第2章 問題解決の主役:続きページ(2)→2.4 問題解決のプロセスを正しく理解しよう
2.3 問題解決以前の問題を解決しておこう
問題にもいろいろな問題があるということを改めて認識した.普通なら,ここで,次の順序として問題解決の方法について言及して行くことになる.しかし,実は「問題解決以前の問題」というのがあることをご存知だろうか.
その問題というのは,前節で説明した「問題の種類」で言えば「現象型の問題」の範疇に含まれるのであるが,厄介なことに通常レベルの問題解決法では解決することが困難な問題なのである.残念ながら,次節で述べる問題解決のプロセスによっても1 人の力ではもちろん,組織が自力で解決することが大変難しい性格の問題である.
それは「問題解決以前の問題」が,個人の能力や技術・知識だけに関係する問題ではなく,人の心の深層にある,気持ちや意欲といった心理的事柄に強く結びついた,人と組織に関わる問題であることに関連しているからである.
本節は,多くの組織に存在する「問題解決以前の問題」の存在を正しく認識し,まず,その問題の解決に取組む必要性を理解し,なおかつ解決していただくために設けたものである.
2.3.1 問題解決以前の問題とはどんな問題?
企業で業務に取組んでいる人の多くは,組織の構成員として仕事をしている.多くの場合,組織の構成員はチームメンバーであったり,プロジェクト・メンバーであったりするが,その集団には共通する何らかの目的があるので,どのような組織にも明文化されているかどうかは別としてミッションがある.
たとえ,ある研究に1 人で取組んでいるという場合であっても,組織には所属していて,自身の研究目的は組織のミッションとは何らかの関係があるはずだ.
そのような,現代の企業内における組織には,大抵の場合,大なり小なりの「問題解決以前の問題」が存在する.例えば組織内に次のような現象がいくつか見られるなら,「問題解決以前の問題」が存在すると言えよう.
- メンバーどうしおよびチームリーダーとメンバー間のコミュニケーション・連携・支援が殆ど行われていない.
- 仕事が楽しくない.
- やる気が起こらない.
- 計画が遅れる.
- 本質を考えるような思考業務を実施していない.
- 努力の割りにチームの成果が挙がらない.
- 人が育たない.
- 疲弊している.
- 仕事の中でやり直しが多い.
- メンバー間の負荷のアンバランスが改善されないまま続いている.
つまり,
「組織の構成員が仕事にやりがいを感じ,持てる力を発揮でき,仕事が旨く進み,成果を挙げるとともに自身が成長している」という,あるべき状態と現状との間に存在するギャップを指す
ということである.
読者の皆さんの所属するチームに「問題解決以前の問題」が存在するかどうかを確認するには,例えば次のような質問に答えてみると良い.明確に「その通りである」と言えない状況であれば,「問題解決以前の問題」が存在すると考えて良いだろう.
- あなた自身の仕事は旨く行っているか.
- あなたは仕事を通じてやりがい・達成感・成長感が持てているか.
- あなたは他のメンバーの仕事にも関心を持ち,チームとして成果が挙がるように注力しているか.
- チームの殆どの人が持てる力を十分に発揮して,成長しているだろうか.
- チーム全体の仕事は良い状態で進んでいるだろうか.
- チームは目的通りの成果を創出できているだろうか.
- チームリーダーはメンバーの仕事の状況を正しく把握できているだろうか.
- チームリーダーは自身の役割を果たせているだろうか.
問題解決研修のようなことを実施している際に,「問題解決以前の問題」の話をすると「その話の方によほど興味がある」という人に出会う機会は決して珍しいことではない.まさかとは思うが,「これこそ,わが社の問題だ」という読者ばかりではないことを願っている.
2.3.2 問題解決以前の問題を解決するには
「問題解決以前の問題」がそれほど気にならないという組織を除いて,通常の問題解決に取組もうとする組織にとって,まず,重要なことは「問題解決以前の問題」を解決することである.「問題解決以前の問題」が存在するような状態で実務問題の解決に取組んでも,解決は可能であるが,効率は極めて悪いだろう.
そのような組織では仕事だから仕方なく取組むという程度であり,関係者の意欲や力の結集など盛り上がりに欠け,無駄な時間と労力を使うばかりで,苦難の道を歩むことになるだろう.
