第3章 論理ピラミッドの構築:続きページ(1)→3.1.2 メッセージは論理的に正しく,簡潔で,具体的に
3.1 論理ピラミッドによる論理構築とは
既にすべての論理は演繹法推論と帰納法推論の組合せによって構成されているということを学んだ.人に,単なる個別の事実ではない,結論的な事柄をわかりやすく伝えるにはこれから学ぶ論理構築,具体的には論理ピラミッドの作成が大いに役に立つ.
私達は何らかの報告書などを書くときには,あまり意識しないで,相応の論理を持ちながら書いているものだ.議論におけ る主張も,多くの場合ある程度は論理を内包している.そういった論理は完全とまでは言えなくとも大抵帰納法と演繹法を組合せて構成されており,全体として「論理ピラミッド」形の構造になっている.
わかりやすい論理はピラミッド構造となるという考え方を「ピラミッド・プリンシプル」として広く紹介したのはバーバラ・ミント脚注3-1)である.
では,実際に例題を使い,ある文書を取り上げてその論理構成を考えてみよう.
例題3-1 次の文章で主張している論理を構造化して示せ.
人々が食べるための農産物資源,水産資源の確保にはエネルギーが欠かせない.農産物を作るにも太陽光と水だけでなく,肥料を与え,田畑を耕すための機械を動かすエネルギーが要る.魚貝類や海老・蟹などの水産資源を養殖し,あるいは捕獲するにも設備や船を動かすエネルギーを使う.
生活に欠かせない食料品・製品をつくるためにはエネルギーが必要である.確保した食糧資源の加工にもエネルギーを使う.私達の住まいを作るには,大抵,工場で機械を使って加工した材料を使う.衣服も工場で紡績機や織機を使って作られた材料を使って縫製されている.
また,人々が生活して行く上で,物や人の移動にもエネルギーを必要としている.資源や生産物を運ぶためにエネルギーが必要である.運搬は自動車,貨物列車といったエネルギーを必要とする運輸手段に依存している.製品の運搬に大量のエネルギーを使う船舶,飛行機も利用しなければならない場合もある.人々が住まいと職場の間を移動するにも子供達を学校に運ぶためにもエネルギーを必要としている.私達は日常的にバスや電車,自家用車,バイクなどを利用している.
人々の健康な生活のためにもエネルギーが必要である.家庭での照明,熱利用,調理および冷蔵のためにもエネルギーが必要である.夜になれば電灯を使う.お風呂にも入る.ご飯を炊いたり,野菜を炒めたり,肉を焼くにもガスや電気を使う.寒ければ暖房にもエネルギーを使う.食料品の保存に電気冷蔵庫なども使っている.医療活動に際してもエネルギーを必要としている.救急医療では患者の移動や手術時の照明などにエネルギーは必須である.診断医療機器には電気を使うものが多い.医療器具の消毒・殺菌・洗浄にもエネルギーを使う.
このように私達人類が生きて行くためにはエネルギーが必要である.
殆ど接続語が使われていない文章であるが,内容からつながりを理解することが可能なので難しい文章ではない.要するに「人類にはエネルギーが必要だ」というようなことを主張している文章だ.よく読むと,改行部分で5つのブロックに分かれていて,上4つのブロックはやや重なりがあるが,それぞれエネルギーが必要である理由を別の観点から述べており,最後の1行が結論になっていることがわかる.しかも,4つの各ブロックは最初にまとめの文があり,その後に具体的な例を挙げて説明することによって構成されている.
解答例 例題3-1 の文を原文のまま階層化すると次のようになる.
結論:私達人類が生きて行くためにはエネルギーが必要である.
- 人々が食べるための農産物資源,水産資源の確保にはエネルギーが欠かせない.
- 農産物を作るにも太陽光と水だけでなく,肥料を与え,田畑を耕すための機械を動かすエネルギーが要る.
- 魚貝類や海老・蟹などの水産資源を養殖し,あるいは捕獲するにも設備や船を動かすエネルギーを使う.
- 生活に欠かせない食料品・製品をつくるためにはエネルギーが必要である.
- 確保した食糧資源の加工にもエネルギーを使う.
- 私達の住まいを作るには,大抵,工場で機械を使って加工した材料を使う.
- 衣服も工場で紡績機や織機を使って作られた材料を使って縫製されている.
