ロジカルな主張

第3章 論理ピラミッドの構築:続きページ(4)→3.2.5 進むべき基本戦略方向を見極める

3.2.2 価値ある議論を生産的に進める

今日の大抵の組織では会議のために多くの時間を使っている.しかし,単なる報告会,説明会といった連絡や伝達のための会議であったり,せいぜい意見交換のための打合せであったりする.私達は何らかの価値ある結論を得るために,生産的な議論を行うことによって貴重な時間を有効に使いたいものである.

生産性の高い会議の場には,大抵の場合有能な先導役みたいな人がいる.一般的にはファシリテータと呼ばれている役割を持った人に相当する.

議論の場におけるファシリテータは
・出席者に発言を促す
・論点を明確にする
・流れを整理する
・合意を確認する
などの行為により介入し,
・出席者の相互理解
・議論の活性化
・合意形成・意見統合
・価値創出
などを促進するといった役割を担っている.

組織や集まりに参加するメンバーがファシリテーションという概念を理解し,対人力があって気の利いた人がファシリテータ役を務めるなら会議の生産性を高めることにつながる.

ファシリテーションの中核技術の1つはロジカル・シンキング(論理的思考)である.従って,ファシリテータは無論のこと,議論に参加する組織のメンバーは互いに論理的思考を身につけていることが望まれる.本項では議論の中の典型的な形態を取上げて,論理ピラミッドの応用例に触れてみたい.

例えば,「この組織は今後進むべき2つの道のどちらを選択すべきか」といった議論は良くあるケースである.「どちらの技術を採用するか」,「どの方式で行くのが良いか」,「どこの企業と協働すべきか」などいろいろなテーマが考えられる.このように争点を明確にして議論を戦わすような場合を次の例題で実施してみよう.

例題3-7 以下のテーマについて情報収集を行い,自動車メーカーの技術者という立場で議論が可能なように2つの主張を明確にして,それぞれの論理を構築せよ.
ただし,「目下,次世代自動車に関して世界の各自動車メーカーによって開発競争が繰り広げられようとしている.いくつかの有望な動力源のうち,ハイブリッドタイプのものが当面の中核となるという考えを前提として,ガソリンエンジンとディーゼルエンジンのいずれをハイブリッドエンジン車のベースエンジンとすべきかに絞った論争を想定する.」

少しばかり重たい課題だと思う.進め方はボトムアップ・アプローチと言っても良いだろう.関連する情報を収集し,「ガソリンエンジン派」関連と「ディーゼルエンジン派」関連に分離して,それぞれを更にいくつかのグループに分けてグループごとに上位命題を構築して行く.

上位命題を作成したところで根拠が不足であれば再度情報収集する,あるいは命題を修正するといった進め方で最上位命題までを含む論理ピラミッドを構築する.第2階層であるサブメッセージは表現に十分気を使って作成すべきである.

多少時間がかかるが情報収集して(インターネット検索でほぼ可能),論理ピラミッドの構築に半日くらいの時間をかけて検討すれば,何とかそれぞれの主張論理を構成することが出来るのではないだろうか.

以下に1例として載せておくが,階層化されているのでピラミッドのイメージは持てると思う.なお,データは国土交通省,日本自動車工業会,経済産業省資料,いすず自動車・BOSHオートモーティブ社ホームページ,自動車販売代理店ホームページ,その他による.

ここまで来ると,実際の議論ではサブメッセージの1つずつに焦点を当てて順に議論を進めることが可能になるであろう.評価・選択の考え方を決めておけば自ずと結論を導くことができる.

解答例
ガソリンエンジン派の主張と論理
今後のハイブリッド車の基幹エンジンとしては有害排ガスを発生しない,安価で実績があるガソリンエンジンが適している
A. ガソリンエンジン方式なら相対的に安価で購入し易く,静かで加速性も良い

