1.実務の世界で本当に演繹法が役に立っているの?
近年、多くのビジネス・パーソンがロジカルシンキング(論理的思考)に関心を持つようになり、関連する書籍が何冊も発行されるようになりました。ロジカルシンキングを身につけるには、やはり、書籍で体系的に理解しながら、例題などで真面目にトレーニングし、実務で活用しなければなりませんので、大変結構なことだと思います。
しかし、最近のビジネス・パーソンの日常は、仕事量が減少しない中で「働き方改革」による時短の影響を受け、精神的負担を感じながら働いているのが実態ではないかと想像しています。気持ちの上でも重荷を背負いながら、ロジカルシンキングなどじっくりと体系的に学ぶ時間が確保できているのか気になります。
多忙を極める(?)あなたの場合はいかがでしょうか? 忙しい日常だという理由は否めないと思いますが、ロジカルシンキングを少しかじった程度で、安直にわかった気になってしまい、表面的な理解のまま放置しているのではないでしょうか。単純で、わかりやすい三段論法を理解したからと言って、実際に役に立っているのかどうか甚だ疑問に感じています。
今回は、ロジカルシンキングの基礎となる演繹法と帰納法に関連して、私達はそれらをどう捉えて活用して行けば良いのか、まず、演繹法に関して、“安直でない”理解のために筆者の考えをご紹介したいと思います。
もう少し丁寧な説明が必要な場合には、こちらを参考にしていただければ幸いです。→演繹法推論
良く見受けられる典型的な演繹法の説明として、2つの前提から結論を導く、次の三段論法の事例があります。
<大前提>人間はいつか必ず死ぬ
<小前提>ソクラテスは人間である
<結論>従って、ソクラテスは必ず死ぬ
非常にわかりやすい三段論法の事例ですが、この事例を見て、演繹法を理解したつもりになっている人もいると思います。
上記の三段論法(演繹法)を理解していても、世の中の事柄について、関連する情報を調査・収集し、様々な観点から検討して何らかの結論を導くといった現実のビジネスの世界では、一体どんな場面で演繹法が登場するのか、気づかない可能性があります。
例えば、次の引用事例では、演繹法(三段論法)が使われているのですが、わかりますでしょうか?
日本とドイツの抱える過剰な生産設備は、アメリカの過剰な消費によってかろうじて持ちこたえていましたが、リーマン・ショックによってその構図も崩壊しました。
それと同じことがBRICSでも起きるわけです。中国に国内外の余剰マネーが一斉に集まってくる。そこで過剰生産となれば、中国の外側に中国の過剰設備を受け入れることのできる国はないので日本以上のバブル崩壊が起きるのは必然だと思われます。「資本主義の終焉と歴史の危機(水野和夫著)」より引用
普段、このような文を読んでいる時に、「あっ、ここでは演繹法が使われているようだ」と気づいて、その論理構成を確認するとか、考えてみると宜しいと思います。
この事例の演繹法の構成については、後の、5.演繹法を確認するでご紹介します。
2.三段論法の世界に深入りしても苦しくなるだけ
本当に演繹法をマスターするには、三段論法についてしっかりと学ぶ必要があります。しかし、三段論法の世界は奥が深く、簡単に理解するのは至難で、とても時間がかかります。
ですので、概要の説明については避けて通りすぎるわけには行きませんが、論理学を学ぶというのでなければ、本項「2.三段論法の世界に深入りしても苦しくなるだけ」はさらっと流し読みして、次項「3.ロジカルシンキングで演繹法を使えるようにする」をしっかり押さえておくと宜しいでしょう。
なお、この項はWikipedia を参考にしています。→三段論法
演繹法として使うことができる三段論法には、大きく、3つのタイプ
- 仮言(かげん)三段論法:前提に仮言形「もし・・・ならば」をもつ
- 選言(せんげん)三段論法:前提が「・・・か・・・」という形
- 定言(ていげん)三段論法:前提・結論が「・・・は(が)・・・である(ではない)」という形
があります。
ここでは、代表的な定言三段論法について言及しておきます。定言三段論法には妥当(論理的に正しい結論を導出するという意味)なパターンが19種類もあって、全部を正しく理解するのは容易ではないという感触だけを掴んでいただこうと思います。割り切るか深入りすべきかの判断材料として捉えていただければ宜しいでしょう。
