問題解決に役立つロジカルシンキング(論理思考)を基礎から学ぶ。

市場トラブル解析事例

ロジックツリー展開によるトラブル解析事例

商品の市場トラブルに対してロジックツリーを用いて原因分析した事例をご紹介したい.

前事例(電子体温計の要求品質設定)で紹介した電子体温計であるが,何もかもうまく行ったように聞こえるかもしれないが,実はそうではない.筆者の経験では,1つの新商品を開発する過程では少なくとも大抵3つくらいの大きな失敗をしているものだ.新商品開発や生産技術等に取組んでいる人達は絶えず大小様々なトラブルに直面しているだろう.

ご多分に漏れず,T社電子体温計の商品化当初においても,思わぬ大きな落とし穴に落ちてしまったトラブルがあるので1件だけ紹介しておこう.

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 ー電子体温計商品化時の予期せぬ初期トラブルー

商品が市場に出てから品質問題や製造上の不具合問題などが生じると,その対応は待ったなしとなる.商品の完成度が低く,品質問題が生じるようでは市場導入後に品質安定化活動やら改良商品の開発など余計なパワーの投入が必要となり,本来の業務が疎かになって,類似の問題を再発させるなどの悪循環に陥る.そのため,商品化の過程では元々不具合が生じないように可能な限り上流工程で要求品質を明確にし,関連する要素技術を確立するとともにシステム設計仕様を明確に定めて開発を進めて行く.そして少なくとも試作品を製作した段階ではシステム設計仕様と同時に定めた,様々な評価を含むシステムテストを通じて確認・是正を実施するものだ.

T社電子体温計はシステムテストの中でも過酷な温湿度サイクル負荷試験を含む耐環境試験や周波数掃引を含む振動試験等を当然クリアーしていた.

しかし,商品化の当初,予期せぬトラブルに見舞われた.

稀なことではあったが,体温計を購入した顧客が初めて収納ケースから体温計を取り出した際に,液晶表示器が点灯しないという現象が発生したのである.全数検査を経て合格して出荷されているにもかかわらず,ごく少数ながら返品された不良電子体温計の動作を確認してみると確かに収納ケースから取り出しても液晶表示器が点灯しなかったのだ.ご参照→電子体温計の要求品質設定:図3 リードスイッチの基本動作原理

因みに電子体温計の全数検査というのは,最終工程に近いところで,感温部を37.0℃に制御された恒温水槽に浸しながら通過する電子体温計の温度表示を自動的に読み取り,電源ON機能,温度の測定精度,温度表示機能を確認することによって実施されている.

1 リードスイッチの動作不良

開発部門に原因解明の依頼があり,ただちに不良電子体温計内部の電気的接続状況を維持したまま,電子体温計筺体を切り開き,回路構成素子の各内部電極を露出させ,原因分析を開始した.まず,各電極にプローブを当てて各電極間の導通状況を調べ,リードスイッチの動作不良(外部磁界のないところでもON状態にならない)が原因であることに絞り込んだ. そこで,体温計からリードスイッチを取り外し,リードスイッチの外観を観察すると図1の如く,リード片は正常に「閉(ON)状態」であり,本来であれば電源ONとなるべきところであった.

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図1: 電子体温計内蔵のリードスイッチ

肉眼を凝らして見た限りでは,リード片が「閉(ON)状態」に見えたリードスイッチの動作不良原因の究明については困難を極めた.

1.1 動作不良原因の切り分け

まず,リード片は閉じているが,閉じる力が不足していて2つのリード片が接触していないのか,閉じる力は十分であるが,何らかの理由で2つのリード片が電気的接触に至らないのか,リード片が閉じる方向に強い外部磁界を印加して確認した.その結果,閉じる力は足りているが,何らかの理由で2つのリード片が電気的接触に至らない,すなわち,「リードスイッチのリード片は接点部分に絶縁物を挟んで閉じている」という原因以外には考えられないということがはっきりした.その場合には,リード片の表面状態が化学変化等により絶縁化しているか,接点側のリード片表面に何らかの絶縁物体が挟まっているということになる.
この段階で原因分析に描いたロジックツリーは下記のとおりである.

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図2: リードスイッチ接点間に絶縁物の存在を示すツリー

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1.2 接点間に発見された微小な異物

ここで次の解析のためにリードスイッチを破壊してしまうと原因が分からなくなってしまう恐れがあるので,リードスイッチを包む透明なガラスを通して光学顕微鏡で観察することにした.外部磁界を印加しリード片を開状態にしてリード片の表面を綿密に観察したところ,表面はロジウムメッキの金属光沢のまま,見た目にはきれいで,どうやら腐食は起きていないようであった.しかし,案の定,リード片の接触面上に外寸で数10μmほどの1個の微小な黒褐色の異物が見えたのだ.

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図3: リードスイッチ接点間の異物

これで,リード片の片側接点付近に何らかの微小な異物(しかも絶縁物)が付着していて,磁石の力でリード片が閉じていても,2つのリード片どうしが異物を挟み込んでいるために互いに電気的に接触していないことが,リードスイッチの動作不良原因であるという仮説が成り立つに至った.

