フレームワーク思考

第4章 論理ツリーへの展開:続きページ(7)→4.3.4 深く幅広いアイディアを創出するには

4.3 フレームワークを活用して思考する

本節ではフレームワークの活用について学ぶ.フレームワークというのはロジックツリーを用いて作成したツリーが,結果的に何らかの枠組みとして機能することから呼称されていると理解することができるが,実体はロジックツリーそのものである.従って,前々節「ロジックツリーによる論理展開とは」,前節「ロジックツリーを活用してみよう」において述べてきた事柄の一切は「ロジックツリー」という言葉を「フレームワーク」という言葉に置換えて理解していただいて差し支えない.

しかし,ロジックツリーを思考の枠組み(フレームワーク)と捉えると「フレームワークを使って思考する」ということが可能になる.フレームワークを活用して思考することをフレームワーク思考と言う.

何を検討すれば本質が明らかになるのか,意思決定できるのか,そのためにどのような情報を収集すべきか,情報をどのような枠組みで整理,分析すべきか考えるなどの場合において,全体像を把握し,思考の質を上げ,漏れなく考える場合に効果的な思考法である.フレームワーク思考はアイディア創出を支援する役割や対人的課題解決を支援する役割をも担う.

 

 

 

4.3.1 ビジネス・フレームワーク

ビジネスの分野では既存のビジネス・フレームワーク,例えば,「第3章 論理ピラミッドを構築して活用する」に登場した戦略的3C(Corporation:自社,Customer:顧客,Competitor:競合相手)のようなフレームワークがある.

他に製品系列のポートフォリオ・マネジメント:PPM(Product Prtfolio Management)脚注4-6),マーケティング・ミックスの4P(Product:製品,Price:価格,Place:流通チャネル,Promotion:プロモーション)脚注4-7),SWOT(Strength:強み,Weakness:弱み,Opportunity:機会,Threat:脅威)分析脚注4-8)などいくつかのフレームワークが良く利用されている.

これらのビジネスフレームワークは事業状況を分析したり新たな戦略を考えようとする場合に,予め考えられた枠組みに沿ってそれらの中身を検討することによって,的確な現状分析や今後の方向を示唆してくれるというものである.

戦略的3Cを世界に紹介した大前研一氏によれば,次のような理由で戦略的3Cなど既存のビジネス・フレームワークは近年の事業戦略の検討には,もはや通用しないとのことである.

すなわち,近年,経済のボーダレス化が著しく進展し,情報が瞬時に伝わるIT・インターネット等技術の進歩とともに産業が突然縮小したり,急成長企業が自社の高い企業価値を利用して資金を集め,他業種や競合企業を買収し,さらに急成長するといったことが起こっている.かくして,様々な打ち手の可能性がある中で競争状況が瞬く間に変わるなど戦略の進化のスピードが激しく,古いビジネスモデルや固定的な枠組みに囚われた思考パターンが機能しなくなっているというのである.

確かにその通りであると思うが,日本企業には最低限,戦略的3Cくらいは前提として視野に入れ,制約条件を排除して先見的な戦略を自在に考え,絶えず自己革新して行ける能力が欠かせないということも言える.企業の中核人材にとっては少なくとも戦略を考える際のベースとして使えるようにしておくべきである.

何故なら,多くの日本企業は従来から企業として必要な最低限の戦略さえ考えずに,ただひたすら一生懸命に安くて良い製品を供給し,挙句の果てに過当な破壊的価格競争により自滅し,やがて韓国・台湾企業などに凌駕されてしまうということを繰返して来ているからだ.変化の激しいインターネット時代にもボーダレス経済や巨額資金の力学を視野に入れ,柔軟な発想で戦略を考えようとする限り,戦略的3Cは価値の高い基本フレームワークとなるであろう.

既存のビジネス・フレームワークの活用に関しては,本書では第3章および本章で戦略的3Cの活用例を紹介しているので,これ以上は触れない.

