命題化と論理的結合

第3章 論理ピラミッドの構築:続きページ(2)→3.2 論理ピラミッドを活用してみよう

3.1.2 メッセージは論理的に正しく,簡潔で,具体的に

論理ピラミッドの概要については理解できたと思う.読者の皆さんは特に最上位に掲げることになる主メッセージは大変重要であることを認識できて いるに違いない.しかし,実際に論理構築を進めようとすると,多くの場合自ら新たな命題を作成する必要がある.

ここで,情報収集によって集めた事実を命題化する,いくつかの事実命題を統合して新たな上位命題を作成する,あるいは文章を作成するなどの際に留意すべき適切なメッセージの条件について改めて確認しておこう.

適切なメッセージの条件
適切なメッセージは論理的に正しく,簡潔で,具体的である
・論理的に正しい
-上位・下位メッセージとの関係に整合している
-事柄が正しく表現されている
・簡潔である
-無駄な表現がない
-メッセージ内容がシンプルに構成されている
・具体的である
-中身が表現されている
-一意的に(1通りの意味として)理解できる

まず,第1に論理的に正しい内容でなければならないということを例題で確認してみよう.

例題3-4 次の3つの文を1つの命題に統合して記述せよ.

  • 企業はひたむきで粘り強く,超一流を目指す感性に富んだ社員には,機会を与えることが大事だ
  • 魅力的なビジョンを社員とともに共有できている企業では,所属する職場に誇りを持ち,自ら進んで技術や製品を一層価値あるものにしようと努める社員が育つ
  • ゴールを目指し物事の合理を究めようとする情熱と勤勉さに加えて,人を思いやる心や和といった心情を持つ人が価値ある成果を結実させている

この例題は,3つの下位命題から1つの上位命題を作成するという課題である.例えば,もし,

「粘り強く感性に富んだ社員に機会を与え,自ら進んで技術などの価値向上に努めるように育て,価値ある成果を挙げさせるには企業ビジョンを共有することが大事だ」

という命題を作成したならば,いかがであろうか.良く読むとわかると思うが,残念ながら,内容が違っている.肝心の論理的に正しくという条件が満たされていない内容では具合が悪い.

難しいかもしれないが,例えば,

解答例
「魅力的なビジョンを社員と共有できている企業が社員に機会を与えるなら,感性に富み,有能・勤勉で心情豊かな人達が自発的に製品や技術価値を高めようとする社員に育ち,成果を挙げるものだ」

といった命題であればOKレベルであろう.
メッセージの第2 の条件は簡潔でなければならないということである.

例題3-5 次の文は適切でない最上位命題の例である.簡潔に表現せよ.
近年,世界全体との貿易総額は輸出,輸入とも増加を続けている.これはアジアとの貿易が伸びていることに起因する.とりわけ中国との貿易の著しい伸長が大きく寄与している.中国を含むアジアとの貿易は輸出入とも全体の50%に迫っており,わが国との関わりが一層深くなっている.

このような4つの文をそのまま最上位命題として使うことはできない.これら4つの文に基づいて最上位命題を作成するつもりでメッセージ化してみよう.次のようなメッセージが作成できれば良いだろう.

解答例
「近年のわが国と世界各地域との貿易総額は,輸出・輸入とも増加傾向にあり,地域別ではアジア,特に50%近くを占める中国の比率が拡大している」

そして,第3の条件としてメッセージの内容は具体的である必要がある.上位メッセージほど抽象度が高く包括的になるのは仕方がないが,「中身が何だかわからない」メッセージであってはならない.「中身が何だかわからない」メッセージに目を通すのは,靴底の裏から足の裏を掻いているようなものなのだ.
例えば,最上位命題として

「新しい水素ガス生成方式は実用レベルでメタンの直接分解が可能である」

という命題であれば,中身がわかるが

「次世代燃料ガス生成システムはポテンシャルが高い」

では,中身が何だかわからない.
論理的思考の世界では「要するにどういうことなのか」を正しく伝える最上位メッセージに限らず,すべてのメッセージはわかりやすく適切な表現となるように十分留意して作成していただきたいものである.

