまう.事実からちょうどピッタリ導くことが可能なメッセージを正しい表現で作成することが望ましいのである.

一般的には上位メッセージはイメージ的には下位命題の最大公約数から最小公倍数の範囲で許容となり,時にはその範囲をも超えることになる.最小公倍数側の拡大方向に行くに従って,仮説傾向,つまり存在しない情報を包含する度合いが増加する傾向があるので,情報が不足する場合には新たな情報収集を行うか,メッセージを見直すか考え直していただきたい.

事実情報に基づいて正しく論理ピラミッドを構築すると,説得性が高い主張となる.例えば,先の例題3-3で,「私」と「上長」との会話を想定すると,

私) 私は「わが社には,事業環境の変化に対応し持続可能な成長戦略・商品戦略を描き,推進して行く能力が不足している」と結論付けました.
上長) どうしてそんなことが言えるんだ?
私) はい.わが社の実態は次のA,B,Cという状況です.
A. 部門では目先の商品開発に追われ,事業環境の中・長期的洞察に基づく戦略的商品開発が行われていない
B. 市場分野は成長が続いているものの,近年多くの参入企業による競争激化が進み,事業的には高価格帯商品への取組みが重要になってきている
C. 急速に悪化しつつある事業状況を認識しているにもかかわらず,組織には事業を立ち直らせるための方策を考え,実現して行く能力が不足している
上長) 何故,「組織には事業を立ち直らせるための方策を考え,実現して行く能力が不足している」という結論になるのだ?
私) 部門の主要関係者にヒアリングしたところ,次の6,7が実態であることがわかりました.
6. トップマネジメント層もメンバーもただ忙しくグルグル回っている間に事態がどんどん悪化している状況は,理想から程遠い状態にあると認識はしている
7. 急速に悪化しつつある事業状況を認識しているにもかかわらず,組織には事業を立ち直らせるための方策を考え,実現して行く能力が不足している
上長) なるほどやはりそうか,耳が痛いがそれなら僕も同感だ.確かにそう思うが,ではどうしたら良いのだろうか.
私) この問題を解決するには,その本質原因の裏返しで,組織が適切な戦略を考えて実現する能力を備えることだと思いますが,それにはいくつかの方法が考えられるそうです.・・・

といった会話が成り立つことがわかる.過剰でなく,矮小でもない主張は最後の砦として必ず「事実」が裏付けてくれるということである.
また,ボトムアップ・アプローチにおいて,ときにはどうしても複数の論理ピラミッドが構築されてしまうということが起こる.収集した事実情報がグルーピングされた段階でグループ間の相互関係が全く存在しない場合には,そのようなことになるはずである.元々の情報が複数分野に及び相互関係が存在しなければ当然のことである.しかし,全く関係がないというのではなく,例えば,「何らかの結果として生じている問題」というグループと「それらの問題の原因となっている事柄」というグループに分かれることもある.そのような場合にも,「問題の本質的原因を探る」目的であれば,目的達成志向で「本質原因」側のメッセージを抽出すれば良い.

次節で活用例を紹介するが,事業戦略を検討する場合など「市場・顧客」,「競合他社」,「自社」の3種類の情報を収集するという具合に,予めグループを決めて当初から積極的に異なるグループを意図して情報収集するということを行う場合もある.
いずれにしても必然的に複数の論理ピラミッドが構築されるというのであれば,それはそれで構わないと考えていただきたい.各ピラミッドの最上位命題間の相互関係を考察することによって,新たなことに気づくこともあるだろう.また,論理構築に不要なまたは無関係な命題もあるのだ.

3.1.2 メッセージは論理的に正しく,簡潔で,具体的に

論理ピラミッドの概要については理解できたと思う.読者の皆さんは特に最上位に掲げることになる主メッセージは大変重要であることを認識できて いるに違いない.しかし,実際に論理構築を進めようとすると,多くの場合自ら新たな命題を作成する必要がある.ここで,情報収集によって集めた事実を命題化する,いくつかの事実命題を統合して新たな上位命題を作成する,あるいは文章を作成するなどの際に留意すべき適切なメッセージの条件について改めて確認しておこう.

適切なメッセージの条件
適切なメッセージは論理的に正しく,簡潔で,具体的である
・論理的に正しい
-上位・下位メッセージとの関係に整合している
-事柄が正しく表現されている
・簡潔である
-無駄な表現がない
-メッセージ内容がシンプルに構成されている
・具体的である
-中身が表現されている
-一意的に(1通りの意味として)理解できる

まず,第1に論理的に正しい内容でなければならないということを例題で確認してみよう.

例題3-4 次の3つの文を1つの命題に統合して記述せよ.

  • 企業はひたむきで粘り強く,超一流を目指す感性に富んだ社員には,機会を与えることが大事だ
  • 魅力的なビジョンを社員とともに共有できている企業では,所属する職場に誇りを持ち,自ら進んで技術や製品を一層価値あるものにしようと努める社員が育つ
  • ゴールを目指し物事の合理を究めようとする情熱と勤勉さに加えて,人を思いやる心や和といった心情を持つ人が価値ある成果を結実させている

この例題は,3つの下位命題から1つの上位命題を作成するという課題である.例えば,もし,

「粘り強く感性に富んだ社員に機会を与え,自ら進んで技術などの価値向上に努めるように育て,価値ある成果を挙げさせるには企業ビジョンを共有することが大事だ」

という命題を作成したならば,いかがであろうか.良く読むとわかると思うが,残念ながら,内容が違っている.肝心の論理的に正しくという条件が満たされていない内容では具合が悪い.
難しいかもしれないが,例えば,

解答例
「魅力的なビジョンを社員と共有できている企業が社員に機会を与えるなら,感性に富み,有能・勤勉で心情豊かな人達が自発的に製品や技術価値を高めようとする社員に育ち,成果を挙げるものだ」

といった命題であればOKレベルであろう.
メッセージの第2 の条件は簡潔でなければならないということである.

例題3-5 次の文は適切でない最上位命題の例である.簡潔に表現せよ.
近年,世界全体との貿易総額は輸出,輸入とも増加を続けている.これはアジアとの貿易が伸びていることに起因する.とりわけ中国との貿易の著しい伸長が大きく寄与している.中国を含むアジアとの貿易は輸出入とも全体の50%に迫っており,わが国との関わりが一層深くなっている.

このような4つの文をそのまま最上位命題として使うことはできない.これら4つの文に基づいて最上位命題を作成するつもりでメッセージ化してみよう.次のようなメッセージが作成できれば良いだろう.

解答例
「近年のわが国と世界各地域との貿易総額は,輸出・輸入とも増加傾向にあり,地域別ではアジア,特に50%近くを占める中国の比率が拡大している」

そして,第3の条件としてメッセージの内容は具体的である必要がある.上位メッセージほど抽象度が高く包括的になるのは仕方がないが,「中身が何だかわからない」メッセージであってはならない.「中身が何だかわからない」メッセージに目を通すのは,靴底の裏から足の裏を掻いているようなものなのだ.
例えば,最上位命題として

「新しい水素ガス生成方式は実用レベルでメタンの直接分解が可能である」

という命題であれば,中身がわかるが

「次世代燃料ガス生成システムはポテンシャルが高い」

では,中身が何だかわからない.
論理思考の世界では「要するにどういうことなのか」を正しく伝える最上位メッセージに限らず,すべてのメッセージはわかりやすく適切な表現となるように十分留意して作成していただきたいものである.

3.1.3 論理的なつながりを言葉で確認する

論理ピラミッドの構築については,ある程度の感触を掴むことができるようになったのではないだろうか.読者の皆さんは易しい,しかも短い文で良いと思うが,実際に論理ピラミッドを構築してみていただきたい.実際に目の前にある文を自分なりに論理ピラミッドとして構築してみると「簡単ではないぞ.どうしたら良いか迷ってしまうな.」というような感触を持つことになるだろう.論理的結合は必ずしも因果関係のようにわかりやすいものばかりではないので,つながりがあるのかどうかを含め,つながりの強弱や上位,下位の方向など迷うことが多い.しかし,十分に深く考えてみた段階では,人によって解釈の幅もあるので,どうしても明確に識別し得ない側面が残るものであり,必要以上にあまり細部に拘る必要はないのだとお考えいただきたい.
本項ではそのような場合に,個々の論理的結合(矢印)が適切であるかどうかを確認する簡単な方法および矢印のつなぎ方における注意点について学ぶ.