- また,人々が生活して行く上で,物や人の移動にもエネルギーを必要としている.
- 資源や生産物を運ぶためにエネルギーが必要である.
- 運搬は自動車,貨物列車といったエネルギーを必要とする運輸手段に依存している.
- 製品の運搬に大量のエネルギーを使う船舶,飛行機も利用しなければならない場合もある.
- 人々が住まいと職場の間を移動するにも子供達を学校に運ぶためにもエネルギーを必要としている.
- 私達は日常的にバスや電車,自家用車,バイクなどを利用している.
- 資源や生産物を運ぶためにエネルギーが必要である.
- 人々の健康な生活のためにもエネルギーが必要である.
- 家庭での照明,熱利用,調理および冷蔵のためにもエネルギーが必要である.
- 夜になれば電灯を使う.
- お風呂にも入る.
- ご飯を炊いたり,野菜を炒めたり,肉を焼くにもガスや電気を使う.
- 寒ければ暖房にもエネルギーを使う.
- 食料品の保存に電気冷蔵庫なども使っている.
- 医療活動に際してもエネルギーを必要としている.
- 救急医療では患者の移動や手術時の照明などにエネルギーは必須である.
- 診断医療機器には電気を使うものが多い.
- 医療器具の消毒・殺菌・洗浄にもエネルギーを使う.
- 家庭での照明,熱利用,調理および冷蔵のためにもエネルギーが必要である.
階層化されている各ブロックは帰納法推論の形式をとっており,各ブロックの最上位にある文はやはり帰納法推論の形式で結論を支えている.つまり,図で表記すると主張は図3.2 のような構成によって論理構築されているということになる.
いかがであろうか.これで具体的な根拠と論理的なつながりを持った相応の説得力のある主張になっているのではないだろうか.論理構造を全体イメージとして捉えると1つの頂点のあるピラミッドの形になっていることがわかる.例題の文には演繹法推論は使われていないが,どこかに演繹法推論が使われていても全体として同じようにピラミッド形となる.
このような論理構成を称して「論理ピラミッド」と呼ぶが,ここで,ついでに「論理ピラミッド」について2,3の用語を知っておこう.頂点にある箱を第1階層と呼び,その中身を「主命題(または,主メッセージ)」と言う.
頂点につながった矢印の元にある箱を第2階層と呼び,その中身を「サブ命題(またはサブ・メッセージ)」と言う.以下,第3階層,第4階層となる.矢印の上側にある階層を上位階層,下側にある階層を下位階層と言う.従って,主メッセージのことを最上位層にある命題,つまり最上位命題とも呼ぶ.
上記の論理ピラミッドにおいては第4階層が最も深い最下位層ということになるので,第4階層にある命題を最下位命題とも呼ぶ.第3階層が最下位層になっている部分も見られるが,やはりその場合も第3階層にある命題が最下位命題ということになる.
論理ピラミッドに関する次の大事なことを確認しておいてほしい.
論理ピラミッドにおける命題の階層位置とその性格
例えば,下記部分をご覧いただきたい.最上位命題から第4階層の最下位命題までの,ある1つのルートをたどって命題を並べてある.最上位は「人類が生きて行くため」と抽象度・包括度が高いが,第2階層,第3階層と下位に行くに従って,具体的になって行き,最下位層では「自動車,貨物列車による運搬」といった具体的・個別的な命題が置かれていることがわかるだろう.
私達人類が生きて行くためにはエネルギーが必要である.
- 人々が生活して行く上で,物や人の移動にもエネルギーを必要としている.
- 資源や生産物を運ぶためにエネルギーが必要である.
- 運搬は自動車,貨物列車といったエネルギーを必要とする運輸手段に依存している.
- 資源や生産物を運ぶためにエネルギーが必要である.
下記の部分はどうだろうか.この部分は3階層しか存在しないが,やはり,下位層に行くに従って抽象度が下がり,第3階層の最下位命題には具体的・個別的な命題が置かれている.
私達人類が生きて行くためにはエネルギーが必要である.
- 生活に欠かせない食料品・製品をつくるためにはエネルギーが必要である.
- 衣服も工場で紡績機や織機を使って作られた材料を使って縫製されている.
どちらの最下位命題も事実または誰もが認める事柄と考えて良いだろう.一方は第4階層に最下位命題が置かれ,他方は第3階層に置かれているが,同じ抽象度の命題であっても,1つのツリーが枝に分かれた先では異なる深さの階層に置かれていても何ら差し支えはない.
