問題解決に役立つロジカルシンキング(論理思考)を基礎から学ぶ。

能力開発の基本

問題解決力向上のための能力開発

真の問題解決者となるためには,論理思考・創造思考能力および対人力を磨く必要があるが,それには実務を通じた実践と試練が欠かせない.

これまで,さまざまな問題の解決に役立てられる論理思考の基礎と応用について学んできた.論理思考テキスト講座「第2章 問題解決の主役」の説明の中では,問題解決のためには論理思考だけではなく,創造思考や対人力も必要としている点についても学び,それらの3つの能力(論理思考,創造思考,対人力)に関連してコンピテンシーという言葉が登場したことを憶えておられるだろう.

誰しも問題解決の思考段階から実行段階に至れば,状況に応じて否応なしに対人力を発揮しなければ前に進まないことも多いのではないだろうか.読者の皆さんの中にはチームで仕事をする,グループで共通の問題に取組むなど組織のリーダーあるいはマネジャーという立場にある人もおられることだろう.そのような立場にいる人であれば,中心的存在としての役割を担っているという自覚を持つ必要がある.企業の中核人材として真の問題解決者となるためには,論理思考・創造思考能力それに対人力を磨かなければならない.リーダーと名のつく役割を担っている人であれば,目の前の仕事を処理するだけでなく,必要なリーダーシップ・コンピテンシーを磨き続けることがどうしても不可欠であろう.

本ページでは,まず,そもそも論理思考力などを包含したコンピテンシーとはどのようなものかについて,その基本となる概念を紹介する.その後に論理思考力などを鍛えるにはどうすれば良いのかなど,コンピテンシーを磨くための基本的な考え方および論理思考と創造思考との支援関係,論理思考と対人力との支援関係に関して筆者の考えを述べる.

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1 コンピテンシーとは

コンピテンシーというのは1973 年にハーバード大学のマクレランド教授が,「コンピテンシー理論」を発表して以降,人材採用分野で多用されるようになった用語である.マクレランドは,数多くの卓越した業績を挙げている外交官とそうでない外交官の特性を分析し,優れた業績を挙げる人達には共通の行動特性があることを見出し,それをコンピテンシーと呼ぶことにした.マクレランドによれば,人々の業績や人生の成功は,知識の豊富さや学力とは必ずしも対応せず,動機に関連づけられたある種の能力,コンピテンシーと相関性が高いことが事実データにより裏付けられたというのである.更に,コンピテンシーを強化すれば成果につながる確率が高くなるということで,人材開発や目標管理に応用できる可能性があるというのだ.

私達は,学生時代に同じような成績で卒業し,たまたま同じ企業に入社した社員どうしの一方は思うような成果が挙げられず,存在感や他者への影響力も乏しいが,他方は次々に成果を挙げ,他者をも成果の創造に巻き込んで活躍しているという状況をしばしば目にしている.そのような場合,大抵,成果を挙げている方の人は,思考能力や行動能力が高く発揮されているということを確認することができる.

文末の参考書籍,ライルM.スペンサー,シグネM.スペンサー著『コンピテンシー・マネジメントの展開』によれば,「コンピテンシーとは,ある職務または状況に対し,基準に照らして効果的あるいは卓越した業績を生む原因として関わっている個人の根源的特性」と定義されている.本ページではコンピテンシーを「再現性ある高い成果を挙げる思考特性・行動特性」と捉えて解説する.ただし,予めお断りしておくが,本解説はコンピテンシー・モデルの作成や開発・応用に関する複雑な体系や難解な手続きを紹介することを意図していない.少なくとも論理思考力など自身のコンピテンシー要素を個人のレベルで磨くための基本的な考え方についてわかりやすくお伝えすることを狙いとしている.特に明記した部分を除いて本小節以降のコンピテンシーに関する解説,鍛練に関する考え方,その他はすべて,「コンピテンシー理論」を参考にした筆者の学習と実務体験に基づく解釈と考察によるものである.

1.1 氷山イメージモデル

コンピテンシーは図1 のような氷山イメージモデルを用いて説明されている.図1 の氷山モデルはヒトの「能力」に着目した断面で切断されている.人によっては動機や価値観をコンピテンシーに含めたり,あるいはスキルや知識をコンピテンシーの一部と捉えたりしている場合もあり,解釈や定義が異なるが,本節で注目すべきコンピテンシーというのはちょうど氷山の水面付近に当たる能力部分である.

