第5章 因果関係の解明:最終ページ(3)
5.2.3 状況に応じて組合せ・部分的に適用も
私達が直面する問題というのは,敢えて分類すれば構造型の問題だとか,現象型の問題だとかと考えることはできるが,実のところはこの両者の区別はなかなか難しい.実際には前々小節で取上げた英会話スクールの例題のような構造型の問題,あるいは現象型の問題としても捉えられる例など,いろいろな問題があり得る.
比較的分類しやすい発生型の問題であっても,結果として生じている問題の原因を発見すべく,論理展開することによって,原因と現象のつながりの存在が見えてくるわけであり,考えようによっては構造型の問題として取組むことができないわけではない.
読者の皆さんが様々な問題に取組み,論理ピラミッド,ロジックツリー,因果関係図などの活用に慣れてくると,いつの間にかそれらを臨機応変に活用できるようになっていることに気がつくのではないだろうか.次の例題をご覧頂きたい.
例題5-4 ある企業の研究チームに見られる次のような現状から,本質的問題を発見したい.問題があるとすればどのようなことが本質的問題か,どうしたら解決できそうか,解決方向を示せ.
- このチームでは3年ほど前から,極秘で,ある材料生成のための要素技術研究に取組んでいるが,現時点では,研究の成果と言えるものは皆無であり,研究チームのリーダーはあせりを感じている
- スウェーデンにあるL大学の研究は群を抜いて素晴らしい成果を挙げたが,それはこの研究スタートの契機にもなっている
- 研究チームはリーダーを含め,それぞれの専門分野において選りすぐりのメンバー5人で構成されている
- 研究対象としている要素技術は世界でもごく限られた大学や研究所で取組まれている程度の先端的技術である
- 研究チームのリーダーは民主的な人物で,いつもメンバー合議の上で研究を進めるようにしている
- L大学が報告した文献によれば,牛など大型動物の脳から抽出した○○ホルモンを使うと,性能の良い材料が生成できるとされている
- L大学の○○ホルモンでの研究成果はその後どういうわけか続報が発表されていない
- 研究チームは毎日,文献から探してきた有望そうな化合物の性質を,自前で開発した机上シミュレーション法により調べている
- 研究チームはシミュレーションによって見込みがあると判断した少数の化合物については,自前の実験装置にて複雑で時間のかかる処理を行い,生成物の特性確認をしている
- 昨年ようやく日本のある国立研究所から入手した○○ホルモンについて,同様なチェックをしているが,何度トライしても成功していない
- 研究チームは最近ではL大学が発表した○○ホルモンを使った研究成果を信じないようになっていた
- 3ヶ月ほど前,韓国の研究機関から○○ホルモンとは全く別のいくつかの化合物でも,所望の材料を生成できることが発表された
- この研究チームの置かれているR&D部門は従来から企業秘密の保持には厳格で,特に外部への情報流出には神経を使っている
- 研究チームメンバーは互いの専門領域を尊重しており,相手の領域に踏み込むような議論を避けている
- この研究が成功すると,新規技術で従来製品を完全に置き換えることが可能な優れた性能・価格の製品化につながる
- 2年ほど前からL大学と共同で研究に取組んでいた韓国の研究機関が成功した化合物には,この研究チームが既にチェック済みのものも含まれている
- 昨年あたりから,競合企業も次世代製品の開発に向けて,類似の研究に乗り出す計画という記事が目立つようになった
- 研究チームが自前で構築した生成物の特性確認までのアプローチ方法は,社内で豊富な経験と実績があり,自信を持っている
現象型の問題ではあるが,部分的に問題構造が見られるケースであり,簡単なロジックツリーと因果関係図を作成してみることが本質的問題を発見するために役立つという例である.
この例題を現象型の問題として捉え,いきなり論理ピラミッドを構築しようとすると,不明部分に突き当たる可能性がある.そこで,わかっている事象から考えられる状況を推論してみよう.明らかにしておきたいポイントは下記の2点であろう.
- 研究チームは何故○○ホルモンで材料生成に成功していないのか
- 研究チームが最近ではL大学が発表した○○ホルモンを使った研究成果を信じないようになっていたのは,果たして妥当なことと言えるのだろうか
それぞれのポイントについて,考えられる可能性をロジックツリーと因果関係図を組合せた構造化により,検討してみよう.
図5.5: 例題5-4 における推論例 1)
図5.5からは,「研究チームが○○ホルモンで材料生成に成功しない理由はプロセスがL大学のものと異なることによる」という推論(仮説)の確かさがうかがわれる.
一方,「研究チームがL大学の研究成果を信じないようになっていた」ことについてはどうなのだろうか.図5.6からは,どうやら「研究チームは独りよがりの論理によって,方向転換の道を閉ざしている」ということが推論される.
図5.6: 例題5-4 における推論例 2)
なお,図5.6における論理構成部分の大前提には第1章の定言三段論法のところで説明した「対偶」表記が用いられており,三段論法の標準形とは異なって見えるのでご注意いただきたい.
このようなことがわかってくると,後は現象型の問題として事象をグルーピングし,丁寧に論理ピラミッドを構築すると,詳細は省略するが,確度の高い仮説として,例えば,
例題5-4 解答例
L 大学の成果が韓国や競合企業にも波及し始めている状況下で,研究チームは自己改革の道を閉ざし,独りよがりに陥っており,成果を挙げられないでいる
・研究成果が挙がっていない
・チームが自己改革できず,独りよがりになっている
といった本質的問題を抽出できるであろう.
従って,ついでながらこの問題の解決方向は解答例として図5.7に示したように「研究チームには内部改革とともに,独りよがりを打破する方向で成果が挙げられるようにする」ということになるが,大まかな可能性としては内部からの自己変革は難しそうであり,独りよがりを打破して成果を挙げるには「L大学や韓国,あるいは競合企業に目を向けざるを得ない状況である」と言えよう.
5.3 本章のまとめ
本章では論理的思考の第3の応用分野として因果関係図を作成し,因果関係を解明することについて学んだ.因果関係図の作成と因果関係解明のポイントに関する説明を通じて,目的達成志向で本質的原因を見極める方法について学んだ.
本質的原因というのは「それを解消した際に,懸案の問題を解決することになる確率が高い」ので,「感度が高く,効き目がある」ことを見極めることによって,それが確度の高い仮説として本質的原因となり得ると判断するということであった.
構造型の問題例に対して因果関係図を作成して,本質的原因の発見に具体的に取組んだ.
更に,論理ピラミッドを用いて本質的原因を発見するような現象型の問題においても,因果関係図を用いて構造型の問題として取組むことが可能であること,問題によってはロジックツリー,論理ピラミッド,因果関係図のすべてを活用して取組むことの意義についても理解した.
<第5章終り>
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