問題解決に役立つロジカルシンキング(論理思考)を基礎から学ぶ。

因果関係の解明

原因と結果の間にある因果の関係を解き明かすことによって、事象の因果関係が絡み合って生じている問題の本質を突きとめる方法について学びます。

本章に対応するビデオ講座のページ→第5章 因果関係図作成(ビデオ)

第5章 因果関係の解明に活用する

事象の因果関係が絡み合って生じているような構造型の問題の解決には原因と結果の間にある因果の関係を解き明かすことによって,問題の本質を突きとめることが役に立つ.本章では論理思考の基本的な活用スタイルの3つ目,因果関係解明への応用について学ぶ.「因果関係図による因果関係解明への応用」は「構造型問題」の本質的原因の発見に限らず,広義の因果関係として捉えることが可能な,対象とする事柄間の影響力の関係や問題の背景理解にも重要な役割を担っており,論理思考の応用分野の一角を占める.

5.1 因果関係図を使って因果関係を解き明かす

事象の因果の関係を解き明かすために,通常,原因と結果とのつながりの関係を矢印(→)で結合した因果関係図というものを作成する.事象の因果の関係に対して整合性のある因果関係図を作成すると問題の状況の全体が見えて来るようになり,何らかの結果として生じている問題の本質的原因を明らかにすることが可能となるのだ.仮説として明らかにされた本質的原因が検証されたならば,課題化してその先に進むことができるというわけである.

ただし,「第2章 問題解決の主役はロジカル・シンキングである」においても触れたが,一般に何らかの原因の結果として生じている現象は,時間とともにその程度が進み,結果として生じた現象が2次的な原因となって,更に別の現象を生じさせ,時間の経過とともに状況が変化して行くものである.すなわち,「構造型の問題」における本質的原因が解消されたとしても,既に生じてしまっている現象が2次的な原因として起こす問題が解消されるとは限らない.2次的,3次的に生じる問題の方が拡大し,緊急性を要する状況となる場合もある.従って,あくまでも「問題解決」においては,解決すべき問題に対して取組む必要があるということに変わりはない.

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5.1.1 因果関係図を作成する

ある一連の事柄に関連して,ある時点における観察または推定される事実としての原因と結果の関係を矢印で結合して描いた図を因果関係図と呼んでいる.狭義の原因と結果という関係に限らず,事象の発生する順序関係や事象間の主従関係,力関係,構造的関係などを含めた広義の因果関係を対象として捉えることができる.
例えば,日本国内の製紙企業が現在どのような状況にあるのかを因果関係図として描いてみよう.少し調べるとわかることであるが,我が国の製紙企業を取巻く状況として下記のような事象の情報が収集できるだろう.

 我が国の製紙企業を取巻く状況
  • 低成長の日本国内紙製品市場が飽和しているという背景がある
  • 中国から日本紙製品市場への低価格品が流入している
  • アジア地域での低価格紙製品生産量が増大している
  • 中国における紙製品市場は急成長している
  • 中国国内製紙企業が台頭しつつある
  • 中国紙製品市場へグローバル企業が参入している
  • 日本国内の紙製品への低価格化影響が増大している
  • 内需依存の日本製紙企業の利益が圧迫されている
  • 紙製品の過剰供給を伴う価格競争が激化している
  • 日本国内企業は新たな大型設備投資による効率化により価格対応を図ろうとしている

これらの事象の因果関係を読み解きながら,試行錯誤を繰返し矢印で結んで構造化して行くと,例えば,図5.1のような図が出来上がる.このような図を因果関係図というのである.

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図5.1: 因果関係図例:国内製紙企業行き詰まりの構図

この因果関係図を眺めて,「成長なき国内製紙企業が行き詰まり状態に陥っている」状況を認識することができ,注目すべき重要事象は直接的には「中国から日本紙製品市場への低価格品が流入している」ことおよび「低成長日本市場が飽和している」というところにあると見ることが可能である.ここでは言及しないが,問題状況の解決に関する方向を示唆していると見ることが出来よう.

5.1.2 因果関係を解明するポイント

因果関係の解明は基本的には「問題解決における課題形成プロセス」,つまり,情報収集・本質的問題の発見・課題化というステップに沿って実施することになる.以下にそのステップをまとめておこう.