  1. エンジンによる騒音・振動が少ない
    • 低圧力での燃焼なので,機械的なエンジン負荷が軽く,ディーゼルのようなカリカリ音が弱い
  2. 本体価格が安い
    • 排気量1.5Lクラスの自動車で末端小売価格が20万円ほど安い
      • 同じトヨタの同クラス車の価格比較でガソリン車は168,000円安い
        • ディーゼル貨物車(排気量1.362L):¥1,454,250
        • ガソリン貨物車(排気量1.496L) :¥1,286,250
    • 燃焼圧力を高くしないので,エンジンを頑強に作らないで済む,従って軽量で構成材料も少なくて済む
      • 同じトヨタの同クラス車の重量比較でガソリン車は30kgほど軽い
        • ディーゼル貨物車(排気量1.362L):1,080kg
        • ガソリン貨物車(排気量1.496L) :1,050kg
    • バッテリー容量が小さくて済む
      • ガソリンエンジンはプラグでの着火方式である
      • ディーゼルは始動時にバッテリーでピストンを動かし圧縮空気を作って高温化着火しなければならない
  3. 加速性が良いので運転しやすい
    • プラグ点火なので燃焼レスポンスに優れている

B. ガソリンエンジンは人体に有害な排出物が少なく環境適性が良い

  1. 喘息や酸性雨の原因ともなる,排気ガス中のNOxが少ない
    • ガソリン乗用車では2005年の新長期規制をクリアーするディーゼル乗用車との比較でも少ない
      • ガソリン車 :0.05g/km
      • ディーゼル車:0.14g/km
    • 排気ガス中の酸素が少ないのでNOx・HC・COを同時に浄化する三元触媒が使える
  2. 排気ガス中にPM(粒子状物質)が殆ど存在しない
    • ディーゼル車からのPM放出は人体への悪影響が懸念される.
      • 2002年以前のものと比べると全量としては1/5以下にまで減少しているものの,超微粒子の数はむしろ増加している
    • ガソリン車からは人体に有害なPMは殆ど排出されない

C. ガソリンエンジンはハイブリッド化実績が豊富である

  1. 世界初の実用車発売は1997年12月であり,長年の実績がある
  2. 2014/9時点で世界で累計700万台以上のガソリンエンジン・ハイブリッド車(トヨタ・プリウス)が販売されている

ディーゼルエンジン派の主張と論理:
今後のハイブリッド車の基幹エンジンとしてはCO2排出が少なく,トータルライフコストの安いディーゼルエンジンが適している
A. ディーゼルエンジン車はトータルライフコストで見れば安価で,低速走行時の安定性に優れ,事故時の火災安全性にも優れる

  1. トータルライフコストが安い
    • ランニングコストが安い(燃費が良い)
      • 熱効率(燃焼時に発生する熱量に対し,動力に換算された熱量の比率)が1.4倍と高い
        • ガソリンエンジンの最高値32%に比べ最高値で46%である
        • 10・15モード燃費(燃料1Lあたり)でガソリン車に20%程度勝る
          • ディーゼル車(排気量2.982L):10.8km/L
          • ガソリン車(排気量2.693L) :8.8km/L
      • 税負担が少ない(日本国内であれば)
        • 例えば,1000L/年の燃料消費で乗用車11年使用時の燃料代に含まれる税金比較で少ない上に,燃料効率の有利性も加味される
          • ガソリン車 :66万円
          • ディーゼル車:40万円
    • 走行寿命が長いので本体価格は割安となる
      • 高負荷な使用や高圧縮での燃焼にも耐える頑強な構造である
        • ガソリン車の限界である30万km以上走行可能である
      • 自然発火なのでプラグを必要としない
  2. 自動車火災に対して安全性が高い
    • 燃料が軽油であるために,事故などの際,ガソリン車に多い火災が少ない
  3. 低速時にも走行性が良く安定している
    • 低速時もトルクが大きく,出力も大きいので走行が安定している
    • ガソリン車に発生しがちな不要燃焼であるノッキングを起こさない
      • 圧縮は空気だけであり,燃焼室全体で1度に着火する

B. ディーゼルエンジンはCO2発生量が少なく,地球にとっての環境適性が良い

  1. 同じ距離を走行するのに地球温暖化ガスであるCO2発生量が少ない
    • ディーゼル車(排気量2.982L):234.0g/km
    • ガソリン車(排気量2.693L) :263.8g/km
  2. 排気ガス中のCO・HCが少ない
    • 燃料が十分な空気で燃焼させられる
    • CO排出がガソリンエンジンより少ない(2005年の新長期規制をクリアーするディーゼル乗用車とガソリン乗用車の比較)
      • ガソリン車 :1.15g/km
      • ディーゼル車:0.63g/km
      • HC(ハイドロカーボン)の排出量もガソリンエンジンより少ない
        • ガソリン車(バス)の炭化水素排出係数 :1.4g/km(40~60km/h走行時)
        • ディーゼル車(バス)の炭化水素排出係数:0.6g/km(40~60km/h走行時)
      • ディーゼルエンジンは新規ハイブリッドエンジンとしての組合せに環境的に適している
        • 電導モータとの組合せにより始動時の排気ガス問題をクリアーできる
          • 不利な点である始動時の加速性・排気ガス条件を電動モータ使用でクリアーでき,相補的となる