論理結合に対応する言葉

何らかの主張を含む文の論理構造を調べ,それを論理ピラミッドとして構築する,あるいは論理ピラミッドから逆に主張のある文を作成するといった場合を想定して欲しい.その際に論理結合に使う矢印(→)と言葉(接続語)の対応について理解しておくと,論理の正しさを確認する場合などにおいて役に立つ脚注3-4).ここでは論理的な結合として使われる矢印(→)と置換え可能な言葉の対応関係について理解しておこう.
論理学では,「下位命題が上位命題の根拠となっている」場合,つまり「前提から結論を導く」際には,大抵,結論の前に「従って」,「ゆえに」といった接続語が登場するので,矢印(→)が持つ実質的な意味はこれらの言葉であることがわかる.ボトムアップの際の矢印に対応する言葉としてはそれで良いだろう.英語のニュアンスがわかる人は「So what?」という関係で結合しても良い.
ボトムアップ文の構成の妥当性を確認するには,『「下位命題」,従って「上位命題」』のつながりで接続された文が,論理的に整合しているかどうか調べてみると良いということだ.

306
図3.6: 下位命題に続き,接続語でつながる上位命題の関係

反対に,トップダウンの際には「何故なら」,「そのわけは」,「例えば」といった言葉でつなげることができる.従って,トップダウン文の構成の妥当性を確認するには,『「上位命題,何故なら「下位命題」』のつながりで接続された文が,論理的に整合しているかどうか(スムーズにつながるかどうか)調べてみると良いということだ.「Why so?」でニュアンスが掴める人はそれでも良い.

307
図3.7: 上位命題に続き,接続語でつながる下位命題の関係

例えば,トップダウン・アプローチのところで,次のような論理結合(矢印としては,新たに追加した下位命題「今後,人々はいずれ解決しなければならない・・・」から,新たに作成した上位命題「大人達だけでなく,これからの子供達は・・・」に向けられて接続されている)を構築したが,

・大人達だけでなく,これからの子供達はそれらの問題解決のために適切な思考力と対人力を必要とする.(追加)
 -今後,人々はいずれ解決しなければならない大きな社会問題に直面することになる.(追加)

その妥当性は,『「大人達だけでなく,これからの子供達はそれらの問題解決のために適切な思考力と対人力を必要とする.」何故なら,「今後,人々はいずれ解決しなければならない大きな社会問題に直面することになる.」』といった文を吟味してスムーズにつながることで確認することができる.

ところで,「接続語」(広く言えば,「接続表現」)には,上に挙げた「理由」,「説明」といった範疇に属する数種以外にも,「順接」,「逆接」,「転換」などに該当する5分類50種以上にも及ぶ多くの「接続語」がある.「接続語」には文どうしの微妙なつながりを担う役割があり,そのような論理的結合を単純な1本の矢印などでは到底表現できるものではない.従って,関連はあるが方向のある矢印では結合できない部分,やや強引に関連づけて結合しても意味が保たれる部分,等号あるいは点線で結合しておけば良さそうな部分などいろいろあるという理解をしておいていただきたい.論理のつながりは可能な限り正しく捉えるという努力の上に,現実を扱う論理思考の世界ではどうしても”about”な領域が残ることを認める柔軟性を持っている必要もあるということなのである.

シングル・チェーン・ロジックには注意しよう

論理ピラミッドの構築に関連して,注意しなければならない事柄の1つとして「シングル・チェーン・ロジック(1本鎖論理)」の問題がある.ただし,この呼び名は筆者が付けたものであり,一般的に使われているものではない.江戸時代のことわざで「風が吹けば桶屋が儲かる」というのを聞いたことがあるだろう.「桶」でなく元は「箱」だとか,いろいろな説があるが,この命題の論理は大よそのところ下記のようなものである.決してあり得ない関係とは言えないが,多少の因果関係にある事柄を無理やりつなげて無茶な結論を導いている例として引き合いに出されることわざである.

風が吹けば桶屋が儲かる
1) 風が吹く
2) ほこりが舞い上がり,目に入る
3) 盲人が増え,三味線を弾く
4) 猫皮が使われ,猫が減る
5) ネズミが増える
6) 桶がかじられ,桶屋が儲かる
308
図3.8: 典型的なシングル・チェーン・ロジックの例

まるで1本の鎖のように論理結合されているので,シングル・チェーン・ロジックと名づけたが,とても成り立たない論理であることは言うまでもない.各命題を結合する矢印がつながっている確率が10%であったとしても「風が吹いて桶屋が儲かる」確率は(10/100)5=0.00001と全く無視できるほど小さい.
厳格に描けば,仮言三段論法が何段にも使われた連鎖式(れんさしき)と呼ばれる図3.9のようなつながりになっている.どの三段論法部分の大前提が成立する確率もそれほど高いものではない.

309
図3.9:「風が吹けば桶屋が儲かる」という論理のつながり

しかし,例えば,仮にいずれも事実とする「BはAより背が高い」,「CはBより背が高い」,「DはCより背が高い」・・・「ZはYより背が高い」といった前提命題の連鎖式ならば,100%の確度で「ZはAより背が高い」という結論を導くことは可能である.

ここで一般的に言えることは,1つの根拠だけを元に何らかの結論を導く場合には注意が必要だということである.上位命題と下位命題の1対1の関係は論理的には「同等,同意,別の言い方では」,「100%の確率で」,あるいは少なくとも「典型的な事例としては」,「上位命題の主たる根拠」といった接続関係になくてはならない.
例えば,1本鎖であっても図3.10,図3.11のような内容の命題どうしで,1段程度の論理結合であれば許容されるであろう.

310
図3.10: 許容されるシングル・チェーン・ロジックの例-1
311

図3.11: 許容されるシングル・チェーン・ロジックの例-2

しかし,チェーンが長くなると最上位命題と最下位命題の関係は,途中に強いところがあっても次第につながりが弱くなって来る.従って,重要部分では階層を減らすなどしてあまり長いチェーンを作らない方が良い.

例えば,「太陽光発電の研究を進めれば地球温暖化を防止できる」という論理を,図3.12のように構築しても,それぞれの命題の論理的結合が成り立つ確率は必ずしも高くはないので,説得力に欠ける.
たとえ各段の成り立つ確率が50%だとしても(50/100)4=0.0625程度だから,「旨く行けば地球温暖化の進行を緩やかにすることに貢献できる可能性がある」と言える程度であろう.

312

図3.12: 許容されないシングル・チェーン・ロジックの例-2

図3.13 のように,別の根拠命題,例えば「エネルギー消費を大幅に減らす」,「他の自然エネルギーの利用研究を進める」などを置いて複数の根拠を直結する論理の方が”まとも”であることがわかる.
シングル・チェーン・ロジックの作成には気をつけよう.

313

図3.13: 複数の根拠に支えられた命題の例

同一論拠を2か所以上で使用するには

ピラミッド論理の構築においては,全体としてピラミッド形のつながりになるということであるが,言い換えると下位命題の箱から上位命題の箱に向かう矢印は1本であり,上位命題の箱には1本以上の矢印が向けられているということである.しかし,下位部分の論理構成を切出した図3.14の例にあるように,たまに,どうしても下位命題の箱から上位命題の箱に向かって複数本の矢印を向けたい場合がある.そのときにはどう考えれば,あるいはどうすれば良いのだろうか.

314

図3.14: 同一命題が2つの命題の論拠として使われている例

まず,考えなくてはならないことは,同一の命題が複数の上位命題の論拠になっているということが「おかしくないか」という点である.多くの場合,それらの上位命題には重なりがあるか,あるいは,根拠に使われている下位命題が持つ異なった側面を論拠にしているということを意味しているのだ.図3.14の例は,ちょうど上位命題の方に重なりがある場合の論理構成である.中間命題「A事業分野の商品の売上状況は良好だ」と「わが社の3つの新規商品販売状況はどれも好調である」には重なりがある.論理が曖昧になる傾向があるので,命題は重なりを避けるに越したことはないが,確かに,このような論理を構成したい場合もある.その場合には,完全に切り離して図3.15のように分離して独立した根拠として配置すべきである.

315

図3.15: 同一命題を独立させて論拠を明確にした例

根拠に使われている下位命題が持つ異なった側面を論拠にしている場合もある.例えば,図3.16の主命題「太陽電池は次世代の優れたエネルギー源である」というピラミッド論理において,最下位層にある命題「発電がそのような原理に基づいている」からは3本の矢印が上位の命題に向けられている.

316

図3.16: 同一命題の異なる側面を論拠にしている例

論理的結合関係に問題があるわけではないが,図3.16の場合を良く考えると図3.17のようにそれぞれの上位命題の根拠は下位命題の異なった側面に基づいていることがわかる.