前提と結論が「・・・は(が)・・・である(ではない)」(述語:動詞、形容詞でも可)という定言形となる上記のような三段論法を「定言三段論法」と言いますが、良く紹介されている基本形は次のように表されます。
前提となる二つの判断(前提命題と言う)から、その判断の形式だけにもとづいて結論となる第三の判断(結論命題と言う)を導き出します。
冒頭に挙げた「ソクラテス・・・」の事例を包含する、代表的なパターンの場合は、
<大前提>すべてのMはPである(すべての人間は死すべきものである)。
<小前提>すべてのSはMである(ギリシャ人は人間である)。
<結論>だから、すべてのSはPである(ギリシャ人はいずれ死すべきものである)。
集合表記のオイラー図では、次のように表現できます。
ところで、三段論法を構成する各命題は、次のA,I,E,Oの4つの型に分類されます。
I = 特称肯定判断 ≪ある人間は学生である≫
E = 全称否定判断 ≪すべての人間は不死ではない≫
O = 特称否定判断 ≪ある人間は学生ではない≫
「全称(すべての)」か「特称(ある)」か、「肯定(である)」か「否定(ではない)」か、「大名辞(P)」「中名辞(M)」「小名辞(S)」の順序や組合せなどによって、定言三段論法はさまざまなパターン(可能なパターンは全部で44=256通り)を取り得ることになります。
そのうち、妥当な定言三段論法のパターンは24(実質的には19)通りに限られますが、そのうちの2つほど例示してみましょう。
<大前提:全称否定E> すべてのP はM ではない(すべての楽しみは宿題ではない)
<小前提:特称肯定I> あるS はM である(ある読書は宿題である)
<結論:特称否定O> 従って,あるS はP ではない(ある読書は楽しみではない)
<大前提:特称肯定I>あるPはMである(あるペットはウサギである)
<小前提:全称肯定A>すべてのMはSである(すべてのウサギは有毛生物である)
<結論:特称肯定I>従って、あるSはPである(ある有毛生物はペットである)
演繹法を多少なりともご存知の方であれば、大前提に「すべての」が付いていない代わりに小前提の方に「すべての」が付いていることに「間違いではないか」と思われるかもしれませんが、間違っているわけではありません。このようなパターンも妥当な三段論法なのです。
いずれにしても、三段論法の特徴は大前提と小前提の中に、必ず、論理を媒介する媒名辞(中名辞とも言う)Mが存在し、結論では消えてなくなるという点にあります。
このような、妥当なパターンが全部で19通りも存在するのですが、これらをすべて「なるほど、そうか!」と納得レベルで理解するのは容易なことではないと思います。しかし、勉強する気があるというのでしたら、どうぞ、深入りしていただきたいと思います。
3.ロジカルシンキングで演繹法を使えるようにする
演繹法の理解が三段論法の入口程度に留まるのでしたら、演繹法などどうでも良い、つまり、演繹法は何の役に立たなくても構わないということになると思います。
では、忙しくて演繹法だの帰納法だのじっくりと学んでいる時間がない人は、どうしたら良いのでしょうか。
1)帰納法を内包する演繹法の特徴を掴んでおく
演繹法は、次のように定義されています。
演繹法推論は結論の導出については強力である反面、結論には前提を超える事柄が登場し得ないという特徴があります。従って、何ら新たな創造を生み出すことにはならない性格の推論であるとも言えます。
もう1点、演繹法推論に関して誤解のないようにしておかなければならないことがあります。演繹法推論においては必然的な帰結を得ることになるとはいえ、それはあくまでも前提に基づく結論であるということです。
その前提となる事柄の1つは帰納法推論によって導かれた前提(必ずしも「真(正しい)」とは言えない)であるために、結論には帰納法推論の性格が内包されているということに注意しなければなりません。つまり、演繹法推論の結論は必ずしも「真(正しい)」とは言えない、確率的に「真」となる可能性を持った大前提に基づいて、導かれているということを忘れてはならないのです。
ご参考→帰納法推論
そのため、通常、「人間は死ぬものである」といった普遍性のある大前提ではなく、疑問の余地のある大前提が使われる可能性があると認識しておきましょう。
2)定言三段論法の2つの拡張パターンだけ理解しておこう