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図1: コンピテンシーを理解するための氷山イメージモデル

ヒトの人格に関連する事柄のうち,深層にある「動機,価値観,信念」などは能力に関係があると考えられている.「何かを達成しようとする動因=達成動機」は業績との関連性が高いとのことである.氷山モデルからもイメージできると思うが,動機は深いところにあり,他者が見ても外からはなかなか見えにくい.しかも,動機は幼少時からの体験を通して築かれて行くと言われており,成人してから開発するのは大変難しいと考えられている.

コンピテンシーは人格レベルよりも少し浅いところに存在し,普段から交流のある本人以外の人からも,その本人が思考する特性や行動する特性を通じて見えている能力である.具体的な能力としては,例えば,「対人関係力」だとか「概念化力」だとかがコンピテンシーの一部に該当する.想像すればわかると思うが,これらの能力は短期間で強化できるものではなく,勉強したら伸びるという性格のものでもない.これらの能力はまだ柔軟性が保たれている年齢(平均的には40 歳くらいか)までであれば比較的長期間の体験を通じて効果的に伸長すると考えられている.特に自分の強い動機に結びついたコンピテンシーは磨きやすい.例えば,人と良い関係を保ちたいという親和動機の強い人が「傾聴力」などを伸ばすことは比較的容易であると考えられる.ただ,同じコンピテンシーの範疇に含まれる能力であっても,「こだわり」だとか「粘り強さ」といった心理系のコンピテンシーは,比較的深層側にあると考えられ,成人になってからの開発は容易ではないと思われる.

氷山の上の部分にはスキル・知識といった能力があり,これらは比較的短期間で開発可能な能力である.例えば,新しい仕事に就くにはその仕事に関するスキル・知識がなければ担当することができないが,大抵のことであれば2,3ヶ月という期間で一通りは身につけられるであろう.知識は勉強すれば身につくようになる能力でもある.スキルを身につけているかどうかはテストすればすぐにわかる.スキルや知識は歳をとっても何とか身につけることが可能である.年配のおじさんでも時間はかかるが,パソコンだって操ることができるようになるのだ.

誤解のないように補足しておくが,仕事のスキル・知識は2,3 か月で身につけられるものばかりではない.相応の勉強や修練が欠かせない高レベルのスキル・知識が必要な仕事も沢山ある.スキルや知識も鍛錬することによって深まり,やがて高度なレベルに到達するようになる.何らかの道を究めた専門性は高度な見識と技術によってビジネス成果につながり得るので当然コンピテンシーの範疇に含まれる.しかし,コンピテンシーは元々は業績評価と関係づけるために職務分析の手法から考えられた概念ではあるが,通常,職務に特有の能力を除外して用いられている.

人間国宝などが持つ優れた見識や匠の技といった能力は,“コンピテンシー”の領域に深く入り込むことになると考えられる.ピアノ演奏家,バイオリニスト,書道家,画家,彫刻家,工芸家など芸術家やスポーツの世界の一流選手,修行僧,一流職人達は感覚的・身体的に一体化したとも言える秀でた能力を備えているものである.これらの能力もスキル・知識を遥かに超えた“ コンピテンシー”であろう.ここで“ コンピテンシー”と“   ”をつけているのは,本書がビジネス分野におけるコンピテンシー(再現性ある成果を挙げる思考特性・行動特性)を対象に論じているからである.優れた運動能力を持った人や一流のピアニストが必ずしも高いビジネス成果を再現性良く挙げるわけではないことを考えれば理解いただけると思う.

1.2 コンピテンシーの種類

コンピテンシーにはいろいろな種類の能力があり,達成重視の姿勢,他への影響力,概念化思考力,柔軟性,分析的思考,チームワーク力といったものがある.ダニエル・ゴールマン,リチャード・ボヤツィス,アニー・マッキー著『EQ リーダーシップ』によれば,EQ リーダーシップ脚注1)には感情の自己認識,鼓舞激励,共感,変革促進といった能力が挙げられている.ビジネスの世界に関連のある人材の能力アセスメントや人材育成分野の比較的良く使われている言葉で言い表しても,予見力,洞察力,戦略企画力,決断力,具現化力,成果創造力,掌握力,対人統合力,方針指示力,傾聴力,説得力,変革力,使命感,倫理感,度量,責任感といったいささか難しい言葉が並ぶ.