317

図3.17: 同一命題の異なる側面を分離して厳密に接続した例

図3.18の例も類似で下位命題「空気中には酸素が存在する」が共通の根拠として使われている.

318

図3.18: 同一命題が共通の根拠として使われている例

先の例と同様に,綿密な表現にすれば,例えば一方の下位命題は「空気中にはアルミ製材料の表面を酸化する酸素が存在する」ということであるが,図3.19のように同じ根拠をそれぞれに配置する程度で構わないだろう.
図3.18の例も類似で下位命題「空気中には酸素が存在する」が共通の根拠として使われている.

319

図3.19: 同一命題を別個の論拠としてそれぞれに配置した例

以上のように,可能な限り下位の命題からは複数の矢印が出て行かないように論理ピラミッドを構築する習慣を持つようにしていただきたい.もし,同一根拠を別の中間結論につなぐようなことが生じたならば,論理を深く考えるチャンスだと捉えて見直して欲しい.

3.2 論理ピラミッドを活用してみよう

論理ピラミッドを構築できるようになれば,論理思考の応用分野の半分近くは視野に入れることが可能である.応用分野の1つ,現象型の問題における本質的原因の発見に関しては,前節のボトムアップ・アプローチのところで詳細に説明した.本節では論理ピラミッドを用いるその他のいくつかの典型的な応用分野について足を踏み入れることにしよう.
実際に論理ピラミッドを構築してみることがトレーニングになるので,軽く流し読みせず例題には時間をかけて自分でも取組んでみていただきたい.

3.2.1 説得力のあるプレゼンテーション・シートを作成する

「プレゼンテーション」の全体については別の書籍で学んでいただくことにして,本書ではプレゼンテーション・シートの1ページ分を作成することに絞って学んでおくことにしよう.
なお,プレゼンテーションにおいては話し手と聞き手という関係が存在する脚注3-5)ので,交渉や説得などと同様に,論理思考能力だけでなく「相手の立場に立って共感が得られるような」対人能力との協働行為となることを認識しておいていただきたい.ここでは対人力については触れないが,「目的達成志向」で考えていただければ,少なくとも相手によって「伝える事柄の内容・詳しさや水準の程度」などは異なるということはおわかりいただけるであろう.

わかりやすい論理的なプレゼンテーション・シートを作成する基本は,伝えたい1つのメッセージとそのメッセージを裏付けるシンプルな論理を明示することである.その際の論理構成は,通常,論理ピラミッド(本章),ロジックツリー(第4章),因果関係図(第5章)のいずれかであり,その論理を支える根拠として事実データを含むグラフや事実情報が使われる脚注3-6)

プレゼンテーション・シートを作成するには

  • 1枚のシートの上部に,聞き手に最も伝えたい明確なメッセージを1つ置く
  • 残りのスペースにそのメッセージを論理的に説明する事柄を配置する

-論理構成は可能な限りイメージ化してわかりやすく示す
-論理には事実に基づく根拠を提示する

これで良いのだ.一度にいろいろなことを伝えたい気持ちはわからなくはないが,1シートに1メッセージが原則である.プロの作ったシートの殆どは原則どおりに作られている.
本小節ではプレゼンテーションの基本的なスタイルの1つとしてシンプルな論理ピラミッドを構築し,具体的な実例でプレゼンテーション・シートを作成しながら説明しよう.

下表は近年の国内小売業における主要販売窓口の販売額推移である.このデータを使って,近年の電子商取引額が顕著な伸びを示していることを主張するプレゼンテーション・シートを作成してみよう.

表3.1: 国内小売業における主要販売窓口の販売額(単位:兆円)

暦年 スーパー販売額 百貨店販売額 コンビニエンスストア販売額 消費者向け電子商取引額

1998 12.6 10.7 6.0 0.0
1999 12.8 10.3 6.4 0.2
2000 12.6 10.0 6.7 0.4
2001 12.7 9.6 6.8 0.8
2002 12.7 9.4 7.0 1.5
2003 12.7 9.1 7.1 2.9
2004 12.6 8.9 7.3 3.9

・百貨店・スーパー・コンビニエンスストア販売額:経済産業省「商業販売統計」より
・消費者向け電子商取引額:経済産業省ほか「平成16年度電子商取引に関する実態・市場規模調査」より

まず,データをグラフ化すると共に,適切な主メッセージを考え,その主メッセージを論理的に導くことが可能な論理のつながりと事実データに基づく根拠を見出すといった検討を行う.グラフを作成すると大よその傾向を掴むことが可能だ.そこで,例えば,主メッセージとして,

 「一般消費者の電子商取引額は急速に増大している」

という命題を考えたとする.これで正しいが,残念ながら論理思考のメッセージとしては十分とは言えない.このメッセージでは「いつ」の話か,「どこ」の話か不明である.この際ついでに頭に入れておいて欲しいが,新たに構築する主メッセージにはひと通り5W1H(When,Where,Who,What,Why,How)を考えてみて,目的に合わせて必要な項目を盛り込むように心がけると良い.「一般消費者の電子商取引額は急速に増大している」まず,データをグラフ化すると共に,適切な主メッセージを考え,その主メッセージを論理的に導くことが可能な論理のつながりと事実データに基づく根拠を見出すといった検討を行う.グラフを作成すると大よその傾向を掴むことが可能だ.そこで,例えば,主メッセージとして,

さて,先のメッセージに戻って,「急速に増大している」かもしれないが,絶対額が小さければ,ことさらそのことを取り上げて主張する意味はあまりない.また,小売業全体におけるポジションなどもある程度は伝える内容にしたい.実は適切な主メッセージを考えるのは,適切なグラフを描き論理ピラミッドを想定しながらトップダウンとボトムアップによる整合を考える必要があり,かなり高度な思考力を必要とするものだ.
適切なメッセージに修正すると,例えば,

 「近年,一般消費者のインターネット経由販売は日本国内小売業の販売窓口として,無視できない規模で急成長している」

といった感じにすれば良いだろう.メッセージは正しく伝えるためにある程度の長さになってしまうのは止むを得ないが,数行もの長さになるとプレゼンテーションの聞き手の理解に支障を来たすので,長くても3行くらいまでが限度であろう.
適切な主メッセージを作成できれば論理的に支えるピラミッドを作成するのはそれほど難しくはない.論理ピラミッドは手元資料のようなものであり,口頭で伝える内容だから,階層が深いもの,複雑なものは避けたほうが良い.例えば,図3.20のようなせいぜい3階層程度までのシンプルな論理ピラミッドが望ましい.
論理ピラミッドを良く確認していただきたい.最下位命題から最上位命題まで論理的なつながりが存在し,最下位命題はデータが示す事実であり,論拠となっている.これでロジカル・プレゼンテーション・シートを作成するためのシナリオができたことになる.

320

図3.20: プレゼンテーション内容の論理ピラミッド

次は,実際にプレゼンテーションに使うシートを完成させることになる.この段階までにはラフなグラフや図はある程度描かれているはずである.プレゼンテーションでは主メッセージの下にある中間命題や最下位命題は視覚的にグラフや図で示し,命題内容は口頭で伝えるのだ.つまり,プレゼンテーションを実施する際には,最初に主メッセージを伝え,次に一方のサブメッセージに相当するグラフ部分を指差しながら,サブメッセージを伝え,続いてそのサブメッセージを裏付ける最下位の事実データを示すグラフを指差しながら,最下位命題の内容を伝える.その後で,もう一方のサブメッセージ,それを裏付ける最下位命題という具合に説明を行う.このような論理ピラミッドの説明をイメージしながら,既に描いてあるラフなグラフを修正し,プレゼンテーション・シートを作成して行くことになる.
グラフの主題,縦軸・横軸の名称・単位,使うべきデータの範囲,データの出所,凡例等不可欠な事柄を考え,適切に記載する.元データには7年分の数値があるが,この場合,5年分くらいで十分だろう.一方,特に「命題」を口頭で伝えても,グラフからは聞き手に読取ることができない数値が「命題」の中に存在するような場合には,数値の記入などの配慮が必要である.かくして,図3.21のようなプレゼンテーション・シートが出来上がる.

321

図3.21: プレゼンテーション・シート例

前出の論理ピラミッドを頭に描き,あるいは手元に置いて図3.21のシート上の各説明ポイントを指差しながら,声を出して実際にプレゼンテーションをトライしてみていただきたい.

では,次の例題に取り組んでいただきたい.