4.3.2 アイディア創出に役立てる

フレームワーク思考は本質的問題の発見=課題形成の後のステップである課題解決策の検討においても,重要な役割を演ずる.更に分析的解決策にとどまらず,創造的解決策の創出,つまり,イノベーションを支援するのである.ロジックツリーの例題に取組んだ読者は既にそのことに気づいておられるに違いないが,フレーワークを使って思考することに精通すると論理的思考 が創造思考を支援し発想を豊かにするということが,実感を伴ってわかるようになるだろう.

では,早速,簡単な例を使ってフレームワーク思考を体験してみよう.例えば,家屋の屋根に用いる建築素材を検討しようなどという場合に

屋根に用いる建築素材を検討する→鉄,プラスチック,セラミクス,銅,アルミニウム

と,単にこれらの素材を羅列しておいたままでは,他の素材を発想しにくいが,鉄,プラスチック,セラミクス,銅,アルミニウムを分類する上位の概念は,例えば,金属と非金属と考えて,

屋根に用いる建築素材を検討する
 >金属→鉄,銅,アルミニウム
 >非金属→プラスチック,セラミクス

とすれば,ここに挙げられていない「>金属」および「>非金属」の範疇にあるものを考えることが明確になるので

屋根に用いる建築素材を検討する
 >金属→鉄,銅,アルミニウム,ステンレス,真鍮,青銅
 >非金属→プラスチック,セラミクス,ガラス,セメント,木材,紙,竹

という具合に,他の「>金属」素材や「>非金属」素材を発想しやすくなることがわかると思う.しかし,もし,上記の建築素材の上位概念を「>単一素材」・「>複合素材」と捉えて分類したとすれば,すべての素材が「>単一素材」分類に収まってしまうが,「>複合素材」分類の方で「鉄筋コンクリート」や「ガラス繊維入りプラスチック」といった素材を比較的容易に発想することが可能であろう.

屋根に用いる建築素材を検討する
 >単一素材→鉄,プラスチック,セラミクス,銅,アルミニウム
 >複合素材鉄筋コンクリート,ガラス繊維入りプラスチック

フレームワークの階層はロジックツリーと同様に深くても構わないので,

屋根に用いる建築素材を検討する
 >単一素材
   >金属→鉄,銅,アルミニウム,ステンレス,真鍮,青銅
   >非金属→プラスチック,セラミクス,ガラス,セメント,木材,紙,竹
 >複合素材
   >金属と金属亜鉛メッキ鉄
   >金属と非金属鉄筋コンクリート,セラミクスコーティング・アルミニウム
   >非金属と非金属ガラス繊維入りプラスチック

とすることも可能である.

このように,発想することが容易になる事柄というのは設定した上位概念によって,左右されるわけで,どのような切り口を設定したら目的を達成しやすいかということと対応する.切り口には基本的な制限がないわけであるから,特別な目的を達成しようと思えば,上位にその狙いに沿った切り口を設定すれば良い.

例えば,「>耐火素材」といった枠組みが上位にあれば各種耐火性能の素材について集中して考えるであろうし,「>騒音吸収素材」などという切り口が設定されているならば,やはり,その方向の具体的な素材を抽出しやすくすることになる.

ここまで述べてきたことが「屋根に用いる建築素材を検討するためのフレームワークの作成例」であり,その過程は『フレームワークを使って思考している』ということに相当する.論理的思考が作成するフレームワークを通じて創造思考を支援していることがおわかりいただけると思う.

もう1度,フレームワーク思考を体験していただきたい.「4.1.5 ロジックツリー作成には2つのアプローチ」のところで身近な日用品のいくつかを「文房具」に分類する事例があったので,その延長でもっと多くの「筆記用具」を抽出することを試みてみよう.

例題4-7 できるだけ多くの「筆記用具」を抽出したい.どのようなフレームワークにしたら良いだろうか.具体的な「筆記用具」とともに示せ.

例えば,世の中にはいろいろな「筆記用具」があるが,ちょっと思いつくものを書き出してみると

 筆,万年筆,鉛筆,ボールペン,シャープペンシル,ペン,白墨,クレヨン,色鉛筆,マジックインク,サインペン,蛍光ペン,クレパス,木炭,ろう石

と,まあ,こんなところだろうか.いろいろな「筆記用具」があるので,少し整理するために良く見ると「筆記に固体素材を使う」ものと「筆記に液体素材を使う」ものがあることには気がつくと思う.

