論理学から論理思考へ

第1章 論理的思考の基礎:最終ページ(4)

1.3 論理的思考への道を開く

私達は今まで論理学をベースにしながら,問題解決の骨格として論理的思考の基礎となる事柄を学んできた.第3章からはそれらをどのように応用するかに関して更に深く具体的に学んで行くことになるが,基礎と応用との間にはややギャップがあるので,ここでそのギャップを埋めておくことにしよう.

ギャップを埋める1つのポイントは次項で説明する「目的達成志向」という概念である.問題解決を担う論理的思考において「目的達成志向」という概念は大変重要である.すこしオーバーな言い方をすれば「目的達成志向」を持たない論理的思考は船頭の居ない舟を漕いでいるようなものになってしまうので,絶えず意識して使えるように良く理解しておいていただきたい.

もう1 つのポイントは組立てられた論理構成というものを見ておくことである.ここまでの論理的思考の基礎に関しては,説明のために使用した部分を除いて,論理を構成する基本要素としての演繹法推論または帰納法推論の単独での使用に焦点を当ててきた.

これからの応用においては,2つの推論法を組合せた論理構成が登場するようになるので,実際の論理構成を眺め,推論の組合せや省略に関する感触を掴むと同時に論理構成の表記法にも慣れておきたいのだ.

1.3.1 目的達成志向は論理的思考の基本姿勢

本章のはじめの方に登場した「論理的思考とは事実や誰もが認める事柄に基づいた根拠によって,結論に至る展開の筋道につながりを持ち,目的に合った明確な結論を導出するための思考である」という定義を思い出していただきたい.

私達が論理的思考を活用する際には必ず何らかの目的があり,目的を意識して状況に応じて柔軟に取組まなければならないのである.目的には背景もあり,現状という状況を踏まえた上で目的を達成すべく論理的思考を活用することになる.端的に言えば,例えば論理的思考に基づいて作成すべき命題は目的に対応して変化するということである.

具体的な例を挙げて説明しよう.「And結合」のところで,「<結合命題> あの人は見かけが怖い,そして優しい」というのを「あの人は優しいけれども見かけが怖い(あの人は優しい,しかし見かけが怖い)」などと私達は「and結合」を状況に応じて好きなように使い分けても構わないと述べた.その通りであるが,むしろ今後は目的によって,状況に応じてより適切な命題にすることが大事だと理解しておきたいということである.

つまり,目的や状況によっては,次のように

<命題1> あの人は見かけが怖い
<命題2> あの人は優しい
<結論>あの人は本当は優しい人なのですが,見かけが怖いだけなのですよ

といった具合に結論を導くことになる.

論理的思考においては目的や状況によって,導く結論をある範囲で変化させられる,というより柔軟に変化させ適切な結論を導くように志向すべきであるということである.念のため申し添えておくが,それは状況に流されよということではない.

例えば,次のような事象が観察されたとしよう

<命題1> オオハクチョウは冬になるとシベリアの方から群れを作って空を飛び,日本にもやってくる
<命題2> ツバメは春から夏に東南アジア方面から飛んでくる
<命題3> マガモは時期が来ると長い距離を飛んで渡ってくる
<命題4> アヒルは追い立てれば少し位なら空中を飛ぶ

このとき,鳥類の代表的な特性を結論として導くという目的であれば,

<結論> 大抵の鳥類なら空中を飛ぶ

でも良さそうであるが,「渡り」をする鳥類の1つの特徴を結論的に導くというような目的があるなら,<命題4>は必ずしも必須ではないので,例えば,

<結論>渡り鳥達は長い距離を飛び日本にやってくる

といった結論を導くことがあっても何ら間違いではなく,むしろ目的に対して適切であろう.また,「渡り」をする鳥類の能力に関する結論を導くのであれば,例えば,

<結論>家禽とは違い,渡り鳥達は長い距離を飛ぶことができる

という結論の方が妥当であることがわかる.もう少し背伸びをすれば,

<結論>渡り鳥達には季節を感知し,方向を見失わず長い距離を飛ぶ能力が備わっている

といった結論を導くこともできるだろう.つまり,帰納法推論に関する説明部分で「準同義」な名辞から共通性を見出す際の可能性は,イメージ的表現で言い表すと最大公約数的な共通性から最小公倍数的な共通性までの範囲で存在するということを述べたが,論理的思考においてはその範囲をも超えることになるのである.