C. ディーゼルエンジンは大型までカバー可能な汎用性があり,将来性がある

  1. 自家用車から産業輸送の中核となる大容量エンジンを搭載した大型トラックまで,幅広くカバーできる
    • 「圧縮自然着火」方式のディーゼルエンジンは,大容量エンジンにおいても使える
  2. 次世代の均一燃焼型HCCI(Homogeneous Charge Compression Ignition)エンジン採用への移行が容易である

どうやら,上記の比較議論時点では「PM(粒子状物質)とNOxの問題をクリアーできるなら」という条件付きでディーゼル・ハイブリッドエンジン車に軍配が上げられそうであるが,読者の皆さんはいかがであろうか.ロジカルな議論はこのように論理ピラミッドを描いて進めると良い.

次世代自動車というテーマなのに,何故,EV(電気自動車)との比較論争を設定しないのかという向きもあると思うが,乗用車からトラックなど大型自動車の長距離運送までを視野に入れてオーソドックスな比較議論を実施してみたわけである.今後10年くらいのスパンを考えると,ハイブリッド自動車と電気自動車および燃料電池車との比較議論などは格好のテーマであるので,是非,この演習問題例に沿って論理ピラミッドを構築してみていただきたい.

3.2.3 ロジカルな報告書・論文を書く

論文というとやや大げさであるが,私達は技術報告書,提案書や出張報告書など~報告書といった名のつくドキュメントを日常的に作成している.メモ程度の報告書もあれば時間をかけて作成された長い論文や報告書もある.

どのようなドキュメントであっても作成した本人がわかっているだけで済むのであれば,形式や内容は自分流でも良いが,ドキュメントが伝えようとする事柄を他の人が正しく受取ることができるように作成するには最低限のことを守る必要がある.

「論文の書き方」,「報告書の書き方」などに関してはそれを目的として作られた立派な参考書もあるので,それらを参照いただくことにして,本項では,A4用紙1ページ程度の簡単なレポート程度を想定して,報告書や提案書の作成について補足的に説明しておこう.

報告書や提案書の構成の骨格はやはり「論理ピラミッド」であり,基本は演繹法論理と帰納法論理を組合せて作成することである.従って,明確にした2つ以上のサブメッセージを作成し,サブメッセージに基づいて導かれる結論を,わかりやすい適切な表現で主メッセージとすることになる.通常は,存在する情報に基づいてどのようにグルーピングすべきかが考えられ,グループごとにサブメッセージが作成されるので,サブメッセージというのは状況に応じた内容となる.

しかし,特定目的の報告書や提案書作成においては,サブメッセージ・コンセプトを当初から決めておいて論理構築することができる場合がある.それらの場合を含めて以下にいくつかの文書タイプを紹介しよう.これらの文書タイプに関する論理構築の考え方は論文・報告書に限らず論理ピラミッドを使うプレゼンテーションのタイプに関する論理構築においても応用することが可能である.

  1. 説明型:説明,事実のまとめを述べる一般的なタイプ

 →演繹法と帰納法を使って容易に構成できる

  • 「K社の成功のポイントは~という3つの施策によるものである.」
  • 「X商品群はいずれも全国的に売上げ不調の状況にある.」
  1. 評価型:事柄に対する自分の評価を述べるタイプ

 →評価基準の定義と評価基準を満たしているか否かを示すサブメッセージ・コンセプトを設定する

  • 「新規に開発した技術は従来からある他のどの方法よりも優れている.」
  • 「B製品が設置される環境下では電気信号方式による代替技術は使えない.」
  1. 主張型:説得する,人を動かす主張を述べるタイプ

 →WhyとHowを示すサブメッセージ・コンセプトを設定する(Why:何故そのように主張できるのか,How:どのようにしたら主張を実現できるのか)

  • 「安いというより,使い勝手の良い商品を優先して開発することが大事だ.」
  • 「プロジェクトメンバーを必要最小限の人数に絞ることが最良の解決策である.」
  1. 提言型:提案・提言・アドバイスなどを述べるタイプ(3.主張型の1つ)