多くのビジネス文書を始め,新聞・雑誌等の身近な記事,実験報告書,提案書,技術検討報告書,出張報告書,製品企画書なども論理的と言える内容の文書であれば,解析すると殆ど論理ピラミッド構造になっている.もちろん,長い文書によっては主張点が複数存在する場合もあるので,いくつものピラミッドがあるものも珍しくはない.
しかし,中には複雑で,構造的に言えば論理のつながりに相当する矢印が錯綜していて,難解な文書も沢山存在する.背景の記述などを含め,特に論理を構成していない文が混じっている文書もある.
適切な命題が使われ,シンプルで論理的つながりが明解な文書はわかりやすく,伝えたいことを正しく伝えることができる.議論における主張も全く同様である.文や主張の論理を構築するには,以上のような具合にして論理的思考に基づいて「論理ピラミッド」をイメージしながら進めて行くのである.
論理ピラミッドは文章や主張の論理を構築するという場合に限らず,例え ばプレゼンテーション全体の論理構成を作る場合や1枚のプレゼンテーション・シートを作成する場合にも活用する.報告内容のエッセンスを必要な人に短時間で要領よく伝える場合なども論理ピラミッドの活用が役に立つ.
ここで,もう1度論理的思考の定義を確認しておこう.論理的思考とは事実や誰もが認める事柄に基づいた根拠によって,結論に至る展開の筋道につながりを持ち,目的に合った明確な結論を導出するための思考である.
3.1.1 論理ピラミッドの作成には2つのアプローチ
論理ピラミッドによる論理構築,つまり論理ピラミッドの作成のためのアプローチの仕方には基本的にトップダウン・アプローチとボトムアップ・アプローチがある.
トップダウン・アプローチは,当初から結論が明確で確たる根拠がある程度存在する場合に進めやすい論理構築方法である.
しかし,「始めに結論ありき」で論理構築したときにどうしても根拠不十分という場合がある.その際には不足している根拠を再度捜し求めるか,あるいは使える根拠だけに基づいた最上位命題となるように修正して完成させる必要がある.そうしないと根拠のないことを主張していることになる.
一方,結論がどうなるのかわからないが,確かな関連情報がいくつも存在しているという場合もある.そのような場合には,存在する情報の確かな根拠に基づいてボトムアップで結論を構築することができる.しかし,ボトムアップ・アプローチにおいても「もう少し明確なことが言えないか」というときがある.
その際には不足の根拠を情報収集することによって,より確度の 高い結論を構築することができる場合がある.このように基本的なアプローチの方法としては,トップダウン・アプローチとボトムアップ・アプローチがあるが,現実的には両方を使って上位・下位の命題間を往き来して完成させることが多いだろう.
なお,KJ 法脚注3-2)と呼ばれる問題解決の方法が知られているが,そのアプローチの中心的な部分の基本的な考え方は本節の後半で紹介するボトムアップ・アプローチと重なると思われる.
トップダウンアプローチ
確たる根拠があり,感覚的にも「これだ!」と思うことができる主張があるなら,トップダウン・アプローチで論理ピラミッドを構築することを試みる価値がある.提言や提案に該当する「・・・すべきである」といった主命題を掲げて何らかの主張を行う場合の多くは,トップダウン的な論理構築になる可能性がある脚注3-3).
トップダウン・アプローチによる論理構築においては,通常,主命題の作成,主命題を支える論拠(サブ命題)として演繹法を使うのか帰納法を使うのかという論理構成の決定,更にサブ命題を支える必要十分な根拠の配置という順序で進める.
主命題の論拠として帰納法推論を採用する際に,必要十分な論拠をそろえるということがなかなか難しいと思うが,後の「4.1節 ロジックツリーによる論理展開とは」のところで,基本的な事柄を学ぶので,ここではアプローチのステップと方向について理解しておけば良い.
それでは,例題に取組んでみよう.
例題3-2 下記の情報に基づいて,「これからの学校教育では子供達に知識を詰め込むことではなく,思考力と対人力を磨くことが不可欠になるに違いない」という主張を構成する論理ピラミッドを構築しなさい.
- 学校は異質な人と触れ合う機会も多く,長期間に亘る体系的な教育が可能な場である.