奥の深い演繹法・三段論法!どこまで理解すれば良いのでしょうか。
ここまでの説明から「演繹法は表面的な理解では役に立たないから、何も学ぶ必要がない」と言うのでは、身も蓋もない話になってしまいますので、最低限、適用範囲の広い、次の拡張形式の三段論法が使えるようにおくことをお勧めしておきます。
詳細な解説は演繹法推論「三段論法」に説明の通りですが、これらの三段論法の形式は、通常は小前提と結論に登場する「全称(すべての)」か「特称(ある)」の識別を外してあり、MとS、PとMの適切な置き換え等によって、2つの形式で19パターンすべての三段論法をカバーできることが知られています。
- 結論が肯定形となる三段論法型演繹推論の形式
<大前提> すべてのM はP である(すべての犬は動物である)
<小前提> S はM である(ポチは犬である)
<結論> 従って,S はP である(従って,ポチは動物である)
- 結論が否定形となる三段論法型演繹推論の形式
<大前提>すべてのPはMである(すべての魚は水中を泳ぐ)
<小前提>SはMではない(タヌキは水中を泳がない)
<結論>従って、SはPではない(タヌキは魚ではない)
簡単なもので構いませんので、上記2つの三段論法の形式に合致する自分の得意の事例を、いつでも作成できるようにしておくと宜しいでしょう。
いずれにしても、三段論法の特徴は大前提と小前提の中に、必ず、論理を媒介する媒名辞(中名辞とも言う)Mが存在し、結論では消えてなくなるという点にあります。別の言い方をしますと、Sはどうなのか、Pとの関係を明確化するために、Mを踏み台にして結論を導いているということになります。
3)三段論法の妥当性の確認方法
三段論法を使用した時には、その妥当性を確認しておくことが大事です。三段論法の妥当性については、「前件肯定規則」、「後件否定規則」という簡単な確認方法がありますので覚えておきましょう。三段論法の大前提「PならばQである」において、条件となっているPの方を「前件(ぜんけん)」、帰結となるQの方を「後件(こうけん)」と呼びますが、
- 前件肯定規則:小前提において、大前提の“前件を肯定”「・・・Pである」として導いた結論は妥当である。
または
- 後件否定規則:小前提において、大前提の“後件を否定”「・・・Qではない」として導いた結論は妥当である。
と判断することができます。
例えば、前記の結論が肯定形となる三段論法型演繹推論の形式
<大前提> すべてのMはPである(すべての犬は動物である)
<小前提> SはMである(ポチは犬である)
<結論> 従って,SはPである(従って,ポチは動物である)
では、大前提の前件=「Mである(犬である)」、後件=「Pである(動物である)」ですから、小前提で、“大前提の前件を肯定”して「Mである(犬である)」として、結論「・・・Pである(・・・動物である)」を導いていますので、妥当だと判断できます。
また、同じく結論が否定形となる三段論法型演繹推論の形式
<大前提>すべてのPはMである(すべての魚は水中を泳ぐ)
<小前提>SはMではない(タヌキは水中を泳がない)
<結論>従って、SはPではない(タヌキは魚ではない)
では、大前提の前件=「Pである(魚である)」、後件=「Mである(水中を泳ぐ)」ですから、小前提で、“大前提の後件を否定”して「Mではない=水中を泳がない」として、結論「・・・Pではない(・・・魚ではない)」を導いていますので、妥当だと判断できます。
更に、深く検討したいという場合には、定言三段論法は次の条件を満たしていますので、これらのうち1つでも欠けると妥当ではないと判断できます。
定言三段論法の満たすべき条件
- 2つの前提命題と結論命題からなる.
- どの命題も主語+述語からなる.
- 3つの名辞(概念)が現れる.
- 結論の主語と結論の述語は2つの前提に1回現れる.
- 2つの前提の述語に同じ名辞が現れる場合には一方は肯定形,他方は否定形となる.
- 2つの前提命題には媒名辞(中名辞)が必ず1回現れ,結論では消える.
- 媒名辞は少なくとも1つの前提において全称化されている(意味的に,主語に「すべての」がつく)か,否定されている(意味的に,述語に「ではない」がつく).
- 結論が否定形の場合には,前提のいずれか1つが(意味的に)否定形となる.
- 結論で全称化されているか,否定されている名辞は,前提においても全称化されているか,否定されている.