 →Whyを主張の「必然性」,「効用」に分け,それにHowの「実現性」を加え,3つのサブメッセージ・コンセプトを設定する

  • 「当社もIT投資と情報システムの全体最適化を推進すべきだ.」
  • 「今後10年間程度はD方式の技術開発・商品化に優先的に投資すべきである.」

説明型以外の文書タイプでは,予めサブメッセージとしてどのような事柄を記述すれば良いかがわかっているので,トップダウン・アプローチで進めることが可能であり,関連する情報を収集する上でも,あるいは根拠としてどのような事柄を考えるべきであるかに関しても進めやすい.

それでは,例えば,技術や製品の評価において利用することが多い,「2. 評価型」の簡単なメモを例題を使って作成してみよう.

例題3-8 目下,2006~2007年に京都大学の山中伸弥教授らのグループによって樹立されたiPS細胞a)は細胞生物学関係者のみならず,世界中の人々から注目を浴びている.これに関連して情報収集し,「iPS細胞の樹立は人類史上画期的な出来事である」という簡単な文書を作成せよ.
a)induced pluripotent stem cells:人工多能性幹細胞

「人類史上画期的な出来事である」というのはそのように「評価」するという評価型の文書タイプと考えることが可能である.インターネットを使って少し情報収集すれば,「受精卵を使わずに分化万能性のある細胞が生成できる」という点に価値の本質があることがわかる.

解答例:基本骨格
用意するサブメッセージ・コンセプトは例えば,「受精卵を用いない分化万能性細胞を樹立できたことは画期的な出来事であると言える」という評価基準と「受精卵を用いない分化万能性細胞が樹立された」という事実で良いことになる.評価基準の方は「どのようなことが画期的と言える根拠となるのか」を必要とするであろう.従って,文書の骨格は1例として図3.26のような構造となる.

論理の基本骨格例
図3.26: 例題3-8解答例 論理の基本骨格例

上位の論理構造はちょうど演繹論理を構成しており,文書は簡単に書くと次のようになっている.「受精卵を用いない,分化万能性を持つiPS細胞が樹立された.受精卵を用いない分化万能性細胞が樹立できたなら,画期的な出来事(かつてない目覚ましい成果)であると言えよう.何故なら,A,B,Cである.従ってiPS細胞の樹立は人類史上画期的な出来事である.」

中身を入れて肉付けすると下記のようになる.稚拙な印象を避けるために同じ表現を繰り返えさないように表現を変えている点や結論を最初に持ってくるビジネス文書風のスタイルにしている点などにも注意していただきたい.

解答例:論理構成
「京都大学の山中伸弥教授らのグループによるiPS細胞の樹立は,再生医療への応用を現実のものとする人類史上画期的な出来事である.同グループは2006年にマウスで,2007年にはヒトで受精卵を用いない分化万能性を持つiPS細胞を樹立した.iPS細胞の樹立は,現在,世界中の多くの人々から注目されている.受精卵を用いない分化万能性(つまり体を構成するあらゆる種類の細胞を作り出す能力を持った)細胞が樹立できたということは,再生医療への応用を現実のものとする,かつてない目覚ましい成果であると言えよう.
その根拠として,3つの点が挙げられる.第1に分化万能性細胞を容易に利用することができるようになれば,再生医療分野における研究と応用だけでなく,例えば新薬の開発の際に欠かせないヒト細胞の供給,基礎医学分野における発生生物学の研究にも大いに役立つ.第2に受精卵を用いない分化万能性細胞では倫理上の様々な問題を回避することができる.第3に受精卵を用いない,患者自身の細胞を使用した分化万能性細胞では拒絶反応が起きない.」

因みに,山中教授によれば,「体細胞もES細胞脚注3-7)も遺伝子の設計レベルでは同じである.従ってES細胞で働く適切な転写因子を働かせれば体細胞でもES類似細胞に転換できるはずである」と考えて,iPS細胞の樹立に確信を持って臨んだとのことである.まさに,第1章の演繹法推論のところで脚注に記した「真であるはずの結論」を実現する発見過程に該当するのであろう.

今度は,既存の「提言型」論文を読み解いて提言している事柄を論理ピラミッドで表現してみよう.