- 学校と家庭以外には子供達への実質的な教育の場が殆ど存在しないというのも現実である.
- 学校教育が子供達への教育に果たす役割は大きい.
- 子供達への教育の役割は家庭にも当然ある.
- これから働き手が少なくなる人口の高齢化と福祉費用の増大にどう対処するかという問題がやがて現実のものとなる.
- 近い将来,所得格差の著しい拡大の進行によって生ずる社会の歪みの問題が懸念されている.
- 国家が抱える膨大な借金の後始末をどうするかという解決困難な問題も先送りされたままである.
挙げられている情報は事実または誰もが認める事柄だとして,勝手に新たな事実情報を追加するわけには行かないので,存在する情報だけを利用して,論理を構築してみよう.主張を強力なものにするために,できれば最上位の論理構造は演繹法の論理を使いたいところだ.
例えば,基本構成としてこういうのはどうだろう.大きな社会問題が3つ挙げられている.これらの問題は大人達や現在までの政治の責任ではあるが,いずれ子供達が直面する問題でもあり,何らかの解決策を考え,多くの人の力を結集して解決して行かなければならない.
そこで,大きな3つの問題を,「今後,社会は大きな問題に直面することになる」とまとめた上で,「これからの子供達の育成には問題解決のために適切な思考力と行動力を磨くことが欠かせない」という前提を設定して論理構築してみることにしよう.
そのために「学校教育がそのような子供達に育てる役割を担っている」という大前提に立ち,「1.2節 論理は演繹法と帰納法で構成される」において学んだ,仮言三段論法の形式に合わせ,例えば上部論理を次のように構成すれば良いだろう.
<小前提> Q ならばR である(これからの子供達の育成には問題解決のために適切な思考力と対人力を磨くことが大事だ)
<結論>従って,P ならばR である(学校教育の役割として,子供達の思考力と対人力を磨くことが不可欠である)
上記の演繹論理は「これからの子供達を教育すること」が媒名辞として使われている.しかし,原文を可能な限り生かして使うと,<大前提>,<小前提>の表現は多少変形されるので,ややわかりにくくなるかもしれない.
解答例:図3.4 のように論理構成する.
<結論>これからの学校教育では子供達に知識を詰め込むことではなく,思考力と対人力を磨くことが不可欠になるに違いない.
<小前提>大人達だけでなく,これからの子供達はそれらの問題解決のために適切な思考力と対人力を必要とする.(追加)
- 今後,人々はいずれ解決しなければならない大きな社会問題に直面することになる.(追加)
- これから働き手が少なくなる人口の高齢化と福祉費用の増大にどう対処するかという問題がやがて現実のものとなる.
- 近い将来,所得格差の著しい拡大の進行によって生ずる社会の歪みの問題が懸念されている.
- 国家が抱える膨大な借金の後始末をどうするかという解決困難な問題も先送りされたままである.
<大前提>学校教育が子供達への教育に果たす役割は大きい.
- 子供達への教育の役割は当然家庭にもある.
- 学校は異質な人と触れ合う機会も多く,長期間に亘る体系的な教育が可能な場である.
- 学校と家庭以外には子供達への実質的な教育の場が殆ど存在しないというのも現実である.
上記の例のように全体の論理構造としてはピラミッドを形成しているが,表現の微妙な変化により,通常のビジネス文書は演繹法論理であるのか,それとも帰納法論理であるのか容易にはわからないことが多いものだ.
そういった場合には,図3.4の例題解答例のように,上位の演繹法論理の部分は矢印の使い方を演繹推論形式ではなく,帰納法論理のように下位の箱から上位の箱に向かう矢印でつないで表記しておけば良い.
ボトムアップ・アプローチ
今度はボトムアップ・アプローチによる論理構築にトライしてみよう.本項ではボトムアップ・アプローチについて詳細に学ぶ.このアプローチは問題解決アプローチにおける「現象型の問題」の本質的原因を明らかにするやり方でもある.
事実情報をグルーピングして,論理ピラミッドを構築するというアプローチの方法は,現象型の問題に限らず,多くの事実情報の中から解決すべき問題を明らかにして,中核となる問題を絞り込む場合にも有効であり,実は応用範囲が大変広い.「原因のない問題」である設定型,創造型の問題に対しても本項のボトムアップ・アプローチによって論理構築し,課題の本質を明らかにして解決策の方向を見極めるという場合が多い.