因果関係解明のステップ

  1. 関連する情報を収集し事実を正しく把握する.
    • 個々の事象を取り巻く関連事象を,全体にわたり可能な限り過不足なく捉える
  2. 全体としての事象の関係性を明らかにし,因果関係図を描く.
    • 因果の関係に従って事象間を矢印でつなぐ
  3. 目的達成志向で本質原因を明らかにする.
    • 個別事象要素の重要度を明確化する
    • 事象関係の中で,根幹となる・影響度の高い本質事象を見極める

関連する情報を収集・分析し,因果関係図を描くことができたなら,目的達成志向で,つまり本質的原因を発見しようとする志向を持ち,因果関係図の矢印に沿って順次どの事象が重要要素となるか,個別事象のどれが本質的原因となり得るか確認して行くことによって明らかになる.そうすると,突き止めた本質的原因を(裏返して課題表現に書き直すことによって)課題化し,解消すれば良いということになる.

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ところで,因果の関係を矢印でつなぐというのは案外難しいものである.2つの事象間でどちらが原因で,どちらが結果であるのか,なかなかよくわからないといったことに突き当ることがしばしばあるだろう.そのような場合には対象となる事象の本質についてよく考え,第3章の「3.1.3 論理的なつながりを言葉で確認する」,特に「論理結合に対応する言葉」を参考にして,因果関係のつながりを確認することが役に立つ.ただ,因果関係図作成においては,前章で学んだMECEという概念をさほど重要視していない点に注意したい.それは関係するすべての事象を網羅する必要がなく,重要な関係に着目すれば根幹となる事象を見極めることが可能であるという仮定に基づいている脚注5-1).同様にシングル・チェーン・ロジック(参照:シングル・チェーン・ロジックには注意しよう),つまり複数段の事象命題の単結合や同一論拠,つまり1つの事象命題から2つ以上の事象命題に向けた複数の矢印が躊躇無く使用されるということも知っておいた方が良い.
因果関係図の作成目的はあくまでも問題解決のための示唆を得る点にあり,そのための,より確度の高い仮説を発見することに狙いがあるので柔軟にお考えいただきたい.

因果関係図から本質的原因を発見する際にも押さえておきたいポイントがある.多くの場合,本質的原因は因果関係図において一連の問題現象に共通的につながっているネックとなるチャネルのような位置に配置されている傾向がある.本質的原因というのは「それを解消した際に,懸案の問題を解決することになる確率が高い」ので,「感度が高く,効き目がある」ことを見極めることによって,それが確度の高い仮説として本質的原因となり得ると判断するのである.しかし,もし,本質的原因と考えた事象を解消した際に,懸案の問題が解決されない場合,あるいは解決されるとは限らない場合には,それは本質的原因と判断することはできないということに注意する必要がある.

例えば,

  • (1)  因果関係が動的に変化して,本質と考えた原因との関係が間接的となってしまっているような状況の場合
  • (2)  因果関係としては大いに関連がある原因であっても,問題の現象に対して直接的な関係ではない状況の場合には,そのようなことがあり得る.

前者の場合の例としては,2007年頃から顕在化した米国サブプライム・ローン問題から波及した世界の経済危機問題がちょうどその典型例であろう.発端となったサブプライム・ローンの返済問題を何らかの処置によって解消したとしても,例えば,自動車の急激な需要減少により経営危機に陥った米自動車企業の問題やインドIT企業の収益低下問題,アイスランド国家の破綻問題などが解決することにはならない.例えば,世界に拡大した銀行・証券企業における金融危機は資金流動性の欠如が共通した本質的原因へと状況が変化している.つまり,波及によって生じたそれらの様々な経済問題の本質的原因は米サブプライム・ローン問題だと判断することはできないということになる.

後者の場合のような例もしばしば見られるので,次の例題に取組み,因果関係図を作成して問題の本質的原因を明らかにするという例を確認してみよう.

例題5-1 ある企業で次のような問題現象(いずれも事実)が生じている.本質的な原因を明確にするための因果関係図を作成し,(その原因を解決すればこの問題を克服できることになる)本質的原因を明らかにしなさい.