これらのコンピテンシーについては,言葉としてはわからなくはないと思うが,もう少し,身近な言葉に置き換えても良いだろう.

1.3 コンピテンシーの基本要素と論理思考

コンピテンシーは今まで見てきたように多岐に亘るいろいろな能力の総称とも言えるが,これらの能力の基本要素となる能力は一体どのようなものであろうか.リーダーシップなどという能力は明らかに複数の能力要素の複合的能力と捉えることができるに違いない.戦略企画力や責任感,チームワーク力なども同様であろう.

コンピテンシーの基本要素

例えば「洞察力」は基本的には「論理思考力」,「本質把握力」,「創造思考力」,「感性・感受能力」から構成されており,「統率力」は「本質把握力」,「指向性能力」,「感性・感受能力」,「伝達能力」,「共感喚起能力」から構成されているなどと能力要素に分解することができるだろう.「概念化思考力」は「本質把握力」と「論理思考力」の複合的能力であろう.このように考えて,筆者なりに経験的に捉えた基本要素でコンピテンシーを構成すると次の図2 のように表現することができる.

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図2: コンピテンシーの基本要素

上記のコンピテンシー基本要素の構成は,確たる裏づけや文献に基づいて紹介しているものではない.将来予見力,戦略創造力,交渉力,傾聴力など多くのコンピテンシーを筆者なりに分解し,基本要素を考察して抽出したに過ぎない.自律性,自発性や柔軟性,指向性などに関連する「心理系能力」として挙げた能力は「動機」に近く,かなり深層にあると考えられるので,成人以降のトレーニングでどの程度鍛錬できるものか不明である.例えば,こだわり・粘り強さなどは成人になるまでに人それぞれに応じて成長し終えていると思われる.しかし,「論理思考力」,「創造思考力」それに「対人力= 4 種の対人系能力」は成人以降も試練や体験などトレーニングで磨くことが可能なコンピテンシーの能力要素になっているという感触は掴めるのではないだろうか.

論理思考のコンピテンシー要素への支援関係

問題解決プロセスにおいて,コンピテンシーに関連する3 つの能力「論理思考」,「創造思考」,「対人力」が活躍する.前記の能力要素分類で言えば,大きくは「クリティカル思考系能力」,「クリエイティブ思考系能力」,「対人系能力」である.これらは互いに相補的な支援関係にある.特に「論理思考力」は「創造思考力」と協働して価値を創造する.例えば,解決策の立案段階で「論理思考」が設定する適切な解決策の枠組みによって,「創造思考」がフォーカスされたアイディアの提案を可能にする.この支援関係については「ロジカルシンキングの基礎から応用まで」の第4 章でも具体例を挙げて説明した.

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図3: クリティカル思考系能力とクリエイティブ思考系能力との支援関係

更に,良く言われていることであるが,右脳の働きである創造思考による直感やひらめきで提案されたアイディアは,左脳の働きである論理思考によって,実現可能性や根拠などの裏づけが検討され,単なる「思いつき」でなく「洞察された解」や価値として実を結ぶ脚注2). 創造思考によって直感的に発せられたアイディアの中には,ハシにも棒にもかからない程度のアイディアから,素晴らしいアイディアまでの可能性があるので,論理思考で具体的に検討することによって,価値のあるアイディアを抽出することができるという関係にあるようだ.優れた頭脳の持ち主は,それを瞬時にやってのけるのであろう.

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図4: 論理思考と創造思考による協働

「論理思考力」と「対人系能力」との関係においても,支援関係が存在する.ロジカルシンキングの基礎から応用まで」の第4 章では「論理思考」は適切なフレームの設定により,「対人系能力」発揮の機会を提供するという具体例を挙げて説明した.それとは別に「対人系能力」の1 つ「視聴・観察能力」は情報収集における事実の観察において,明らかに「クリティカル思考系能力」を支援し,本質把握と論理思考による展開を進めやすくしている.鋭い観察力や感受性によって,ボーっと眺めていたのでは気がつかない対象の本質的特徴を把握するという経験がある人もいるだろう.その本質が意味のある切り口を想起させ,論理思考による先の展開に成果をもたらすことも珍しいことではない.