4.必然的に結論が導かれるかどうかが判定ポイント
三段論法の基本的なパターンを理解していたとしても、例えば、自分が今直面している論理は、成立つのかどうか判断に迷うということもあると考えられます。
そのような時には、三段論法の2パターンだけ理解しておいて何とか応用するというより、個々の論理について、前提を確認しながら、必然的に導かれる結論であるかどうかを判断する方が実際的です。
実務分野では、通常、単純な三段論法で構成された論理にお目にかかることはむしろ珍しいと思います。例えば、次の例のような具合に、三段論法ではありませんが、相応の主張が提示されています。
先進国の量的緩和は「電子・金融空間」を無限に拡張するための手段だと考えることができます。その量的緩和をいつやめるのかが議論され、緩和の「縮小」だけでも市場は大きく揺れていますが、本当は量的緩和に「完全な出口」はないのです。
なぜなら、量的緩和は「電子・金融空間」を自壊寸前まで膨張させるものであり、緩和を縮小すればバブルが崩壊します。そうなれば、量的緩和を以前に増して強化せざるをえないからです。「資本主義の終焉と歴史の危機(水野和夫著)」より引用
演繹法の定義から、論理が成り立つかどうかは、一般的・普遍的な法則から必然的に導かれる結論であるかどうかが判断のポイントになります。
<前提>量的緩和は「電子・金融空間」を自壊寸前まで膨張させる
<前提>量的緩和を縮小すればバブルが崩壊する
<結論>従って、量的緩和に「完全な出口」はない
要するに「トンネルの一方へこのまま進めば破裂する、反対側へ進んでも地獄へ落ちる。だからどちらへ行っても、生きて出られる出口はない。」という必然的結論ですが、三段論法を知らなくてもその妥当性が伝わります。
5.演繹法を確認してみよう
まず、冒頭の「中国バブルの崩壊」を必然と見ている引用事例を読み解いてみましょう。もう1度ご覧ください。
日本とドイツの抱える過剰な生産設備は、アメリカの過剰な消費によってかろうじて持ちこたえていましたが、リーマン・ショックによってその構図も崩壊しました。
それと同じことがBRICSでも起きるわけです。中国に国内外の余剰マネーが一斉に集まってくる。そこで過剰生産となれば、中国の外側に中国の過剰設備を受け入れることのできる国はないので日本以上のバブル崩壊が起きるのは必然だと思われます。「資本主義の終焉と歴史の危機(水野和夫著)」より引用
因みに、この部分は下記のような論理構成になっていると考えられます。
<大前提>(日本やドイツの例からわかるように)過剰生産設備を抱え、それを受入れることができる国がなくなれば(バブルが)崩壊する。
<小前提>中国には国内外の余剰マネーが一斉に集まり、過剰生産設備を抱え、それを受入れることのできる国はない。
<結論>従って、中国では(日本以上の)バブル崩壊が起きる。
例えば、この「中国ではバブル崩壊が起きる」が三段論法だとすると、媒名辞Mに相当するものは何だろうかと考えます。「媒名辞M=抱えた過剰生産設備を受入れることのできる国がない」を読み解けば基本形に該当することがわかります。
もう1つ事例を挙げてみましょう。
日本で「デフレ」といわれているものの正体は、不動産、車、家電、安価な食品など、主たる顧客層が減り行く現役世代であるような商品の供給過剰を、機械化され自動化されたシステムによる低価格大量生産に慣れきった企業が止められないことによって生じた、「ミクロ経済学上の値崩れ」である。従ってこれは、日本経済そのものの衰退ではなく、過剰供給をやめない一部企業(多数企業?)と、不幸にもそこに依存する下請企業群や勤労者の苦境にすぎない。
「里山資本主義(藻谷浩介、NHK広島取材班著)」より引用
正に同感ですが、それはさておいて、「日本で言われているデフレは日本経済の衰退ではなく、減少傾向にある顧客層向けの商品の過剰な低価格大量供給を企業がやめられないことによって生じている値崩れである」というわけです。
「減少傾向にある顧客層向けの商品の過剰な低価格大量供給を企業がやめられない」必然的結果として、「日本で言われているデフレが起きている」ということであり、論理形式は三段論法ではありませんが、必然的な結論を導いていますので演繹法だとわかります。
まとめ
- ロジカルシンキングにおいて、わかりやすい三段論法を1つだけ理解しても、実際に役に立っているのかどうか疑問である。
- 演繹法はその特徴とともに、少なくとも三段論法の基本パターン2つを理解しておこう。
- 演繹法かどうか見極めるには、必然的な結論を導くことができるかどうかを判断のポイントにすると良い。
- 三段論法の見極めには論理を媒介する媒名辞(中名辞)の存在を確認する方法や「前件肯定規則」、「後件否定規則」が役に立つ。
補足
演繹法について、定言三段論法の各パターンまで入り込んでわかりやすく説明しようとすると、どうしても膨大なことになってしまいます。何度か書き直しながら、できるだけコンパクトに説明するように心がけた関係上、説明が充分でないかもしれません。
特に、苦労した部分は、三段論法19パターンを2つの拡張形式の三段論法に集約するところですが、結局、本サイトのリンク先の説明で済ませることにしました。少し深く理解されている人にとっては、「2つのパターンで、三段論法19パターンのすべてをカバーしている」という部分の説明は不足だと思います。
置き換えには、例えば、「P」を「非P」で置き換えて、肯定形「Pである」部分を「非Pである=Pではない」と置き換えるタイプも含みますので、誤解のないようにご理解いただきたいと存じます。