1.何故、問題の原因を明らかにする必要があるのか?
現代のビジネス・パーソンの多くは、自分の担当する課題を遂行する過程で、何かしらのトラブルに遭遇することがあるものです。中には自分がトラブルの解決を仕事にしている部門に所属している場合やトラブル対応の直接的担当だという場合もあるでしょう。
あなたも業務遂行上のトラブルや困ったことに遭遇することがありますね。例えば、あなたが適切に対応したつもりの連絡内容が、品質保証部門からお客様のところに間違って伝わり、クレームを受けたとか、試作製品の評価試験中に、従来製品で採用している特定の部品が故障したといった類のトラブルに直面された経験があると思います。
ロジカルシンキングは、このような「問題(困った事態やトラブル)」の解決に役に立ちます。問題を解決するためには「何故そのような困った事態が生じているのか」、必ず原因がありますので、通常、まずいくつかの方法を用いてそれらの原因を明らかにします。
ロジカルシンキングにおける原因分析の方法には、大きく分けて「ロジックツリー展開」、「論理ピラミッドの構築」、「因果関係図の作成」という3つの方法があります。
その1つ、原因を明らかにするための「因果関係図の作成(原因と結果の関係を図に描く)」による方法というのは、複数の事象が複雑に絡み合い、それらの事象のいずれかに原因があって、結果として、トラブルや困ったことという事象が生じているような状況における原因の特定化に適した方法です。
この記事では、「因果関係図の作成法」をマスターし、「因果関係図の作成」によって、因果の関係を解明し、問題解決の鍵となる原因を明らかにする方法について、例題と解答をご紹介しながら解説します。
なお、「因果関係の解明」について更に深く知りたいという場合には本サイトの因果関係の解明をご参照ください。
いきなりですが、あなたに質問です。
何か困った問題が起きたという場合に、何故、問題の原因を明らかにする必要があるのでしょうか?少しお考えください。
そうですね。問題の原因となっている事柄を解消しなければ、問題が解決しない、または再発して困ったことになるからですよね。
近年の一部の日本企業の間では、これほど当たり前のことでさえ、わからなくなっているのではないかと思われ、取り返しのつかない信用問題を起こしています。企業の中の様々な事情が、当たり前のことが当たり前に対応できなくしているようです。もしかすると問題の原因を明らかにする能力が無くなっているか、問題の原因がわかっていてもどうして良いのかわからないという可能性もあります。
2.問題の原因はどこにあるのか?
ところで、あなたは、問題の原因を明らかにすることができますか?
下記の例題は、データ改ざん問題が発覚して、膨大な損失を被ることになった、ある架空企業における断片的な事実情報に基づいて、問題の原因を明らかにしていただくというものです。一連の情報に目を通して、あなたは、この企業の問題の原因はどこにあると考えますか?
まずは、自分流で構いませんので、次の例題に取組んでいただきたいと存じます。
例題
ある企業では、最近になって、自社製品の不正データ問題が発覚し世間を騒がせていますが、関係者にヒアリングをしたところ、次のような事実が判明しました。この問題の原因はどのような点にあるのでしょうか?
