原因の分析

第4章 論理ツリーへの展開:続きページ(4)→4.2.3 課題解決策を創出する

4.2 ロジックツリーを活用してみよう

ロジックツリーを作成するための約束事やアプローチの方法について学んだところで,用途ごとに実際にロジックツリーを作成して「論理展開」の感触を掴んで行くことにしよう.これから登場するロジックツリー作成の例題テーマはそれほど難しくはないが,どれも1日くらいの時間をかけて納得レベルの論理展開をする覚悟で取組んでいただきたい.

4.2.1 発生型問題へ適用する

最初に代表的な「発生型の問題」の原因を絞り込む際のロジックツリーによる論理展開の事例に取組んでみよう.次の例題は原因を絞り込む際に対象となる系が単純であり,体系的に順序良く検討すれば確実にMECEな論理ツリーが完成する比較的平易な課題である.記載されていない領域まで必要以上に踏み込んで原因を書き出すことまでは求めていない.

例題4-1 次の図のような紙搬送機構がある.何らかの原因により,搬送機構が動かなくなってしまった.原因を探るための適切な論理ツリーを作成せよ.

例題:紙搬送機構
図4.9: 例題4-1の紙搬送機構

論理ツリー展開の切り口は,例えば,機械(メカ)系・電気(エレキ・ソフト)系のような技術要素分野機能による方法と搬送機構の動作の流れに沿って,シーケンシャルに切って行く方法などが考えやすいだろう.

後者は紙搬送機構の動作を正しく理解し,「何故,搬送機構が動かないか」をMECEに切り分け,順に論理展開して行けばモレなく原因発見の可能なロジックツリーを作成することができる.

上流から下流へ展開して行く方法と下流から上流へ展開して行く方法という2つのアプローチの仕方が考えられるが,直感的には,「フィードローラーが回転しない」などの現象を追って行く下流から展開して行く方向がアプローチし易いだろう.

無論,上流側から進めても構わない.ロジックツリーの作成段階には,例えば,次のように論理的な言葉で上位命題と下位命題の繋がりを確認しながら,原因を特定して行くように心がけると進めやすいだろう.

スマホでご覧の方は次のようなツリーや文字が小さすぎる画像は、画面を横にしていただくと見やすいと思います。

 

搬送すべき状態で、搬送機能が働かない
>送出モーター/ピックアップローラーは回転している(にもかかわらず↑である原因は→)
>送出モーター/ピックアップローラーが回転しない(その原因は→)
 >送出モーターに所定の電力は供給されている(にもかかわらず↑である原因は→)
 >送出モーターに所定の電力が供給されていない(その原因は→)
  >送出モーターへの電力供給電源が所定の電流・電圧を出力している(にもかかわらず↑である原因は→)
  >送出モーターへの電力供給電源が所定の電流・電圧を出力していない(その原因は→)
   >送出モーター制御回路はモーター電源にON信号を出力している(にもかかわらず↑である原因は→)
   >送出モーター制御回路はモーター電源にON信号を出力していない(その原因は→)
    >紙搬送指示信号が送出モーター制御回路に入力している(にもかかわらず↑である原因は→)
    >紙搬送指示信号が送出モーター制御回路に入力していない(その原因は→)

解答例は,意図的に上記とは肯定文と否定文を逆にして表記しているが,いろいろな表記法が可能なので,確認しながら試してみると良い. 論理展開して行くと,確認すべき下記のような事柄に気づくが,ここではそれらは前提条件として設定されている.

  •  紙搬送指示信号は正常に発信されているのか
  •  紙は集積されており,ピックアップローラーが回転すれば送出されるのか
  •  紙が送出され,フィードローラーが回転すれば紙は搬送されるのか
解答例原因発見のためのロジックツリー例

図4.10: 例題4-1解答例:原因発見のためのロジックツリー例

図4.10のロジックツリーは,下流から上流という方向で作成されたもので,原因の切り出しをMECEに展開していることがわかるように記載されているが,もっと圧縮して描くことも可能である.例えば第3階層にある「搬送モーターが回転しない」以下のロジックツリーの一部であれば図4.11で示したように描いても良い. ただし,いきなり圧縮形を展開する場合にはMECEであることを確認・理解するために慣れと十分な注意が必要である.なお,後述するが,論理ツリーの最下位層は具体的な作業がわかるように記述しておかなければ使い物にならないので注意しよう.