では,次の例題で現象として見えているいくつかの問題を含む事実情報を元にボトムアップ・アプローチによって,問題の本質的原因を抽出するということを実施してみよう.少し長くなるが,じっくりフォローしていただきたい.
例題3-3 わが社で目下懸案となっている事業に関する,商品開発部門の主要関係者によれば,下記のようなヒアリング結果であり,何とか手を打たなければならない.一体,どのようなことが問題なのであろうか.
- 当部門では自社のある事業に関わる新製品開発機能を担当しているが,殆どのメンバーは毎日遅くまで他社との競争上,販売部門から要求されている新製品開発に追われている
- 当事業分野には現在大手企業数社を含む10社ほどの競合企業が参入しており,近年市場獲得競争が激化している
- わが社のこの事業分野への参入は早く,市場が本格的な規模で成長するまでは市場シェアもトップグループであったが,昨年あたりから,商品ランキング上位に自社商品の登場する機会が激減している
- 当事業の関係者の多くはこのまま行くとここ1年以内に確実に業界のトップグループから転落し,負け組みに入ると見ている
- 競合企業は収益性の低下傾向に備え,数年ほど前から高価格帯商品に力を入れている
- トップマネジメント層もメンバーもただ忙しくグルグル回っている間に事態がどんどん悪化している状況は,理想から程遠い状態にあると認識はしている
- 殆どのメンバーは質的には真面目で優秀と言われているが,現在のような状況をどのように打開したら良いかに関する具体策ついては経験も知見もない
- 当部門の商品開発はその商品群の特性上,ターゲットとする商品をそのときどきに活用可能な技術や部品をその都度,ベストなものに纏め上げるというスタイルで進めている
- 7,8年前に開けたこの事業分野の市場は一昨年あたりまでずっと成長を続けてきた
- 当事業分野の商品ライフサイクルは長いものでもせいぜい1,2年程度であり,数種類の商品群のすべてに対応しているためにメンバー達は半年程度の期間で次々に新製品を開発しなくてはならない
- 当事業の商品群には自社独自のキーパーツを搭載してコア競争力を維持してきたが,最近では,顧客にとっての価値が認識できなくなってきており,市場では価格競争の世界に置かれているのが現実である
- ほんの少し前まで事業規模が急激に拡大していた当事業部では,ロット数量の多い中・低価格帯商品に全力を投入していた
まずは,一連の12個の命題に目を通して欲しい.そして,一体何が根本にある本質的問題なのか,少し考えてみると良い.現状はあるべき状態とはほど遠く大きなギャップがあり,収集した情報からは問題があることはわかるが,本質的に問題となることは何であるのかすぐにはわからない.まさに現象型の問題である.
さて,それでは問題解決プロセスを思い出して欲しい.情報収集の次に実施することは「本質的問題の発見」であるが,「目的達成志向」で,つまりここでは「問題の本質的原因発見志向」で取組むことであった.まず,似たような事実情報は1つのグループにまとめて,全体としていくつかのグループに分けてみよう.
この作業をグルーピングというが,グルーピングの際にも「本質的原因は一体何であろうか」と原因を発見しようという志向を持って,あまり関係の深くない事柄には重きを置かず,関係の大きそうな重要な事柄の共通性に注目しながらグルーピングするのだ.読者の皆さんも実際にトライしていただきたい.
例えば,次のように大きくは3つのグループに分けられそうである.