例題3-6 国内自動車メーカーA社およびB社の20XX年度世界地域別自動車販売台数は下表のとおりである.このデータに基づいてどのようなことが言えるか.プレゼンテーション・シートを作成し,簡単な説明論理を示せ.

A社およびB社の20XX 年度世界地域別自動車販売台数(単位:万台)

日本 北米 欧州 アジア・他

A社 26 41 33 37
B社 22 17 34 63

注)北米市場にはカナダを含む.
数値は各社20XX年度有価証券報告書による

データに基づいてどのようなことが言えるか,というより,現実の場面では何らかの目的があって,その目的に適した1つの主張を事実に基づいて示すということになるが,僅かなデータだけでもいくつかのことが言えるであろう.例えば,A社とB社による対等合併の可能性を提案しようと検討している場面では,「A社とB社はほぼ同程度の販売規模である」といった事柄は1つの論拠になるので,例題3-6解答例1のようなプレゼンテーション・シートを作成すれば良いことになる.

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図3.22: 例題3-6解答例1 プレゼンテーション・シートおよび説明論理例

同じくA社およびB社の合併可能性を検討している場面でも,両社による地域別総販売台数はどうかといったことを示すには,解答例2のようなプレゼンテーションの方が適していることもおわかりいただけると思う.

323

図3.23: 例題3-6解答例2 プレゼンテーション・シートおよび説明論理例

一方,A社とB社の販売市場戦略の違いについて言及しようという目的であれば,解答例3のような「A社は北米市場への販売が多く,B社はアジア・他市場への販売が多い」といったプレゼンテーション・シートの方が適している.

324

図3.24: 例題3-6解答例3 プレゼンテーション・シートおよび説明論理例

この場合,市場地域に関する特性に関して,元データに存在しないが関係者の誰もが承知している事柄,例えば「北米,日本地域は先進国市場である」といった前提条件が使えるなら,更に一歩踏み込んで解答例4のように「A社は先進国市場への,B社は新興国市場への販売ウェイトが高い」といった応用も可能である.
ただ,ここで注意しておきたいことは,何の前提条件も設定せずに,例えば「B社はアジア・他市場において強みがある」とか「B社はアジア・他市場に戦略的に展開している」といったメッセージを作成することはできないという点だ.アジア・他市場の販売数量に関連して,存在するデータに基づいて言えることは,解答例3のように例えば「B社はアジア・他市場において、販売台数でA社を上回っている」といった内容になることを正しく理解しておかなくてはならない.

325

図3.25: 例題3-6解答例4 プレゼンテーション・シートおよび説明論理例

以上のようにどのようなことを主張したいのかに合わせて,グラフの表記を適応させるというのも「目的達成志向」の一環であるが,元データの扱いには百分率(%)に直して扱う,円グラフを用いるなどまだまだ多くのバリエーションの余地があることも併せて理解しておいていただきたい.

3.2.2 価値ある議論を生産的に進める

今日の大抵の組織では会議のために多くの時間を使っている.しかし,単なる報告会,説明会といった連絡や伝達のための会議であったり,せいぜい意見交換のための打合せであったりする.私達は何らかの価値ある結論を得るために,生産的な議論を行うことによって貴重な時間を有効に使いたいものである.
生産性の高い会議の場には,大抵の場合有能な先導役みたいな人がいる.一般的にはファシリテータと呼ばれている役割を持った人に相当する.

議論の場におけるファシリテータは
・出席者に発言を促す
・論点を明確にする
・流れを整理する
・合意を確認する
などの行為により介入し,
・出席者の相互理解
・議論の活性化
・合意形成・意見統合
・価値創出
などを促進するといった役割を担っている.

組織や集まりに参加するメンバーがファシリテーションという概念を理解し,対人力があって気の利いた人がファシリテータ役を務めるなら会議の生産性を高めることにつながる.
ファシリテーションの中核技術の1つはロジカル・シンキング(論理思考)である.従って,ファシリテータは無論のこと,議論に参加する組織のメンバーは互いに論理思考を身につけていることが望まれる.本項では議論の中の典型的な形態を取上げて,論理ピラミッドの応用例に触れてみたい.
例えば,「この組織は今後進むべき2つの道のどちらを選択すべきか」といった議論は良くあるケースである.「どちらの技術を採用するか」,「どの方式で行くのが良いか」,「どこの企業と協働すべきか」などいろいろなテーマが考えられる.このように争点を明確にして議論を戦わすような場合を次の例題で実施してみよう.

例題3-7 以下のテーマについて情報収集を行い,自動車メーカーの技術者という立場で議論が可能なように2つの主張を明確にして,それぞれの論理を構築せよ.
ただし,「目下,次世代自動車に関して世界の各自動車メーカーによって開発競争が繰り広げられようとしている.いくつかの有望な動力源のうち,ハイブリッドタイプのものが当面の中核となるという考えを前提として,ガソリンエンジンとディーゼルエンジンのいずれをハイブリッドエンジン車のベースエンジンとすべきかに絞った論争を想定する.」

少しばかり重たい課題だと思う.進め方はボトムアップ・アプローチと言っても良いだろう.関連する情報を収集し,「ガソリンエンジン派」関連と「ディーゼルエンジン派」関連に分離して,それぞれを更にいくつかのグループに分けてグループごとに上位命題を構築して行く.上位命題を作成したところで根拠が不足であれば再度情報収集する,あるいは命題を修正するといった進め方で最上位命題までを含む論理ピラミッドを構築する.第2階層であるサブメッセージは表現に十分気を使って作成すべきである.多少時間がかかるが情報収集して(インターネット検索でほぼ可能),論理ピラミッドの構築に半日くらいの時間をかけて検討すれば,何とかそれぞれの主張論理を構成することが出来るのではないだろうか.

以下に1例として載せておくが,階層化されているのでピラミッドのイメージは持てると思う.なお,データは国土交通省,日本自動車工業会,経済産業省資料,いすず自動車・BOSHオートモーティブ社ホームページ,自動車販売代理店ホームページ,その他による.
ここまで来ると,実際の議論ではサブメッセージの1つずつに焦点を当てて順に議論を進めることが可能になるであろう.評価・選択の考え方を決めておけば自ずと結論を導くことができる.

解答例
ガソリンエンジン派の主張と論理
今後のハイブリッド車の基幹エンジンとしては有害排ガスを発生しない,安価で実績があるガソリンエンジンが適している
A. ガソリンエンジン方式なら相対的に安価で購入し易く,静かで加速性も良い

  1. エンジンによる騒音・振動が少ない
    • 低圧力での燃焼なので,機械的なエンジン負荷が軽く,ディーゼルのようなカリカリ音が弱い
  2. 本体価格が安い
    • 排気量1.5Lクラスの自動車で末端小売価格が20万円ほど安い
      • 同じトヨタの同クラス車の価格比較でガソリン車は168,000円安い
        • ディーゼル貨物車(排気量1.362L):¥1,454,250
        • ガソリン貨物車(排気量1.496L) :¥1,286,250
    • 燃焼圧力を高くしないので,エンジンを頑強に作らないで済む,従って軽量で構成材料も少なくて済む
      • 同じトヨタの同クラス車の重量比較でガソリン車は30kgほど軽い
        • ディーゼル貨物車(排気量1.362L):1,080kg
        • ガソリン貨物車(排気量1.496L) :1,050kg
    • バッテリー容量が小さくて済む
      • ガソリンエンジンはプラグでの着火方式である
      • ディーゼルは始動時にバッテリーでピストンを動かし圧縮空気を作って高温化着火しなければならない
  3. 加速性が良いので運転しやすい
    • プラグ点火なので燃焼レスポンスに優れている

B. ガソリンエンジンは人体に有害な排出物が少なく環境適性が良い

  1. 喘息や酸性雨の原因ともなる,排気ガス中のNOxが少ない
    • ガソリン乗用車では2005年の新長期規制をクリアーするディーゼル乗用車との比較でも少ない
      • ガソリン車 :0.05g/km
      • ディーゼル車:0.14g/km
    • 排気ガス中の酸素が少ないのでNOx・HC・COを同時に浄化する三元触媒が使える
  2. 排気ガス中にPM(粒子状物質)が殆ど存在しない
    • ディーゼル車からのPM放出は人体への悪影響が懸念される.
      • 2002年以前のものと比べると全量としては1/5以下にまで減少しているものの,超微粒子の数はむしろ増加している
    • ガソリン車からは人体に有害なPMは殆ど排出されない

C. ガソリンエンジンはハイブリッド化実績が豊富である

  1. 世界初の実用車発売は1997年12月であり,長年の実績がある
  2. 2014/9時点で世界で累計700万台以上のガソリンエンジン・ハイブリッド車(トヨタ・プリウス)が販売されている