ロジックツリーの圧縮例
図4.11: ロジックツリーの圧縮例

ところで,この例題に関連して参考までに3点ほどコメントしておこう. まず,第1点は例題4-1の原因を探るためのロジックツリー図4.10が完成すると,その先はどうなるかに関することである.最下位層の直ぐ上位にある事実確認項目をチェックして事実と一致することを確認すると,最下位層に記述した原因を発見することになる. 例題4-1のロジックツリーは他にもいろいろな形態があり得るが,典型的な上流から下流に展開して,原因を「原因領域」欄を設けたExcelシート形式で表記した例を載せておくので参考にしていただきたい.

表4.3: 例題4-1 のExcel表記したロジックツリー例

第2点はロジックツリーの切り口に関することである.機械系・電気系という切り口も決して悪くはないが,機能要素のつながりやモレなく機能要素を抽出するという観点ではツリー展開の順序に必然性がないので,モレ等の危険がある.

特に「モーター」や「ソレノイド」等の要素は電気系要素であると同時に,力を出す力学的機能を備えているので機械系要素としての分類も可能である. 例えば「モーターが動作しない」原因にも電力が供給されていない,内部コイルが断線している可能性もあれば,力学的な負荷が大きすぎて作動しない可能性もあるということだ.

第3点はロジックツリーの原因判定部分を「モーター制御回路は正常である,正常でない」あるいは「モーター制御回路が異常である,異常ではない」のような表記だけで順に展開したのでは,単に各要素の「正常,異常」を順に並べて行くことと変わらない.

実用可能な原因分析ツリーを作成するためには各機能要素の「正常、異常」が実務的に切り分けられるという条件を満たすことが望まれる. 例えば,「制御モーターは回転している,回転していない」であれば,実務的に切り分け可能であるが,「制御モーターは設計通りに機能している,機能していない」といった表記では「論理的に正しい」が実務的には使えない.

しかし,例題の設定では「故障の具体的内容」までを明確化できる情報がないので,「モーターが作動しない」ような故障モード,例えば「モーターコイルが断線している」とか「回転子が焼き付いている」など可能性のあるすべての事例の抽出までは求めていない.「・・・など」で十分である.

なお,誤解のないように補足しておくが,実際の原因分析作業に関しては,必ずしもロジックツリーの展開順序に従って作業を進める必要はない.五感を働かせ,音を聞く,ランプ・LEDの点灯状況やローラーの回転を見る,臭いを嗅ぐ,触って振動・熱を感じる等の感覚により,各要素をチェックして早期に原因を発見する機会もあるのだ. 時には,「この搬送装置は搬送ベルトがはずれやすい」といった経験も役に立つ.

テスターや計測器を用いて各要素を確認するとしても,本事例のように信号や動作の伝達に順序があるケースでは,対象の系全体の中間的な位置にある要素に着目し,一旦「これより上流側に原因があるか,下流側に原因があるか」を切り分け,次に原因がある側の系の中間的な位置にある要素に着目し,再び「上流側,下流側」を切り分けるといった方法を繰返すことによって,少ない確認回数で原因を特定することもできる.

4.2.2 問題の本質的原因を絞り込む

「発生型の問題」の本質的原因を検討しているロジックツリーの簡単な例は既に前節の「切り口は目的達成志向で」のところでも,前小節の例題でも登場した.問題の本質的な原因を発見するために,状況に応じて原因と考えられそうな候補を洗いざらい挙げて,事実と良く整合する原因を絞り込むのだ. 本小節では,「目的達成志向の切り口」についての感触を掴んでいただくために次の例題に取組む.課題はわかりやすいので読者の皆さんも読み進む前に最初にお考えいただきたい.

例題4-2 ある日の早朝の出社時に,会社の駐車場で,ある自家用車の後部バンパー中央部が大きく凹んでいることを発見した.前日夕方の退社時に見たときには確かに凹んでいなかった. この情報の範囲でロジックツリーを用いて,その自家用車が凹んだ原因となり得る状況をすべて抽出し,そのうち,その自家用車の運転者の過失によると考えられる原因を絞り込みなさい.
 

自家用車の持ち主に聞けばわかる話である.あるいは最近のカーナビゲーション装置や撮像装置を搭載した自家用車であれば,相当に原因を絞り込めるであろう.

しかし,限られた情報の範囲で,読者の皆さんはどのような切り口を使ったら良いかをお考えいただきたい.すべての可能性を視野に入れるためにはMECEな論理展開が欠かせないが,そもそも自家用車は会社の駐車場から一旦動いたのかどうかもわからないのである. 例えば,次のようなMECEな切り口を思いついたかもしれない.

