論理的思考などという言葉は、巷ではまだ一般的に使われていないように思いますが、それでも、時々「論理的」といった用語が新聞やテレビに登場するようになりました。しかし、20歳代、30歳代のビジネス・パーソンなら、論理的思考とか演繹法(えんえきほう)、帰納法という言葉を聞いたことがないという人は稀だと思います。

近年の多くのビジネス・パーソンは、好むと好まざるとにかかわりなく、ロジカルシンキング・論理的思考にはノータッチではいられない時代になりました。中には、ロジカルシンキングの研修などを受講して以来、その魅力に取りつかれ、一生懸命に勉強して、実務で大いに活用されている人もいると思います。

あなたの場合はいかがでしょうか。既に実務で大いに活用している人であれば、この記事を見る動機はないかもしれませんので、あなたは、きっと、まだロジカルシンキング・論理的思考のトレーニング中に近い方ですね。

それなら、家庭で奥様に向かって「論理的には・・・」などと言って嫌われるようなことはないでしょうが、熱心な人には、家庭では「ロジカルに言えば・・・」だの、「もっと論理的に話せよ」といったセリフを使わないようにお伝えしています。

いきなり、脇道に逸れてしまいましたが、この記事では、帰納法に焦点をあて、帰納法の特性を理解して上手に活用するための助けになる事柄を紹介しています。

詳しくはこちらも参考にしていただければ幸いです。→帰納法推論

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1. ロジカルシンキングの帰納法を正しく理解する

帰納法は次のように定義されています。

帰納法とは観察事実のような個々の個別または特殊事象に基づいて、経験的に共通する一般的・普遍的命題や法則を導出する推論方法である

具体的な例を挙げてみます。最も簡単な帰納法は次のような形式で表されます。

1)述部が同義(=同じ意味)の帰納法推論の基本形式

<前提1> A1B である(トンビは空中を飛ぶ)
<前提2> A2B である(カラスは空中を飛ぶ)
<前提3> A3B である(メジロは空中を飛ぶ)
・・・
<結論> ゆえに、すべてのAB である(すべての鳥は空中を飛ぶ)

ここで、上記の帰納法推論の結論「すべての鳥は空中を飛ぶ」には、何らかの違和感が生じたと思いますが、いかがでしょうか。

「すべての鳥は空中を飛ぶ」という結論は、ペンギンなどの例外があり、必ずしも成り立たない仮説であること、更に、本当に「空中を飛ぶかどうか」わかならい「アヒル」のような鳥まで十羽からげて結論としていることから、前提が持つ情報を越えて「そこまで言っていいの?」と疑問に思われる感触もお持ちになるのではありませんか。

2)主部が同義(=同じ意味)の帰納法推論の基本形式

帰納法には、次のような形式もあります。

<前提1> AB1 である(花子はピアノ演奏が好きである)
<前提2> AB2 である(花子はバイオリン演奏が好きである)
<前提3> AB3 である(花子はギター演奏が好きである)
・・・
<結論> ゆえに、AB である(ゆえに、花子は楽器演奏が好きである)

「花子は楽器演奏が好きである」とは言えそうですが、もしかすると打楽器演奏や吹奏楽器演奏は好きでないかもしれません。従って、この結論もやはり仮説であり、背後に「ピアノ演奏、バイオリン演奏、ギター演奏・・・が好きであれば、楽器演奏が好きであると言える」という大前提が隠れている(暗黙的に認めている)ということになります。

やはり、結論だけ見ると「そこまで言っていいの?」という疑問が生じますね。

3)帰納法の一般的な形式

主部にも、述部にもそれぞれ何らかの共通性がありますが、異なっています。

<前提1> A1B1 である(カマキリは鎌状の前足で獲物を捕らえる)
<前提2> A2B2 である(コオロギは大きな後ろ足でピョンピョンと飛ぶ)
<前提3> A3B3 である(アリは足先が尖っていて滑らかな垂直のガラス壁も難なく登る)
・・・
<結論> ゆえに、AB である(ゆえに、昆虫はその特性に応じて足を上手に使う)

この結論では「セミも特性に応じて足を上手に使う」といったことになりますが、あれ(セミが少し歩く姿?)は足を上手に使っているのかどうか何とも言えません。すなわち、この例でも、結論だけ見ると「そこまで言っていいの?」という疑問が生じると思います。

このように、1)、2)、3)の帰納法推論においては、一般的に結論の内容は前提に含まれている内容を超えるということを理解しておきましょう。

因みに、演繹法推論では、結論には前提を超える事柄が登場し得ないということでした。ご参考→演繹法推論

2.帰納法における例外と隠れた前提の扱い

帰納法を用いて導いた結論は、仮説であっても目的があって導いたわけですから、実際には、使いたいのですが、例外と隠れた前提についてはどう扱ったら宜しいのでしょうか。

1)例外の扱い

どのような例外があるか認識し、その上で、結論は例外の存在が問題とならない場面で使う。

例えば、「鳥は空を飛ぶ」という結論が使える場面というのは、『ペンギンなど空を飛ばない鳥がいることは承知しているが、今、我々の“鳥動態撮影プロジェクト”で検討している範囲の鳥がどれも空を飛ぶ鳥を想定しており、「飛ぶ鳥の羽根の動きを詳細に観測する撮影が可能」と判断できる』といった場面です。このような場面では、例外の存在が問題とならない、従って「結論は妥当なものとして使える」ということです。