しかし,更に「筆記する」ということの本質を良く考えるとこれらはいずれも「筆記対象の媒体上に固体素材または液体素材を置く」という上位概念に含まれることに気がつくだろう.するとMECEに考えるなら「筆記対象の媒体上に固体素材および液体素材を置かない」という上位概念があり得ることがわかる.

従って,まず例えば,下記のようなフレームワークを作成することができる.

筆記用具を分類する
 > 筆記対象の媒体上に固体素材または液体素材を置く
   >筆記に固体素材を使う→鉛筆,シャープペンシル,白墨,クレヨン,
色鉛筆,クレパス,木炭,ろう石
   >筆記に液体素材を使う→筆,万年筆,ボールペン,ペン,マジックインク,
サインペン,蛍光ペン
 > 筆記対象の媒体上に固体素材および液体素材を置かない

ここで,今度は「筆記対象の媒体上に固体素材および液体素材を置かない筆記用具」はないだろうかと考える,言い換えれば当初は眼中になかった枠組み「>筆記対象の媒体上に固体素材および液体素材を置かない」を使って思考するのである.

すると今では殆ど使われていないが,エジソンの発明による謄写版印刷(孔版印刷の1つ)の前段階でガリ版原稿を作成する際に使う「鉄筆」というものを想起できると思う.「鉄筆」はヤスリ盤の上でパラフィン紙に細かな穴を開けてインクを浸透させるようにしているに過ぎないが,パラフィン紙に対しては立派な「筆記用具」である.

「鉄筆」の上位概念は「対象媒体に貫通孔を開けて印をつける」といったところであるが,するとMECEな分割の相手には「>対象媒体に貫通孔を開けずに印をつける」という枠組みが残されるので,ここでまたフレームワーク思考を実施するのである.

やはり当初には考えていなかった「>対象媒体に貫通孔を開けずに印をつける」ものはないだろうかと.すると,「彫刻刀」,「金属針」,「レーザー・マーカー」,「タガネ」などが考えられるであろう.

因みに,もし当初,上記の「筆記用具」の上位概念を「固体素材または液体素材を使って筆記する」という捉え方をすると,よほど注意して考えない限り,そのMECEな分類相手「固体素材または液体素材を使って筆記しない」という分類範疇に含まれる「筆記用具」を考えつくことができなかった可能性がある.このように「筆記する」ということはどういうことなのかについて本質を捉えておくことが役に立っているのである.

筆記用具を分類する
 > 筆記対象の媒体上に固体素材または液体素材を置く
   >筆記に固体素材を使う→鉛筆,シャープペンシル,白墨,クレヨン,
色鉛筆,クレパス,木炭,ろう石
   >筆記に液体素材を使う→筆,万年筆,ボールペン,ペン,マジックインク,
サインペン,蛍光ペン
 > 筆記対象の媒体上に固体素材および液体素材を置かない
   >対象媒体に貫通孔を開けて印をつける鉄筆
   >対象媒体に貫通孔を開けずに印をつける彫刻刀,金属針,レーザー・マーカー,タガネ

フレームワークからは,際限がないほどと言うとオーバーな言い方になるが,いくつものアイディアを発想できる可能性がある.「筆記対象の媒体上に固体素材または液体素材を置く」という枠組みからは,玉子(鶏卵)の殻細工だとかナスカの地上絵のように大地に石を並べるといった筆記方法も視野に入る.

また,「>筆記対象の媒体上に固体素材および液体素材を置かない」という枠組みを別の観点から「筆記対象の媒体表面を部分的に変化させて印をつける」といった捉える方をすると,媒体表面を擦ると圧力で色が変わるような筆記方法なども考えられる.

ただし,媒体側に固有の特性を持たせた,例えば感圧紙だとか,印画紙などを除外して検討する必要があるといった場合には,例によって「前提条件」を設定して除外しておくなど課題の明確化を実施しておくことになる脚注4-9)

さて,単に「媒体表面に印をつける」としても「印のつけ方」はいろいろありそうで,例えば,「短時間で印が消えてしまう」ような筆記方法から,「半永久的に印が残る」ような筆記方法まで視野に入れることができるだろう.短時間であれば「光線で描画する」という方法も筆記用具として考えられる.