  1. 社内に存在する有用な情報システムおよび情報が共有・活用されず,全体として業務の無駄が生じている
  2. 情報インフラ推進業務計画が,部門または事業所ごとに独自に立案され遂行されている
  3. 全社のIT戦略や情報インフラ推進を統括するCIO(CKO)a)が実質的に不在または機能していない
  4. 全社で共通に活用できる情報インフラ整備がなかなか進まない
  5. 全社で複数の異なる購買管理・勤務管理システムが独自に構築されて使われている
  6. 同じ目的のために,異なる情報システム投資を行うなど随所で2重投資の無駄が生じている
  7. 全社レベルで全体最適化を制御・推進する横断的機能が働いていない
  8. 事業所・部門が必要な情報システムを導入するに際しては,予算の獲得以外には何の制約もない
  9. 今までの情報インフラ推進業務は,全社での全体最適視点に立つビジョンが確立されないまま遂行されている
  10. 異なる情報システム間で情報交換ができないという問題が長い間放置されたままになっている
  11. 経営がIT戦略や情報インフラ推進を重要な経営課題と認識していない

a)Chief Information Officer(Chief Knowledge Officer)

この例題はさほど難しくはないだろう.解答例を図5.2に載せたので確認していただきたい.ただ,実際にこの例題に取組まれた読者の皆さんの中には,本質的原因として,「経営がIT戦略や情報インフラ推進を重要な経営課題と認識していない(本質的原因1)」を挙げたケースが少なからずあるのではないだろうか.

502

図5.2: 例題5-1 解答例:情報システム整備問題

例題の企業の情報インフラ推進に関する問題は,「情報インフラ推進に関連し,全社レベルで全体最適化を制御・推進する横断的機能が働いていない(本質的原因2)」点に本質的原因があると分析した方が良い.何故,そのように捉えることになるのだろうか.そのわけは次のような確認をしてみると納得できると思う.

本質的原因1を解決すると「経営がIT戦略や情報インフラ推進を重要な経営課題と認識する」ことになるが,「経営が認識した」からと言って,例えば,「全社レベルでの全体最適化された情報インフラ推進が可能になる」という保証がどこにもないのだ.経営者が自ら推進したとしても適切に実施できる保証がなく,号令をかけたとしても推進するのは経営者ではないので実施されるという保証もないのである.しかし,本質的原因2を解決すると「情報インフラ推進に関連し,全社レベルで全体最適化を制御・推進する横断的機能が働く」ことになるのであるから,情報の共有・活用や2重投資などの問題が解決されると見ることが可能なのである.本質的原因2の解消は生じている問題現象に対して,ダイレクトに関係し,ネックとなっているチャネルを開くことになるといった感触が掴めると思う.

5.2 因果関係図を活用してみよう

問題の構造を理解して本質的問題を発見し,それを適切に解決する目的で,因果関係解明のための因果関係図を作成する方法について学んだ.そこで,実務の世界で直面するようないくつかの構造型問題を取上げて因果関係図の活用例に触れてみよう.

5.2.1 構造型問題の本質的原因を明らかにする

当たり前であるが,因果関係図を描くために必要な情報のすべてがいつもそろっているとは限らない.論理的に考えられる原因を導入して,因果の関係を推論することも必要となる例題に取組んでみよう.

例題5-2 ○○英会話スクールは最近入学者数が減少して売上が低下しており,その原因を調べるために収集した情報は下記の通りである.これらの情報を元に因果関係図を作成し,本質的原因に関する仮説について言及せよ.

  • ○○英会話スクールは最近多くの入学者を獲得できなくなって困っている
  • インターネット・出版物・電車内広告,卒業生紹介などで新入生募集のアピールをしている
  • 広告内容は講師陣が作成している
  • 売上高の割りに講師への謝礼費が少ないという経理データがある
  • 最近,近くに多くの生徒数を獲得している△△英会話スクールができた

利用可能な情報が非常に少ないので,やや難しい課題であるが,いくつかのことが推論できる.例えば,英会話スクールへの入学者はどういった経路で入学して来るのだろうか.一応MECEに考えるなら下記ルートが考えられる.