2)隠れた前提の扱い

どのような前提が必要であるか認識し、その上で、結論は隠れた前提を認めても問題にならない場面で使う。

例えば、「花子は楽器演奏が好きである」という結論を使いたい場合に、『もしかすると花子は打楽器演奏に関しては嫌がるかもしれないが、今度、“花子に頼む演奏バイト”はビオラとエレクトーン演奏なので、結論はそのまま使える』と判断するわけです。

つまり、この場面は「ピアノ演奏、バイオリン演奏、ギター演奏・・・が好きであれば、楽器演奏が好きであると言える」という具合の、個々の前提が揃えば成り立つことにする“隠れた大前提”は、妥当であり、問題にならない場面だということです。

要するに、「帰納法における例外と隠れた前提の扱い」に関して、「例外の存在」または「隠れた前提の存在」を問題とする必要がない状況においては、帰納法推論に基づいて導いた結論をそのまま使用しても構わないとして扱うわけです。

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3.帰納法の特性を理解して活用しよう

「論理学」では帰納法など、殆ど見向きもされない推論法ですが、論理的思考(ロジカルシンキング)の分野では帰納法こそ多用されています。そのことが、論理学と論理思考との違いを際立たせています。

1)「論理的」とは?

「論理学」はあくまでも厳密な学問の世界の話であり、演繹法推論を対象とし、必然的な結論を導く推論の仕方を「論理的」と呼んでいます。一方、「論理的思考」は実社会の世界で、演繹法推論だけでなく帰納法推論を取り入れ、多少とも妥当な論理のつながりがあれば「論理的」と捉えています。

このような「論理学」と「論理的思考」との相違は主に帰納法の存在に起因するものですが、そのあたりの事情について眺めてみましょう。

2)論理的思考の持つ“aboutさ”の魅力

帰納法の推論では、存在する事実情報に基づいて、ある範囲で許容される様々な結論を導出することができます。

例えば、次の3つの前提があります。

<前提1>日本産リンゴの輸出先の大半は台湾、香港で占められている
<前提2>日本の梨は台湾、香港に輸出されている
<前提4>福島県で生産された桃は台湾と香港に輸出されている

これらの前提から、いずれも確率的に正しい可能性をもった結論として導出されている点に注意する必要がありますが、次のような結論を導くことができます。

  • 日本の果物は、台湾、香港に輸出されている
  • 日本の果物は近隣国に輸出されている
  • 日本産果物は東アジア圏に輸出されている
  • 国産のおいしい果物は海外へも輸出されている
  • ・・・

いずれも根拠と結論との間に「論理的」な繋がりがあることにより、“about”ながら、このように、帰納法の結論には許容される幅があります。

そこで、必要に応じて目的に適した結論を活用できることになります。例えば、「日本のおいしい果物は国内で消費するだけでなく、海外へも輸出されている」といった結論や「日本の果物の輸出は、海外といっても、長期間の運送を必要としない近隣国への輸出が中心である」といった結論を、例外や隠れた前提を認識した上で、その目的に応じて活用しても構わないというわけです。

3)帰納法の特性

つまるところ、帰納法の特性に関して、一般論として次のようなことが言えます。

  • 前提として、どれほど観察事実を並べても、導かれた結論は仮説に過ぎない。
  • 結論は、根拠とした前提が有する情報を越える。
  • 結論は、根拠とした前提に共通する事柄を見出せる限り、いくつもあり得る。

先の結論「鳥は空を飛ぶ」を導いた際には、各前提に観察事実を概観して「カラスは空を飛ぶ」という具合に特定的に記述しています。しかし、「映像イメージ」を前提にしてみると、「空中を飛ぶ鳥には羽根がある」、「飛ぶ鳥には2つの目と嘴(くちばし)がある」とか「鳥は空気の流れを上手に使って、羽ばたきしながら空中を飛ぶ」というように、様々な結論の可能性があり得るという点にも気づくと思います。

このように、帰納法というのは個々の観察事象から、事象間の本質的な共通関係を推論し、結論として、新たな一般的原理または別の共通事象を導く可能性を秘めた推論方法であるとも言えます。

演繹法は、前提から論理的に必然となる結論を導くだけで、前提を超える新たな可能性などを導くことはありません。

4.「論理的」とは言えない類比推論も活用しよう

帰納法推論(狭義の帰納法推論)では、許容される幅で結論を導くことができますが、次のような結論を導くことはできません。先の「日本の果物」の事例において、「リンゴなら果物」とは言えますが、「果物ならみかん」とは言えませんので、おわかりいただけると思います。