3つのグループに分けると
- 部門の開発と商品戦略の状態: 1 ,8 ,10,11,12
- 事業を取巻く状況: 2 ,5 ,9
- 市場におけるポジションの悪化状況とその対応:3 ,4 ,6 ,7
解答例:グルーピング
A. 部門の開発と商品戦略の状態:
A1. 部門の開発への取組みの現状
- 当部門では自社のある事業に関わる新製品開発機能を担当しているが,殆どのメンバーは毎日遅くまで他社との競争上,販売部門から要求されている新製品開発に追われている
- 当部門の商品開発はその商品群の特性上,ターゲットとする商品をそのときどきに活用可能な技術や部品をその都度,ベストなものに纏め上げるというスタイルで進めている
- 当事業分野の商品ライフサイクルは長いものでもせいぜい1,2年程度であり,数種類の商品群のすべてに対応しているためにメンバー達は半年程度の期間で次々に新製品を開発しなくてはならない
A2. 部門に関係する事業の商品戦略の現状
- 当事業の商品群には自社独自のキーパーツを搭載してコア競争力を維持してきたが,最近では,顧客にとっての価値が認識できなくなってきており,市場では価格競争の世界に置かれているのが現実である
- ほんの少し前まで事業規模が急激に拡大していた同事業部では,ロット数量の多い中・低価格帯商品に全力を投入していた
B. 事業を取巻く状況:
B1. 事業を取り巻く外的状況
- 当事業分野には現在大手企業数社を含む10社ほどの競合企業が参入しており,近年市場獲得競争が激化している
- 競合企業は収益性の低下傾向に備え,数年ほど前から高価格帯商品に力を入れている
- 7,8 年前に開けたこの事業分野の市場は一昨年あたりまでずっと成長を続けてきた
C. 市場におけるポジションの悪化状況とその対応:
C1. 事業の市場ポジションの悪化状況
- わが社のこの事業分野への参入は早く,市場が本格的な規模で成長するまでは市場シェアもトップグループであったが,昨年あたりから,商品ランキング上位に自社商品の登場する機会が激減している
- 当事業の関係者の多くはこのまま行くとここ1年以内に確実に業界のトップグループから転落し,負け組みに入ると見ている
C2. 問題状況への対応の現状
- トップマネジメント層もメンバーもただ忙しくグルグル回っている間に事態がどんどん悪化している状況は,理想から程遠い状態にあると認識はしている
- 殆どのメンバーは質的には真面目で優秀と言われているが,現在のような状況をどのように打開したら良いかに関する具体策については経験も知見もない
他のグルーピングの仕方も可能であろう.「問題を発見しよう」という志向をもってグルーピングするということは,グルーピングした事柄どうしの中で共通する問題がまとまって集められるということである.しかし,10人の人がそれぞれグルーピングしたとすると類似ではあっても,10通りのグルーピングの仕方が提案されるかもしれない.
もちろん,どれが正しいかなどということは言えない.それは同じメッセージに対しても,人によって解釈する意味あるいは感じる事柄が異なるものであり,また,どのような事柄を重要視するかに関しても異なる可能性があるので,仕方がないのだ.それでも構わない.その理由は後で述べる.
次に,今度はそれぞれのグループ毎に,各命題に着目して,それらの命題からどのようなことが導き出されるかについて考えるのである.この作業はいくつかの下位にある事実命題に基づいて上位の命題を作成するということである.
具体的な言い方をすれば,これらの事柄に共通して言える問題はどのようなことに帰着・帰属させられるか,あるいは深くかかわっているかと いう抽象化を実施するのである.帰納法推論の例を思い出していただきたい.このときにも「問題」に着目して問題があぶり出されるように「問題発見志向」で上位メッセージを作成するのである.
例えば,A1グループについて実施してみよう.
A1. 部門の開発への取組みの現状
- 当部門では自社のある事業に関わる新製品開発機能を担当しているが,殆どのメンバーは毎日遅くまで他社との競争上,販売部門から要求されている新製品開発に追われている
- 当部門の商品開発はその商品群の特性上,ターゲットとする商品をそのときどきに活用可能な技術や部品をその都度,ベストなものに纏め上げるというスタイルで進めている
- 当事業分野の商品ライフサイクルは長いものでもせいぜい1,2年程度であり,数種類の商品群のすべてに対応しているためにメンバー達は半年程度の期間で次々に新製品を開発しなくてはならない
ここで1,8,10の命題をじっくりと読取り,共通してどのようなことが言えるかを目的達成志向で考え上位概念化(抽象化)するのである.3つの命題は「当部門は販売部門から要求されている新製品開発に追われている」,「当部門は個別商品ごとにその都度,最善となるようなスタイルで開発を進めている」,「ライフサイクルの短い商品群のすべての商品開発に対応している」ということだ.
どうやら,「この部門では全体最適を考え長期的視点に立った,メリハリの利いた商品開発を主体的に実施しているとは言えない」状況であることがわかる.そこで,「これらの事柄は要するに
ということではないか」と上位メッセージ化するのだ.このようなメッセージ化は元の命題を充分に把握し,正しく実施することが大事である.
他のグループについても同じように「問題発見志向」で実施していただきたい.かくして,グループ毎に上位メッセージを作成した結果の1例を並べてみる.