 >スクール自身が実施する新入生募集
   >新入生募集説明会などを通じて
   >広告等の報知媒体を見て
 >スクールが他者に委ねている新入生募集
   >卒業生からの紹介により
   >生徒やその知人からの口コミにより

検証する必要があるが,どうやらこのスクールは新入生募集のための説明会のような方法は実施していないようなので,事実上は次の3つのルートであろう.

   >広告等の報知媒体を見て
   >卒業生からの紹介により
   >生徒やその知人からの口コミにより

これらは,スクールの講師の力量や講義の魅力と大いに関係がありそうだ.

また,経理データ「売上高の割りに講師への謝礼費が少ない」ということはどういうことだろうか.次のケースが考えられる.

 >売上高の割りに講師への謝礼費が少ない
   >生徒数の割りに講師の人数が少ない
   >生徒数の割りに講師の人数が少ないということはない
     >高額の謝礼を支払う価値のある講師が少ない
     >高額の謝礼を支払う価値のある講師が少ないというわけではない
       >講師への謝礼の絶対値が少ない

つまり,下記3つのケースである.

  >生徒数の割りに講師の人数が少ない
  >高額の謝礼を支払う価値のある講師が少ない
  >講師への謝礼の絶対額が少ない

「売上高が少ないと経費を切り詰める力が働く」と考えられ,「広告・宣伝費や講師への謝礼も切り詰めの対象になる」可能性がある.一方,「最近,近くに多くの生徒数を獲得している△△英会話スクールができた」という事実は極めて重要な要素であり,「何故,多くの生徒数を獲得できているのか」を調査する必要があるということもわかる.

因果関係図の作成は,基本構造のようなところから開始しても良いし,わかりやすいところから開始しても構わない.例えば,「入学者数が少ない」,何故?,「△△英会話スクールに生徒を奪われている」,「3つのルートからの入学者が少ない」,何故?「口コミ評判が芳しくない」,・・・と矢印(←)を使って繋いで行く.「売上高講師料率が低い」,具体的には「クラス人数が多い」,・・・と同様に矢印(→)を使って繋ぐ.
かくして,「○○英会話スクールが多くの新たな入学者を獲得できていない」状況に関して解答例として図5.3のような因果関係図を作成することができる.なお,「売上高講師料率が低い」という部分にはロジックツリーが使われているのでご注意いただきたい.

503

図5.3: 例題5-2解答例:○○英会話スクールの状況

図5.3においては,「広告アピール内容が魅力に乏しい」ことおよび「スクール内容・講義の魅力が乏しい」という2つの原因について,その解消は「感度が高く,効き目がある」ことに気づくであろう.これらの本質的原因を克服できれば,顧客サイドの需要が存在する限り,問題を解決することができると言える.更に,この例の場合,「△△英会話スクールは何故多くの生徒を獲得できているのか」を調査し,上記本質的原因との一致を確認できれば,より確度の高い解決策が考えられるに違いない.例えば,案の定,△△英会話スクールには超人気美人講師がいたといったことが確認できるかもしれない.
蛇足であるが,たとえ,「講師の謝礼が少額である」ことを解消しても解決するとは限らないといったことも頷けると思う.

5.2.2 現象型問題の本質的原因解明にも適用する

私達が直面する現象型の問題というのは,その本質を探るべく深く考察して行くと構造型の問題として捉えることが可能になる場合が多いものだ.次の例題はそのような事例である.

例題5-3 ある企業の技術開発部門の中堅技術者Tさんは下記のような状況であるが,今後どう進めば良いか迷っている.Tさんの抱える本質的問題はどのようなことであろうか.