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図5: クリティカル系思考能力と対人系能力の支援関係

「クリティカル思考系能力」は,逆に論理を組立て視聴・観察すべき対象を明確化する.「本質把握力」,「論理思考力」は人に意思や考えを正しく的確に伝えると同時に,相手の共感を呼び起こす命題化を通じて,「伝達能力」と「共感喚起能力」を支援する.かくして,「クリティカル思考系能力」と「対人系能力」の活躍により,人に的確に伝える力,コミュニケーション力が発揮される.

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2 コンピテンシーの鍛錬

どうすればコンピテンシーを鍛えることができるのであろうか.コンピテンシーの強化はスポーツや芸術における練習・トレーニング・修行・創作活動等と全く同じと考えられる.コンピテンシーは体験を通して磨かれて行くのだ.一言で言えば,当該能力を使う体験を積むことである.

2.1 能力開発の基本

図6 をご覧いただきたい.図6 はコンピテンシー(例えば「洞察力」)が実践の「場」数を踏むことによって向上して行く様子をイメージ化して示したものである.

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図6: 実践の「場」が能力を向上させることを説明するイメージ図

横軸にはコンピテンシー(例えば「決断力,統率力」といった個別能力あるいは「本質把握力」のような能力要素)を実際に発揮した体験「場」の総数をとってある.体験「場」の総数と言っても単なる回数ではない.質的な重みが掛け合わされた数と理解いただきたい.例えば3 人のチームでプロジェクトを完成させる場合と10 人のチームでプロジェクトを完成させる場合とでは,後者の方がコミュニケーション1 つをとっても困難さの程度が高いと考えられる.統率することを考えてみてもやはり同様だ.力を発揮して困難を乗り越える体験を通じて,横軸を右に進むことになる.チームメンバーの構成が手のかかる人達ばかりである場合と素直で優秀で気が利く人達ばかりである場合とでは前者の方が,プロジェクトのゴールに至るまでに困難を伴う,ずっと重い「場」を体験するに違いない.このように横軸は質を内包した「場」数であり,いわば「試練の大きさ」の積分値と言い換えることもできる.従って,どれだけ右方向に進むかは努力にも大いに関係がある.

体験「場」というのはもう1 つの側面があり,往々にしてその人の置かれた環境や偶然に支配される傾向があるということである.例えば,同じ企業に身を置く人であっても個人ワークのウェイトが大きい仕事にタッチしている人とチームで仕事をする機会の多い人とでは,対人系のコンピテンシーを使う機会は明らかに後者の方が多い.優秀な人達とともに従事する人とそうでない人との比較においても,前者では組織のリーダーという役割を担う機会が少ないという可能性がある.これらは体験「場」が環境や偶然に支配されることを物語っている.

一方,縦軸は能力の高さを示している.例えば,A さん,B さん,C さん3 人の「洞察力」向上曲線が太線で示されている.ただし,現時点で世の中にこのような曲線を実測する手段が存在するわけではない.「場」数を踏んで「洞察力」が伸びて行く様子をイメージ化したものである.個人差が見られるが,それは「動機や資質的な要素」によって違いが生じているのだ.動機に結びついたコンピテンシー曲線の勾配は大きく,持って生まれた頭脳や精神・肉体もコンピテンシー曲線の形状に関係している.生まれつき頭の良い人や運動神経の優れた人がいるのは事実であり,個人差はある意味ではどうしようもない面がある.例えば経験の割りに基礎能力の高い人もいるが,そのコンピテンシー曲線の勾配は大きく,鍛錬による能力向上の程度も大きいだろう.しかし,明確に言えることは「横軸を右に進むことによって曲線上を上昇する」,すなわち「誰でもコンピテンシーを使うことによって(=試練を積むことによって)能力が向上する」ということである.逆に,資質の高い人でも試練を積まなければ伸びないとも言える.ちょうど「才能」と「努力」の関係にあると理解しても良いだろう.

例えば図6 から「洞察力」に関して,A さんは資質的にはB さんに及ばないようであるが,努力して多くの「場」数を体験することによって,表面に現れている能力は現在のB さんより高いと見ることができるであろう.あるいは,現在の若手B さんの「洞察力」は,以前から同じ仕事をやっているベテランのA さんには,まだかなわないと読取ることも可能である.しかし,B さんが更に「場」数を体験すればやがてA さんを超える可能性があるといったことも言える.