ディーゼルエンジン派の主張と論理:
今後のハイブリッド車の基幹エンジンとしてはCO2排出が少なく,トータルライフコストの安いディーゼルエンジンが適している
A. ディーゼルエンジン車はトータルライフコストで見れば安価で,低速走行時の安定性に優れ,事故時の火災安全性にも優れる

  1. トータルライフコストが安い
    • ランニングコストが安い(燃費が良い)
      • 熱効率(燃焼時に発生する熱量に対し,動力に換算された熱量の比率)が1.4倍と高い
        • ガソリンエンジンの最高値32%に比べ最高値で46%である
        • 10・15モード燃費(燃料1Lあたり)でガソリン車に20%程度勝る
          • ディーゼル車(排気量2.982L):10.8km/L
          • ガソリン車(排気量2.693L) :8.8km/L
      • 税負担が少ない(日本国内であれば)
        • 例えば,1000L/年の燃料消費で乗用車11年使用時の燃料代に含まれる税金比較で少ない上に,燃料効率の有利性も加味される
          • ガソリン車 :66万円
          • ディーゼル車:40万円
    • 走行寿命が長いので本体価格は割安となる
      • 高負荷な使用や高圧縮での燃焼にも耐える頑強な構造である
        • ガソリン車の限界である30万km以上走行可能である
      • 自然発火なのでプラグを必要としない
  2. 自動車火災に対して安全性が高い
    • 燃料が軽油であるために,事故などの際,ガソリン車に多い火災が少ない
  3. 低速時にも走行性が良く安定している
    • 低速時もトルクが大きく,出力も大きいので走行が安定している
    • ガソリン車に発生しがちな不要燃焼であるノッキングを起こさない
      • 圧縮は空気だけであり,燃焼室全体で1度に着火する

B. ディーゼルエンジンはCO2発生量が少なく,地球にとっての環境適性が良い

  1. 同じ距離を走行するのに地球温暖化ガスであるCO2発生量が少ない
    • ディーゼル車(排気量2.982L):234.0g/km
    • ガソリン車(排気量2.693L) :263.8g/km
  2. 排気ガス中のCO・HCが少ない
    • 燃料が十分な空気で燃焼させられる
    • CO排出がガソリンエンジンより少ない(2005年の新長期規制をクリアーするディーゼル乗用車とガソリン乗用車の比較)
      • ガソリン車 :1.15g/km
      • ディーゼル車:0.63g/km
      • HC(ハイドロカーボン)の排出量もガソリンエンジンより少ない
        • ガソリン車(バス)の炭化水素排出係数 :1.4g/km(40~60km/h走行時)
        • ディーゼル車(バス)の炭化水素排出係数:0.6g/km(40~60km/h走行時)
      • ディーゼルエンジンは新規ハイブリッドエンジンとしての組合せに環境的に適している
        • 電導モータとの組合せにより始動時の排気ガス問題をクリアーできる
          • 不利な点である始動時の加速性・排気ガス条件を電動モータ使用でクリアーでき,相補的となる

C. ディーゼルエンジンは大型までカバー可能な汎用性があり,将来性がある

  1. 自家用車から産業輸送の中核となる大容量エンジンを搭載した大型トラックまで,幅広くカバーできる
    • 「圧縮自然着火」方式のディーゼルエンジンは,大容量エンジンにおいても使える
  2. 次世代の均一燃焼型HCCI(Homogeneous Charge Compression Ignition)エンジン採用への移行が容易である

 

どうやら,上記の比較議論時点では「PM(粒子状物質)とNOxの問題をクリアーできるなら」という条件付きでディーゼル・ハイブリッドエンジン車に軍配が上げられそうであるが,読者の皆さんはいかがであろうか.ロジカルな議論はこのように論理ピラミッドを描いて進めると良い.次世代自動車というテーマなのに,何故,EV(電気自動車)との比較論争を設定しないのかという向きもあると思うが,乗用車からトラックなど大型自動車の長距離運送までを視野に入れてオーソドックスな比較議論を実施してみたわけである.今後10年くらいのスパンを考えると,ハイブリッド自動車と電気自動車および燃料電池車との比較議論などは格好のテーマであるので,是非,この演習問題例に沿って論理ピラミッドを構築してみていただきたい.

3.2.3 ロジカルな報告書・論文を書く

論文というとやや大げさであるが,私達は技術報告書,提案書や出張報告書など~報告書といった名のつくドキュメントを日常的に作成している.メモ程度の報告書もあれば時間をかけて作成された長い論文や報告書もある.どのようなドキュメントであっても作成した本人がわかっているだけで済むのであれば,形式や内容は自分流でも良いが,ドキュメントが伝えようとする事柄を他の人が正しく受取ることができるように作成するには最低限のことを守る必要がある.「論文の書き方」,「報告書の書き方」などに関してはそれを目的として作られた立派な参考書もあるので,それらを参照いただくことにして,本項では,A4用紙1ページ程度の簡単なレポート程度を想定して,報告書や提案書の作成について補足的に説明しておこう.
報告書や提案書の構成の骨格はやはり「論理ピラミッド」であり,基本は演繹法論理と帰納法論理を組合せて作成することである.従って,明確にした2つ以上のサブメッセージを作成し,サブメッセージに基づいて導かれる結論を,わかりやすい適切な表現で主メッセージとすることになる.通常は,存在する情報に基づいてどのようにグルーピングすべきかが考えられ,グループごとにサブメッセージが作成されるので,サブメッセージというのは状況に応じた内容となる.
しかし,特定目的の報告書や提案書作成においては,サブメッセージ・コンセプトを当初から決めておいて論理構築することができる場合がある.それらの場合を含めて以下にいくつかの文書タイプを紹介しよう.これらの文書タイプに関する論理構築の考え方は論文・報告書に限らず論理ピラミッドを使うプレゼンテーションのタイプに関する論理構築においても応用することが可能である.

  1. 説明型:説明,事実のまとめを述べる一般的なタイプ

 →演繹法と帰納法を使って容易に構成できる

  • 「K社の成功のポイントは~という3つの施策によるものである.」
  • 「X商品群はいずれも全国的に売上げ不調の状況にある.」
  1. 評価型:事柄に対する自分の評価を述べるタイプ

 →評価基準の定義と評価基準を満たしているか否かを示すサブメッセージ・コンセプトを設定する

  • 「新規に開発した技術は従来からある他のどの方法よりも優れている.」
  • 「B製品が設置される環境下では電気信号方式による代替技術は使えない.」
  1. 主張型:説得する,人を動かす主張を述べるタイプ

 →WhyとHowを示すサブメッセージ・コンセプトを設定する(Why:何故そのように主張できるのか,How:どのようにしたら主張を実現できるのか)

  • 「安いというより,使い勝手の良い商品を優先して開発することが大事だ.」
  • 「プロジェクトメンバーを必要最小限の人数に絞ることが最良の解決策である.」
  1. 提言型:提案・提言・アドバイスなどを述べるタイプ(3.主張型の1つ)

 →Whyを主張の「必然性」,「効用」に分け,それにHowの「実現性」を加え,3つのサブメッセージ・コンセプトを設定する

  • 「当社もIT投資と情報システムの全体最適化を推進すべきだ.」
  • 「今後10年間程度はD方式の技術開発・商品化に優先的に投資すべきである.」

説明型以外の文書タイプでは,予めサブメッセージとしてどのような事柄を記述すれば良いかがわかっているので,トップダウン・アプローチで進めることが可能であり,関連する情報を収集する上でも,あるいは根拠としてどのような事柄を考えるべきであるかに関しても進めやすい.

それでは,例えば,技術や製品の評価において利用することが多い,「2. 評価型」の簡単なメモを例題を使って作成してみよう.

例題3-8 目下,2006~2007年に京都大学の山中伸弥教授らのグループによって樹立されたiPS細胞a)は細胞生物学関係者のみならず,世界中の人々から注目を浴びている.これに関連して情報収集し,「iPS細胞の樹立は人類史上画期的な出来事である」という簡単な文書を作成せよ.
a)induced pluripotent stem cells:人工多能性幹細胞

「人類史上画期的な出来事である」というのはそのように「評価」するという評価型の文書タイプと考えることが可能である.インターネットを使って少し情報収集すれば,「受精卵を使わずに分化万能性のある細胞が生成できる」という点に価値の本質があることがわかる.