しかし,だからと言って,上記4つの観察事象からは犬や猫に関する結論を導くことはできない.鳥類が虫を食べるといった結論を導くこともできないこともわかるであろう 脚注1-8)

このように根拠となる命題の持つ意味は,目的によってゼロから命題の及ぶ範囲まで広がっていることにより,導くことが可能な結論の範囲にも広がりが生じるのである.しかし,ある根拠命題を実質的に無視することを含め,結論が元の根拠命題が持つ中核的な事柄を超えるに従い,次第に仮説傾向を強め,時には独善的ないしは飛躍的となるということもご承知おきいただきたい.

この辺りが論理的思考の面白いところでもあり,場合によっては難しいところでもある.目的を見失って導びかれた結論では使いものにならないこともあるということである.

ここでは帰納法推論的な結論の導出に関して例を挙げながら説明したが,逆に結論的な1つの命題を成立させられる根拠を見出す,あるいは情報収集する際においても同様のことが言える.

例えば,

<結論>太陽からの輻射を直接的にエネルギーとして利用することができる

という命題を事実に基づいて証明しようすると,どのような事象を観察すれば良いだろうか.

このような場合もやはり「目的達成志向」で考えてみるとわかりやすい.「太陽からの輻射を直接的にエネルギーとして利用する」というのであるから,地球表面の水分が蒸発して雲となり,雨を降らせやがて水力発電につながるような現象を観察しても,植物が生長してバイオマス燃料となるような事柄に注目しても「直接的」ということからは距離があるのであまり役に立たない.

当然だが,例えば,次のように,結論を導くことが可能な根拠に近い事柄を観察して役立てるであろう.

<命題1>太陽からの輻射を凹面鏡で集熱して調理に使うことができる
<命題2>太陽光を半導体光発電セルに当て発電させることができる
<命題3>水の光分解反応を活性化する触媒電極に太陽光を照射して,燃料電池原料となる水素を生成することが可能である

上位命題を導くための根拠について考える際にも,やはり「目的達成志向」が働くということがおわかりいただけると思う.

1.3.2 論理を組立てる

本章のはじめの方で,私達が関わるすべての論理は演繹法推論と広義の帰納法推論の組合せによって構成されているということを述べた.実際に私達が論理をどのようにして組立てているかについて「論理的な会話」を例にして眺めてみよう.

例題1-19 次のAさんとBさんの会話の中で,Aさんが主張している論理を読み解き,演繹法推論と帰納法推論の組合せによる論理構成図を作成しなさい.

  1. 「日本企業が築いてきたデジタルカメラ製品事業の大半は,やがて資本力のある韓国・台湾・中国新興企業などに奪われることになるに違いない」
  2. 「何故そう言えるんだ?」
  1. 「事業の大半を占める普及型デジタルカメラは,汎用技術製品への道を歩んでいると言えるのではないか.実際,汎用化した技術による普及製品の場合は大抵台湾・韓国・中国などの新興企業に持って行かれてしまった.」
  2. 「例えば,どういう製品?」
  1. 「古くは冷蔵庫,洗濯機など白物家電.今では低価格帯製品は韓国・中国企業がアメリカ市場まで制している.汎用部品を集めて大量生産できるノートパソコンの殆どは台湾企業が製造している.薄型液晶テレビももう既に韓国企業が世界のトップの座にいる.」
  2. 「確かにそうだね.しかし,デジタルカメラともなると難しいのではないか.」
  1. 「いや,そうでもないよ.競争が激化し,普及型製品をOEMa)化するようになると,瞬く間に関連LSI,CCD,レンズユニットなど部品レベルでの汎用化が進むものだ.既にX社が低価格製品の中国企業でのOEM委託を開始した.Y社は韓国企業でのOEM生産に向け技術提携中だ.」
  2. 「なるほど.それでは,より高精細化するとか,高機能化するといった道しか残っていないというわけか.」

a)Original Equipment Manufacturing:相手先ブランド製造

次のようにAさんの論理を読み解けば良いだろう.解答例として論理の構成を図1.12に示した.

Aさんは,最初に自分の主張を「日本企業の得意なデジタルカメラの大半もやがて資本力のある海外新興企業に持って行かれてしまうだろう<結論>」と述べているので,Bさんは「何故,そんなことが言えるんだ?」とその論理を尋ねているのである.

そこでAさんは,まず,演繹法推論を使って,下記のように「デジタルカメラの大半を占める普及型製品は汎用技術で作れるような方向に向かっている<小前提>」し,実際「汎用技術で作れるようになった製品は,資本力のある新興企業などに持って行かれた<大前提>」という歴史的事実があることを説明している.