2.2 トレーニング・実践の重要性

誰でも試練を積むことによって能力は向上する.しかし,効果的に能力を磨くには漠然と一生懸命に取組めば良いというものでもない.コンピテンシーを磨く上で大事なポイントが2 点ある.

まず,第1 点は磨こうとするコンピテンシーを絶えず意識して磨くことである.コンピテンシーを磨くのは中長期的になるので,あれもこれもではなく,1 年間にせいぜい1,2 種類程度にフォーカスし,神経を集中して絶えず「~力を磨いている」という意識を持ち続けることが大事だ.月曜日には,果たして先週は「~力」を実際に使っただろうかと先週を振り返り,今週はどのような場面があるだろうかを考え,その場面の中で「~力」を使う計画を立てることである.上長にも,あるいはオープンなチームであればチームメンバーにも自分やメンバー相互の開発すべきコンピテンシーを開示し合い,互いに「~力を発揮している?発揮しようね」,「具体的にはどのようなことを実施したの?」などとちょっとした質問やフォローをし合うだけでOJT(On-the-Job Training:仕事を通じて磨くこと)が可能になるはずだ.

では,どのようなコンピテンシーを磨くべきなのか.多くの場合,大変悩ましい問題である.オーソドックスに考えるのであれば,次の図7 が参考になるだろう.図7 は企業など組織体の中で有能な人材を育成する際の考え方の骨組みを示したものである.次のような人材育成サイクルによって構成されている.

1) 自分のコンピテンシーの特徴に気づく
2) 目指す人材像をコンピテンシーで認識する
3) 特定コンピテンシーを磨くための知識を獲得する,気づきを得る
4) 特定コンピテンシーを意識して開発する,振り返る

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図7: 自身の能力開発における学習・研修とOJTの意味

人材の採用・育成・活用に関して先進的に取組んでいる企業ではどのような人材を求めるかについてコンピテンシーで捉えた人材像を描き,新入社員の選別に使うとともに社員に知らせているであろう.コンピテンシー・アセスメントは普段から対象者と接し,日常の考え方や振る舞いを良く知っている10 人ほどの周りの人により,客観的な環境下で実施する.ただし,アセスメント結果をダイレクトに昇進・昇格等の評定に使うことが知られている場合には,客観的なアセスメントにはならないので実施には注意が必要だ.まともな人材育成とコンピテンシー・アセスメントを実施している企業であれば,社員は大よその自分の特徴を掴んでおり,どのコンピテンシーを磨くべきかを認識している.

しかし,自分に不足の能力を磨くという考え方もあるが,動機に合わない能力を磨くことがとても辛く,参ってしまうようであるなら逆効果だ.それより,自分の強いコンピテンシーを更に一層強化することによって,自信を持てるようにする方が,他のコンピテンシーの補強につながるという考え方もある.筆者としては,まず,開発すべきコンピテンシーの1 つに「論理思考」を設定すべきだと考える.それは,論理思考力は誰にも必要なコンピテンシーの基本要素だからだ.書籍や2~3 日の研修・セミナーで「論理思考」や「問題解決はどのようにすれば良いのか」,「戦略的に考えるというのはどういうことなのか」などを学んだとしても,それは単なる知識や気づきが得られる程度に過ぎない.やっと自己流から脱却する第1 歩を踏み出した段階なのだ.

また,企業内で有能な人材に目をつけ,会社の将来を背負って立つ人材に育てようとするのであれば,年功的に「場」を経験させるというのではなく,若いうちから責任と権限を与え,組織のリーダーや子会社のトップなど多くの「修羅場」を経験させることを考えるべきである.ベンチャー企業や新興国の新進気鋭のトップは否応なしに,自分を磨く「場」に身を置くことになるので,荒削りながらも若くして育つのだ.