  • 日本の果物は欧州へも輸出されている
  • 日本のスイカは近隣国に輸出されている
  • 温州みかんは台湾と香港に輸出されている

これらは、「前提」との僅かな「論理的」繋がりさえ切れてしまう「類比推論」と言われる推論法に該当する結論ですが、広義の帰納法の範疇に含まれます。「日本の果物が台湾や香港に輸出されているのであれば、メロンやスイカだって可能性があるはずだ」といった、論理的に導くことができないけれども、新たな発想に繋がる可能性がある推論なのです。

類比推論は「論理的」とは言えませんが、その特性を十分理解して、状況に応じて活用すれば宜しいわけです。

例えば、私達は、日常的にも

<前提>X社の冷蔵庫は長い間使っても故障しなかった。
<前提>X社の掃除機は長い間使っても故障しなかった。
<結論>それ故、X社の洗濯機は長い間使っても故障しないだろう。

といった類比推論を活用している可能性がありますが、その判断で成功することも、大失敗することもあるとういわけです。

5.帰納法の基本!概念形成力を磨こう

帰納法の定義からもわかることですが、異なるものどうしの事象間に共通する概念や一般的法則を見出すことが、帰納法の基本になっています。ロジカルシンキングにおいて、異なるものどうしの間に共通する事柄を見出す能力とは「概念形成力」などと呼ばれ、様々な事柄のグルーピングやロジックツリー・フレームワークの作成に際して、大きな役割を果たすことになります。

概念形成力は帰納法の本質に通じるもので、実務成果に関わる重要な能力です。本記事ではこれ以上言及しませんが、普段から、できれば子供の頃から、鍛えておく価値があると思います。→ロジカルシンキングの簡単な例題でわかる!子供におススメの本はこれ!

では、多少、抽象度の高い概念を考える例題にチャレンジしてみましょう。

例題
次の6つの前提に基づいて、帰納法による何らかの結論を導いてください。
<前提1>これからの時代、「機能」だけでなく「デザイン」が大事になる
<前提2>これからは「議論」よりは「物語」が好まれる
<前提3>これからの時代は「個別」よりも「全体の調和」が欠かせない
<前提4>今後も「論理」ではなく「共感」が人を動かす力となる
<前提5>今後は「まじめ」だけでなく「遊び心」も必要になる
<前提6>これからは「モノ」よりも「生きがい」が追い求められる

解答例は、「感想」の後に載せておきます。

まとめ

  • ロジカルシンキングにおいて用いる帰納法の結論には、一般に、例外や隠れた前提が存在することを正しく理解しておこう。
  • 帰納法によって導かれた結論に、例外や隠れた前提が存在していても、それらが問題とならない場面では、例外や隠れた前提を認識した上で、活用しよう。
  • 帰納法によって導かれた結論は、仮説であるものの、根拠とした前提に共通する事柄を見出せる限りいくつも存在し、通常、根拠とした前提が有する情報を越える。
  • 帰納法によって導かれた結論は、許容される範囲で目的に適したものが活用できる。
  • ロジカルシンキングの活用において、時には、論理的にはおかしな類比推論も活用して、新たな可能性にも目を向けよう。
  • 帰納法の本質に通じる概念形成力を普段から鍛えておこう。

感想

ロジカルシンキングの“aboutさ”については、帰納法の存在だけでなく、この記事では触れませんでしたが、“言葉自体が持つ広がり”も関係しています。ただ、ロジカルシンキングの“aboutさ”に関して、書籍などではあまり触れられていないように認識しています。

しかし、世の中の「論理的思考」に対する受け止め方は、どちらかというと「冷たく、理屈っぽい思考」という感じではないかと思います。

しかも、「論理的思考」は『「論理」だけで、「情理」を考慮しない』と認識している人が多いように思います。実は、それは誤解の1つで、論理的思考は「事実」を重要視しますが、人々の喜怒哀楽や思い・願いも事実である限り、必ず、視野に入りますので、当然のことですが、「情理」も判断の中に含まれることになります。

けれども、あくまでも一般論ですが、「女性には、日常会話でロジカルな話は遠慮した方が良い」などと、あまり大きな声では言わない方が身のためだと思っています。

解答例:

  • これからの時代は、物質的理性ではなく、人間的感性が成功を左右するようになる。
  • 産業の時代が終わり、人間が人間であることを求められる時代が始まる。
  • これからは左脳主導ではなく右脳主導の時代が訪れる。
  • これからはハード中心よりもソフト中心の時代である。
  • これからは、「固い発想」よりも「やわらかい発想」こそが時代をリードする。

因みに、例題は書籍「ハイ・コンセプト(ダニエル・ピンク著、大前研一訳)」の目次タイトル第2部「この6つの感性があなたの道をひらく」の各章の6表題に主語・述語を補って記述したものです。

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