  1. 実践的な仕事が好きなTさんは,現場からの期待も大きく技術的支援を求められることが多い
  2. 上司からは今までの業績を高く評価され,Tさんには若手技術者への技術指導を期待されている
  3. 目下Tさんの最大関心事は上司の期待に沿うべきか,それとも現場の技術支援にタッチするのが良いかという点である
  4. 直面する問題を解決するような場合には,しばしばTさんの意見は的確であり,定評がある
  5. Tさんは技術へのこだわりが強く,現場に近いところで今後も活躍できるはずだと思っている
  6. 中堅技術者Tさんの現状は,日常的に忙しくグルグル動き回っているのが実態で,経験は豊富になるものの,自身の技術レベルの向上にはつながっていない
  7. Tさんの技術的見解であれば,誰もが一目を置いてくれている
  8. 最近は若手技術者が新規技術を使いこなすようになり,Tさんの得意技術は急速に陳腐化しつつある
  9. 先月,7年ぶりに学会に参加したTさんは,自分の深く理解できていない技術分野の進歩に大変なショックを受けた
  10. Tさんは自分の得意な技術分野におけるシミュレーション技術の著しい進歩にはずっと背を向けてきた
  11. Tさんは自分の技術力には自信はあるが,ここ2,3年優秀な若手技術者には異質な実力を感じることがあり,敢えて突っ込んだ技術議論を避けている
  12. Tさんはこれまで得意の技術分野でいくつかの輝かしい業績を挙げたことで社内では良く知られている

説明は省略するが,この問題を現象型の問題と捉え,問題発見志向で事象をグルーピングしてボトムアップ・アプローチにより論理ピラミッドを構築すると以下のようになる.

Tさんが抱える本質的問題(仮説):
周囲からの評価と期待に甘んじ,自身の技術力向上の必要性を自覚しておらず,得意技術の陳腐化が進んでしまっている
・過去の業績は高く評価され,周りからも一目置かれ技術力の活用を期待されている-過去の業績は高く評価されている

  1. 上司からは今までの業績を高く評価されている
  2. Tさんはこれまで得意の技術分野でいくつかの輝かしい業績を挙げたことで社内では良く知られている

-周りからは一目置かれ技術力の活用を期待されている

  1. 実践的な仕事が好きなTさんは,現場からの期待も大きく技術的支援を求められることが多い
  2. 直面する問題を解決するような場合には,しばしばTさんの意見は的確であり,定評がある
  3. Tさんの技術的見解であれば,誰もが一目を置いてくれている
  4. 上司からはTさんには若手技術者の技術指導を期待されている

・従来の延長上の技術分野でまだ活躍できると思っている

  1. 目下Tさんの最大関心事は上司の期待に沿うべきか,それとも現場の技術支援にタッチするのが良いかという点である
  2. Tさんは技術へのこだわりが強く,現場に近いところで今後も活躍できるはずだと思っている

・技術力向上への努力を怠ってきたために得意技術の陳腐化が進んでいる

-現状に埋没し技術進歩について行くことや技術レベル向上へのチャレンジを怠ってきた

  1. 中堅技術者Tさんの現状は,日常的に忙しくグルグル動き回っているのが実態で,経験は豊富になるものの,自身の技術レベルの向上にはつながっていない
  2. Tさんは自分の得意な技術分野におけるシミュレーション技術の著しい進歩にはずっと背を向けてきた
  3. Tさんは自分の技術力には自信はあるが,ここ2,3年優秀な若手技術者には異質な実力を感じることがあり,敢えて突っ込んだ技術議論を避けている

-新規技術の台頭や理解できていない技術分野の進歩により,得意技術は陳腐化が進んでいる

  1. 最近は若手技術者が新規技術を使いこなすようになり,Tさんの得意技術は急速に陳腐化しつつある
  2. 先月,7年ぶりに学会に参加したTさんは,自分の深く理解できていない技術分野の進歩に大変なショックを受けた

一方,この問題は構造型の問題と見ることも可能で,因果関係図を作成してみると解答例として図5.4のようになる.ただし,因果関係図を作成する過程で,2つの仮説が設定されている.

例題5-3 解答例
(仮説1)上司にはTさんの現在の技術力や若手技術者に対する技術指導力を客観的に評価できていない可能性がある
(仮説2)Tさん自身は自分の得意技術分野の進歩に全くついて行けていないことに気がついている可能性はある

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図5.4: 例題5-3解答例:中堅技術者Tさんを取り巻く問題状況