ところで,「媒体表面に印をつける」という発想のMECEな対となる発想は「媒体表面に印をつけない」というものであり,筆記用具の範疇を超えるかもしれないが「何らかの仕掛けで媒体上に文字が浮かび上がる」ような筆記方法もアイディアの対象となる可能性がある.

上位概念が創造思考を支援して創出するアイディアは荒唐無稽なものばかりではない.「>筆記に固体素材を使う」という分類範疇にある「シャープペンシル」という筆記用具は,他のものが,1個の筆記用具を使い尽くすと「一巻の終わり」となることに対して,替え芯を補充することによって,使い続けることができるというものであるが,フレームワーク的に見ても必然的な発明であることがわかる.

「>筆記に液体素材を使う」分類においても,他のものが「>対象媒体への液体の供給に毛管現象を用いる」のに対して,「ボールペン」は「>ボールに付着した液体をボールの回転によって移動させる」という点で異質であることがわかるのではないだろうか.フレームワーク的に考えられる発明の1つであろう.

それならば,他の方法も考えられるはずで,本質は「対象媒体上に液体を供給して置けば良い」ので,例えば,液滴を落としても構わないわけだ.そう,「インクジェット」という方法が考えられる.棒の先にインクをつけて「転写」しても良いことになる.

例題4-7.解答例 筆記用具を分類する
前提条件:

  1. 筆記媒体は紙に限らず,何でも良いものとする
  2. 特に記載した項目を除いて,媒体側に固有の特性を持たせて筆記の仕組みを構成する,例えば感圧紙や印画紙などは検討から除外する
 > 筆記対象の媒体上に固体素材または液体素材を置く
   >筆記に固体素材を使う
     >固体素材を補充できない→鉛筆,白墨,クレヨン,色鉛筆,クレパス,木炭,ろう石
     >固体素材を補充できる→シャープペンシル
   >筆記に液体素材を使う
     >対象媒体への液体の供給に毛管現象を用いる→筆,万年筆,ペン,マジックインク,
サインペン,蛍光ペン
     >対象媒体への液体の供給に毛管現象を用いない
       >ボールに付着させた液体をボールの回転により供給する→ボールペン
       >粒状にした液体を媒体上に飛ばして供給する→インクジェット・プリンター
       >物体に液体を付着させて転写により供給する→転写棒
 > 筆記対象の媒体上に固体素材および液体素材を置かない
   >対象媒体に物性的・形状的な変化を残す
     >対象媒体に貫通孔を開けて印をつける→鉄筆,パンチング・ツール
     >対象媒体に貫通孔を開けずに印をつける
       >機械的に形状変化を与える→彫刻刀,金属針,タガネ
       >熱的に形状変化を与える→レーザー・マーカー
   >対象媒体に物性的・形状的な変化を残さない→光線(軌跡)

もちろん,上記とは全く異なる解答であっても自分で納得が行き,多くの「筆記用具」が抽出できているのであればそれで構わない.枠組みの設定には何の制約もないので,例えば,新規な筆記用具の企画が目的ならば「筆記すると芳香を発する」,「眠気を覚ます筆記用具」などといった切り口を設定して新たな商品の可能性を想起することも可能であろう.

以上の例題の説明で目的に合ったフレームワークの枠組み,つまり,適切な上位概念は下位概念の発想を支援することを,ご理解いただけたと思う.

4.3.3 対人的課題解決に役立てる

前小節では課題解決策を考える際に論理的思考が適切な枠組みを設定することにより,創造思考を支援してアイディア創出に貢献するということを学んだ.

課題の中には交渉事や説得など行動を含む対人能力を必要とする課題もあり,解決には人の心理的側面や情緒など難しい領域にも踏み込まなければならない場合もある.そのような場合にも,論理的思考はどのような解決の枠組みと道筋があるのかを示唆してくれることになるだろう.