3.1.3 論理的なつながりを言葉で確認する

論理ピラミッドの構築については,ある程度の感触を掴むことができるようになったのではないだろうか.読者の皆さんは易しい,しかも短い文で良いと思うが,実際に論理ピラミッドを構築してみていただきたい.実際に目の前にある文を自分なりに論理ピラミッドとして構築してみると「簡単ではないぞ.どうしたら良いか迷ってしまうな.」というような感触を持つことになるだろう.

論理的結合は必ずしも因果関係のようにわかりやすいものばかりではないので,つながりがあるのかどうかを含め,つながりの強弱や上位,下位の方向など迷うことが多い.しかし,十分に深く考えてみた段階では,人によって解釈の幅もあるので,どうしても明確に識別し得ない側面が残るものであり,必要以上にあまり細部に拘る必要はないのだとお考えいただきたい.

本項ではそのような場合に,個々の論理的結合(矢印)が適切であるかどうかを確認する簡単な方法および矢印のつなぎ方における注意点について学ぶ.

 

論理結合に対応する言葉

何らかの主張を含む文の論理構造を調べ,それを論理ピラミッドとして構築する,あるいは論理ピラミッドから逆に主張のある文を作成するといった場合を想定して欲しい.その際に論理結合に使う矢印(→)と言葉(接続語)の対応について理解しておくと,論理の正しさを確認する場合などにおいて役に立つ脚注3-4).ここでは論理的な結合として使われる矢印(→)と置換え可能な言葉の対応関係について理解しておこう.

論理学では,「下位命題が上位命題の根拠となっている」場合,つまり「前提から結論を導く」際には,大抵,結論の前に「従って」,「ゆえに」といった接続語が登場するので,矢印(→)が持つ実質的な意味はこれらの言葉であることがわかる.ボトムアップの際の矢印に対応する言葉としてはそれで良いだろう.英語のニュアンスがわかる人は「So what?」という関係で結合しても良い.

ボトムアップ文の構成の妥当性を確認するには,『「下位命題」,従って「上位命題」』のつながりで接続された文が,論理的に整合しているかどうか調べてみると良いということだ.

下位命題に続き,接続語でつながる上位命題の関係
図3.6: 下位命題に続き,接続語でつながる上位命題の関係

反対に,トップダウンの際には「何故なら」,「そのわけは」,「例えば」といった言葉でつなげることができる.従って,トップダウン文の構成の妥当性を確認するには,『「上位命題,何故なら「下位命題」』のつながりで接続された文が,論理的に整合しているかどうか(スムーズにつながるかどうか)調べてみると良いということだ.「Why so?」でニュアンスが掴める人はそれでも良い.

上位命題に続き,接続語でつながる下位命題の関係
図3.7: 上位命題に続き,接続語でつながる下位命題の関係

例えば,トップダウン・アプローチのところで,次のような論理結合(矢印としては,新たに追加した下位命題「今後,人々はいずれ解決しなければならない・・・」から,新たに作成した上位命題「大人達だけでなく,これからの子供達は・・・」に向けられて接続されている)を構築したが,

・大人達だけでなく,これからの子供達はそれらの問題解決のために適切な思考力と対人力を必要とする.(追加)
 -今後,人々はいずれ解決しなければならない大きな社会問題に直面することになる.(追加)

その妥当性は,『「大人達だけでなく,これからの子供達はそれらの問題解決のために適切な思考力と対人力を必要とする.」何故なら,「今後,人々はいずれ解決しなければならない大きな社会問題に直面することになる.」』といった文を吟味してスムーズにつながることで確認することができる.