結論を導いている演繹法部分
<大前提> 汎用化した技術による普及製品の場合は大抵台湾・韓国・中国などの新興企業に持って行かれてしまった
<小前提> 事業の大半を占める普及型デジタルカメラは,汎用技術製品への道を歩んでいる
<結論> 日本企業が築いてきたデジタルカメラ製品事業の大半は,やがて資本力のある韓国・台湾・中国新興企業などに奪われることになるに違いない

すると,Bさんから新興企業に奪われた製品の具体例に関する質問が出たので,Aさんは下記のように帰納法推論で3つの事実「白物家電,ノートパソコン,薄型液晶テレビという3つの具体例」を挙げて,その<大前提>を裏付けている.

結論を導いた<大前提>を裏付ける帰納法部分
<大前提> 汎用化した技術による普及製品の場合は大抵台湾・韓国・中国などの新興企業に持って行かれてしまった
<根拠1> 白物家電の低価格帯製品は韓国・中国企業がアメリカ市場まで制している.
<根拠2> 汎用部品を集めて大量生産できるノートパソコンの殆どは台湾企業が製造している.
<根拠3> 薄型液晶テレビももう既に韓国企業が世界のトップの座にいる.

しかし,それだけでは,「普及型デジタルカメラが汎用技術で作れるようになってきている<小前提>」との事柄を説明する根拠の方が不足しているので,Bさんとしては「デジタルカメラは難しいのではないか」と疑問を呈したのだ.

Aさんは,その疑問に対しても,再び演繹法で「普及型デジタルカメラが汎用技術で作れるような方向に向かっている<小前提>」という中間結論を,「普及型製品をOEM委託すると,汎用化が進むものだ<大前提>」と誰もが認める前提を置き,隠れた前提「OEM展開が始まっている<小前提>」を使って導いており,その論拠「2社のOEM展開の事実」を挙げて,帰納法推論により隠れた前提を裏付けているのである.

<大前提> 普及型製品をOEM化するようになると部品レベルでの汎用化が進む
<小前提> デジタルカメラ普及型製品のOEM委託が展開され始めている
<根拠1> X社が低価格製品の中国企業でのOEM委託を開始した
<根拠2> Y社は韓国企業でのOEM生産に向け技術提携中だ
<中間結論> 事業の大半を占める普及型デジタルカメラは,汎用技術製品への道を歩んでいる

アンダーライン部分は,Aさんが<根拠1>と<根拠2>を挙げることで説明からは省略されている隠れた前提部分である.

Aさんの主張の論理構成図例
図1.12:例題1-19 解答例:Aさんの主張の論理構成図例

ところで,例題1-19の論理構成図には「演繹法」部分と「帰納法」部分を明記して示してある.しかし,実務の世界における論理は本項の例題の如く「論理に省略(隠れた前提)がある」場合や「推論の根拠となっているが,論理構成が演繹法であるのか,帰納法であるのかがはっきりしない」場合もしばしばある.

論理的思考の活用においては,通常は「演繹法」であるか「帰納法」であるかを識別することが目的ではないので,これから先は特に言及する場合を除きその識別の記述は不要であり,論理に省略がある場合にも必ず補わなければならないものではない.

従って,例えば,例題1-19の論理構成図の一部「<大前提> 普及型製品をOEM化するようになると部品レベルでの汎用化が進む」の論理構成部分も図1.13のように描いても差し支えないものとお考えいただきたい.

論理構成図一部分の表記例
図1.13:例題1-19の論理構成図一部分の表記例

1.4 本章のまとめ

本章では問題解決に必須となる,論理学をベースとする論理的思考の基礎について学び,すべての論理構成の基本となる演繹法推論と帰納法推論について詳しく理解した.特に,本書では論理的に必然となる帰結を導く演繹法推論以外の推論のすべてを広義の帰納法推論と捉え,類比推論,アブダクション,and結合,弁証法までを視野に入れた.

論理的思考における根拠としては事実または誰もが認める事柄を使うこと,命題は誤解が生じないように明確に記述することの必要性についても学んだ.論理的思考において多用することになる帰納法推論活用の際の留意点に関しては,例外の存在や隠れた前提の存在が関係する,前提を超える部分についての扱いを中心に理解した.

最後に,論理学を論理的思考に活用する際に重要な役割を担う「目的達成志向」という,問題解決における論理的思考の基盤的概念について学んだ.

<第1章終り>

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