第2 点は能力が身につく原理を正しく理解して繰返し実践することである.良く「身体で覚える」などと言うが,思考特性や行動特性と関連する能力が備わった状況においては,自然に思考や行動に現れて来るものである.無意識に反射的に思考・行動できるくらいの状況においては,脳および身体中の所要神経の結合ができていて,脳神経で言えばシナプス結合が組織化され,思考回路や諸々の神経が機能する状態になっているのだ.しかし,一朝一夕に能力回路が出来上がるわけではない.図8 を見ていただきたい.図8 はトレーニングや実践によって,つまり,体験の「場」数によって能力が伸長して行くミクロな変化をイメージ化したものである.

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図8: トレーニングによって能力が身について行くことを示すイメージ図

第1 回目のトレーニングでは時間がかかる割りに能力はそれほど伸びず,伸張した能力はトレーニング終了時点から急速に減衰する.放っておけば元のスタートレベルまで低下してしまう.第2 回目のトレーニングでは少し短い時間で再び能力を回復し,第1 回目トレーニング終了時点より高いレベルまで達する.しかし,やはりそのまま放っておけば能力はスタートレベルに向かって減衰して行く.第3 回目のトレーニングでは,更に短い時間で第1回,第2 回の終了時点より高いレベルに達する.しかし,前回より減衰は緩やかであるが,放っておけば能力は低下してしまう.かくして,何度かのトレーニングの繰返しによって能力は高いレベルに達するとともに,極めて緩やかな減衰,実質的にはフラットな状態で保持されるようになる.その状態が「能力が身についた1 人前の状態」なのだ.更に磨けば少しずつ上昇を続けて行き,やがてプロフェッショナルのレベルに到達する.

能力上昇の状況はちょうど自転車に乗れるようになる過程を思い起こせば,良く理解できる.最初は補助輪を付けて練習しても旨く走行できない.補助輪をはずせば転倒ばかりしてペダルを1 回転させるのも困難な状態である.しかし,そのうちに転びながらも5m や10m くらいは走行できるようになる.ずっと練習しなければ,また転んでばかりの状態に戻る.やがて続けて練習しているうちに転ばないで走れるようになる.更に走りこなせるようになれば両手離し運転や細い通路を通るバランス運転などもできるようになる.こうなってしまうと,20 年や30 年もの間自転車に乗らないで過ごしていても,再びハンドルを持てばすぐに走れる.少しの時間で両手離し運転の水準さえ復活できてしまう.また,上手なテニスプレーヤーとテニスをすれば上達するように,身近なハイパフォーマーを見習う,あるいは目標にする,アドバイザーにするなども能力を伸ばすには効果的だ.当然ながら,実践の「場」を確保するということは必須であるが,論理思考力に関する限り,日常の大半は実践の「場」にいるようなものである.つまり, OJT が可能だ.

読者の皆さんにお伝えしたいことは,「誰でも試練を積むことによって論理思考力は向上する.最初は下手でも良い.意識して実務で何度も使いなさい.」ということである.ただ,残念ながら,「誰でも同じように能力が向上する」ということではないので誤解のないように願いたい.豚をおだてて一生懸命に木登り練習させてもなかなか上達しないだろうが,猿ならばたちまち上達するという違いは,どうしようもないことなのだ.

研修を実施することによってコンピテンシーを強化するというのであれば,米GE(General Electric)社などが実施しているような,長期の合宿形式で切磋琢磨して重い実務をシミュレートするといった研修を計画すべきである.

<「能力開発の基本」終わり>

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脚注

1)
EQ(Emotional Quotient)は知能指数IQ(Intelligence Quotient) に対応して,感情の知能指数と言われ,これからの時代においては,リーダーと名のつく人には単なる知的能力だけでなく,EQ リーダーシップは欠くことのできない重要なコンピテンシーと位置付けられている.脚注1)の付近に戻る

2)
ここでは右脳,左脳と一般化して記述しているが,すべてのひとの脳がこのように役割分担しているとは限らない.左利きの人には右脳,左脳の働きが逆の場合が多く,ひと全体では1 割程度で左右脳の役割が反対、中には両側に左右脳の働きを持つケースもあると言われている.脚注2)の付近に戻る

参考にした文献

1)
ライルM.スペンサー,シグネM.スペンサー著,梅津祐良,成田攻,横田哲夫訳『コンピテンシー・マネジメントの展開』生産性出版,2001 年
2)
ダニエル・ゴールマン,リチャード・ボヤツィス,アニー・マッキー著,土屋京子訳『EQ リーダーシップ』日本経済新聞社,2002 年
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