A1. 部門では主体性の乏しい,戦略なきその場しのぎの商品開発に追われている
A2. 市場・顧客など事業環境の変化を読取り,自社の進むべき方向を見極めた商品開発が行われていない
B1. 近年市場獲得競争の激化で,価格競争の時代に入ったことにより高価格帯商品への取組みが注目されている
9. 7,8 年前に開けたこの事業分野の市場は一昨年あたりまでずっと成長を続けてきた
C1. 市場における地位が低下し,事業の状況は急速に悪化している
C2. 組織には状況認識能力はあるようだが,自身で状況を打開して行く能力がない
これらのメッセージが,最下位の事実命題から「問題発見志向」的に導いた上位命題である.ただし,9に関しては,B1のグループに含まれていたが,内容的に最下位命題よりやや包括度が高いと見なし,そのまま他の上位命題と同列に置いたものである.
これで上位メッセージは6つになった.このメッセージの中には「問題の本質的原因」がきっと含まれているはずである.勘の良い人や本質に目を向ける癖がついている人には,この辺で「問題の本質」が見えて来るだろう.
表面に現れている問題ではなく,本質的問題,つまり「本質的原因」が見えるのではないだろうか.今度は,最初に大きく3つのグループに分けてあったので,それらのグループ毎に作成したばかりの上記メッセージに基づいて,更に上位のメッセージを作成する.すなわち,A1とA2,B1と9,C1とC2からそれぞれの上位命題A,B,Cを導く.
解答例(続き):上位3グループの命題化
- 部門では目先の商品開発に追われ,事業環境の中・長期的洞察に基づく戦略的商品開発が行われていない
- 市場分野は成長が続いているものの,近年多くの参入企業による競争激化が進み,事業的には高価格帯商品への取組みが重要になってきている
- 急速に悪化しつつある事業状況を認識しているにもかかわらず,組織には事業を立ち直らせるための方策を考え,実現して行く能力が不足している
これで,元の12個あった一連の事実メッセージは3つのメッセージに集約された.いよいよ,最上位メッセージの作成である.問題の本質的原因を抽出するように「本質的問題を発見する」意図を持って各命題を眺め,最上位命題を作成する.3つのサブメッセージの抽象化・統合化によって見えて来ることは,次のようなことである.
「部門の開発メンバーが毎日遅くまで新商品開発に追われている」といった問題は,問題ではあるが,それは現象として表面に出ている事柄に過ぎず,本質的原因として何とか解決しなければならない問題は他にあったということがわかるであろう.かくして,仮説として抽出された「本質的原因」は,それを解消することによって,一連の問題が解決するということが確認できれば,本質的問題を発見したということになる.
ここで注意していただきたいことは,この段階では問題発見を超えて解決策にまで走ってしまわないことである.多くの良くない問題事象に基づいて問題発見志向で作成された最上位メッセージはあくまで「悪さ加減を言い表す問題表現」になっているということだ.
何故ならば根拠は「一連の良くない事実」なので論理的には「良くない問題状況的表現」となるはずだからだ.しばしば,最上位命題がいつの間にか「わが社は,事業環境の変化に合わせて高価格帯商品分野へ力を入れる必要がある」といった「解決策表現」になってしまっている間違いが見受けられるので注意したい.
短絡的に「解決策表現」で命題化したのでは下手をすると間違った解決策に走る可能性がないとは言えない.最上位命題としては,論理的に「~必要がある」という結論を導くことができないということである.
ボトムアップ・アプローチによって論理ピラミッドが構築されていることがおわかりいただけると思う.本項では「論理構築」により本質的原因を明確化したという範囲で終えるが,本質的原因が明らかになれば,それを課題化してその次のステップ課題解決策の立案に進むということになる.
ここで,ボトムアップ・アプローチにおける2,3の重要な事柄に触れておく.グルーピングの仕方に個人差が生じることがあるが,構わないと述べた.論理ピラミッドの頂点にあるメッセージは,原理的にはすべての最下位メッセージを包含しているわけである.
なおかつ,重要なメッセージというのは,個人差によってどのグループに置かれることになっても「重みがある」,あるいは「元気が良くてトゲがある」ので,高い確度で上位に登場して来ることになるからである.