- 現場ではデータ改ざんは不正と知りつつ、声を上げられないのが実態であった
- 工場で勤務した際に不正を知り、その後、本社の役員に昇進した人も複数いたが、不正を改めるよう指示することもなく黙認していた
- 顧客と取り決めた納期を守らなければいけないというプレッシャーがあった
- 製品の仕上がりには、どうしても一定のばらつきが出るが、これを作り直すとコストだけでなく時間もかかる
- 「契約違反でも安全性に問題ないなら、まあいいか」といった会社の姿勢があった
- 40年前からデータの改ざんが行われていた
- 元役員の中には今回データの改ざんが明るみに出た後も「製品の安全性に問題はなく、何が問題なのかわからない」と話していた人もいた
- 自動システムによって不合格と判定されると、検査を担当する「品質保証室」長に相談し、契約を満たす新たな数値を入力し、検査証明書のデータを書き換えていた
後で、あなたと一緒に、この架空企業の実態から、困った問題が生じる状況について図式化して、因果関係を解明し、原因を探ってみたいと思います。
その前に、一旦、次項でご紹介する因果関係を解明する方法について、しっかり理解しておきましょう。
3.ロジカルシンキングにより因果関係を解明する
通常、問題事象に関連する因果関係の解明は次のステップで実施します。
ステップ1:関連する情報を収集し事実を正しく把握する
- 個々の事象を取り巻く関連事象を、全体にわたり可能な限り過不足なく捉える
ステップ2:全体としての事象の関係性を明らかにし、因果関係図を描く
- 因果の関係に従って事象間を矢印でつなぐ
ステップ3:本質的原因を明らかにする
- 個別事象要素の重要度を明確化する
- 事象関係の中で、根幹となる・影響度の高い本質事象を見極める
ここでは、簡単な観察事例を取り上げて、上記ステップに沿って、説明を進めて参ります。
1)ステップ1:関連する情報を収集し事実を正しく把握する
観察事例に記載されている、個別の事実について、主部と述部から成る事象を正しく記述します。事実かどうか明確でない情報は必要なら再調査するか、重要でない情報は割愛しても構いません。
次の4つを抽出しておけば宜しいでしょう。
<事象1>大地は乾いていた
<事象2>強い風が吹いていた
<事象3>埃が舞い上がっていた
<事象4>(屋外で作業していて)埃が目に入った
ここでは、「油断していたせいか」は、明確な事実かどうか不明ですので割愛してあります。「~と思った」、「~のように見えた」なども、特に重要でなければ事実かどうか不明ですので割愛します。
2)ステップ2:全体としての事象の関係性を明らかにし、因果関係図を描く
ここで「因果関係図」について、確認しておきましょう。
ある一連の事柄に関連して、ある時点における観察または推定される事実としての原因と結果の関係を矢印で結合して描いた図を因果関係図と呼んでいます。狭義の原因と結果という関係に限らず、事象の発生する順序関係や事象間の主従関係、力関係、構造的関係などを含めた広義の因果関係も対象として捉えることができます。
例えば、「風が吹いた」(原因)事象と「木の葉が揺れた」(結果)事象を例にして、これを、因果関係図として描きますと次のようになります。原因から結果に向けた実線の矢印(→)で繋がれています。
原因と結果の確認方法:
<原因>と<結果>の関係を繋げて記述すると、「風が吹いた。それゆえ、木の葉が揺れた。」または「木の葉が揺れた。何故なら風が吹いたからである。」というように、スムーズに原因と結果の関係が、違和感のない1つの文として表されます。
<原因>と<結果>の関係は、「木の葉が揺れた。それゆえ、風が吹いた。」または「風が吹いた。何故なら、木の葉が揺れたからである。」ということにはなりません。決して、逆ではないこともわかります。
(注:「木の葉が揺れた。それゆえ、風が吹いたことになる。」という意味ではありません。同様に「風が吹いたことになる。何故なら、木の葉が揺れたからである。」という意味ではありません。)
このように、原因と結果の関係を見分ける際には、「<原因>それ故、従って、・・・<結果>」または「<結果>何故なら、そのわけは・・・<原因>」といった接続詞を挟んで、文としての意味が妥当かどうかで、判断することができます。