> 自家用車の後部バンパーは前日に凹んだ
> 自家用車の後部バンパーは当日に凹んだ

> 自家用車の後部バンパーは駐車場で凹んだ
> 自家用車の後部バンパーは道路上で凹んだ

> 自家用車の後部バンパーは走行しているときに凹んだ
> 自家用車の後部バンパーは停止しているときに凹んだ

> 自家用車の後部バンパーは運転者の過失により凹んだ
> 自家用車の後部バンパーは運転者の過失によらず凹んだ

上記の他にもMECEな分割の仕方が考えられるが,一体どのような切り口を使用したら良いのだろうか.ここで,切り口はMECEという条件だけでなく,目的達成志向的でなければならなかったことを思い出そう. この例題の場合の目的達成志向の切り口というのは,本質的原因発見志向,具体的には「自家用車の後部バンパー中央部が大きく凹んだ原因を発見しやすい切り口」,更に「運転者の過失として考えられる原因を発見しやすい切り口」ということである. 少し深く考えればおわかりいただけると思うが,「後部バンパー中央部が大きく凹んだ」という事実をしっかりと認識することが大事なのである. そのような状況が発生する確率は「自家用車が前進走行しているときに後方から追突を受ける」場合と「自家用車が後進中に何かに衝突する」場合がともに高いということに気づくのではないだろうか.もちろん,それら以外の可能性も考えられるので視野に入れておかなければならない. すると,目的達成志向の切り口としては

> 自家用車が前進走行しているときに後方から追突を受けた
> 自家用車が後進中に何かに衝突した

といったツリーがいずれ切出せるような,しかもすべての可能性を包含するMECEな切り口であることが望ましいということになる. 従って,上記の一連のツリーの中では,目的のロジックツリーの第2階層に相当する最初のツリーは

> 自家用車の後部バンパーは走行しているときに凹んだ
> 自家用車の後部バンパーは停止しているときに凹んだ

のようなものが,適しており,

> 自家用車の後部バンパーは走行しているときに凹んだ
> 自家用車が前進しているときに凹んだ
> 後方から車の追突を受けた
> 車以外の物体が衝突した
> 自家用車が後進しているときに凹んだ
> 動いている物体に衝突した
> 動いていない物体に衝突した
> 自家用車の後部バンパーは停止しているときに凹んだ

といったツリーがMECEで目的達成志向的であるということになる. ここまでの説明で,例えば,第2階層のツリーが下記のようなもの

> 自家用車の後部バンパーは前日に凹んだ
> 自家用車の後部バンパーは当日に凹んだ

> 自宅駐車場で凹んだ
> 通勤途上で凹んだ
> 会社駐車場で凹んだ

> 自己責任事故により凹んだ
> 非自己責任事故により凹んだ

は推奨できないが,例えば,第2,第3階層が下記のようなもの

> 運転手が乗っているときに凹んだ
> 前進中に凹んだ
> 後退中に凹んだ
> 停車中に凹んだ
> 運転手が乗っていないときに凹んだ
> 走行中に凹んだ
> 停車中に凹んだ

> 車が物体に衝突して凹んだ
> 自家用車の運転者の運転中に凹んだ
> 自家用車の運転者の運転中以外に凹んだ
> 物体が車に衝突して凹んだ
> 自家用車の運転者の運転中に凹んだ
> 自家用車の運転者の運転中以外に凹んだ

は発生確率が高い原因状況をより直接的に切出すことが可能であり,推奨できるということがおわかりいただけるだろう. また,前出の「>自家用車の後部バンパーは運転者の過失により凹んだ」といった切り口は,一見,直接的で目的達成志向の切り口のように思われるが,そうではない.本質は原因と運転者の過失状況を切り出す点にあり,運転者の過失かどうかはそれらの状況を判断することによって決定されるという関係にあるのだ.

この辺で,次の解答例をじっくりとご覧いただきたい.最上位命題を第1階層として8階層から成るロジックツリーは膨大で多少長いと感じるだろうが,MECEであることがわかり,かつ可能な範囲で具体的な状況まで記述するにはこの程度まで展開する必要がある.

スマホでご覧の方は、これからも幾つかの大きな図や表が登場しますが、画面を横にすると多少は読みやすいかと思います。

表4.4:例題4.2自動車運転者の過失原因検討のためのロジックツリー解答例
前提条件:

  1. 自家用車運転者とは自家用車の移動に関与した者とし,自家用車の持ち主とは限らないものとする.
  2. 個別記載項目の2つ以上の複合原因によるものは除外する.
  3. 車とは車輪のついた乗り物すべてを意味する.
  4. 車以外の物体とは車輪のついた乗り物以外の人、動物を含むすべての物体を意味する.
  5. 故意か、故意でないかは過失判断に影響しないものとする.