ところで,「接続語」(広く言えば,「接続表現」)には,上に挙げた「理由」,「説明」といった範疇に属する数種以外にも,「順接」,「逆接」,「転換」などに該当する5分類50種以上にも及ぶ多くの「接続語」がある.「接続語」には文どうしの微妙なつながりを担う役割があり,そのような論理的結合を単純な1本の矢印などでは到底表現できるものではない.

従って,関連はあるが方向のある矢印では結合できない部分,やや強引に関連づけて結合しても意味が保たれる部分,等号あるいは点線で結合しておけば良さそうな部分などいろいろあるという理解をしておいていただきたい.論理のつながりは可能な限り正しく捉えるという努力の上に,現実を扱う論理的思考の世界ではどうしても”about”な領域が残ることを認める柔軟性を持っている必要もあるということなのである.

シングル・チェーン・ロジックには注意しよう

論理ピラミッドの構築に関連して,注意しなければならない事柄の1つとして「シングル・チェーン・ロジック(1本鎖論理)」の問題がある.ただし,この呼び名は筆者が付けたものであり,一般的に使われているものではない.江戸時代のことわざで「風が吹けば桶屋が儲かる」というのを聞いたことがあるだろう.

「桶」でなく元は「箱」だとか,いろいろな説があるが,この命題の論理は大よそのところ下記のようなものである.決してあり得ない関係とは言えないが,多少の因果関係にある事柄を無理やりつなげて無茶な結論を導いている例として引き合いに出されることわざである.

風が吹けば桶屋が儲かる
1) 風が吹く
2) ほこりが舞い上がり,目に入る
3) 盲人が増え,三味線を弾く
4) 猫皮が使われ,猫が減る
5) ネズミが増える
6) 桶がかじられ,桶屋が儲かる
典型的なシングル・チェーン・ロジックの例
図3.8: 典型的なシングル・チェーン・ロジックの例

まるで1本の鎖のように論理結合されているので,シングル・チェーン・ロジックと名づけたが,とても成り立たない論理であることは言うまでもない.各命題を結合する矢印がつながっている確率が10%であったとしても「風が吹いて桶屋が儲かる」確率は(10/100)5=0.00001と全く無視できるほど小さい.

厳格に描けば,仮言三段論法が何段にも使われた連鎖式(れんさしき)と呼ばれる図3.9のようなつながりになっている.どの三段論法部分の大前提が成立する確率もそれほど高いものではない.

「風が吹けば桶屋が儲かる」という論理のつながり
図3.9:「風が吹けば桶屋が儲かる」という論理のつながり

しかし,例えば,仮にいずれも事実とする「BはAより背が高い」,「CはBより背が高い」,「DはCより背が高い」・・・「ZはYより背が高い」といった前提命題の連鎖式ならば,100%の確度で「ZはAより背が高い」という結論を導くことは可能である.

ここで一般的に言えることは,1つの根拠だけを元に何らかの結論を導く場合には注意が必要だということである.上位命題と下位命題の1対1の関係は論理的には「同等,同意,別の言い方では」,「100%の確率で」,あるいは少なくとも「典型的な事例としては」,「上位命題の主たる根拠」といった接続関係になくてはならない.

例えば,1本鎖であっても図3.10,図3.11のような内容の命題どうしで,1段程度の論理結合であれば許容されるであろう.

許容されるシングル・チェーン・ロジックの例-1
図3.10: 許容されるシングル・チェーン・ロジックの例-1
許容されるシングル・チェーン・ロジックの例-2

図3.11: 許容されるシングル・チェーン・ロジックの例-2

しかし,チェーンが長くなると最上位命題と最下位命題の関係は,途中に強いところがあっても次第につながりが弱くなって来る.従って,重要部分では階層を減らすなどしてあまり長いチェーンを作らない方が良い.

例えば,「太陽光発電の研究を進めれば地球温暖化を防止できる」という論理を,図3.12のように構築しても,それぞれの命題の論理的結合が成り立つ確率は必ずしも高くはないので,説得力に欠ける.