解答例:基本骨格
用意するサブメッセージ・コンセプトは例えば,「受精卵を用いない分化万能性細胞を樹立できたことは画期的な出来事であると言える」という評価基準と「受精卵を用いない分化万能性細胞が樹立された」という事実で良いことになる.評価基準の方は「どのようなことが画期的と言える根拠となるのか」を必要とするであろう.従って,文書の骨格は1例として図3.26のような構造となる.

326

図3.26: 例題3-8解答例 論理の基本骨格例

上位の論理構造はちょうど演繹論理を構成しており,文書は簡単に書くと次のようになっている.「受精卵を用いない,分化万能性を持つiPS細胞が樹立された.受精卵を用いない分化万能性細胞が樹立できたなら,画期的な出来事(かつてない目覚ましい成果)であると言えよう.何故なら,A,B,Cである.従ってiPS細胞の樹立は人類史上画期的な出来事である.」中身を入れて肉付けすると下記のようになる.稚拙な印象を避けるために同じ表現を繰り返えさないように表現を変えている点や結論を最初に持ってくるビジネス文書風のスタイルにしている点などにも注意していただきたい.

解答例:論理構成
「京都大学の山中伸弥教授らのグループによるiPS細胞の樹立は,再生医療への応用を現実のものとする人類史上画期的な出来事である.同グループは2006年にマウスで,2007年にはヒトで受精卵を用いない分化万能性を持つiPS細胞を樹立した.iPS細胞の樹立は,現在,世界中の多くの人々から注目されている.受精卵を用いない分化万能性(つまり体を構成するあらゆる種類の細胞を作り出す能力を持った)細胞が樹立できたということは,再生医療への応用を現実のものとする,かつてない目覚ましい成果であると言えよう.
その根拠として,3つの点が挙げられる.第1に分化万能性細胞を容易に利用することができるようになれば,再生医療分野における研究と応用だけでなく,例えば新薬の開発の際に欠かせないヒト細胞の供給,基礎医学分野における発生生物学の研究にも大いに役立つ.第2に受精卵を用いない分化万能性細胞では倫理上の様々な問題を回避することができる.第3に受精卵を用いない,患者自身の細胞を使用した分化万能性細胞では拒絶反応が起きない.」

因みに,山中教授によれば,「体細胞もES細胞脚注3-7)も遺伝子の設計レベルでは同じである.従ってES細胞で働く適切な転写因子を働かせれば体細胞でもES類似細胞に転換できるはずである」と考えて,iPS細胞の樹立に確信を持って臨んだとのことである.まさに,第1章の演繹法推論のところで脚注に記した「真であるはずの結論」を実現する発見過程に該当するのであろう.

今度は,既存の「提言型」論文を読み解いて提言している事柄を論理ピラミッドで表現してみよう.

例題3-9 次の文の論理を読み解き,必要なら追記し,適切な主メッセージを付与して論理ピラミッドを作成せよ.
わが国には国を挙げて取組むべき課題がいくつもある.特に地方過疎化の進行と人口流出の問題には何としても歯止めをかけなければならない.関連するが,山間部にある杉林などの人工林問題も放置できない課題だ.下流域の住宅地を水害から守るためにも森林の健全な再生産は不可欠である.そして地球温暖化対策.脱化石燃料への取組みは現在を生きる人間にとっての義務だといっても過言ではない.
そういう我が国でもし杉の木から燃料油,バイオエタノールが大量に採れるようになったらどうなるか.植物は育つ際に大気中のCO2を吸収する.だから杉の木から作る油は大気中のCO2で作ったのと同じ.燃やして発生するCO2は再び原料となる木々が吸収する.地球温暖化対策にとっての決定打となる.しかも山から杉の木を大量に切り出し,そのあとに植林をしていくことになれば山村において林業はよみがえり,近くにエタノール工場なども建設されれば地方活性化の大きな一助となるだろう.放置林問題も解決する.
海外で先行するバイオエタノールは主としてサトウキビやトウモロコシを原料としているが,木材を原料とする製造法も研究されている.特殊な酵母や微生物の開発によりセルロースに含まれる糖分でエタノール製造が可能になるのだという.
我が国にあっては国の補助金で廃木材を原料とする取組みが進められている.もちろん廃木材リサイクルも結構だが,この「木材を原料とするバイオエタノール製造」についてはより大きな視野での取組みを望みたい.技術的にも異物の混じらない新木材を原料とする方が楽だろう.我が国の恵まれた自然環境で育まれる森林資源,この活用による脱石油の可能性を文字通り国家百年の計で追求して欲しい.我が国民の「ものづくり」DNAが力を発揮するテーマでもある.(啄木鳥)
<「朝日新聞」経済気象台“国家百年の計で”(2007年4月26日付)より引用>

この論文はやや控えめな「提言型」主張論文で,全文はほぼ起承転結型のスタイルで構成されている.論理的でわかりやすい論文である.論理ピラミッド化のアプローチとしては,一旦全体の構成を大局的に掴んでおくと良い.よく読むと「結論」は最後のパラグラフに登場していることに容易に気がつくだろう.あくまでも筆者の見解であるが,この論文のおおよその構成は次のようになっていると理解できる.
全体が4つのパラグラフに分かれており,それぞれのパラグラフは相互に関連があるものの大きくは順に「起」,「承」,「転」,「結」の構成になっている.このような場合には,まずパラグラフ毎に「要はどういうことか」という要点のまとめを行い,パラグラフ毎に分離して構造化するという取組みをしてみることを勧めたい.
では,それらの各パラグラフを要約してみることにしよう.

解答例:基本骨格
まず,第1 パラグラフで課題を提起している.

起:
わが国には国を挙げて取組むべき,地方過疎化の進行・人口流出,山間部の人工林,地球温暖化といった課題がある.

わが国には国を挙げて取組む課題があるという「問題提起」を受けて,次の第2パラグラフで,木材からバイオエタノールを大量に採ることによって,それらの問題が解決するという「筋道」が示されている.この提案を実現すれば問題が解決するという説明と捉えることも可能である.

承:
我が国でもし杉の木から燃料油,バイオエタノールが大量に採れるようになったら,懸案の課題は解決することになる.

次に,第3パラグラフで,その課題解決のための筋道は決して空論ではなく「実現可能なもの」だということに触れている.

転:
木材を原料としてバイオエタノール製造が可能になる.

そして,最後の第4パラグラフで,結論的に「だから,国家的課題に大きな視野で国を挙げて取組んで欲しい」と訴えている.

結:
森林資源の活用による脱石油の可能性を文字通り国家百年の計で追求して欲しい.

論文の「起承転結」について把握できたら,更に,可能な限りこれらの論理的な関係を構造化しておく.図3.27にこの論文の「起承転結」の相互関係を示した.必ずしも,一般の文の「起承転結」が図3.27のような論理関係になるとは限らないので注意願いたい.

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図3.27: 例題3-9論文の起承転結の関係

また,気がついた読者もおられると思うが,この論文の構成は「提言型」の文書タイプであり,「結=結論」は,「起=必然性」,「承=効用」,「転=実現性」の3つのサブメッセージ・コンセプトで構成されている.

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図3.28: 例題3-9論文の提言型構造としての解釈

ここでも,ちょうど「起承転結」と「必然性,効用,実現性,結論」とが対応しているが,一般には必ずしも対応するとは限らないので誤解のないように願いたい.
この提言によって,「必然性(本提言を受容れるべき必然性)」の部分で問題提起した課題を「効用(本提言を受容れた場合の効用)」の部分で解決し,「実現性(本提言が実現する可能性)」の部分では,提言が空論ではなく,実現可能性があるということを述べているのである.
この基本骨格がわかれば,細部の論理を読み解くことが容易になるであろう.各パラグラフをバラバラにして論理構造を理解しながらつながりを描いて行く.その際に,パラグラフ内の文は他のパラグラフ内の文とのつながりを読み,時には接続する付近のパラグラフに移動させる,あるいは不足の文を補うなど,原文の主旨に沿って妥当な論理的つながりがつくように修正する.最上位命題も3つのサブメッセージから構成可能な内容に肉付けする.

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図3.29: 例題3-9論文の論理ピラミッドの基本構成

これで,「必然性」部分で提起した3つの課題に対して,「効用」部分で3つの課題に対応する解決の見通しを述べている構造が示されている.残された細部をつないで行くと,最終的には,次のように構成して組立てることができる.