例題3-9 次の文の論理を読み解き,必要なら追記し,適切な主メッセージを付与して論理ピラミッドを作成せよ.
わが国には国を挙げて取組むべき課題がいくつもある.特に地方過疎化の進行と人口流出の問題には何としても歯止めをかけなければならない.関連するが,山間部にある杉林などの人工林問題も放置できない課題だ.下流域の住宅地を水害から守るためにも森林の健全な再生産は不可欠である.そして地球温暖化対策.脱化石燃料への取組みは現在を生きる人間にとっての義務だといっても過言ではない.
そういう我が国でもし杉の木から燃料油,バイオエタノールが大量に採れるようになったらどうなるか.植物は育つ際に大気中のCO2を吸収する.だから杉の木から作る油は大気中のCO2で作ったのと同じ.燃やして発生するCO2は再び原料となる木々が吸収する.地球温暖化対策にとっての決定打となる.しかも山から杉の木を大量に切り出し,そのあとに植林をしていくことになれば山村において林業はよみがえり,近くにエタノール工場なども建設されれば地方活性化の大きな一助となるだろう.放置林問題も解決する.
海外で先行するバイオエタノールは主としてサトウキビやトウモロコシを原料としているが,木材を原料とする製造法も研究されている.特殊な酵母や微生物の開発によりセルロースに含まれる糖分でエタノール製造が可能になるのだという.
我が国にあっては国の補助金で廃木材を原料とする取組みが進められている.もちろん廃木材リサイクルも結構だが,この「木材を原料とするバイオエタノール製造」についてはより大きな視野での取組みを望みたい.技術的にも異物の混じらない新木材を原料とする方が楽だろう.我が国の恵まれた自然環境で育まれる森林資源,この活用による脱石油の可能性を文字通り国家百年の計で追求して欲しい.我が国民の「ものづくり」DNAが力を発揮するテーマでもある.(啄木鳥)
<「朝日新聞」経済気象台“国家百年の計で”(2007年4月26日付)より引用>

この論文はやや控えめな「提言型」主張論文で,全文はほぼ起承転結型のスタイルで構成されている.論理的でわかりやすい論文である.論理ピラミッド化のアプローチとしては,一旦全体の構成を大局的に掴んでおくと良い.よく読むと「結論」は最後のパラグラフに登場していることに容易に気がつくだろう.

あくまでも筆者の見解であるが,この論文のおおよその構成は次のようになっていると理解できる.
全体が4つのパラグラフに分かれており,それぞれのパラグラフは相互に関連があるものの,大きくは順に「起」,「承」,「転」,「結」の構成になっている.

このような場合には,まずパラグラフ毎に「要はどういうことか」という要点のまとめを行い,パラグラフ毎に分離して構造化するという取組みをしてみることを勧めたい.

では,それらの各パラグラフを要約してみることにしよう.

解答例:基本骨格
まず,第1 パラグラフで課題を提起している.

起:
わが国には国を挙げて取組むべき,地方過疎化の進行・人口流出,山間部の人工林,地球温暖化といった課題がある.

わが国には国を挙げて取組む課題があるという「問題提起」を受けて,次の第2パラグラフで,木材からバイオエタノールを大量に採ることによって,それらの問題が解決するという「筋道」が示されている.この提案を実現すれば問題が解決するという説明と捉えることも可能である.

承:
我が国でもし杉の木から燃料油,バイオエタノールが大量に採れるようになったら,懸案の課題は解決することになる.

次に,第3パラグラフで,その課題解決のための筋道は決して空論ではなく「実現可能なもの」だということに触れている.

転:
木材を原料としてバイオエタノール製造が可能になる.

そして,最後の第4パラグラフで,結論的に「だから,国家的課題に大きな視野で国を挙げて取組んで欲しい」と訴えている.

結:
森林資源の活用による脱石油の可能性を文字通り国家百年の計で追求して欲しい.

論文の「起承転結」について把握できたら,更に,可能な限りこれらの論理的な関係を構造化しておく.図3.27にこの論文の「起承転結」の相互関係を示した.必ずしも,一般の文の「起承転結」が図3.27のような論理関係になるとは限らないので注意願いたい.

論文の起承転結の関係
図3.27: 例題3-9論文の起承転結の関係

また,気がついた読者もおられると思うが,この論文の構成は「提言型」の文書タイプであり,「結=結論」は,「起=必然性」,「承=効用」,「転=実現性」の3つのサブメッセージ・コンセプトで構成されている.