「問題解決以前の問題」の解決は簡単ではないが,「必ず解決する」というのが経験的事実である.1 年間ほどの期間をかけて解決すると,実際「組織の構成員が仕事にやりがいを感じ,持てる力を発揮でき,仕事が旨く進み,成長するとともに組織の成果が達成できている」という状態になる.
「そんな旨い話があるわけがない」と思うかもしれないが,いくつもの解決事実が存在するのだから疑問を抱く必要はない.結果として明らかに組織の成熟度が向上するのだ.このような状態になると,本来の問題解決に取組むことが容易になる.
ただし,「問題解決以前の問題」を解決するには,関係者のコミットメント脚注2-2)に関する次の前提条件を整えた上で,組織メンバー全員が組織やチームの目的・目標を共有化し,現状の実態をあるがままに正しく認識するところから出発する必要がある.組織の総体が不退転の決意で「問題解決以前の問題」解決に取組むというのであれば,解決アプローチの方法を間違えない限り必ず解決に至る.
組織を統括する,権限を持ったトップマネジメントおよびリーダーを含む組織メンバー全員の「問題解決以前の問題」解決へのコミットメントである.
解決アプローチの方法は基本的には「現象型の問題」の解決に沿って進めることになる.その際の解決アプローチの基本コンセプトは構成員および組織に気づきを促すことによって,自律的な変革を起こすというもので,具体的には以下のようなステップで組織メンバー全員が実業務を進める過程を通じて「問題解決以前の問題」を段階的に解決して行くという方法をとる.
現業実務の推進を通じて日常的な仕事の進め方に焦点を当てて,「気づきを促し」当たり前のことが当たり前に実施できるように関係者全員の自覚的改善を繰返すことによって,組織全体をレベルアップして行くのである.仕事の進め方に焦点を当てる部分では論理的思考以前の人の気持ちに焦点を当て,一貫して「気づきを促し,自律的な改善・改革を起こさせる」という基本コン セプトで貫かれていることがおわかりいただけると思う.
解決に至ると,組織メンバーが権限と役割義務に基づいて行動していた状況から信頼・共感と自発性に基づいて行動している状況に変化するのである.
第1 ステップ:目的・目標の共有化と実態の把握
1) 目的・目標を共有化する
組織やチームならば共通の目的・目標があるはずだ.しかし,現状の実態は関係者全員が納得して共有化できているとは限らない.時には,目的・目標を見直し,トップマネジメントの認識まで変更する必要があり,難航する場合もあるが,あらゆる困難を乗越えて納得レベルで目的・目標を共有化する.
2) 組織の実態を正しく把握する
この段階は自分の振る舞いを棚上げし,他責(問題を他人のせいにすること)で差し支えないので,互いに見える組織の悪さ加減を洗いざらい表出させることが大事である.本音の実態認識が不可欠なのだ.組織メンバーが本音の実態認識まで進めば,必ず,「悪いところを直そう」という潜在意識につながるのだ.実態把握には合宿などの場を設定し,無礼講で喧々諤々の議論をしてみるのが効果的である.
3) 改めて今後の1ヶ月程度の実務計画を立て,計画通りに実施することを試みる
実務計画の立案にはリーダーを含む組織メンバー全員が参画し,合意した計画を立てる.実行しなければならない仕事のすべてを対象にし,個人レベルの計画に対しても組織メンバー全員が参画し,知恵を出し,当事者を含め納得できる計画を立てる.ベテラン社員やチームリーダーは若手社員の仕事が旨く進められるようにアドバイスする.これで一応は全員の仕事の予定が見えるようになるはずだ.
第2 ステップ:原因の発見(気づき・自覚)
1) 計画通り仕事が進められたかどうかを振り返る
一定の期間,計画に従って仕事を実施した後に,例えば1 週間後に再び組織メンバー全員で確認してみる.すると,多くの場合に「計画通りに仕事が進められていない」ことを認識することになるのが普通だ.そこで,何故「計画通りに仕事が進められなかったのか」を明らかにする.チームリーダーのフォローが不足していた,メンバーからの相談が必要だった,課題が具体的な実施計画に展開できていなかった,元々の計画に無理があったなどいろいろな原因が見えて来るはずである.