だが,そのような仮説を説明するためには,全数検査をパスして出荷された電子体温計のリードスイッチ内に何故微小な絶縁物体が存在し,しかもそれが何故リード片の上に付着しているのかについて,明らかにしなくてはならない.そこでまず,異物がリードスイッチの外部から侵入したものか,それとも元々リードスイッチの内部に存在していたものかを明らかにするために,ガラス封止部を中心に克明に観察したが,外部から侵入する余地は全く見られなかった.従って,微小絶縁物体は元々リードスイッチの内部に存在していたことになる.

1.3 動作不良発生原因を説明する有力な仮説

更に外部から衝撃を与えても微小絶縁物体がリード片に付着していることから,磁性体(「磁石につく」強磁性体という意味)である可能性が高いことが推定された.初めからリードスイッチ内部に存在した微小物体が磁性体であると考えると,リードスイッチ内部でその微小物体がリード片の上に移動し,付着した状態で留まるメカニズムを説明できることに気付いた.そのメカニズムは次のようなものである.

磁石を抱いたリードスイッチを内蔵した電子体温計が,製造工程内の全数検査をパスした後,収納ケースに収められ,リードスイッチのリード片は「開」状態で収納ケースごと個包装パッケージに入れられたまま輸送される.リードスイッチが輸送時の僅かな振動を受ける過程で,磁石(この場合,収納ケース側の磁石)の磁力により,内部にあった微小磁性体が磁性を帯びた状態にあるリード片に付着する.やがて,継続して受ける振動によって,微小磁性体は磁力線密度のより高いリード間の端部に向かって徐々に移動した.例えば,U字形磁石の上に紙などの薄板を乗せ,その上に砂鉄をばら撒いて振動を与えると,磁石端部の磁力線密度の高いSN両極間を中心に,より多くの砂鉄が移動して行く現象を思い出すと理解できると思う.

後の祭りであったが,100本程度の電子体温計を使った振動試験を実施したものの,『リードスイッチが「開」状態で磁界に置かれたまま振動を受ける』ということを想定した振動試験を実施していなかったのだ.もっとも,そのような振動試験を実施したところで,今回の不具合事象を発見できたかどうかはわからない.

こうして,不良リードスイッチの有力な原因仮説を導いたときのロジックツリーが図4である.

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図4: リードスイッチ内に存在していた磁性体異物を原因とする仮説

2 原因仮説の検証

ここまでの検討で,リードスイッチの動作不良は「リードスイッチの内部に微小な磁性体異物が存在して,その異物がリード片に付着し,接点間の接触不良を起こしている」という原因仮説を立てた.

2.1 では次にどうする?

最終的にはリードスイッチの動作不良トラブルの再発防止を図らなければならない.本事例をここまで読んで来られた読者の皆さんには,次に読み進む前に,この先どのようなことを検討すべきかについて一旦お考えいただけないだろうか.あなたならどうする?

閑話休題
筆者は現役時代にいずれも商品開発部門の担当としてメーカー企業3社を経験したが,正に「所変われば品変わる」が如く“三社三様”で様々な面白い体験があった.前事例で電子体温計の商品開発時の経緯を少し紹介させていただいたが,商品開発部門の責任者として強い影響を受けた経営トップの話についてもほんの少しだけご紹介しておきたい.その当時の社長戸澤三雄(故人)氏は,超ワンマン経営者で,最終的には実質25年間もの間トップに君臨していたことに対して,今では退任末期の1990年代に業績不振に陥った要因と言われている.しかし,戸澤氏でなければ当時の会社を業界トップ企業に育て上げることも不可能だったという側面は否定できないように思われる.その頃,1年に1度,各地・各部門の幹部社員を一同に集め,国際幹部会議という会議が催されていたが,ある時,戸澤社長が幹部社員全員に向けて次のような内容の話をされたことを憶えている.

「皆さんにはそれぞれの組織の役職者として重責を担っていただいている.それだけに私は経営責任者として,幹部諸君の皆さんには世間から見て特別に高待遇をもって応えているつもりだ.もし,組織の責任者として役割が果たせない状況となれば,真面目に仕事をしている組織メンバーには大変申し訳ないことであり気の毒に思う.役割が果たせていない幹部社員には,私が3回まで注意するが,3度注意を受けた場合には翌日から出社には及ばないということを十分心しておいて欲しい.」実際,筆者の周りの少なくない役職者を含め何人もの幹部社員それぞれが,いずれもある日突然出社しなくなった.

一般社員は簡単に首にはできないが,厚遇している役職者が役割を担えないというのであれば首を切る,米国的合理主義に似た筋の通った考え方であり,なるほどと思った次第である.突然,職を失っても,相応の報酬を得ていたのだから,再就職するまでの期間は乗り切れるはずだという理屈である.新製品の商品化に際しても,本当に顧客にとって役に立つ,完成度の高い,デザイン的にも磨き上げられた美しいものでなければ決して「商品」として認めて貰えなかった.お客様に優れた商品をお届けしてお役に立てていただくのが当たり前,いい加減なものや少しでも品質に問題のある製品は論外で,お客様に対して失礼であり,迷惑をおかけすることになるという信念に他ならない.