論文の提言型構造としての解釈
図3.28: 例題3-9論文の提言型構造としての解釈

ここでも,ちょうど「起承転結」と「必然性,効用,実現性,結論」とが対応しているが,一般には必ずしも対応するとは限らないので誤解のないように願いたい.

この提言によって,「必然性(本提言を受容れるべき必然性)」の部分で問題提起した課題を「効用(本提言を受容れた場合の効用)」の部分で解決し,「実現性(本提言が実現する可能性)」の部分では,提言が空論ではなく,実現可能性があるということを述べているのである.

この基本骨格がわかれば,細部の論理を読み解くことが容易になるであろう.各パラグラフをバラバラにして論理構造を理解しながらつながりを描いて行く.その際に,パラグラフ内の文は他のパラグラフ内の文とのつながりを読み,時には接続する付近のパラグラフに移動させる,あるいは不足の文を補うなど,原文の主旨に沿って妥当な論理的つながりがつくように修正する.最上位命題も3つのサブメッセージから構成可能な内容に肉付けする.

論文の論理ピラミッドの基本構成
図3.29: 例題3-9論文の論理ピラミッドの基本構成

これで,「必然性」部分で提起した3つの課題に対して,「効用」部分で3つの課題に対応する解決の見通しを述べている構造が示されている.残された細部をつないで行くと,最終的には,次のように構成して組立てることができる.

最上位命題に注目していただきたい.もし,この論文を「要するにどのようなことが言いたいのか」という意味で「主メッセージ」を掲げるとすればこのようになる.「地方過疎化・人口流出,山間部の放置林,地球温暖化という国家的課題には,森林資源の活用によるバイオエタノール製造の可能性追求から国家計画として取組むべきである」

論文の論理ピラミッド構成

図3.30: 例題3-9解答例:論文の論理ピラミッド構成

原文の結論「我が国の恵まれた自然環境で育まれる森林資源,この活用による脱石油の可能性を文字通り国家百年の計で追求して欲しい.」のままでは,オブラートに包んだことになる.「国家百年の計で」という部分に,「国を挙げて取組むべき課題の解決」という主張の重要なポイントを包み込んでしまっており,「森林資源を活用したバイオエタノール製造」を通じてそれらの課題解決に向けた提案であることが明示されていない.

根拠に基づいて論理のつながりを持って,最終結論である最上位命題を構築すると自ずとズレが生じることからもわかるであろう.

なお,世の中にはこの論文のように主張を人に伝えるために大変わかりやすい論理と表現で構成されている文ばかりではない.中には読む人の見識によって幾通りにも解釈可能な考えさせる文や論理だとか筋道とは無縁な内容であっても訴えるものを持つ文,分かりにくいけれど底知れぬ深みと含蓄のある文などがあるが,それらは人にわかりやすく伝える力を備えた上でこそ生きてくるのだと認識すべきである.

3.2.4 短時間でエッセンスを伝える

論理ピラミッドの応用例の1 つに「30 秒ステートメント(別名:エレベータ・トークとも言う)」というのがある.これは,「話せば長い,ある事柄」を要領よくまとめて30 秒程度以内の時間(ちょうどエレベータに乗ってから降りるまでの時間くらい)で伝える場合に活用する方法である.ポイントは論理ピラミッドの「サブメッセージの枠組みを意識しながら,主メッセージを口頭で伝える」ことである.

例題3-10 あなたは,病院の入院患者が病室内に置いて,あるいは車椅子に取り付けて使う次期商品に採用する関連技術の事前検討業務を担当している.今回,その商品に搭載する画像表示器の候補となっているA,B,C3つの技術方式について評価するように指示されたので,予備試験を行い,以下のような結果を得た.結果に関して,部長より中間報告を求められているが,部長は忙しくてなかなか捉まえることができない.部長が海外出張に出かける前に唯一の機会があり,企画会議の終了後に,あなたのいる実験室の前を通り,自室に戻るまでの30秒間程度の時間である.あなたは,下記の結果を部長にどのように報告するか.
(注:前提とする条件)
・部長はロジカル・シンキングがわかる
・あなたのロジカル・シンキングは部長から信頼されている

  • A方式は高精細化と応答性に関しては問題がなく,自発光型ディスプレイであるために,屋外でも使える明るさレベルである.しかし,消費電力が大きく,駆動に高電圧を使うので,ポータブル用途には難がある.
  • B方式は現状水準でも十分高精細で,応答性は今1つであるが許容範囲には入る.バックライトを必要とするので屋外での連続使用は明るさだけでなく消費電力面でも苦しい.
  • C方式は高精細で応答性が良い.自発光型ディスプレイであり,明るく,消費電力も少ない.ただ,加速試験では長時間点灯し続けると輝度の低下が見られ,3万時間程度が実使用可能限度である.しかし,用途上,設計面の工夫でカバーできる範囲である.