先の観察事例から、原因と結果の関係を見分けて、図に描きます。
<原因1>強い風が吹いた
<誘因1>大地は乾いていた
<原因2>埃が舞い上がっていた
<結果>埃が目に入った
因果関係図の作成においては、原因と結果の関係について事象の起きる確率(原因によって結果がどれほど起きやすいか)に着目し、明らかに強い因果の関係がある事象を結合して行くわけです。この時、すべての関連する事象の存在を確認・見直しながら、場合によっては補足情報を追加して補い、状況を正しく把握し、検証して進めて行くと宜しいです。
なお、「点線の矢印」は、必ずしも強い因果の関係ではないけれど、影響を及ぼしている可能性が考えられる程度の意味合いで使います。
3)ステップ3:本質的原因を明らかにする
因果関係図において、問題となる結果に対して、根幹となる・影響度の高い本質事象を本質的原因と言います。具体的には、事象関係の中で「個別事象要素の重要度を明確化(それを解消した際に、懸案の問題を解決することになる確率の高さを確認)」し、「感度が高く、効き目がある」ことを見極めることによって、それが確度の高い仮説として本質的原因となり得ると判断します。
作成した因果関係図を見ながら、「埃が目に入った」問題が発生しないようにするには、どの原因を解消することが決定的なのかを探るように検討して行きます。それが本質的原因に該当します。
仮に「強風が吹いた」(原因1)という事象が解消されていたら(=事象が起きていなければ)、「埃が舞い上がった」事象は高い確率で生じなかったはずですから、「埃が目に入った」事象も起きなかったことになります。一方、「埃が舞い上がった」(原因2)という事象が起きていなければ、「埃が目に入った」事象は起きませんでした。
従って、「埃が目に入った」事例における原因としては「強風が吹いた」(原因1)と「埃が舞い上がった」(原因2)の2つが、「感度が高く、効き目がある」ので、いずれも本質的原因の候補であるということになります。
しかし、もう少し突っ込んで考えてみますと、仮に「強風が吹いていなかった」としても「埃が舞い上がる」ことがあることに気づきます。例えば、「トラックが猛スピードで通過した」といった事象が起きると「埃が舞い上がる」可能性があります。
つまり、「強風が吹く」事象を何らかの方法で、例えば、強風を防御できる、大きく頑丈な衝立で遮る手段などにより、解消したとしても「埃が舞い上がる」ことを解消しなければ、「トラックが猛スピードで通過する」などの事象により、「埃が舞い上がる」ことが起こり得るというわけです。
要するに、この因果関係においては「埃が舞い上がる」事象を解消しない限り、「埃が目に入る」事象を避けられませんので、「埃が舞い上がった」(原因2)が本質的原因だということになります。(ただし、たまたまこの事例の場合には、「埃が目に入る」事象を発生させない方法としては、「ゴーグルを装着する」といった直接的手段もありますので、必ずしも「本質的原因」の解消だけが唯一の解決策だというわけではありません。)
以上のように、3つのステップで問題事象に関連する事実情報の収集、因果関係図の作成を経て、本質的原因を明らかにします。
4.因果関係図作成において付随する事柄
ロジカルシンキングによって因果関係図を作成するに当って、念頭に入れておくべき事柄についてご説明します。
1)直接的関係など不足事象の補足
存在する事実情報は必ずしも必要十分なものとは限りませんので、不足情報がある場合には、補足可能な推定事実を追加することを視野に入れておきましょう。例えば、原因と結果の関係が間接的な場合には、それらの事象に関連する周辺事象に注目し、事実情報で補い、可能な限り直接的な関係として図に描きます。時には関連性の弱い情報を除外することもあります。
例えば、「強い風が吹いた」(原因)と「埃が目に入った」(結果)という事象の関係は、間接的な因果の関係と考えられますので、周辺事象を観察し、「埃が舞い上がっていた」、「大地が乾いていた」といった事実情報を、可能な限り補って、因果関係図を完成させるということです。
2)因果の関係における確率についての理解