最上位命題に注目していただきたい.もし,この論文を「要するにどのようなことが言いたいのか」という意味で「主メッセージ」を掲げるとすればこのようになる.「地方過疎化・人口流出,山間部の放置林,地球温暖化という国家的課題には,森林資源の活用によるバイオエタノール製造の可能性追求から国家計画として取組むべきである」

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図3.30: 例題3-9解答例:論文の論理ピラミッド構成

原文の結論「我が国の恵まれた自然環境で育まれる森林資源,この活用による脱石油の可能性を文字通り国家百年の計で追求して欲しい.」のままでは,オブラートに包んだことになる.「国家百年の計で」という部分に,「国を挙げて取組むべき課題の解決」という主張の重要なポイントを包み込んでしまっており,「森林資源を活用したバイオエタノール製造」を通じてそれらの課題解決に向けた提案であることが明示されていない.根拠に基づいて論理のつながりを持って,最終結論である最上位命題を構築すると自ずとズレが生じることからもわかるであろう.
なお,世の中にはこの論文のように主張を人に伝えるために大変わかりやすい論理と表現で構成されている文ばかりではない.中には読む人の見識によって幾通りにも解釈可能な考えさせる文や論理だとか筋道とは無縁な内容であっても訴えるものを持つ文,分かりにくいけれど底知れぬ深みと含蓄のある文などがあるが,それらは人にわかりやすく伝える力を備えた上でこそ生きてくるのだと認識すべきである.

3.2.4 短時間でエッセンスを伝える

論理ピラミッドの応用例の1 つに「30 秒ステートメント(別名:エレベータ・トークとも言う)」というのがある.これは,「話せば長い,ある事柄」を要領よくまとめて30 秒程度以内の時間(ちょうどエレベータに乗ってから降りるまでの時間くらい)で伝える場合に活用する方法である.ポイントは論理ピラミッドの「サブメッセージの枠組みを意識しながら,主メッセージを口頭で伝える」ことである.

例題3-10 あなたは,病院の入院患者が病室内に置いて,あるいは車椅子に取り付けて使う次期商品に採用する関連技術の事前検討業務を担当している.今回,その商品に搭載する画像表示器の候補となっているA,B,C3つの技術方式について評価するように指示されたので,予備試験を行い,以下のような結果を得た.結果に関して,部長より中間報告を求められているが,部長は忙しくてなかなか捉まえることができない.部長が海外出張に出かける前に唯一の機会があり,企画会議の終了後に,あなたのいる実験室の前を通り,自室に戻るまでの30秒間程度の時間である.あなたは,下記の結果を部長にどのように報告するか.
(注:前提とする条件)
・部長はロジカル・シンキングがわかる
・あなたのロジカル・シンキングは部長から信頼されている

  • A方式は高精細化と応答性に関しては問題がなく,自発光型ディスプレイであるために,屋外でも使える明るさレベルである.しかし,消費電力が大きく,駆動に高電圧を使うので,ポータブル用途には難がある.
  • B方式は現状水準でも十分高精細で,応答性は今1つであるが許容範囲には入る.バックライトを必要とするので屋外での連続使用は明るさだけでなく消費電力面でも苦しい.
  • C方式は高精細で応答性が良い.自発光型ディスプレイであり,明るく,消費電力も少ない.ただ,加速試験では長時間点灯し続けると輝度の低下が見られ,3万時間程度が実使用可能限度である.しかし,用途上,設計面の工夫でカバーできる範囲である.

因みに,得られた結果の全文をそのまま口頭で伝えるとすると1分近くの時間がかかる.そのまま口頭で伝えるという方法は時間的にも無理があるというわけだ.
まず,普通の発想を持っている人であれば,誰でも次のような表を作成するであろう.表を作成する際には,元の情報にはどのような種類のものがあって,どのような欄を設ければ良いかを考えて外枠を作るであろう.その際には,情報の中にある共通する項目に着目するに違いない.共通する事柄に着目するのは帰納法推論のアプローチで外枠を見出しているということである.表を作成すれば,表を埋めるときに漏れている情報がないか,元の情報はすべて盛り込んでいるかなどを確認することも可能である.

表3.2: 画像表示器候補3方式の特性表

方式 高精細性・応答性 明るさ 消費電力等の制約条件

A方式 高精細化と応答性に関しては問題がない 自発光型ディスプレイであるために,屋外でも使える明るさレベルである 消費電力が大きく,駆動に高電圧を使うので,ポータブル用途には難がある
B方式 現状水準でも十分高精細で,応答性は今1つであるが許容範囲には入る バックライトを必要とするので屋外での使用は明るさという面で苦しい バックライトを必要とするので屋外での連続使用は消費電力面で苦しい
C方式 高精細で応答性が良い 自発光型ディスプレイであるために,屋外でも使える明るさレベルである 3万時間程度が実使用可能限度である.しかし,用途上,設計面の工夫でカバーできる範囲である.消費電力は少ない

実はこの表は論理ピラミッドの最上位命題を除いた部分に相当する.表に設けた欄は縦に「方式」,横に「評価の観点」という枠組みになっているが,枠組みは論理ピラミッドのサブメッセージの箱に該当するのだ.従って,論理ピラミッドを作成する方向は2通り考えることが可能であり,第2階層に「方式:A方式,B方式,C方式」の箱を用意するか,「評価の観点:高精細性・応答性,明るさ,消費電力等の制約条件」を用意するかのいずれかである.ただし,「方式」の箱では原文と殆ど変わらないので徒労に終わる可能性がある.そこで,第2階層を「評価の観点」で分けて,内部には「評価の観点」毎の結論を記述すると論理ピラミッドが出来上がる.表のマトリックスの中は評価結果であり,ピラミッドの底辺に該当する.

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図3.31: 例題3-10 30秒ステートメント・論理ピラミッド

これで,最上位命題が明確になった.最上位命題が部長に伝えるべきメッセージである.しかし,ここで良く考えていただきたい.いきなり部長を捕まえて「C方式が実使用可能時間について上限があり,設計上の工夫を必要とするものの,高精細で応答性が良く,明るさ・消費電力面でも優れている」と伝えたのでは,さすがの部長も「何の話?」とは言わないだろうが,何の前提もなしに「結論」だけを聞いて,ただちに納得してはくれないだろう.
時間が十分あるならサブメッセージまで伝えれば根拠の概要まで伝えることになるのでそれでも良い.しかし,時間が十分にあるとは言えない状況なので,サブメッセージの箱,すなわち,3つの枠組みを結論とセットにして伝えれば十分であろう.

解答例
『次期商品の画像表示技術に関連して,A,B,C3つの方式に関する3つの評価観点,「高精細性・応答性」,「明るさ」,「消費電力等の制約条件」に基づく中間報告をします.C方式が実使用可能時間について上限があり,設計上の工夫を必要とするものの,高精細で応答性が良く,明るさ・消費電力面でも優れているので最適候補と考えます.』

この中間報告を聞いた部長は,3つの評価観点の範囲での中間結論であることを頭に置いて「まだ,原価面やメンテナンス面の評価観点を含めていない範囲の結論だな」と把握することができるのだ.なお,部長の方から「あなた」に問いかけたという場面であれば,結論を先に話した方が良いだろう.

3.2.5 進むべき基本戦略方向を見極める

企業における既存の事業戦略の見直しや新規事業戦略,あるいは企業戦略,個別商品戦略などの検討場面においても,論理思考の果たす役割は大きい.そもそも「これこれの戦略を考え,実施する」という問題(課題)は問題解決の1つのテーマであり,従って,「第2章問題解決の主役はロジカル・シンキングである」で紹介した問題解決プロセスに沿って進めることが可能である.戦略立案などの原因のない問題である設定型あるいは創造型の問題に対してはその課題形成プロセスにおいて,それらの課題の本質を見極めることがポイントである.適切な情報収集の後には解決策志向により論理ピラミッドを構築して「解決策の基本的方向」を明らかにするのだ.そのアプローチはすべての設定型あるいは創造型の問題に適用可能であり,新規技術開発,商品開発,未来構想等においても同じなので要点となる事柄を掴み応用力を発揮していただきたい.

本小節では例題を用いて,ある企業の今後の基本戦略方向について検討してみることにしよう.ただし,本節の範囲で取組めることは問題解決プロセスで言えば,「課題形成プロセス」の終わりまでである.その次のステップとしての「解決策立案プロセス」つまり,「戦略立案」に関しては次章の「第4章論理ツリーに展開して活用する」部分の例題で紹介させていただくことにしたい.

例題3-11 以下の情報に基づいて,乗用車・トラックの製造・販売を手がける国内自動車メーカーM社の今後の基本戦略方向について検討しなさい.