因みに,得られた結果の全文をそのまま口頭で伝えるとすると1分近くの時間がかかる.そのまま口頭で伝えるという方法は時間的にも無理があるというわけだ.

まず,普通の発想を持っている人であれば,誰でも次のような表を作成するであろう.表を作成する際には,元の情報にはどのような種類のものがあって,どのような欄を設ければ良いかを考えて外枠を作るであろう.その際には,情報の中にある共通する項目に着目するに違いない.

共通する事柄に着目するのは帰納法推論のアプローチで外枠を見出しているということである.表を作成すれば,表を埋めるときに漏れている情報がないか,元の情報はすべて盛り込んでいるかなどを確認することも可能である.

表3.2: 画像表示器候補3方式の特性表

方式高精細性・応答性明るさ消費電力等の制約条件

A方式高精細化と応答性に関しては問題がない自発光型ディスプレイであるために,屋外でも使える明るさレベルである消費電力が大きく,駆動に高電圧を使うので,ポータブル用途には難がある
B方式現状水準でも十分高精細で,応答性は今1つであるが許容範囲には入るバックライトを必要とするので屋外での使用は明るさという面で苦しいバックライトを必要とするので屋外での連続使用は消費電力面で苦しい
C方式高精細で応答性が良い自発光型ディスプレイであるために,屋外でも使える明るさレベルである3万時間程度が実使用可能限度である.しかし,用途上,設計面の工夫でカバーできる範囲である.消費電力は少ない

実はこの表は論理ピラミッドの最上位命題を除いた部分に相当する.表に設けた欄は縦に「方式」,横に「評価の観点」という枠組みになっているが,枠組みは論理ピラミッドのサブメッセージの箱に該当するのだ.

従って,論理ピラミッドを作成する方向は2通り考えることが可能であり,第2階層に「方式:A方式,B方式,C方式」の箱を用意するか,「評価の観点:高精細性・応答性,明るさ,消費電力等の制約条件」を用意するかのいずれかである.

ただし,「方式」の箱では原文と殆ど変わらないので徒労に終わる可能性がある.そこで,第2階層を「評価の観点」で分けて,内部には「評価の観点」毎の結論を記述すると論理ピラミッドが出来上がる.表のマトリックスの中は評価結果であり,ピラミッドの底辺に該当する.

論文の論理ピラミッド構成

図3.31: 例題3-10 論文の論理ピラミッド構成

これで,最上位命題が明確になった.最上位命題が部長に伝えるべきメッセージである.しかし,ここで良く考えていただきたい.いきなり部長を捕まえて「C方式が実使用可能時間について上限があり,設計上の工夫を必要とするものの,高精細で応答性が良く,明るさ・消費電力面でも優れている」と伝えたのでは,さすがの部長も「何の話?」とは言わないだろうが,何の前提もなしに「結論」だけを聞いて,ただちに納得してはくれないだろう.

時間が十分あるならサブメッセージまで伝えれば根拠の概要まで伝えることになるのでそれでも良い.しかし,時間が十分にあるとは言えない状況なので,サブメッセージの箱,すなわち,3つの枠組みを結論とセットにして伝えれば十分であろう.

解答例
『次期商品の画像表示技術に関連して,A,B,C3つの方式に関する3つの評価観点,「高精細性・応答性」,「明るさ」,「消費電力等の制約条件」に基づく中間報告をします.C方式が実使用可能時間について上限があり,設計上の工夫を必要とするものの,高精細で応答性が良く,明るさ・消費電力面でも優れているので最適候補と考えます.』

この中間報告を聞いた部長は,3つの評価観点の範囲での中間結論であることを頭に置いて「まだ,原価面やメンテナンス面の評価観点を含めていない範囲の結論だな」と把握することができるのだ.なお,部長の方から「あなた」に問いかけたという場面であれば,結論を先に話した方が良いだろう.

第3章 論理ピラミッドの構築:続きページ(4)→3.2.5 進むべき基本戦略方向を見極める