ただ,類似の問題を含む命題が別々のグループに置かれてしまうと「問題が薄まってしまう」可能性があるため,「問題発見志向的」に取組むことによって,できるだけ問題を抽出しやすくグルーピングすべきであることに変わりはない.
なお,2つ以上の命題で構成された原文が,それぞれ異なる重要な命題であるという場合にはそれらを分離してグルーピングするとか,単なる推定命題や無関係な命題は除外するなど状況に応じた対応も必要である.
下位命題に基づいて導くことが可能であれば,上位命題の導出論理は帰納法でも演繹法でも構わないが,命題の作成に際しては論理的にも表記的にも「目的達成志向」で正しく行うことに留意する必要がある.
元の命題に基づいて「導くことができない」ことまで言ってしまうとオーバーなことを主張することにつながり,逆に矮小なことを導いたのでは事実を充分に反映していないメッセージになってしまう.事実からちょうどピッタリ導くことが可能なメッセージを正しい表現で作成することが望ましいのである.
一般的には上位メッセージはイメージ的には下位命題の最大公約数から最小公倍数の範囲で許容となり,時にはその範囲をも超えることになる.最小公倍数側の拡大方向に行くに従って,仮説傾向,つまり存在しない情報を包含する度合いが増加する傾向があるので,情報が不足する場合には新たな情報収集を行うか,メッセージを見直すか考え直していただきたい.
事実情報に基づいて正しく論理ピラミッドを構築すると,説得性が高い主張となる.例えば,先の例題3-3で,「私」と「上長」との会話を想定すると,
上長)どうしてそんなことが言えるんだ?
私)はい.わが社の実態は次のA,B,Cという状況です.
A.部門では目先の商品開発に追われ,事業環境の中・長期的洞察に基づく戦略的商品開発が行われていない
B.市場分野は成長が続いているものの,近年多くの参入企業による競争激化が進み,事業的には高価格帯商品への取組みが重要になってきている
C.急速に悪化しつつある事業状況を認識しているにもかかわらず,組織には事業を立ち直らせるための方策を考え,実現して行く能力が不足している
上長)何故,「組織には事業を立ち直らせるための方策を考え,実現して行く能力が不足している」という結論になるのだ?
私)部門の主要関係者にヒアリングしたところ,次の6,7が実態であることがわかりました.
6.トップマネジメント層もメンバーもただ忙しくグルグル回っている間に事態がどんどん悪化している状況は,理想から程遠い状態にあると認識はしている
7.急速に悪化しつつある事業状況を認識しているにもかかわらず,組織には事業を立ち直らせるための方策を考え,実現して行く能力が不足している
上長)なるほどやはりそうか,耳が痛いがそれなら僕も同感だ.確かにそう思うが,ではどうしたら良いのだろうか.
私)この問題を解決するには,その本質原因の裏返しで,組織が適切な戦略を考えて実現する能力を備えることだと思いますが,それにはいくつかの方法が考えられるそうです.・・・
といった会話が成り立つことがわかる.過剰でなく,矮小でもない主張は最後の砦として必ず「事実」が裏付けてくれるということである.
また,ボトムアップ・アプローチにおいて,ときにはどうしても複数の論理ピラミッドが構築されてしまうということが起こる.収集した事実情報がグルーピングされた段階でグループ間の相互関係が全く存在しない場合には,そのようなことになるはずである.元々の情報が複数分野に及び相互関係が存在しなければ当然のことである.
しかし,全く関係がないというのではなく,例えば,「何らかの結果として生じている問題」というグループと「それらの問題の原因となっている事柄」というグループに分かれることもある.そのような場合にも,「問題の本質的原因を探る」目的であれば,目的達成志向で「本質原因」側のメッセージを抽出すれば良い.
次節で活用例を紹介するが,事業戦略を検討する場合など「市場・顧客」,「競合他社」,「自社」の3種類の情報を収集するという具合に,予めグループを決めて当初から積極的に異なるグループを意図して情報収集するということを行う場合もある.
いずれにしても必然的に複数の論理ピラミッドが構築されるというのであれば,それはそれで構わないと考えていただきたい.各ピラミッドの最上位命題間の相互関係を考察することによって,新たなことに気づくこともあるだろう.また,論理構築に不要なまたは無関係な命題もあるのだ.
第3章 論理ピラミッドの構築:続きページ(1)→3.1.2 メッセージは論理的に正しく,簡潔で,具体的に