原因と結果の関係は実際には確率的なものですが、因果の関係が成り立てば1本の矢印で結合します。原因事象が起きても、結果事象が必ず起きるとは限らない場合もあると理解しておきましょう。
例えば、「埃が舞い上がった」(原因)なら「埃が目に入った」(結果)を招くかと言うと、“ある確率で起きる”、つまり「確実に起こり得る」因果の関係にあるということです。感覚的な話ですが、「風が吹いた」(原因)から「木の葉が揺れた」(結果)という関係は、ずっと確度の高い因果の関係ですが、同じ1本の矢印で表記されるということです。
一方、「大地が乾いていた」(原因)としても「強い風が吹いた」(結果)を招くことはありませんので、この事象間に、原因から結果に向かう矢印はあり得ないことがわかると思います。
3)MECEな関係にこだわる必要はない
因果関係図の作成目的は、あくまでも問題解決のための示唆を得る点にあり、そのための、より確度の高い仮説を発見することに狙いを置き、主要な因果の関係に着目しますので、枝葉末節の事象間の関係は無視して描きます。従って、ある事象が起きた場合に、その結果として、幾つかの事象が発生するといった場合においても、例えば、必ずしもMECEに(ダブリがなくモレもなく)展開して、無関係な事象まで描く必要はなく、主要な関係に着目して描けば良いと理解しておきましょう。
参考)MECEについては、ロジックツリーの作成またはロジカルシンキングのロジックツリー例題でトレーニング!MECEでもNGな訳とは?をご覧ください。
例えば「強い風が吹いた」(原因)のだから、「埃が舞い上がった」(結果)だけでなく、「周囲の瓦礫が飛ばされた」(結果)事象も起きているはずだなどと、結果に関係のない観察事実まで調べて図に描く必要はないということです。
4)付随して起きる問題を無視しない
何らかの問題があって、問題解決のために因果関係図を描いて検討するとしても、一般的には、ターゲットとしている問題の原因を解消すれば、すべてが解決するとは限らないものです。多くの場合、存在する原因によって、懸案の問題以外の、付随して起きる問題も生じており、問題解決という観点から、それらをも描いておく必要があります。
例えば、典型的な例としては、製品の市場故障の例です。故障問題の本質的原因が判明して、今後の製品への設計的対応を済ませたとしても、既に市場に出荷されている製品への対応、市場故障によって生じてしまっている問題等への対応が必須だということです。
あるいは、事象は必ずしも静的なものではなく、当初の原因によって、次々と他の事象が発生し、当初の原因を解消しても、他の事象による問題が拡大している場合もあり得ますので、動的な観点で因果関係図を作成することも視野に入れておくべきでしょう。
5.例題に取組んでみよう
さて、冒頭で例題を出題させていただきましたが、いかがでしたか。
たとえ、“山勘”でも、「これが本質的問題だ!」と言えれば、それはそれで相応に評価できると思います。
それでは、一緒に、因果関係図を作成して参りましょう。確実に練習になりますので、あなたも実際に作成してみることをお勧めします。通常、PowerPointで作業自体はコピー・一部削除、貼付けといった操作で簡単に実施できます。
1)ステップ1:関連する情報を収集し事実を正しく把握する。
もう1度、関係者からのヒアリングによる事実情報を載せておきます。
- 現場ではデータ改ざんは不正と知りつつ、声を上げられないのが実態であった
- 工場で勤務した際に不正を知り、その後、本社の役員に昇進した人も複数いたが、不正を改めるよう指示することもなく黙認していた
- 顧客と取り決めた納期を守らなければいけないというプレッシャーがあった
- 製品の仕上がりには、どうしても一定のばらつきが出るが、これを作り直すとコストだけでなく時間もかかる
- 「契約違反でも安全性に問題ないなら、まあいいか」といった会社の姿勢があった
- 40年前からデータの改ざんが行われていた
- 元役員の中には今回データの改ざんが明るみに出た後も「製品の安全性に問題はなく、何が問題なのかわからない」と話していた人もいた
- 自動システムによって不合格と判定されると、検査を担当する「品質保証室」長に相談し、契約を満たす新たな数値を入力し、検査証明書のデータを書き換えていた