2) 失敗した原因に対して手を打つ
組織メンバー全員がそれぞれの原因に対して同じ失敗を繰返さないように手を打つ.特に,より本質的な原因については手を抜かず,あらゆる手段を講じて確実に対応する.そして今後1 週間の実務計画を,全員が納得できる実現可能な水準まで見直し,再び組織メンバーは計画通りに仕事を進める.
3) 同じサイクルを何度も回すことにより,何がマズかったかについて自覚する
このような組織マネジメントを,1~2ヶ月に亘って組織メンバー全員の参画により何度か繰返し徹底して実施すると,次第に「何故今まで仕事が旨く行かなかったのか」に気がつくようになる.
例えば,チームリーダーは今までリーダーとしての役割を果たしていなかったことを自覚できるようになる.組織メンバーも十分な検討や必要なコミュニケーション,連携・支援などができていなかったことを自覚するようになる.
第3 ステップ:解決行動と解決感触の獲得
1) 原因に気づく度にその解消に徹底して取組む
悪さ加減を自覚する都度,原因の解消に取組み,更に同様のサイクルを繰返し・繰返し徹底して実施すると,3~6ヶ月程度でやがて日々の仕事が計画通りに進む状況になる.当たり前のことを実施しているのであるが,上記のような計画立案,実行,振り返りを定期的に納得レベルで繰返すというのは大変に骨が折れることだ.
2) 仕事が計画通り進むという実感が持てるようになる
この段階になると,例えば,リーダーや組織メンバーの役割の相互認識が確立され,業務遂行上の調整やコミュニケーション,連携・支援は活発になり,問題にはすぐに手が打てる状態になってくる.メンバーは納得レベルで仕事に取組み,ようやく仕事が旨く進むという実感が持てるようになる.
3) ベクトルが同じ方向を向き,充実感が湧いてくる
半年程度を過ぎ,当たり前の仕事の進め方が定着するようになると,組織メンバーに仲間意識が芽生え,ベクトルが同じ方向を向き,仕事にもやりがいを感じられるようになってくる.この段階では前向きに大きな問題解決に取組む意欲も湧いてくるので,例えば,もっと仕事を効果的・効率的に進めるとか,人材育成といった質的な施策課題にも関心が向けられるようになる.
第4 ステップ:解決への到達
1) 仕事の達成感が持てるようになり,組織は力量に応じた成果を達成している
かくして1 年ほど経過すると,「問題解決以前の問題」が解決され,仕事は相変わらず大変であるが,組織メンバーのほぼ全員が仕事にやりがい・達成感と自身の成長感を感じて仕事に取組んでいるという状況に達している.一方,組織はこの段階における組織が有する力量に応じた,最大成果を達成している.
2) 組織が自律的に次の課題に取組めるようになる
この段階まで達すると組織が自律的にこの状態を継続・定着させることおよび他の組織に同じことを波及・展開させることが次の課題となる.努力次第で,他の実務問題の解決,体質強化施策など組織成熟度の向上課題にも取組めるようになる.
以上のように,「問題解決以前の問題」が,人の心の深層にある,気持ちや意欲といった事柄に強く関係する問題であり,「気づき」と「自発的行動」を通じた人の深層心理の改革を伴うものであるために,その解決には権限と時間とエネルギーと上記のことを実施するためのノウハウも必要となる.
しかも,この「問題解決以前の問題」解決に取組み,成功させることができる人材は非常に少ないというのが現実だ.権限を持った組織トップマネジメントの,実態を伴うコミットメントのもとで推進できる人材はいるだろうが,改革を進めようと考えるトップマネジメントが交代すれば自然崩壊し,やがて元の状態に戻ってしまうというのが普通である.
要するにこの種の改革は改革をしようとする人の権限の範囲までしか進まない.筆者の経験では,これを自分達だけの努力で達成し定着させるのは至難であると思う.「気づきを促す」ことを徹底して進められる適切なコンサルタントを活用すべきであろう 脚注2-3).
これで「問題解決以前の問題の解決」に関する話は終わり,実務問題の「問題解決」に関する事柄に戻る.
第2章 問題解決の主役:続きページ(2)→2.4 問題解決のプロセスを正しく理解しよう