  1. M社は国内はもとより,米国,ドイツ,中国に研究開発拠点を置き,米国,中国,台湾,タイ,フィリピン,南アフリカ等にも海外生産拠点を有し,グローバルに事業展開している.
  2. 世界の自動車市場は2007年~2009年の期間では中国,ブラジル,インド等新興国の拡大傾向にもかかわらず,日米欧など先進国の縮小により,全体として総計6000万台付近で増減している.
  3. 世界の自動車メーカーは,慢性的で深刻な設備余剰に直面しており,特に2009年の平均稼働率は66%にまで落ち込んだ.新興国の需要拡大を背景に,今後は徐々に改善が進むと見られているものの,過剰な生産能力の削減と生産効率向上のための合従連衡が世界規模で加速しつつある.
  4. M社の生産設備過剰も例外ではなく,例えば,2009年の生産台数は2008年生産台数比で73%である.
  5. M社は,2009年世界の自動車メーカーの販売台数ランキングでは14位,上位16社に占めるシェアは2.2%で,シェアが最も高い国内市場でもトヨタ,ホンダ,スズキ,日産,ダイハツに次いで6位の4.4%と低迷している.
  6. M社の2010/3期連結売上高は2兆円を超え国内自動車メーカーの中ではスズキに次ぐ5位であるものの,営業利益率は0.4%で8社の中では最下位にいる.
  7. 最近のM社の株式時価総額は上位国内自動車メーカー8社の中で最下位であり,売上高規模の割には市場からの評価は低い.
  8. M社は2015年度売上高営業利益率5%以上を目標としている.
  9. M社にはシンプルで軽量,低振動・低騒音,アンチノック性能など多くの特徴あるロータリーエンジン技術があるが,低速運転時の燃費,トルク効率の弱点などにより搭載車は限定される.
  10. 以前からの提携先である米F社は,資金調達のため,2010年11月主としてM社のメインバンクMS銀行等に株式を売却し,持ち株比率を11%→3.5%としたが,M社との提携関係は継続している.
  11. M社は中国市場では,中国自動車企業である長安汽車,第一汽車とは生産・販売提携拡大方向にある.


この例題は戦略検討の課題であるが,事業戦略を考える場合においては,大変便利な戦略的3C(Corporation:自社,Customer:顧客,Competitor:競合相手)脚注3-8) という枠組みがあるので,この際ついでにマスターしておくと良い.通常,最初に実施する現状分析においては戦略的3Cに加えて,戦略を考える対象となる企業なり,事業なりを取巻く環境E(Environment)とい う項目を加味して4つの枠組みで情報収集することが多い.
通常の戦略課題であれば課題形成プロセスにおいて,情報収集,本質的問題の発見,課題化の各ステップを目的達成を志向して丁寧に進めれば良い.一般的には戦略上重要な事柄を重要視して情報収集し,例えば,3Cにおいて,魅力的な市場・顧客ターゲットを「選択」し,自社の強みに「集中」し,強みを活用して競合他社を「差別化」できるようなことに関連する命題にウエイトを置いて抽出し,最も成功確率の高いやり方につながる上位命題を作成するように進めて行けば良い.

そこでまず情報収集ということになるが,手短かには上場企業であれば該当企業を含め競合企業等のホームページにあるIR(Investor Relations)情報部分から有価証券報告書やアニュアルレポート,事業計画書などを入手することが可能だ.生産統計は国土交通省,経済産業省等,市場の状況は自動車工業会の統計資料や銀行の調査報告書,調査会社のレポート等を利用できるので半日ほど定量的なデータを眺めてポイントを命題化するといろいろなことが見えてくるだろう.現状把握においては個別の事実情報だけでなく,要所要所は定量的な事実データに基づいて裏付けのあるメッセージを作成しておくことも大事である.
例えば例題3-11で記載されている「最近のM社の株式時価総額は上位国内自動車メーカー8社の中で最下位であり,売上高規模の割に市場からの評価は低い.」というメッセージは収集した定量的なデータに基づいて作成されている.その1例を載せておくので参考にしていただきたい.

332

図3.32: 例題3-11 データに基づくメッセージの作成例

例題3-11では既に収集された情報として記述されているので,ここでは改めての情報収集は省略するが,情報の収集によって現状の把握ができたならば,この次のステップは本質的問題の発見(考察)である.考察では今後の戦略を考えようとしているので,把握した現状情報からどのようなことが言えるのかという見方で,目標としている事柄とのギャップを埋める戦略的ポイントを抽出しようと,つまり,基本戦略方向を志向して重要な事柄を命題化するのである.
もし,自社が相対的に特異な優れた技術を持っているとか,強力な販売網がある,企業価値が高いといった強みなどがあれば戦略の打ち手の1つにすることができる.特に顧客価値につながる独自の強みなどは抽出したいところである.一方,市場や顧客を見た場合,自社にとって魅力のある市場や顧客ニーズを抽出できれば上位命題に登場させられるであろう.競合に対しては何らかの差別化可能な武器を見つけられるなら活用したいところである.もちろん,現状把握によって現状事業が不調であり,その本質的原因が抽出されるという場合もある.あるいは自社の現在の弱みが致命的となるようであれば,解決しておかなくてはならない重要なポイントとなるので,やはり抽出されることになる.

解答例:本質的問題の発見
【現状把握に基づく考察=戦略的ポイントまたは解決すべき課題ポイントの抽出】
*市場・顧客(Customer):

  • 世界の自動車市場は先進国では縮小傾向にあるが,中国,ブラジル,インド等新興国を中心に拡大方向にある.
    →根拠となる情報:2

*競合(Competitor):

  • 世界的な生産設備過剰状況が続き,自動車業界再編の動きが起きている.
    →根拠となる情報:3
  • 国内外の市場に多数の強力な競合ライバル企業が存在し,M社はいずれにおいてもシェアが低く,営業利益率面でも下位に位置している.
    →根拠となる情報:5,6

*自社(Corporation):

  • 営業利益率5%を目指しグローバルに幅広く展開しているが,注目すべき強みは見当たらず,株式時価評価は低く,生産設備は過剰状況にある.
    →根拠となる情報:1,4,7,8,9
  • 現在、米F社、中国長安汽車・第一汽車およびMS銀行との間で提携または資本関係がある.
    →根拠となる情報:10,11

あくまでも設定された情報の範囲から導かれたものであるが,かくして,3Cの観点で今後の戦略を考える際の課題ないし戦略ポイントが上位命題として抽出されたわけである.この先は課題化ということになるが,第2章で学んだように「要するに問題・課題の本質はどういうことなのか,解決策の基本方向はどうなるのか」を明確にして命題化することである.具体的には,たった今上記のように3Cの観点で考察した上位命題の重要事項に着目し,更に上位のピラミッド頂点に問題・課題の本質として明らかにした上でそれを課題ないし戦略ポイントとして明確化するということに相当する.それを実施すると次のようなことになるだろう.

解答例:課題化
【課題解決または基本戦略の方向】
本質的問題の発見プロセスで抽出された課題ポイントにより,要するに「M社は拡大している新興国自動車市場を含む世界中に幅広く展開しているが,いずれも市場シェアは低く,過剰な生産設備も抱え,経営効率も悪い状況にある.」と言える.
従って,M社の今後の課題解決ないし基本戦略方向は,事業,活動地域・対象市場,過剰生産設備の見直しを視野に入れ,経営効率の向上に取組むということになる.

課題形成プロセスにて課題化された「課題解決または基本戦略方向」というのは,「状況が多少変動しても基本的には変わらない重要な方針・打ち手」となりそうなポイントに相当する.これでM社が今後の課題解決または戦略を考える際の基本的方向が明確になったことになる.次のステップでは課題解決または基本戦略方向に沿って戦略代替案を立案して行く例題として,次章で取組んでいただくことになる.

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3.3 本章のまとめ

本章では論理思考の第1の応用分野として論理ピラミッドの作成を通じて,論理構築することについて学んだ.論理ピラミッドの作成にはトップダウン・アプローチとボトムアップ・アプローチとがあり,特にボトムアップ・アプローチについては,問題の本質を明らかにして行く道筋について詳細に学び,情報収集,グルーピング,上位命題作成,結論としての最上位命題の導出まで一貫して「目的達成志向」をもって臨むことの必要性について理解した.また,論理構築に役立つ,適切な命題作成のポイント,命題どうしのつながりと接続用語との対応関係についても感触を掴んだ.論理ピラミッドの作成による論理構築への活用例としては,プレゼンテーション・シートの作成,議論,報告書・論文作成,30秒ステートメント,課題解決または基本戦略方向の策定について具体的に学んだ.

<第3章終り>

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