ここからは解答例とお考えください。
2)ステップ2:全体としての事象の関係性を明らかにし、因果関係図を描く。
どこから、開始しても構いません。例えば、現場に近いところの情報に着目して、
「a.声を上げられないのが実態であった」、「c.プレッシャーがあった」、「d.コストだけでなく時間もかかる」と「h.データを書き換えていた」の4つの事象の間で、因果の関係を描いてみましょう。
まず、「h.データを書き換えていた」と「a.声を上げられないのが実態であった」の結果には、明らかに「c.(納期の)プレッシャーがあった」、「d.コストだけでなく時間もかかる」といった原因が挙げられますね。
「a.声を上げられないのが実態であった」と「h.データを書き換えていた」との間には、部分的に因果の関係があると思われますが、後で検討することにします。
従って、これらの事象の間には、次のような関係があると考えられます。
今度は、「h.データを書き換えていた」と「b.指示することもなく黙認していた」の関係について、検討してみましょう。
後者の「b.指示することもなく黙認していた=複数役員による不正の黙認」を含めて、先の「a.声を上げられないのが実態であった=現場による不正の黙認」も考慮すると、「関係者の誰もが黙認していた」といった事実が浮上して来ますので、新たに確実に言える「i.日常的に不正な改ざんが行われていたが、結果的に関係者の誰もが黙認し続けていた」という推定事実を、先の因果関係図に追加して、因果の関係を繋ぎ直します。
すると、次の図のようになります。
ここで、推定事実「i.関係者の誰もが黙認し続けていた」と「h.データを書き換えていた」とのつながりを見直しておきましょう。両者の原因と結果の関係は、どう解釈したら宜しいでしょうか。
最初に「i.関係者の誰もが黙認し続けていた」(原因)と「h.データを書き換えていた」(結果)の関係に気づくと思います。つまり、「誰もが(データの書き換えを)黙認していた。その結果、データの書き換えがずっと続けられていた」という関係ですね。しかし、「i.関係者の誰もが黙認し続けていた」という事象を「e.会社の姿勢」という事象を背景として、「h.データを書き換えていた」(原因)に反応した結果と捉えることもできます。つまり、次のような循環が起きていたと言えます。
「i.関係者の誰もが黙認し続けていた」に関係する、残りの「e.会社の姿勢」と、「g.何が問題なのかと話す元役員」や最終結果「f.40年前からデータの改ざんが行われていた」の関係も検討しておきます。
「i.関係者の誰もが黙認し続けていた」ことは「f.40年前からデータの改ざんが行われていた」という結果を招き、その上、「g.何が問題なのかと話す元役員」は「e.会社の姿勢」を下支えし、それが改ざん問題を際限のないものにしたということが考えられます。
最後に、できるだけ矢印の線が交差しないように留意して、以上の因果関係図全体を結合します。《スマホでご確認される場合は、画面を横向きにしてご覧になると宜しいですよ。》
なお、個々の事実から感じ取る事柄は、人によって相応の違いがありますので、必ずしも上記の因果関係図と同じになる必要はありません。因果関係図の作成に初めて取り組んだ10人の解答を比較してみると10通りの結果になってしまう場合もありますが、馴れて来ると大筋で類似の因果関係図が描かれるようになって参ります。
3)ステップ3:本質的原因を明らかにする
作成した因果関係図からは、個別事象要素の重要度について検討すると、基本骨格としては、「h.データを書き換えていた」(原因1)ことおよび「i.関係者の誰もが黙認し続けていた」(原因2)ことによって、「f.40年前からデータの改ざんが行われていた」の関係は明らかです。
「h.データを書き換えていた」(原因1)を解消しておけば、「f.40年前からデータの改ざんが行われていた」(結果)をもたらすことはあり得ないこともわかります。
たとえ、何らかの事情で「i.関係者の誰もが黙認し続けていた」(原因2)といった事象が起こる可能性があっても、「h.データを書き換えていた」(原因1)が起きない限り、「f.40年前からデータの改ざんが行われていた」(結果)を招くことはありません。従って、根幹となる・影響度の高い本質事象は、「h.データを書き換えていた」(原因1)であることがわかります。