上段側の仮説は検証を要する重要な仮説であるが,事実情報が不足しているケースでは,このように可能性の高い仮説を設定する等の工夫をすると良い.上司にもいろいろな上司がいるものであり,社内営業に熱心で多忙な上司などにおいては過去の業績や周りの評判などの感触に基づく先入観で捉えている場合がある.それ故,意外にも部下の実態を正しく把握できていない上司が少なからずいるものだ.
反対に,この例題を考える際に「上司はTさんの技術力に関して,正しい現状認識ができている」,「上司や現場がTさんに期待しているのはTさんの持っている,ある特定範囲技術である」という仮説を置いて取組むという考え方があっても良いだろう.その場合には「Tさんは陳腐化影響の少ない従来からの経験的な特定技術(例えば,すり合わせ技術)分野において周囲からも期待され,自分でも活躍できると思っている」といった問題が見えて来るはずである.
図5.4の因果関係図によると,Tさんの抱える本質的問題は「周りからの期待に甘んじ,自身の技術力向上の必要性を自覚できていない」という点にあることが示されており,現象型の問題として浮上した「周囲からの評価と期待に甘んじ,自身の技術力向上の必要性を自覚しておらず,得意技術の陳腐化が進んでしまっている」とほぼ一致していることがわかる.

ついでに,2通りの本質的問題発見方法を通してその相違点にも触れておきたい.実際に2つの方法によって導いた本質的問題には違いがあることに気づくだろう.共に本質的問題(ここでは原因)発見という目的達成志向を持って取組んでも,論理構築による場合はそのアプローチの特性上「問題が集約される」傾向が現れ,因果関係解明による場合はそのアプローチの特性上「個別事象に焦点が当てられる」傾向があるので,結果において違いが生じる.しかし,いずれのアプローチにおいても同じ目的達成志向で取組む限りは本質をはずすことはないと考えて良い.

5.2.3 状況に応じて組合せ・部分的に適用も

私達が直面する問題というのは,敢えて分類すれば構造型の問題だとか,現象型の問題だとかと考えることはできるが,実のところはこの両者の区別はなかなか難しい.実際には前々小節で取上げた英会話スクールの例題のような構造型の問題,あるいは現象型の問題としても捉えられる例など,いろいろな問題があり得る.比較的分類しやすい発生型の問題であっても,結果として生じている問題の原因を発見すべく,論理展開することによって,原因と現象のつながりの存在が見えてくるわけであり,考えようによっては構造型の問題として取組むことができないわけではない.
読者の皆さんが様々な問題に取組み,論理ピラミッド,ロジックツリー,因果関係図などの活用に慣れてくると,いつの間にかそれらを臨機応変に活用できるようになっていることに気がつくのではないだろうか.次の例題をご覧頂きたい.

例題5-4 ある企業の研究チームに見られる次のような現状から,本質的問題を発見したい.問題があるとすればどのようなことが本質的問題か,どうしたら解決できそうか,解決方向を示せ.

  1. このチームでは3年ほど前から,極秘で,ある材料生成のための要素技術研究に取組んでいるが,現時点では,研究の成果と言えるものは皆無であり,研究チームのリーダーはあせりを感じている
  2. スウェーデンにあるL大学の研究は群を抜いて素晴らしい成果を挙げたが,それはこの研究スタートの契機にもなっている
  3. 研究チームはリーダーを含め,それぞれの専門分野において選りすぐりのメンバー5人で構成されている
  4. 研究対象としている要素技術は世界でもごく限られた大学や研究所で取組まれている程度の先端的技術である
  5. 研究チームのリーダーは民主的な人物で,いつもメンバー合議の上で研究を進めるようにしている
  6. L大学が報告した文献によれば,牛など大型動物の脳から抽出した○○ホルモンを使うと,性能の良い材料が生成できるとされている
  7. L大学の○○ホルモンでの研究成果はその後どういうわけか続報が発表されていない
  8. 研究チームは毎日,文献から探してきた有望そうな化合物の性質を,自前で開発した机上シミュレーション法により調べている
  9. 研究チームはシミュレーションによって見込みがあると判断した少数の化合物については,自前の実験装置にて複雑で時間のかかる処理を行い,生成物の特性確認をしている
  10. 昨年ようやく日本のある国立研究所から入手した○○ホルモンについて,同様なチェックをしているが,何度トライしても成功していない
  11. 研究チームは最近ではL大学が発表した○○ホルモンを使った研究成果を信じないようになっていた
  12. 3ヶ月ほど前,韓国の研究機関から○○ホルモンとは全く別のいくつかの化合物でも,所望の材料を生成できることが発表された
  13. この研究チームの置かれているR&D部門は従来から企業秘密の保持には厳格で,特に外部への情報流出には神経を使っている
  14. 研究チームメンバーは互いの専門領域を尊重しており,相手の領域に踏み込むような議論を避けている
  15. この研究が成功すると,新規技術で従来製品を完全に置き換えることが可能な優れた性能・価格の製品化につながる
  16. 2年ほど前からL大学と共同で研究に取組んでいた韓国の研究機関が成功した化合物には,この研究チームが既にチェック済みのものも含まれている
  17. 昨年あたりから,競合企業も次世代製品の開発に向けて,類似の研究に乗り出す計画という記事が目立つようになった
  18. 研究チームが自前で構築した生成物の特性確認までのアプローチ方法は,社内で豊富な経験と実績があり,自信を持っている