本小節では,対人的側面を含む課題に関して,論理的思考が対人行動を支援する感触を得るために,次のような例題に取組んでみることにしよう.

例題4-8 下記の記載事項を事実として,この問題の解決策を検討するためのフレームワークを作成しなさい.(注:必要なら合理的な前提条件を設定すること.はじめに「猫害問題が解決した」ということはどのようなことなのか,良く考えてから取組むこと.)

ある郊外の住宅地で「猫害問題」が生じている.住宅地内に何匹もの野良猫を飼い猫とともに,餌を与えるだけという形態で「飼っている」人がいる.猫達は次々に子孫を増やし,今では生まれたばかりの子猫を含め,20匹近い数になりつつある.猫害は近隣の家の庭・公園砂場・芝生などに所かまわず排便することによって生ずる悪臭やその後始末等の問題,喧嘩や発情の際の迷惑な鳴き声,飼い犬の吼えの誘発,空き家での出産など様々である.

周囲の住民達は何とか解決したいと考えているが,“ 飼い主”は他人の迷惑を顧みるような人物ではなく,へたに注意などをすると逆上して暴発する恐れもある厄介な人物とのことで困り果てている.

巷でよく聞かれる「ゴミ屋敷」といった問題と同じタイプの,構造型の問題であるが,本質的原因は「第5章 因果関係の解明に活用する」で学ぶ「因果関係図」を使って分析するまでもなく,「20匹近い野放し状態の猫と,“ 飼い主”の存在」であることはすぐにおわかりいただけると思う.課題そのものは簡単な内容だが,解決するのは相当に難しいタイプの課題ではないかと考えられる.

この課題においては明らかに「猫の問題」だけでなく,“ 飼い主”という厄介な人物の存在が解決を困難にしているということは誰でも認識できるに違いない.逆に言えば“ 飼い主”の存在がなければ解決は容易だということは十分に想定可能だ.

念のため,因果関係図を示す脚注4-10)

例題:「猫害問題」の構造例
図4.14: 例題4-8 「猫害問題」の構造例

といった構造になっている.
つまり,最上位命題を「住宅地の猫害問題を解決する」とすると,課題は下記の2つに分解できる.

住宅地の猫害問題を解決する

  • その1:“ 飼い主”の問題を解決する=猫害問題の解決に際して,最悪の場合でも“ 飼い主”が障害となることを排除可能な状況とする
  • その2:猫の問題を解決する=長期的でも良いが,“ 飼い主”の飼い猫の他にせいぜい2,3匹の猫が,コントロールされ繁殖しないという見通しが立つ

従って,この「猫害問題」を解決するには,2つの問題を解決しなければならないが,アプローチとしては2つの問題を分離して,先により本質的な問題「その1」の解決策を,次いで「その2」の解決策を考察するとわかりやすい.

ところで,この課題「その1」で難しくなる要因は相手が人間であるということに基づいている.相手が「物」の場合には課題解決者が何らかのアクションをとったときにはほぼ再現性のある反応をするものであるが,人間の場合には多様な反応が起こるので,可能性があまりにも多くどうして良いかわからないという状況に陥る.

更に,課題解決者がとるアクションも多様で,しかもどういうアクションが上位で,どういったアクションが下位なのかが一概には決められないという問題もあるので,検討の進め方自体に必然的な方法を見出し難いことになる.

しかし,ロジカル・シンキングでは「猫害問題」を解決するためにはどのような対人的アクションをとることが可能かを示すことができる.それでは,『その1:“ 飼い主”の問題を解決する』という課題に絞って解説しよう.

どのような切り口を設定したら良いだろうか.例えば,第2階層をMECEに分割して

課題その1:“ 飼い主”の問題を解決する=猫害問題の解決に際して,最悪の場合でも“ 飼い主”が障害となることを排除可能な状況とする
>“ 飼い主”と交渉する
>“ 飼い主”と交渉しない

としたらどうだろうか.