結論として、収集された事実情報の範囲では、この架空企業における改ざん問題の本質的原因は「品質保証機能を担う部門が正常に機能していなかった」点にあると言えます。
注)ただし、改ざんを黙認していた、本来であれば厳しいコンプライアンスを問われるトップをはじめ役員の責任は免れるものではないと思います。
また、収集された情報の範囲には「トップの指示により、改ざんが実施されていたといった事実情報が確認されていない」ので、上記のような結論としていますが、もし過去に「トップの関与があった」事実が確認されれば、因果関係図の中に、それらが描かれますので、異なる結論になる可能性があります。
参考までに、仮に「トップの指示により、改ざんが実施されていた」といった場合には、細かな因果の関係は省略しますが、例えば、「h.データを書き換えていた」事象部分を、下記のような因果関係図で置換できることになるでしょう。この場合、「m.トップから指示があった」(原因)が、“主犯格”で、「o.品質保証室長はデータを書き換えるようになった」(原因)が“実行犯格”のような位置づけになると考えられます。
「しかし」です。それでは、このような場合でも、本質的原因は“主犯格”の「m.トップから指示があった」(原因)になるのかというと、実はそうではなく、“実行犯格”の「o.品質保証室長はデータを書き換えるようになった」(原因)が本質的原因となります。何故ならば、「o.品質保証室長はデータを書き換えるようになった」(原因)を解消すれば、「f.40年前からデータの改ざんが行われていた」(結果)をもたらすことにならないからです。
繰り返しますが、だからと言って「トップの責任は重大」ですから、誤解のないようにお願いします。
なお、この事例では「d.製品の仕上がりには、どうしても一定のばらつきが出る」という事実情報が確認できますので、「ばらつきにより検査に合格しなかった製品のデータを改ざんした」ことになるわけですが、本来であれば、製品が不合格と判定される原因こそが本質的原因だと考えることが可能です。
しかし、ここでは「f.40年前からデータの改ざんが行われていた」という問題の本質的原因を明らかにしているということをご理解いただきたいと思います。
当然ですが、原因が何であれ「製品が不合格」と判定されるのであれば、①不合格となる原因を明らかにして解決するか、「製品の安全性に問題がない」というのであれば、②顧客との契約を含め、それを保証する検査規格を改定するか、「データの改ざん」以前に実施すべきことは明白ですので、当たり前のことをないがしろにしてきた企業体質も問わなければなりません。
まとめ
- ロジカルシンキングにより因果関係を解明する方法について、以下ステップで紹介しました。
1)関連する情報を収集し事実を正しく把握する
2)全体としての事象の関係性を明らかにし、因果関係図を描く
3)本質的原因を明らかにする
- 因果関係図を作成するに際して、念頭に入れておくべき事柄について説明しました。
- 直接的関係など不足事象の補足
- 因果の関係における確率についての理解
- MECEな関係にこだわる必要はない
- 付随して起きる問題を無視しない
- 例題(練習問題)に取り組んでいただきました。
- 因果の関係を図に描く際には、どの部分から描き始めても構わない
- 時には、因果の関係をより分かりやすくするために、確かな推定事実を持ち込むと描き易い
- 全体図形を完成させる際には、工夫して、できるだけ矢印(→)が交差しないように描く方が分かりやすい
- 本質的原因は「これが解消されたら、問題が起きない」といった観点から評価・確認すると良い
補足:
「因果関係図の作成」は、使い馴れるまではやや難しく、敬遠される傾向があるようで、残念ながらロジックツリー展開のようにポピュラーに活用されていません。しかし、原因と結果の関係を図に描くことによって、状況の全体を把握することができるだけでなく、原因の特定化において“切れ味”の鋭さ(つまり、原因を明確に識別できる特徴)がありますので、是非、ご活用いただきたいと思います。