現象型の問題ではあるが,部分的に問題構造が見られるケースであり,簡単なロジックツリーと因果関係図を作成してみることが本質的問題を発見するために役立つという例である.
この例題を現象型の問題として捉え,いきなり論理ピラミッドを構築しようとすると,不明部分に突き当たる可能性がある.そこで,わかっている事象から考えられる状況を推論してみよう.明らかにしておきたいポイントは下記の2点であろう.

  1. 研究チームは何故○○ホルモンで材料生成に成功していないのか
  2. 研究チームが最近ではL大学が発表した○○ホルモンを使った研究成果を信じないようになっていたのは,果たして妥当なことと言えるのだろうか

それぞれのポイントについて,考えられる可能性をロジックツリーと因果関係図を組合せた構造化により,検討してみよう.

505

図5.5: 例題5-4 における推論例 1)

図5.5からは,「研究チームが○○ホルモンで材料生成に成功しない理由はプロセスがL大学のものと異なることによる」という推論(仮説)の確かさがうかがわれる.
一方,「研究チームがL大学の研究成果を信じないようになっていた」ことについてはどうなのだろうか.図5.6からは,どうやら「研究チームは独りよがりの論理によって,方向転換の道を閉ざしている」ということが推論される.

506

図5.6: 例題5-4 における推論例 2)

なお,図5.6における論理構成部分の大前提には第1章の定言三段論法のところで説明した「対偶」表記が用いられており,三段論法の標準形とは異なって見えるのでご注意いただきたい.

このようなことがわかってくると,後は現象型の問題として事象をグルーピングし,丁寧に論理ピラミッドを構築すると,詳細は省略するが,確度の高い仮説として,例えば,

例題5-4 解答例
L 大学の成果が韓国や競合企業にも波及し始めている状況下で,研究チームは自己改革の道を閉ざし,独りよがりに陥っており,成果を挙げられないでいる
・研究成果が挙がっていない
・チームが自己改革できず,独りよがりになっている

といった本質的問題を抽出できるであろう.
従って,ついでながらこの問題の解決方向は解答例として図5.7に示したように「研究チームには内部改革とともに,独りよがりを打破する方向で成果が挙げられるようにする」ということになるが,大まかな可能性としては内部からの自己変革は難しそうであり,独りよがりを打破して成果を挙げるには「L大学や韓国,あるいは競合企業に目を向けざるを得ない状況である」と言えよう.

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図5.7: 例題5-4 の問題解決方向例

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5.3 本章のまとめ

本章では論理思考の第3の応用分野として因果関係図を作成し,因果関係を解明することについて学んだ.因果関係図の作成と因果関係解明のポイントに関する説明を通じて,目的達成志向で本質的原因を見極める方法について学んだ.本質的原因というのは「それを解消した際に,懸案の問題を解決することになる確率が高い」ので,「感度が高く,効き目がある」ことを見極めることによって,それが確度の高い仮説として本質的原因となり得ると判断するということであった.構造型の問題例に対して因果関係図を作成して,本質的原因の発見に具体的に取組んだ.更に,論理ピラミッドを用いて本質的原因を発見するような現象型の問題においても,因果関係図を用いて構造型の問題として取組むことが可能であること,問題によってはロジックツリー,論理ピラミッド,因果関係図のすべてを活用して取組むことの意義についても理解した.

<第5章終り>

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