下段は言ってみれば“ 飼い主”とは関係なく「勝手に猫をどうにかする」か,いきなり「訴訟を起こす」という類のやり方で,こういった切り口は「物」が相手の場合にはともかく,「人間」が相手の場合はあまり賛成できない.何故なら,積極的に「>“ 飼い主”と交渉しない」ということは,「“ 飼い主”との交渉を避ける」ということに相当するわけで,それがもたらす方向は解決策志向的ではなく,わざわざ「解決にならない方向」の道を選ぶということになるからである.

「人間」を相手にする場合には,多様な反応が起こり得るので,反応も特定して「解決策志向的」に切っておくと良いのだ.

>“ 飼い主”と交渉したら“ 飼い主”が話し合いに応じる
>“ 飼い主”と交渉しても“ 飼い主”は話し合いに応じない

こうしておくと,下段の方は上段のような解決策志向の「>“ 飼い主”と交渉する」という道を選んでも「>“ 飼い主”は話し合いに応じない」,「ではどうする?」と,その先の解決策方向を考えることにつながる.

次のような切り口も同様で,「>“ 飼い主”に改善を求めない」で猫をどうにかするといったやり方は,はじめから解決の道を塞いでしまうことになる.

>“ 飼い主”に改善を求める
>“ 飼い主”に改善を求めない

交渉当事者には相手の目線に合わせた「解決を志向する」前向きで誠実な対応が必要であり,「>“ 飼い主”に改善を求める」より,「>“ 飼い主”に協力を求める」方が,解決の可能性が広がることがわかるだろう.更に,相手の反応で切り口を設定すると良い.

>“ 飼い主”に協力を求めたら応じてくれる
>“ 飼い主”に協力を求めても応じてくれない
  >“ 飼い主”は話しかければ聞いてくれる
  >“ 飼い主”は話しかけても聞いてくれない

このように,対人的な事柄の切り口は交渉当事者のアクションだけの記述や相手の状況のみの記述では無駄な階層になりがちであり,具体的に交渉当事者の解決策志向的な働きかけ行動を含めた交渉相手の反応で切り口を設定すると良いということがわかる.

つまり,ここまで述べてきたことは,厄介な“ 飼い主”であっても,何らかの解決の糸口があるに違いないと考え,「筋の通った提案ができれば,自ら進んでというのは期待できないかもしれないが,少しぐらいは前向きになるはず」という解決を志向した姿勢で,切り口を考えたということである.

もしかすると,「“ 飼い主”に協力を求める」には,それ以前に「“ 飼い主”の心を開いて貰える」状況を設定する段階が必要かもしれない.「ゴミ屋敷」問題など,この手の問題の多くは,少しばかり風変りな人がいて多少変わった習慣を継続しているうちに,個人の範囲を超えて近隣に迷惑が及ぶ状況になってしまうようである.

やがて近隣住民から白い目で見られるようになるとともに近隣住民との間でトラブルが発生し,対立が始まる.そして対立関係の溝が深まるとともに,習慣が高じて意固地になって行き,一歩も引かなくなるというケースが多いようだ.

そういう観点では,例えば,「>“ 飼い主”を地域行事へ誘う」といったところから出発する遠回りの解決策も考えられる.このような切り口であれば,そこで一緒にお弁当でも食べながら,次のような会話をしてみることで解決への道が開けるかもしれない.“ 飼い主”は「このまま行くと,家中猫だらけになる.ウンチも臭いし,餌代も大変だ.」と思い始めているかもしれないのだ.例えば,

「このままではあなたも困るでしょう?」
「皆も困っているんです.」
「一緒に何とかしませんか.力を貸していただけませんか.」
「猫が好きなんですよね.どうしても残しておきたいという2,3匹の猫を大事に飼うようにしたらいかがでしょうか.それなら皆もあなたも納得できる範囲になるのではないでしょうか.」
「他の猫は,例えば,貰い手がいたら引き取ってもらうとか,去勢・避妊手術をするとか,ペットショップに引き取ってもらうとかできますよ.それは皆で手分けしてやります.」
「仕方がありません.この際,去勢・避妊手術代金は住民達でカンパしますよ.」
「その代わり,飼い主さんに猫の捕獲だけお願いできませんか.猫を選んで捕まえるのはあなたの活躍する場面ですよ.」
「みんなあなたの活躍を期待してますよ.」

という具合にシナリオを考えると,“ 飼い主”も「じゃあ,やってみようか」という気になるかもしれない.そして本当に1匹でも捕まえてくれたら,皆が本気で「感謝する」のだ.すると“ 飼い主”は嬉々として次々と猫を捕獲してくれる可能性がある.感謝の印に「ちょっと一杯」だって良いだろう.