それ故,電子体温計の開発にあたっては,「すべての水銀ガラス体温計を置き換えよ」というメッセージと同時に唯一「世界一のモノを作れ」というメッセージのみを頂いた.

そこで,世界一の商品を作るためにはどうすれば良いかを必死に考え,企画書を提示し,時間と資金,人材等の資源を要求したが,すべてが認められた.筆者たちは,一切の条件を認めていただいた上で「世界一のモノを作る」ために,期待に応えられる商品を開発する方法を検討し,人材を集め,ベストな進め方を考え,最大限の努力を注いだのは当然であるが,結果として商品を成功させると同時に人材の育成,技術の蓄積,商品開発の進め方等において大きく成長することができた.

近年,一流企業と言われる会社経営者の多くが組織の実態から目を逸らし,未熟な商品開発部隊に向かって金科玉条の如く「大事なのはSpeedだ」,「急げ,もっと急げ」,「他社よりも速くやれ」といった時間的側面ばかりに囚われたメッセージだけを発している傾向がある.結果として育成機会の乏しい開発部隊は未熟なまま疲弊し,商品にも失敗し,人材や技術も育たず,悪循環を繰り返しているのではないだろうか.トップが発するたった1つのメッセージが1つの組織,ひいては企業全体の盛衰を左右するということを忘れてはならないと思う.

さて,読者の皆さんは次に検討すべきこととしてどのようなことをお考えだろうか.
まさかとは思うが,「とにかく不良品のリードスイッチが工程に入っていることになるのだから,不良部品を工程に入れないようにするのが先決だ.リードスイッチは部品としてリードスイッチメーカーから購入しているので,リードスイッチの受け入れ検査をしっかりと実施して不良品を工程に入れなければ良い.」などと考えた人はいないだろうか.

このような考えは,残念ながらロジックツリー以前の話だ.最初の「電子体温計の動作不良の原因がリードスイッチの動作不良にある」ことが判明した段階で,それ以上の検討が不可能な場合に限って意味があると言える程度の考えに過ぎない.

では次のステップはどう考えたら良いのだろうか.先に導いたリードスイッチの動作不良に関する原因仮説のその先にある本質的原因を発見しなくてはならないのだ.具体的には「何故,リードスイッチの内部に異物が入り込んでいるのか,何故,その異物がリード片に付着しているのか,その異物は本当に磁性体なのか.」を明らかにしなくてはならないと考えるのが普通だろう.

その通りである.しかし,例えば仮説を検証するために更に「異物が磁性体であることを確認する分析作業を進める」のも結構だが,既にリードスイッチ内部に異物が存在するという事実(これは仮説ではない!)に注目すべきだということに気がついただろうか.

2.1 リードスイッチ製造工程に本質的原因

つまり,次のステップは「何故,リードスイッチの内部に異物が入り込んでいるのか」という問いかけの答えを出すために,リードスイッチの製造工程に言及するのは必須だということになる.それはリードスイッチの製造工程に本質的原因が隠れているということでもある.

そこで,早速,リードスイッチメーカーへ出向いた.
リードスイッチメーカーの工場は東北の雪の積もった片田舎にあった.予め連絡しておいた通り,「動作不良のリードスイッチに関して原因調査の結果,内部に微小な黒褐色の異物があり,リード片上に付着しているが,何故,リードスイッチの内部に異物が入り込んでいるのか,その異物は何か」を尋ねた.

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2.2 あっけない幕切れ

すると,何とも、開いた口が塞がらなくなるような答えが返ってきた.

「組立途中のリードスイッチがガラス封止工程において高温の炉を通過する過程で,炉の囲い部分から鉄錆がポロポロと落下しているところがあり,時々微小な錆(酸化鉄)の粉がリードスイッチ内に落下侵入することがある」とのことであった.問題のリードスイッチは目視と動作確認を含む検査で除外できなかった不良品だというのだ.しかも,工程不良率がX%だというのには呆れて空恐ろしささえ感じたものだ.

以下は繰り返しになるが,どうやら筆者たちの検討した原因仮説は妥当であった.

小型磁石と一体化した常時「閉」型リードスイッチの動作確認においては,外部磁界により「開」動作を確認し,再び外部磁界のないところで「閉」状態を確認すれば動作確認検査が合格となる.出荷・搬送時は「閉」状態であり,たとえ,発見できなかった磁性体の微小な異物が存在しても,リード片間に侵入する確率が低く受入れ検査では正常に開閉すると考えられるので合格するのであろう.
しかし,電子体温計内部に設置した小型磁石つきのリードスイッチの場合は,体温計の収納ケースに取り付けた外部磁石の磁界がある中で,常時「開」のまま搬送・振動されるために,磁性体異物はリード片上の端部に向かって移動すると考えられるのだ.

同じトラブルを再発防止するために問題の工程を改善してもらったことは言うまでもない.

<「市場トラブル解析事例」終わり>

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