たとえ各段の成り立つ確率が50%だとしても(50/100)4=0.0625程度だから,「旨く行けば地球温暖化の進行を緩やかにすることに貢献できる可能性がある」と言える程度であろう.

許容されないシングル・チェーン・ロジックの例

図3.12: 許容されないシングル・チェーン・ロジックの例-2

図3.13 のように,別の根拠命題,例えば「エネルギー消費を大幅に減らす」,「他の自然エネルギーの利用研究を進める」などを置いて複数の根拠を直結する論理の方が”まとも”であることがわかる.
シングル・チェーン・ロジックの作成には気をつけよう.

複数の根拠に支えられた命題の例

図3.13: 複数の根拠に支えられた命題の例

同一論拠を2か所以上で使用するには

ピラミッド論理の構築においては,全体としてピラミッド形のつながりになるということであるが,言い換えると下位命題の箱から上位命題の箱に向かう矢印は1本であり,上位命題の箱には1本以上の矢印が向けられているということである.

しかし,下位部分の論理構成を切出した図3.14の例にあるように,たまに,どうしても下位命題の箱から上位命題の箱に向かって複数本の矢印を向けたい場合がある.そのときにはどう考えれば,あるいはどうすれば良いのだろうか.

同一命題が2つの命題の論拠として使われている例

図3.14: 同一命題が2つの命題の論拠として使われている例

まず,考えなくてはならないことは,同一の命題が複数の上位命題の論拠になっているということが「おかしくないか」という点である.多くの場合,それらの上位命題には重なりがあるか,あるいは,根拠に使われている下位命題が持つ異なった側面を論拠にしているということを意味しているのだ.図3.14の例は,ちょうど上位命題の方に重なりがある場合の論理構成である.

中間命題「A事業分野の商品の売上状況は良好だ」と「わが社の3つの新規商品販売状況はどれも好調である」には重なりがある.論理が曖昧になる傾向があるので,命題は重なりを避けるに越したことはないが,確かに,このような論理を構成したい場合もある.その場合には,完全に切り離して図3.15のように分離して独立した根拠として配置すべきである.

同一命題を独立させて論拠を明確にした例

図3.15: 同一命題を独立させて論拠を明確にした例

根拠に使われている下位命題が持つ異なった側面を論拠にしている場合もある.例えば,図3.16の主命題「太陽電池は次世代の優れたエネルギー源である」というピラミッド論理において,最下位層にある命題「発電がそのような原理に基づいている」からは3本の矢印が上位の命題に向けられている.

同一命題の異なる側面を論拠にしている例

図3.16: 同一命題の異なる側面を論拠にしている例

論理的結合関係に問題があるわけではないが,図3.16の場合を良く考えると図3.17のようにそれぞれの上位命題の根拠は下位命題の異なった側面に基づいていることがわかる.

同一命題の異なる側面を分離して厳密に接続した例

図3.17: 同一命題の異なる側面を分離して厳密に接続した例

図3.18の例も類似で下位命題「空気中には酸素が存在する」が共通の根拠として使われている.

同一命題が共通の根拠として使われている例

図3.18: 同一命題が共通の根拠として使われている例

先の例と同様に,綿密な表現にすれば,例えば一方の下位命題は「空気中にはアルミ製材料の表面を酸化する酸素が存在する」ということであるが,図3.19のように同じ根拠をそれぞれに配置する程度で構わないだろう.

図3.18の例も類似で下位命題「空気中には酸素が存在する」が共通の根拠として使われている.

同一命題を別個の論拠としてそれぞれに配置した例

図3.19: 同一命題を別個の論拠としてそれぞれに配置した例

以上のように,可能な限り下位の命題からは複数の矢印が出て行かないように論理ピラミッドを構築する習慣を持つようにしていただきたい.もし,同一根拠を別の中間結論につなぐようなことが生じたならば,論理を深く考えるチャンスだと捉えて見直して欲しい.

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