こうなればしめたものだ.そこまで行かなくても,住民が野良猫を捕獲するのを妨害しないという約束をしてくれるなら,猫害問題の解決は可能な段階まで進めることができる.


従って,例えば,

 >“ 飼い主”を地域行事へ誘えば参加してくれる
   >猫問題で相談したら,“ 飼い主”は応じる
     >猫問題の解決に協力を求めれば応じてくれる
       >・・・
     >猫問題の解決に協力を求めても応じてはくれない
       >解決の邪魔はしないことを約束してくれる
       >解決の邪魔をしないことの約束まではしてくれない
   >猫問題で相談しても,“ 飼い主”は応じない
     >住民の知恵と力で解決する
     >住民の知恵と力以外で解決する
 >“ 飼い主”を地域行事へ誘っても参加してくれない
   >酒・土産を持って行けば受け取る
   >酒・土産を持って行っても受け取ってくれない

と,粘り強く考えれば,効果的な打ち手はいくらでも考えることができる.普通に考えても表4.7程度の解決策代替案が考えられるのではないだろうか.

いずれにしても,このようにして,「猫害問題」に限らず,状況に応じて可能な限りの粘り強い有効な解決策を次々と実施し,「交渉相手の納得を得る」ために効力の大きな施策をいくつか打つことが大事だ.打ち手の順序を良く考え,「交渉相手が納得できない」状況が発生する余地(チャネル)を狭くして終えるなら,トータルでどのような状況が生じても解決の成功確率が高くなるという具合に考えることができるわけである.

ここで効力の大きな施策というのは,言うまでもなくまさに解決策志向的な切り口に対応している.どんなに誠意を尽くし,粘り強く話し合ってもダメなら,「民事訴訟という道もあるんですが,費用や将来のことを考えるとお互いに良いことはないし,そこまではやりたくないのでわかっていただけないでしょうか.」,「判例によれば飼い主が負けることになりますよ」という説得もある.そして,最後は本当に訴訟である.

表4.7: 例題4-8 「猫害問題」その1 解答例
住宅地の猫害問題を解決する-その1:“飼い主”の問題を解決する(猫害問題の解決に際して,最悪の場合でも“飼い主”が障害となることを排除可能な状況とする)ための検討フレームワーク
前提条件:

  1. 猫害問題の解決」とは長期的でも良いが,“飼い主”の飼い猫の他にせいぜい2,3匹の猫が,コントロールされ繁殖しないという見通しがついた状況と定義する
  2. この課題に登場する,何匹もの野良猫を飼い猫とともに,餌を与えるだけという形態で猫を「飼っている」人をここでは“  ”つきで“飼い主”とする
  3. 自己責任能力」とは自分の責任を全うする能力であり,ここでは“飼い主”が自分の責任で猫害問題を解決する能力を指す
第1階層第2階層第3階層第4階層第5階層第6階層内容説明優先順位
住宅地の猫害問題を解決する
-その1:“飼い主”の問題を解決する(猫害問題の解決に際して,最悪の場合でも“飼い主”が障害となることを排除可能な状況とすること)
“飼い主”の協力が得られる“飼い主”に自己責任能力がある“飼い主”は周辺住民の迷惑状況を認識している,または説明すれば認識できる“飼い主”本人が解決する気になる 「自己責任能力がある」ことを前提にしているので,本人に解決を任せても良い.大きな屋敷に猫ごと引っ越して貰っても良い.しかし,今まで,“飼い主”は周辺住民の迷惑を知りながら,平気でいたようなので,解決を任せても本気で解決するかどうかはわからない.1
“飼い主”本人が解決する気にならない“飼い主”と解決方法を協議し,住民が主体で解決にあたり,“飼い主”に協力してもらう費用負担が無理なら,「猫の捕獲」は“飼い主”ならば確実に可能であり,例えば「猫の捕獲」だけを協力してもらう.2
“飼い主”は周辺住民の迷惑状況を認識していない,また説明しても認識できない“飼い主”は現状の延長では自分も困ると思っている“飼い主”本人が解決する気になるこの場合も,“飼い主”本人だけに解決を任せることができるはずであるが,今まで,“飼い主”は周辺住民の迷惑を知りながら,平気でいたようなので,解決を任せても本気で解決するかどうかは当てにはならないだろう1
“飼い主”本人が解決する気にならない“飼い主”と解決方法を協議し,住民が主体で解決にあたり,“飼い主”に協力してもらう.費用負担が無理なら,「猫の捕獲」は“飼い主”ならば確実に可能であり,例えば「猫の捕獲」だけを協力してもらう.2
“飼い主”は現状の延長では自分も困るとは思っていない住民が合法的手段で解決にあたる“飼い主”は非協力というわけではないので,妨害・仕返しなどをされるという恐れはない.4
“飼い主”に自己責任能力がない“飼い主”は周辺住民の迷惑状況を認識している,または説明すれば認識できる“飼い主”と解決方法を協議し,住民が主体で解決にあたり,“飼い主”に協力してもらう 費用負担が無理なら,「猫の捕獲」は“飼い主”ならば確実に可能であり,例えば「猫の捕獲」だけを協力してもらう.2
“飼い主”は周辺住民の迷惑状況を認識していない,また説明しても認識できない“飼い主”は現状の延長では自分も困ると思っている“飼い主”と解決方法を協議し,住民が主体で解決にあたり,“飼い主”に協力してもらう費用負担が無理なら,「猫の捕獲」は“飼い主”ならば確実に可能であり,例えば「猫の捕獲」だけを協力してもらう.2
“飼い主”は現状の延長では自分も困るとは思っていない住民が合法的手段で解決にあたる“飼い主”は非協力というわけではないので,妨害・仕返しなどをされるという恐れはない.4
“飼い主”の協力が得られない住民が解決する“飼い主”は住民の猫害問題解決行動を妨害する法的手段を用いる 話し合いで妨害を中止できない場合には法的な手段を用いる.裁判ともなると費用がかかる上に,長期化する可能性もある.6
警察官に立ち会ってもらう この手の“飼い主”は権力には負い目を感じている場合も多く,トラブルの発生を防ぐことができるだろう.5
“飼い主”は住民の猫害問題解決行動を妨害しない住民が合法的手段で解決にあたる “飼い主”が周辺住民の迷惑状況を認識しているか,このままでは自分も猫だらけで困ると思っている場合もあるので,住民による解決手段の実行段階では黙認する可能性がある.しかし,後で火をつけられるなど不安は残る.4
住民以外が解決する積極的な解決手段を取る便利屋など業者に解決を依頼する “飼い主”の妨害に会う恐れがあり,業者はそのことが解決しない限り,引き受けないだろう.引き受けたとしても相当な費用がかかるであろう.4
積極的な解決手段を取らない“飼い主”が住宅地を出て行く,または死亡するのを待つ 気長に構えて,“飼い主”が居なくなるのを待つという選択肢もある.3

なお,猫害問題その2は,「猫害問題の解決に際して,最悪の場合でも“ 飼い主”が障害となることを排除可能な状況とする」という条件が満たされたとして検討できるので,さほど難しくはないだろう.解答例は省略させていただいた.

このように,どんなに複雑な問題であっても,大枠と本質を見ながら,必ず解があることを信じて状況に応じ綿密に代替案を考え,しかも粘り強く交渉して行くことが解決への道である.論理的思考は適切なフレームの設定により,創造思考の発揮機会を提供することを学んだが,同様に論理的思考は適切なフレームの設定により,対人力発揮の機会を提供するのである.

問題解決において,「人」を相手にして,「何をしなければならないか」という行動の枠組みまで示してくれる,ということがこの課題事例でおわかりになっていただけたと思う.

第4章 論理ツリーへの展開:続きページ(7)→4.3.4 深く幅広いアイディアを創出するには