    :自家用車運転者に過失がある原因

    :自家用車運転者にも過失がある原因

第1階層第2階層第3階層第4階層第5階層第6階層第7階層第8階層運転者の過失可能性
自家用車の後部バンパー中央部が大きく凹んでいる運転者が乗車中に凹んだ運転者が走行運転中に凹んだ前進中に凹んだ車に追突されて凹んだ急ブレーキをかけた急ブレーキをかける合理的理由があった運転者に不注意はなかった 
運転者に不注意があった 
急ブレーキをかける合理的理由がなかった  
急ブレーキをかけていない暗闇で後尾灯を点灯していなかった  
暗闇では後尾灯を点灯していた運転者は迷惑運転をしていた(騒音・ジグザグ・非路上走行、進路妨害等) 
運転者は迷惑運転はしていなかった 
車以外の物体が衝突してきて凹んだ運転者は迷惑運転をしていた騒音・ジグザグ・非路上走行等  
運転者は迷惑運転はしていなかった   
後進中に凹んだ動いている物体に衝突した車に衝突して凹んだ相手の車が接近中だった運転者は迷惑運転をしていた(騒音・ジグザグ・非路上走行、進路妨害等) 
運転者は迷惑運転はしていなかった 
相手の車が離反中だった  
車以外の移動物体に衝突して凹んだ運転者は迷惑運転をしていた騒音・ジグザグ・非路上走行等 
運転者は迷惑運転はしていなかった  
動いていない物体に衝突した    
運転者が走行運転していないときに凹んだ車に衝突されて凹んだ走行車線上で警察官指示、信号、交通渋滞、障害物等の合理的理由がある停車中に   
合理的理由がない停車中に非常警告灯または停止表示板で認知させていなかった  
非常警告灯または停止表示板で認知させていた  
走行車線以外のところで駐停車禁止場所で   
駐停車許可場所で停車が迷惑状態となっていた騒音・排気ガス等 
停車が迷惑状態ではなかった  
車以外の物体が衝突してきて凹んだ駐停車禁止場所で人・動物起因で   
自然現象による   
駐停車許可場所で停車が迷惑状態となっていた騒音・排気ガス等  
停車が迷惑状態ではなかった   
運転者が乗車していないときに凹んだ第3者が車を衝突場所に移動した(盗難、レッカー車などによって第3者が車の駐車場所への移動に関与した)運転者は凹みの形成に関与していない車に衝突されて凹んだ走行車線上で非常警告灯または停止表示板で認知させていなかった  
非常警告灯または停止表示板で認知させていた  
走行車線以外のところで駐車禁止場所で  
駐車許可場所で  
車以外の物体が衝突してきて凹んだ駐車禁止場所で   
駐車許可場所で   
運転者が凹みの形成に関与している運転者が凹ませた    
第3者は車を衝突場所に移動していない(第3者が車の駐車場所への移動に関与していない)運転者は凹みの形成に関与していない車に衝突されて凹んだ走行車線上で非常警告灯または停止表示板で認知させていなかった  
非常警告灯または停止表示板で認知させていた  
走行車線以外のところで駐車禁止場所で  
駐車許可場所で駐車が迷惑状態となっていた(騒音・排気ガス等) 
駐車が迷惑状態ではなかった 
車以外の物体が衝突してきて凹んだ駐車禁止場所で人・動物起因で  
自然現象による  
駐車許可場所で駐車が迷惑状態となっていた(騒音・排気ガス等)  
駐車が迷惑状態ではなかったブレーキが利いていなかったために衝突した 
ブレーキは利いていた 
運転者が凹みの形成に関与している運転者が凹ませた    

このようにして,次々と(例:信号無視,居眠り運転,飲酒運転,整備不良など)際限がないほど自家用車運転者の過失原因となりそうな状況を切り出せることがおわかりいただけると思う.ただし,言うまでもないことだが,確率の低い事柄や根拠のない間接的な原因を際限なく書き出すようなことは無意味である. なお,この例題と解答例から見てもわかるように,元の情報がもっと豊富であれば不要な論理展開をせずに済むはずである.例えば,「通勤途中に追突された」ということが判明しているだけで,ロジックツリーのボリュームは大よそ1/5以下になるであろう. ボリュームが少なくて済むだけではない,状況に即した適切なロジックツリーを作成する,つまり,核心部分を切り出すことがより容易になるということなのだ. 現場や現物から収集する事実情報の重要性を再認識しておくべきである.

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